/*/ 代理決闘人、立候補する /*/
アルカンフェルの発言は、格闘家たちにはまったく別の意味で届いていた。
> 文句があるなら戦おう。
その一言を聞いた瞬間、ハンマー・ジョーは立ち上がった。
「よし!」
隣にいたレスラーが振り向く。
「何がよしなんだ」
「総帥閣下が公開で挑戦者を募集したんだぞ!」
「募集はしてねえだろ」
「細けえことはいい!」
ジョーは巨大な拳を握り締めた。
「普通に生きてたら、アルカンフェル総帥と正面から試合できる機会なんて一生来ねえ!」
「試合って言ったか?」
「決闘だ!」
「もっと悪い!」
だが、止める者はいなかった。
その場にいた格闘家たちの目も、すでに輝いていたからである。
「総帥と戦えるのか」
「獣神将の頂点だぞ」
「攻撃が一発でも届けば伝説になる」
「生きて帰れればな」
「生きて帰る気で挑むから面白いんだろうが!」
彼らは、その日のうちに人権団体の本部を訪れた。
/*/
人権団体の代表は、受付からの連絡を受けて会議室へ入った。
そこには、どう見ても政治討論には向いていない大男たちが並んでいた。
ハンマー・ジョー。
総合格闘家。
レスラー。
拳法家。
ボクサー。
クロノス公認闘技場で戦う獣化兵格闘家まで混じっている。
代表は入口で立ち止まった。
「……ご用件は」
ジョーが笑った。
「聞いたぜ、人権団体さんよぉ」
「何をでしょうか」
「総帥のやり方に文句があるんだろ?」
「文句ではありません。統治権力に対する正当な批判です」
「同じだろ」
「違います」
「まあ、どっちでもいい」
ジョーは親指で自分の胸を指した。
「俺が代理決闘人になってやる」
「……はい?」
「俺たちが、だ」
後ろにいた格闘家たちも頷く。
「一対一でもいい」
「団体戦でも構わん」
「代表者を決めるなら選考試合をしよう」
「いや、総帥相手なら全員で行かせてくれ」
「抜け駆けするな」
代表は目の前の光景を理解できなかった。
「なぜ、あなた方が」
「お前ら、総帥に勝てないから決闘なんて成立しないって言ってただろ」
「当然です。圧倒的な力を持つ支配者が、一般市民に戦いを要求するなど――」
「だから俺たちが代わりに戦う」
ジョーは明快に言った。
「俺たちは格闘家だ。戦うのが仕事だ。お前らよりは、総帥相手に形になる」
「形に……」
「ならねえかもしれん」
「ならないでしょう」
「だが、やる」
即答だった。
「お前らが統一管理制度の廃止を賭けて、総帥に決闘を申し込む。俺たちが代理で戦う」
「待ってください」
「勝ったら、お前らの要求を通してもらえ」
「待ってください」
「負けたら?」
「待ってください!」
代表の声が裏返った。
ジョーたちは黙った。
「私たちは、政治的な議論をしているのです」
「ああ」
「制度の問題です」
「ああ」
「格闘技の勝敗で決めるような話ではありません!」
「でも総帥は、制度で決める道も出したんだろ?」
ジョーの隣にいた拳法家が言った。
「投票をした」
「討論もした」
「請願制度もある」
「それでも納得できないから、統治者本人に退けと言っている」
「なら最後は決闘だろう」
「なぜそうなるんですか!」
格闘家たちは互いの顔を見た。
「なぜって」
「なあ?」
「それ以外にあるか?」
代表は思った。
この人たちは怖い。
クロノスだから怖いのではない。
生き方そのものが怖い。
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「心配すんな」
ジョーは代表を励ますように言った。
「俺たちは負けるつもりで行くわけじゃねえ」
「勝てると思っているのですか」
「思ってねえ」
「では、なぜ!」
「勝てない相手に挑むから、決闘なんだろうが」
代表は頭を抱えたくなった。
別の格闘家が真剣な顔で続ける。
「総帥閣下に人間の技がどこまで通用するか、確かめたい」
「獣化兵になれば、打撃は届くかもしれん」
「重力攻撃をどう捌く?」
「捌けないだろ」
「だから対策を考える」
「ガードした腕ごと消し飛ぶぞ」
「一撃は一撃だ」
会議室の隅で、人権団体の若い職員が青ざめていた。
「この人たち、本気です」
代表も分かっていた。
冗談を言っている顔ではない。
「私たちは、あなた方に死んでほしいわけではありません」
ジョーは少し意外そうな顔をした。
「別に死ぬつもりはねえよ」
「しかし相手はアルカンフェルです!」
「だから面白い」
「面白くありません!」
「お前ら、さっきから戦えない理由ばっかり探してるな」
代表の顔が固まった。
ジョーは悪意なく言った。
「総帥が強すぎる。危険だ。勝てない。死ぬかもしれない」
「当然でしょう」
「じゃあ、文句だけ言って相手が自分から退いてくれるのを待つのか?」
「政治とは、暴力ではなく言論によって――」
「だから言論と投票で負けたんだろ?」
部屋が静かになった。
ジョーは続ける。
「それでも諦めたくないなら、次は身体張るしかねえじゃねえか」
代表は何も言えなかった。
「俺たちは張ってやるって言ってる」
「……なぜ、そこまで」
「総帥と戦いてえからだ」
人権団体側の全員が黙った。
政治理念ではなかった。
正義感でもなかった。
ただ強者と戦いたいという、格闘家のどうしようもない本能だった。
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話は、当然のように統治局へ伝わった。
村上征樹は報告書を二度読み返した。
「代理決闘人?」
「はい」
ヴァルキュリアが答える。
「ハンマー・ジョーを含む格闘家二十三名が、人権団体の代理人として総帥閣下へ決闘を申し込む意思を表明しています」
「人権団体は了承したのですか」
「していません」
「でしょうね」
「現在、格闘家側が説得中です」
「何をどう説得するんですか」
アプトムが腹を抱えて笑っていた。
「いいじゃねえか。総帥も戦いたい奴がいるなら断らないんだろ?」
アルカンフェルが頷く。
「断らない」
「総帥」
村上が即座に止めた。
「民間格闘家二十三名との政治的代理決闘を受諾しないでください」
「彼らは戦いたいのだろう」
「戦いたいでしょうが、政治制度の存廃を賭ける必要はありません」
「では、試合だけ行えばよい」
「試合?」
「代理決闘ではなく、公開演武とする」
村上は少し考えた。
「……それなら、まだ調整できます」
アプトムが笑う。
「人権団体抜きで格闘家だけ総帥と戦うのか」
「そうなるでしょう」
「結局、一番得したの格闘家じゃねえか」
ヴァルキュリアが淡々と告げた。
「なお、格闘家側は安全規定の緩和を要求しています」
「却下です」
村上が即答した。
「総帥閣下が手加減することに反対、と」
「却下です」
「死亡の危険を了承する誓約書も提出されています」
「受理しないでください」
アルカンフェルが言った。
「戦士の覚悟を軽視するな」
「総帥が重視しすぎるのです」
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やがて掲示板にも情報が漏れた。
【速報】ハンマー・ジョーら格闘家、人権団体の代理決闘人に立候補
1:名無しの市民
何してんだこいつら。
2:名無しの格闘ファン
さすがジョー。
3:名無しの市民
人権団体の代理なのに、人権団体が一番嫌がってる。
4:名無しの職員
「俺たちが代わりに戦うから総帥へ申し込め」って本部へ押しかけたらしい。
5:名無しの市民
怖い。
6:名無しの格闘ファン
熱い。
7:名無しの市民
怖い。
8:名無しの格闘家
勝てるとは思っていない。
だが挑戦する価値はある。
9:名無しの市民
なんなのこの人たち。
10:名無しの格闘家
格闘家です。
11:名無しの市民
聞いてない。
12:名無しの反クロノス
政治問題を暴力で解決するな!
13:名無しの市民
一番そう思ってるの、今たぶん人権団体。
14:名無しの格闘ファン
総帥との試合だけ切り離して開催する案が出てる。
15:名無しの市民
よかった。
16:名無しの医療局
よくありません。
17:名無しの市民
医療局来た。
18:名無しの医療局
参加希望者二十三名中、現行安全基準で対戦許可を出せる者はゼロです。
19:名無しの格闘家
安全基準を下げろ。
20:名無しの医療局
却下します。
21:名無しの格闘家
死亡免責に署名する。
22:名無しの医療局
却下します。
23:名無しの市民
医療局が一番まとも。
24:名無しの格闘家
命を賭ける自由を認めろ。
25:名無しの医療局
治療する側の負担も考えてください。
26:名無しの市民
皆保険の話に戻ってきた。
27:名無しの病院事務
総帥との格闘事故は保険適用になるのか?
28:名無しの保険局
故意に著しく危険な行為へ参加した場合、給付審査の対象となります。
29:名無しの格闘家
なら自費でいい。
30:名無しの市民
こいつら本当に止まらねえ。
31:名無しの格闘ファン
人権団体「強者の理論だ!」
格闘家「じゃあ俺たちが代わりに戦う!」
人権団体「なんなのこの人たち、こわ」
32:名無しの市民
今回だけは同情する。
/*/
最終的に、代理決闘は成立しなかった。
人権団体が正式な依頼を出さなかったためである。
だが、格闘家たちは諦めなかった。
彼らは政治的要求をすべて外し、純粋な公開試合として改めて申し込んだ。
> 対戦希望者代表、ハンマー・ジョー。
>
> 対戦相手、アルカンフェル総帥。
>
> 勝敗による政治的要求なし。
>
> 目的、人類最高峰の格闘技術が総帥閣下へどこまで通用するかの確認。
村上は申請書を読み、長く沈黙した。
「最後まで本当に戦うことしか考えていない」
アプトムが笑った。
「ある意味、一番正直じゃねえか」
アルカンフェルは申請書へ承認印を押した。
「受けよう」
「総帥!」
「政治的要求はない」
「そういう問題では――」
「安全規定には従う」
村上が止まった。
「本当ですか」
「死なせなければよいのだろう」
「その表現も不安ですが、はい」
後日、対戦決定の知らせを受けたハンマー・ジョーたちは歓声を上げた。
一方、人権団体の事務所では、職員たちが深く安堵していた。
「もう来ませんよね」
「政治的代理決闘は断った。来る理由はないはずです」
その直後、受付から内線が入った。
『ハンマー・ジョーさんから花が届いています』
「花?」
『“総帥と戦えることになりました。きっかけをくれてありがとう”と』
代表は机に顔を伏せた。
「……なんなの、あの人たち」
若い職員が、小さく答えた。
「格闘家だそうです」