/*/ 世界で一番高い放送権 /*/
アルカンフェルと格闘家たちの公開試合が承認された。
政治的要求なし。
統一管理制度の存廃とも無関係。
純粋に、人類最高峰の格闘家たちが、獣神将の頂点へ挑む公開演武。
その決定が発表された翌朝。
統治局競技管理部の会議室には、世界各地のプロモーターが押し寄せていた。
「ぜひ、我が社に仕切らせてください!」
最初に立ち上がったのは、アメリカの大手格闘プロモーターだった。
「会場設営、選手契約、宣伝、興行管理、世界同時配信、すべて我々が引き受けます!」
巨大な契約書を机へ置く。
「放送権料も、統治局の言い値で構いません!」
村上征樹が眉を上げた。
「言い値で?」
「はい!」
「こちらがいくら提示しても?」
「可能な限り!」
「今、言い値と言いましたよね」
「交渉の余地は残していただければ!」
「もう下がりましたね」
プロモーターは咳払いした。
「とにかく、これは格闘技史上最大の興行です。世界統一大会として、ぜひ我々に!」
「待て!」
今度は日本の興行会社の代表が立ち上がった。
「ハンマー・ジョーは日本のリングで育った選手だ! 主催権は我々にある!」
「育ったのは選手本人であって、お前の会社ではない!」
ブラジルのプロモーターが机を叩く。
「総合格闘家の三名はブラジル出身だ! 柔術文化を無視してアメリカに任せられるか!」
「ムエタイ選手はタイの英雄だ!」
「サンボ選手は我が国の選手だ!」
「ボクサーはメキシコ出身だぞ!」
「レスラーはアメリカ人だ!」
「あの拳法家は中国武術の継承者だ!」
「国籍だけで決めるな。現在の所属ジムはフランスだ!」
「そのジムへ移籍する前は我々が支援していた!」
「契約は失効している!」
会議室が、興行権を争う市場になった。
各国のプロモーターが、選手の国籍、所属、師匠、過去の試合、放送実績を持ち出して主張する。
壁面表示には、金額が次々と積み上がっていった。
主催権料。
世界放送権。
地域別配信権。
会場命名権。
選手入場映像の制作権。
公式記録映像。
映像再利用権。
リングサイド広告。
アルカンフェルの名を商品名に使う権利。
「最後の項目は却下です」
ヴァルキュリアが即座に言った。
アメリカのプロモーターが食い下がる。
「では、“ゴッド・オブ・コンバット”の名称で!」
「却下です」
「“ザ・オリジナル・ゾアロード”!」
「却下です」
「総帥閣下御公認――」
「閣下の名を商品へ付ける提案は、すべて却下します」
「厳しい!」
「当然です」
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会議室の上座で、アルカンフェルは各社の提案書を眺めていた。
「彼らは何を争っている」
村上が答える。
「興行を誰が主催するかです」
「試合を行うのは格闘家たちだ」
「はい」
「なぜ格闘家ではない者が、格闘家を誰が売るか決めている」
プロモーターたちの声が止まった。
アメリカの代表が慎重に説明する。
「総帥閣下。格闘興行には宣伝が必要です。選手の魅力を観客へ伝え、試合への期待を高め、放送契約をまとめる。我々は、その専門家なのです」
「ならば」
アルカンフェルは言った。
「格闘家に、己をプロモーションするプロモーターを選ばせよ」
会議室が静まり返った。
「主催企業を一社に決める必要はない」
アルカンフェルは続ける。
「戦う者が、自分を最もよく伝えられる者を選べばよい」
日本の代表が口を開いた。
「選手ごとに、別のプロモーターと契約させるということですか」
「そうだ」
「しかし、興行全体の統一性が――」
「統一局が全体を管理する」
ヴァルキュリアが即座に制度案を組み始めた。
「会場、競技規則、医療、安全管理、統一配信基盤は競技管理部が担当。各選手の宣伝、公開練習、取材、入場演出、関連商品の企画は、選手が選んだプロモーターへ委託します」
アメリカのプロモーターが青ざめた。
「つまり、選手を取った会社が、その選手の興行権を持つ?」
「限定的にです」
「ハンマー・ジョー選手との独占交渉を今すぐ開始しても?」
「本人が応じるなら」
プロモーターたちは、一斉に立ち上がった。
「失礼します!」
「会議はまだ終わっていません」
「選手との交渉が先です!」
「うちの通訳を呼べ!」
「ジョーの連絡先は!」
「選手村へ向かえ!」
「過去映像を全部集めろ!」
「母国語の宣伝案を作れ!」
「報酬を倍にしろ!」
「いや三倍だ!」
わずか数分前まで統一興行の主催権を争っていた者たちが、今度は選手一人ずつを奪い合い始めた。
アプトムが笑う。
「火に油を注いだな」
「選択権を格闘家へ返しただけだ」
アルカンフェルは不思議そうだった。
「その結果、争いが激しくなりました」
村上が答える。
「選ばれる側だった格闘家が、選ぶ側になったからです」
「よいことではないか」
「選手にとっては、そうでしょう」
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ハンマー・ジョーの前には、十二社のプロモーターが並んだ。
「世界最大の放送網を用意します!」
「母国で壮行試合を開催します!」
「専用ドキュメンタリーを制作します!」
「報酬は売上の十五パーセント!」
「うちは二十パーセント!」
「移動用専用機を用意します!」
「家族とジム関係者の旅費も全額負担!」
「アルカンフェル戦に向けた特別強化施設を――」
ジョーは契約書を見ずに聞いた。
「一番派手な入場を作れるのはどこだ」
全員が黙った。
「派手な入場ですか」
「ああ」
「報酬ではなく?」
「金は試合の後でも稼げる」
ジョーは拳を握った。
「総帥と戦うのは一度きりかもしれねえ。世界中が見てる前で、最高の入場をしたい」
アメリカのプロモーターが身を乗り出した。
「巨大映像、花火、立体音響、旧時代の世界王者入場曲――」
「弱い」
「弱い?」
メキシコのプロモーターが言った。
「百人の楽団を用意する」
「悪くねえ」
日本のプロモーターが続ける。
「歴代対戦相手を花道に立たせる」
「いいな」
ブラジルのプロモーターが叫ぶ。
「調整体の打楽器隊二百名!」
「それだ!」
「待ってください!」
アメリカの代表が止めた。
「まだ我々の最終案を聞いていません!」
ジョーは楽しそうに笑った。
「なら、もっといいのを持ってこい」
プロモーターたちは走って戻っていった。
ジョーの隣にいたレスラーが呆れた顔をする。
「お前、完全に楽しんでるな」
「当たり前だ」
「試合前に燃え尽きるなよ」
「総帥と戦うんだぞ。試合前から全部が試合だ」
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他の格闘家たちも、それぞれ違う基準でプロモーターを選んだ。
ボクサーは、母国語で自分の言葉を正確に伝えられる会社を選んだ。
柔術家は、家族と師匠を前面に出さず、技術の解説を重視する会社を選んだ。
ムエタイ選手は、母国での無料放送を条件にした。
レスラーは、観客を煽る能力だけで決めた。
拳法家は、演出を拒否し、公開練習と技術解説だけを求めた。
獣化兵格闘家は、人間形態と調整体の両方を正確に映せる撮影技術を条件にした。
プロモーターたちは、選手ごとにまるで違う企画書を作る羽目になった。
全員を同じ型へ押し込めることはできない。
選手の生き方、技術、国、言葉、思想を理解できなければ、契約を取れない。
結果として、世界統一大会でありながら、選手ごとの宣伝は驚くほど多様になった。
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競技管理部では、契約審査が続いていた。
「選手報酬の最低保証額を設定します」
ヴァルキュリアが言った。
「放送収益、広告収益、関連商品収益の配分率は公開。独占契約期間は大会終了後六か月まで。負傷による出場辞退の場合も、準備費用は支払われます」
アメリカのプロモーターが苦い顔をする。
「かなり選手側に有利ですね」
「戦うのは選手だ」
アルカンフェルが言った。
「はい」
「ならば、最も多く得るべきなのも選手だ」
「興行には我々の投資も必要です」
「投資分は回収すればよい」
「利益も必要です」
「働いた分は認める」
「では、どの程度まで――」
「格闘家が納得する額だ」
プロモーターは黙った。
村上が静かに補足する。
「総帥は、利益を禁止しているわけではありません。ただし、選手が比較できるよう契約条件を公開してください」
「他社に条件が知られるのですか」
「はい」
「秘密交渉は?」
「禁止です」
「契約金の上乗せは?」
「公開してください」
「個人的な贈答は?」
「賄賂として処理されます」
プロモーターは頭を抱えた。
「競争が激しすぎる……」
アプトムが笑う。
「自由競争が好きなんだろ?」
「限度があります!」
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やがて大会の正式名称が発表された。
> 世界統一格闘演武大会
> 《ヒューマン・チャレンジ》
各国代表の格闘家たちが、公開選考試合と技術演武を行う。
最終日。
選抜された格闘家たちが、順番にアルカンフェルへ挑む。
勝敗による政治的要求は認めない。
ただし、各試合の記録は永久保存される。
攻撃を一度でも明確に届かせた者。
有効な防御を成立させた者。
総帥の姿勢を崩した者。
規定時間を耐え抜いた者。
それぞれに公式記録が与えられる。
発表直後、世界中の放送局が配信権へ殺到した。
提示された放送権料は、通常の世界大会を桁違いに上回った。
統治局は、その収益の一部を選手報酬へ配分し、残りを格闘技施設、救急医療、競技者引退後支援へ回すと発表した。
掲示板は当然のように伸びた。
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【速報】アルカンフェル総帥戦、世界統一大会へ
1:名無しの市民
規模が大きくなりすぎ。
2:名無しの格闘ファン
最初は人権団体への代理決闘だったよな?
3:名無しの市民
どこでこうなった。
4:名無しの格闘ファン
プロモーターが嗅ぎつけた。
5:名無しの市民
アメリカ企業「言い値でいい!」
6:名無しの経済局
発言記録を保存しました。
7:名無しの市民
逃がすな。
8:名無しのプロモーター
交渉上の比喩です。
9:名無しの経済局
言い値と承りました。
10:名無しの市民
経済局こわ。
11:名無しの格闘ファン
選手本人がプロモーターを選ぶ方式になったのいいな。
12:名無しの市民
総帥「戦う者が選べ」
13:名無しの格闘ファン
そこだけ聞くと人格者。
14:名無しの市民
なお対戦相手も総帥。
15:名無しの格闘家
最高では?
16:名無しの市民
格闘家だけ感覚が違う。
17:名無しの医療局
全選手に事前検査を実施します。
18:名無しの格闘家
安全規則を緩和してほしい。
19:名無しの医療局
却下します。
20:名無しの市民
いつもの。
21:名無しの放送局
総帥閣下の視点映像はありますか?
22:名無しの技術局
視覚共有は安全上許可できません。
23:名無しの放送局
では超高速撮影で。
24:名無しの技術局
通常設備では総帥閣下の動作を記録できません。
25:名無しの放送局
専用機材を作ります。
26:名無しの技術局
共同開発申請を提出してください。
27:名無しの市民
格闘大会のために新しい撮影技術が生まれそう。
28:名無しの格闘ファン
世界中の選手が総帥に殴られに集まる大会。
29:名無しの格闘家
殴りに行く大会だ。
30:名無しの市民
そこ大事なの?
31:名無しの格闘家
最も大事だ。
/*/
大会前の共同記者会見。
世界各国のプロモーターが、それぞれ担当する格闘家の後ろに立っていた。
選手の国籍も、競技も、宣伝方法も異なる。
だが全員の視線は、中央に座るアルカンフェルへ向いていた。
記者が尋ねた。
「総帥閣下は、なぜ一社へ興行を任せず、選手本人にプロモーターを選ばせたのですか」
「彼らが己の身体を賭けるからだ」
アルカンフェルは答えた。
「己を誰に託すかも、自ら決めるべきだ」
「世界統一政府の総帥として、特定の国や企業を優遇するお考えは?」
「ない」
「では、最高額を提示した企業が有利になる?」
「格闘家が金を選ぶなら、そうなる」
「名誉を選ぶなら?」
「名誉を最もよく伝える者を選ぶ」
「母国を選ぶなら?」
「母国の者を選ぶ」
「つまり、基準は選手ごとに異なる」
「当然だ」
アルカンフェルは、並んだ格闘家たちを見た。
「戦い方が違う者たちを、同じ言葉で売る必要はない」
ハンマー・ジョーが笑った。
「さすが総帥。分かってるじゃねえか」
村上は小声で注意した。
「試合前に対戦相手へ馴れ馴れしくしないでください」
「これから殴り合う仲だぞ」
「それを仲と呼ぶのは、格闘家だけです」
ジョーの背後では、彼が選んだプロモーターが満足そうに笑っていた。
最終的にジョーが選んだのは、最高額を提示した会社ではなかった。
巨大な太鼓隊。
歴代対戦相手の花道。
世界各地の子供たちが拳を掲げる映像。
そして最後に、ただ一言だけ表示する入場演出。
> 挑む者が、ここにいる。
その案を出した会社だった。
アルカンフェルは、提出された演出案を見た。
「よい」
ジョーが拳を突き出した。
「だろ?」
「ならば、リングで示せ」
「望むところだ!」
周囲のプロモーターたちは、そのやり取りを見ながら一斉に思った。
この大会は、確実に世界最高の売上を記録する。
同時に。
選手たちは、本当に命懸けでリングへ上がるつもりなのだと。