/*/ 民主的に選ばれた管理社会 /*/
人権団体は、統一市民管理制度の廃止を求めて住民投票を要求した。
「クロノスによる一方的な管理ではなく、市民自身に選ばせるべきです」
統治局は、その要求を受け入れた。
投票項目は単純だった。
> 統一市民識別制度を維持し、税務、医療、教育、雇用、福祉行政を相互接続することに賛成しますか。
反対派は、勝てると思っていた。
監視社会。
個人情報の集中。
行政による生活把握。
その危険性を訴えれば、市民は自由を選ぶと信じていた。
だが、投票所へ来た市民が考えていたのは、もっと身近なことだった。
自分の歯。
子供の薬。
親の介護。
失業した時の職業訓練。
災害時の避難支援。
富裕層の隠し資産。
そして、毎月払っている保険料だった。
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> 統一管理を廃止したら、病院ごとに医療記録が分かれるの?
> 税務情報も自治体ごとに戻すらしい。
> 富裕層がまた資産を隠しやすくなるのでは?
> 福祉申請も本人が各窓口を回る方式に戻るって聞いた。
> 反対派、それを自由と呼んでるの?
> 俺には役所を五か所回る自由はいらない。
> 失業した時に自動で訓練案内が来た方がいい。
> 子供の予防接種を忘れていたら通知してくれる方がいい。
> 糖尿病の薬が別の病院でも確認できる方がいい。
> 管理されるのは嫌だけど、行政が何も知らないせいで支援を受けられないのはもっと嫌だ。
> 結局そこ。
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開票結果は、制度維持派の圧勝だった。
中層以下の市民。
子育て世帯。
慢性疾患患者。
高齢者世帯。
職業訓練修了者。
地方病院の利用者。
所得を正確に把握されても困らない大多数の労働者。
彼らが、統一管理制度へ票を入れた。
人権団体の代表は、記者会見で険しい顔をした。
「これは多数派による少数派への圧迫です」
記者が尋ねる。
「しかし、住民投票はあなた方が要求したものです」
「民主主義は、単なる多数決ではありません」
「それはその通りです。ですが、市民の圧倒的多数が制度の維持を選びました」
「市民は、目先の利益によって誘導されています」
その発言が流れると、掲示板は荒れた。
> 自分たちが勝つと思って住民投票を要求した。
> 負けたら市民は騙されている。
> 民主主義とは。
> 中層以下は目先の利益しか考えていない、って言ってるようなものでは?
> 目先の利益って病院と学校と仕事だろ。
> 十分重要だよ。
> 自分の思想に賛成する市民だけを「自立した市民」と呼ぶのやめろ。
> 管理反対派が民主主義を要求した結果、民主的に管理社会が選ばれた。
> 皮肉が強い。
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討論番組で、人権団体の代表は改めて主張した。
「多数派が望めば、政府はどこまで市民を管理してもよいのですか」
労働者代表の女性が答えた。
「いいえ。閲覧権限、利用目的、訂正手続き、監察制度は必要です」
「ならば、あなたも管理制度が危険だと認めるのですね」
「危険だから廃止するのではなく、危険だから規則を作るんです」
「しかし、少数派には登録されたくない自由があります」
「あります。保険へ入らず、行政給付も受けず、医療費を全額自己負担する選択はできます」
「それでは、事実上制度へ参加するしかない」
「社会で相互に助け合う制度ですから」
女性は静かに続けた。
「私たちは、所得を把握される代わりに、富裕層の所得も把握させました」
「医療記録を登録する代わりに、どこの病院でも治療を受けられるようにしました」
「雇用情報を登録する代わりに、失業した時は再教育と仕事を用意させました」
「税を払い、保険料を払い、その代わり政府に責任を取らせているんです」
代表が言った。
「それでも自由を失っています」
「私たちは、別の自由を得ました」
「別の自由?」
「病気になっても医者に掛かれる自由です」
スタジオが静かになった。
「失業しても、もう一度教育を受けられる自由」
「子供を学校へ通わせられる自由」
「金がなくても救急車を呼べる自由」
「富裕層だけが税を逃れられない社会で生きる自由」
女性は言った。
「あなた方が重視する自由と、私たちが必要としている自由が違うんです」
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統治局では、投票結果が報告された。
「統一管理制度維持が、圧倒的多数で承認されました」
ヴァルキュリアが告げる。
アプトムは結果を見て笑った。
「民主主義で決めたら、民主的に管理されることになったわけだ」
「はい」
「反対派は?」
「多数派による権利侵害を主張しています」
「自分たちで投票を要求したのに?」
「民主主義は多数決のみではない、という主張自体は正当です」
村上征樹が補足した。
「ですから、少数派の権利保護は必要です。権限外閲覧の禁止、情報利用目的の限定、訂正請求、監察記録の公開。多数決で決まったからといって、何をしてもよいわけではありません」
「だが、制度そのものは残る」
「残ります」
アルカンフェルが投票結果を見た。
「市民が選んだ」
「はい」
「ならば実施する」
村上は少し考えてから言った。
「総帥、今回はそのまま外部公開しても問題ありません」
ヴァルキュリアが記録を確認する。
> 総帥発言原文:市民が選んだ。ならば実施する。
> 外部公開用:同文。
> 備考:修正不要。
アプトムが笑った。
「珍しいな」
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管理反対派は敗北した。
武力で排除されたのではない。
発言を封じられたのでもない。
彼ら自身が要求した民主的手続きの中で、中層以下の圧倒的多数に負けた。
多数の市民は、管理の危険性を知らなかったわけではない。
知った上で選んだ。
無秩序な自由より、医療が動く管理。
匿名でいられる社会より、富裕層も貧困層も同じ台帳に載る社会。
政府が自分を知らない代わりに何もしてくれない国より、政府が自分を把握し、その分だけ責任を負わされる国。
そして民主主義は、市民の選択をそのまま制度にした。
全市民を管理する社会は、独裁者だけが望んだものではない。
病院へ行きたい者。
税を公平に払わせたい者。
子供を学校へ通わせたい者。
失業した時に見捨てられたくない者。
そうした圧倒的多数の市民自身が、投票によって選んだ社会でもあった。