アルカンフェル転生   作:ぶーく・ぶくぶく

118 / 121
独裁者だけが望んだものではない

/*/ 民主的に選ばれた管理社会 /*/

 

 

 

 人権団体は、統一市民管理制度の廃止を求めて住民投票を要求した。

 

「クロノスによる一方的な管理ではなく、市民自身に選ばせるべきです」

 

 統治局は、その要求を受け入れた。

 

 投票項目は単純だった。

 

 

> 統一市民識別制度を維持し、税務、医療、教育、雇用、福祉行政を相互接続することに賛成しますか。

 

 

 反対派は、勝てると思っていた。

 

 監視社会。

 

 個人情報の集中。

 

 行政による生活把握。

 

 その危険性を訴えれば、市民は自由を選ぶと信じていた。

 

 だが、投票所へ来た市民が考えていたのは、もっと身近なことだった。

 

 自分の歯。

 

 子供の薬。

 

 親の介護。

 

 失業した時の職業訓練。

 

 災害時の避難支援。

 

 富裕層の隠し資産。

 

 そして、毎月払っている保険料だった。

 

 

 

/*/

 

 

 

> 統一管理を廃止したら、病院ごとに医療記録が分かれるの?

 

> 税務情報も自治体ごとに戻すらしい。

 

> 富裕層がまた資産を隠しやすくなるのでは?

 

> 福祉申請も本人が各窓口を回る方式に戻るって聞いた。

 

> 反対派、それを自由と呼んでるの?

 

> 俺には役所を五か所回る自由はいらない。

 

> 失業した時に自動で訓練案内が来た方がいい。

 

> 子供の予防接種を忘れていたら通知してくれる方がいい。

 

> 糖尿病の薬が別の病院でも確認できる方がいい。

 

> 管理されるのは嫌だけど、行政が何も知らないせいで支援を受けられないのはもっと嫌だ。

 

> 結局そこ。

 

 

 

/*/

 

 

 

 開票結果は、制度維持派の圧勝だった。

 

 中層以下の市民。

 

 子育て世帯。

 

 慢性疾患患者。

 

 高齢者世帯。

 

 職業訓練修了者。

 

 地方病院の利用者。

 

 所得を正確に把握されても困らない大多数の労働者。

 

 彼らが、統一管理制度へ票を入れた。

 

 人権団体の代表は、記者会見で険しい顔をした。

 

「これは多数派による少数派への圧迫です」

 

 記者が尋ねる。

 

「しかし、住民投票はあなた方が要求したものです」

 

「民主主義は、単なる多数決ではありません」

 

「それはその通りです。ですが、市民の圧倒的多数が制度の維持を選びました」

 

「市民は、目先の利益によって誘導されています」

 

 その発言が流れると、掲示板は荒れた。

 

 

> 自分たちが勝つと思って住民投票を要求した。

 

> 負けたら市民は騙されている。

 

> 民主主義とは。

 

> 中層以下は目先の利益しか考えていない、って言ってるようなものでは?

 

> 目先の利益って病院と学校と仕事だろ。

 

> 十分重要だよ。

 

> 自分の思想に賛成する市民だけを「自立した市民」と呼ぶのやめろ。

 

> 管理反対派が民主主義を要求した結果、民主的に管理社会が選ばれた。

 

> 皮肉が強い。

 

 

 

/*/

 

 

 

 討論番組で、人権団体の代表は改めて主張した。

 

「多数派が望めば、政府はどこまで市民を管理してもよいのですか」

 

 労働者代表の女性が答えた。

 

「いいえ。閲覧権限、利用目的、訂正手続き、監察制度は必要です」

 

「ならば、あなたも管理制度が危険だと認めるのですね」

 

「危険だから廃止するのではなく、危険だから規則を作るんです」

 

「しかし、少数派には登録されたくない自由があります」

 

「あります。保険へ入らず、行政給付も受けず、医療費を全額自己負担する選択はできます」

 

「それでは、事実上制度へ参加するしかない」

 

「社会で相互に助け合う制度ですから」

 

 女性は静かに続けた。

 

「私たちは、所得を把握される代わりに、富裕層の所得も把握させました」

 

「医療記録を登録する代わりに、どこの病院でも治療を受けられるようにしました」

 

「雇用情報を登録する代わりに、失業した時は再教育と仕事を用意させました」

 

「税を払い、保険料を払い、その代わり政府に責任を取らせているんです」

 

 代表が言った。

 

「それでも自由を失っています」

 

「私たちは、別の自由を得ました」

 

「別の自由?」

 

「病気になっても医者に掛かれる自由です」

 

 スタジオが静かになった。

 

「失業しても、もう一度教育を受けられる自由」

 

「子供を学校へ通わせられる自由」

 

「金がなくても救急車を呼べる自由」

 

「富裕層だけが税を逃れられない社会で生きる自由」

 

 女性は言った。

 

「あなた方が重視する自由と、私たちが必要としている自由が違うんです」

 

 

 

/*/

 

 

 

 統治局では、投票結果が報告された。

 

「統一管理制度維持が、圧倒的多数で承認されました」

 

 ヴァルキュリアが告げる。

 

 アプトムは結果を見て笑った。

 

「民主主義で決めたら、民主的に管理されることになったわけだ」

 

「はい」

 

「反対派は?」

 

「多数派による権利侵害を主張しています」

 

「自分たちで投票を要求したのに?」

 

「民主主義は多数決のみではない、という主張自体は正当です」

 

 村上征樹が補足した。

 

「ですから、少数派の権利保護は必要です。権限外閲覧の禁止、情報利用目的の限定、訂正請求、監察記録の公開。多数決で決まったからといって、何をしてもよいわけではありません」

 

「だが、制度そのものは残る」

 

「残ります」

 

 アルカンフェルが投票結果を見た。

 

「市民が選んだ」

 

「はい」

 

「ならば実施する」

 

 村上は少し考えてから言った。

 

「総帥、今回はそのまま外部公開しても問題ありません」

 

 ヴァルキュリアが記録を確認する。

 

 

> 総帥発言原文:市民が選んだ。ならば実施する。

> 外部公開用:同文。

> 備考:修正不要。

 

 

 アプトムが笑った。

 

「珍しいな」

 

 

 

/*/

 

 

 

 管理反対派は敗北した。

 

 武力で排除されたのではない。

 

 発言を封じられたのでもない。

 

 彼ら自身が要求した民主的手続きの中で、中層以下の圧倒的多数に負けた。

 

 多数の市民は、管理の危険性を知らなかったわけではない。

 

 知った上で選んだ。

 

 無秩序な自由より、医療が動く管理。

 

 匿名でいられる社会より、富裕層も貧困層も同じ台帳に載る社会。

 

 政府が自分を知らない代わりに何もしてくれない国より、政府が自分を把握し、その分だけ責任を負わされる国。

 

 そして民主主義は、市民の選択をそのまま制度にした。

 

 

 

 全市民を管理する社会は、独裁者だけが望んだものではない。

 

 

 

 病院へ行きたい者。

 

 税を公平に払わせたい者。

 

 子供を学校へ通わせたい者。

 

 失業した時に見捨てられたくない者。

 

 そうした圧倒的多数の市民自身が、投票によって選んだ社会でもあった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。