/*/ 文句があるなら戦おう /*/
統一市民管理制度を巡る公開討論会で、人権団体の代表は最後まで食い下がった。
「たとえ多数派が支持していても、少数派には管理を拒む権利があります」
村上征樹が答える。
「登録を拒否する選択そのものは禁止されていません。ただし、保険給付や行政扶助を受けるには、本人確認と制度参加が必要です」
「それは事実上の強制です」
「社会制度には参加条件があります」
「クロノスは、医療と福祉を餌にして、市民を服従させているだけだ!」
会場がざわめいた。
その時、それまで黙っていたアルカンフェルが口を開いた。
「服従したくないのか」
代表は、一瞬だけ怯んだ。
それでも答える。
「当然です。人間は、あなたの所有物ではない」
「そうか」
アルカンフェルは席から立った。
「文句があるなら戦おう」
会場が静まり返った。
「……何を?」
「私と戦え」
代表は言葉を失った。
アルカンフェルは、何の冗談も含まない声で続けた。
「私の支配を認めぬのだろう」
「それは強者の理論だ!」
「そうだ」
即答だった。
「あなたは力を持っている。人間があなたに勝てるはずがない!」
「勝てとは言っていない」
アルカンフェルは代表を見下ろした。
「戦えと言っている」
「同じことだ!」
「違う」
声は静かだった。
「勝敗は力によって決まる。戦うか否かは、意志によって決まる」
代表の顔が引きつる。
「暴力でしか物事を決められないのか」
「制度に対する異議なら、制度の中で争えばよい」
アルカンフェルは言った。
「投票を求めた。認めた」
「討論を求めた。認めた」
「市民に選ばせろと言った。選ばせた」
「そして、お前たちは負けた」
会場の空気が重くなる。
「それでも結果を認めず、私の支配そのものを否定するというなら、残るのは戦いだ」
「だから、それが強者の理論だと言っている!」
「戦う気概も持てない者の文句を、私が聞く必要はない」
誰も声を出せなかった。
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人権団体の代表は、震える声で言った。
「一般市民に、獣神将であるあなたと戦えと言うのか」
「一般市民として異議を述べるなら、請願書を出せ」
「議員として争うなら、議会で票を集めろ」
「制度を変えたいなら、市民を説得しろ」
アルカンフェルは、一つずつ指を折るように言った。
「それらをすべて拒み、ただ私に退けと言うなら、お前自身が私を退けろ」
「そんなことができるわけがない!」
「ならば、なぜ私が退くと思った」
代表は答えられなかった。
「言葉を発する自由はある」
アルカンフェルは続けた。
「だが、言葉を発すれば、世界が従うという道理はない」
「少数派の声を聞くのが政治だ!」
「聞いた」
「ならば――」
「聞くことと、従うことは違う」
その一言で、会場は完全に沈黙した。
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控室へ戻った後、村上は深く息を吐いた。
「総帥」
「何だ」
「公開討論の最中に、民間人へ決闘を申し込まないでください」
「支配を否定された」
「だからといって戦闘へ話を持っていく必要はありません」
「制度による決着を相手が認めなかった」
「それでもです」
ヴァルキュリアは、すでに問題の発言を整理していた。
> ……備考:既に生放送済み。修正不能。
アプトムが笑った。
「今回は手遅れか」
「はい」
「しかも最後のやつも流れた?」
「すべて流れました」
> 総帥発言原文:戦う気概も持てない者の文句を、私が聞く必要はない。
> 備考:原文拡散中。
村上は額を押さえた。
「意味は近いですが、印象がまるで違う」
「総帥は印象を考慮していません」
「分かっています」
アルカンフェルは不思議そうに言った。
「私は、制度の中で争う道を示した」
「はい」
「それを拒むなら、戦えと言った」
「はい」
「何が問題だ」
村上は少し考えた。
「現代人は、政治的異議を表明した結果として、最高権力者から直接決闘を申し込まれることを想定していません」
「覚悟が足りない」
「そういう問題ではありません」
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当然、掲示板は燃えた。
【速報】アルカンフェル総帥、人権団体代表へ「文句があるなら戦おう」
1:名無しの市民
駄目だろ。
2:名無しの市民
何一つ隠さない独裁者。
3:名無しの反クロノス
強者の理論だ!
4:名無しの市民
本人も「そうだ」って認めてるぞ。
5:名無しの市民
そこ否定しないの怖すぎる。
6:名無しの元兵士
でも話の流れを見ると、いきなり殴ろうとしたわけではない。
7:名無しの市民
投票で負けた。
討論でも説得できなかった。
でも制度を廃止しろ。
と言われたから、じゃあ実力で退けろ、と。
8:名無しの市民
理屈は分かる。
言い方が完全に獣神将。
9:名無しの市民
完全に獣神将というか、獣神将本人だよ。
10:名無しの反クロノス
弱者の意見には価値がないと言っている!
11:名無しの市民
いや、弱くても戦う気があるなら相手するって言ってる。
12:名無しの市民
余計に怖い。
13:名無しの元兵士
勝てとは言っていない。戦えと言っている。
ここは総帥の価値観が出すぎている。
14:名無しの市民
市民運動に武人の倫理を持ち込むな。
15:名無しの市民
でも「聞くことと従うことは違う」は正論。
16:名無しの反クロノス
多数派に負けた少数派を切り捨てている!
17:名無しの市民
だから閲覧制限や訂正制度の話は聞いてるだろ。
制度自体を廃止しろ、だけ通らなかった。
18:名無しの市民
少数意見を聞く義務はある。
少数意見に従う義務はない。
19:名無しの市民
これ。
20:名無しの市民
それを総帥が言うと全部脅迫になる。
21:名無しの保安局
脅迫ではありません。
22:名無しの市民
保安局来た。
23:名無しの保安局
総帥閣下は、正式な決闘手続きについて言及されただけです。
24:名無しの市民
正式な決闘手続きがあるの!?
25:名無しの市民
そこが一番怖い。
26:名無しの旧政治家
統治の正統性を、最終的には実力に置いているわけだ。
27:名無しの市民
そりゃクロノスは武力で世界征服した組織だからな。
28:名無しの市民
民主的承認も取る。
行政手続きも守る。
でも最後の最後は「俺を退けてみろ」。
29:名無しの市民
隠さないだけ旧政治家より誠実なのか?
30:名無しの市民
比較対象が悪い。
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翌日、人権団体は声明を出した。
> 最高権力者が市民へ実力闘争を要求することは、政治的言論に対する明白な威圧である。
>
> 弱者には、強者へ異議を申し立てる権利がある。
>
> 戦う力を持たない者の声こそ、政治は聞かなければならない。
それに対し、統治局は正式な回答を公表した。
> 市民には、請願、陳情、議会活動、公開討論、住民投票および行政訴訟を通じて、統治制度へ異議を申し立てる権利があります。
>
> これらの制度を利用したことを理由に、市民が処罰されることはありません。
>
> 一方、民主的手続きによる決定を受け入れず、統治権そのものの放棄を一方的に要求する行為は、通常の政策論争とは異なります。
>
> 意見を聞くことは、要求への服従を意味しません。
最後に、アルカンフェル本人の追記が一行だけ付いていた。
> なお、私への挑戦は拒まない。
村上はその一文を見た。
「これは誰が追加したのですか」
ヴァルキュリアが答える。
「総帥閣下です」
「削除してください」
「既に公開済みです」
アプトムが吹き出した。
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アルカンフェルにとって、統治とは契約ではなかった。
彼は、人間から王権を委ねられたわけではない。
選挙に勝って世界を得たのでもない。
戦い、勝ち、支配した。
その後に制度を整え、市民を養い、医療を与え、教育を与え、仕事を作った。
だから市民が制度の改善を求めるなら、彼は聞いた。
多数が別の仕組みを選ぶなら、それも認めた。
だが、あらゆる手続きを拒んだ上で、ただ王に退けと言う者に対しては、答えは一つしかなかった。
「文句があるなら戦おう」
それは民主主義の言葉ではなかった。
だが、アルカンフェルは民主主義者ではない。
人間を守る王であり。
人間を支配する征服者であり。
そして最後には、己の力によって玉座に座っている者だった。