アルカンフェル転生   作:ぶーく・ぶくぶく

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武神

/*/ 獣化兵ファイトではなく、武神の稽古 /*/

 

 

 

 試合開始から十分。

 

 世界中の視聴者が、ようやく異常さを理解し始めていた。

 

 リングに上がっているのは、グレゴール、ガーゴイル、ラモチスといった筋力増幅型獣化兵。

 

 通常の人間なら、一発でもまともに受ければ終わる。

 

 鉄板を曲げ、車両を持ち上げ、コンクリート壁を破砕する肉体を持つ格闘家たちである。

 

 だから大会発表当初、視聴者の多くは思っていた。

 

 これは獣化兵同士の超重量級格闘大会になる、と。

 

 アルカンフェルも獣神将形態になる。

 

 重力制御で巨体を投げ飛ばす。

 

 空中を飛び、衝撃波を放ち、人間には知覚できない速度で戦う。

 

 そういう光景を想像していた。

 

 実際は違った。

 

 アルカンフェルは、人間形態のままだった。

 

 重力制御を使わない。

 

 念動力も使わない。

 

 空間を歪めない。

 

 獣神将としての特殊能力を、何一つ見せない。

 

 ただ立ち、歩き、避け、受け流し、崩す。

 

 それだけで、獣化兵格闘家たちを圧倒していた。

 

 

 

/*/

 

 

 

【実況】総帥だけ人間形態なんだが

 

1:名無しの格闘ファン

獣化兵ファイトになると思ってた。

 

2:名無しの市民

総帥だけ人間形態で草。

 

3:名無しの格闘ファン

草と言うか、重力制御も何も使わず技術だけで獣化兵を圧倒してるんだけど、あの人。

 

4:名無しの市民

今の投げ、何をした?

 

5:名無しの柔道経験者

分からん。

 

6:名無しの柔道指導員

原理は分かる。

できるとは言ってない。

 

7:名無しの市民

どういうこと?

 

8:名無しの柔道指導員

相手の踏み込みに合わせて、重心の移動先を消した。

そのまま肩と肘を制して落とした。

 

9:名無しの市民

ガーゴイル型を?

 

10:名無しの柔道指導員

ガーゴイル型を。

 

11:名無しの市民

体重差は?

 

12:名無しの柔道指導員

考えたくない。

 

13:名無しの格闘ファン

中継を見てたうちのおじいちゃん師範が泡吹いてる。

 

14:名無しの市民

救急車呼べ。

 

15:名無しの格闘ファン

物理的にじゃない。

興奮してる。

 

16:名無しの市民

紛らわしい。

 

17:名無しの格闘ファン

「今の足捌きをもう一度映せ」って画面に食いついてる。

 

18:名無しの映像局

超高速映像を再生します。

 

19:名無しの市民

映像局来た。

 

20:名無しの格闘ファン

爺ちゃんが止めろって言ってる。

 

21:名無しの市民

なんで?

 

22:名無しの格闘ファン

「遅くしても分からんものは分からん。かえって己の未熟さが分かる」って。

 

23:名無しの市民

重い。

 

24:名無しの師範

足裏の接地が異常だ。

 

25:名無しの市民

別の師範来た。

 

26:名無しの師範

相手が押した瞬間だけ床を踏ませている。

それ以外は相手の力を床へ逃がさない。

 

27:名無しの市民

何言ってるか分からない。

 

28:名無しの師範

私も見えているだけで、再現できるとは言っていない。

 

29:名無しの格闘ファン

またそれか。

 

30:名無しの市民

総帥、武道家としてどのくらい強いの?

 

31:名無しの師範

比較対象がいない。

 

32:名無しの市民

もう武神じゃん。

 

 

 

/*/

 

 

 

 実況席には、世界各地から集められた武術家、格闘技指導者、運動生理学者が座っていた。

 

 だが、解説は次第に少なくなっていた。

 

 説明できないからではない。

 

 原理そのものは、彼らにも理解できる。

 

 重心。

 

 力の方向。

 

 骨格。

 

 関節。

 

 呼吸。

 

 視線。

 

 間合い。

 

 相手の無意識の反射。

 

 どれも人間が古くから研究してきたものだった。

 

 問題は、それらすべてを同時に、寸分の狂いもなく実行していることだった。

 

『今の動きについて、解説をお願いします』

 

 実況に促され、老齢の拳法家がしばらく沈黙した。

 

『……相手は右拳を囮にして、左肩から組みに入りました』

 

『はい』

 

『総帥閣下は、右拳を避けていません』

 

『避けていない?』

 

『拳が当たらない位置へ、あらかじめ相手の身体を動かしたのです』

 

 実況が黙った。

 

『相手の攻撃を見てから避けたのではありません。攻撃を出す際に必要となる踏み込みを利用して、攻撃の軌道そのものを変えた』

 

『それは可能なのですか』

 

『理屈では』

 

『実際には?』

 

『私には無理です』

 

 拳法家は、少し悔しそうに笑った。

 

『おそらく、この場にいる誰にも』

 

 

 

/*/

 

 

 

 四人目の挑戦者が、リングへ上がった。

 

 グレゴール型を基礎に、下半身の瞬発力と関節可動域を重点強化したキックボクサーだった。

 

 獣化した身体は、二メートルを大きく超える。

 

 胸郭は厚く、脚は人間の胴ほどもある。

 

 だが、そのステップは軽い。

 

 前足で小さく間合いを刻み、フェイントを入れる。

 

 巨大な身体が、ほとんど音を立てずに左右へ揺れる。

 

 アルカンフェルは、静かに構えていた。

 

 挑戦者が踏み込む。

 

 下段。

 

 中段。

 

 同じ軌道から、直前で角度を変えた上段回し蹴り。

 

 アルカンフェルは、最初の二発を足捌きだけで外した。

 

 三発目。

 

 腕で受ければ、獣化兵の蹴りをまともに受けることになる。

 

 アルカンフェルは、わずかに前へ出た。

 

 蹴りの威力が最大になる前。

 

 膝が伸び切る前。

 

 足首ではなく、相手の腰へ手を添える。

 

 次の瞬間、巨大な獣化兵の身体が空中で横を向いた。

 

「なっ――」

 

 蹴りの回転力を殺さず、方向だけを変えた。

 

 挑戦者は自らの勢いで一回転し、床へ落ちる。

 

 しかし、即座に受け身を取った。

 

 起き上がった顔には、恐怖ではなく笑みが浮かんでいた。

 

「今の、俺の蹴りを使ったな」

 

「そうだ」

 

「力を止めずに、向きだけ変えた」

 

「止める必要がない」

 

 アルカンフェルは静かに答えた。

 

「力は、すでにお前が用意していた」

 

 挑戦者の笑みが大きくなった。

 

「最高だ」

 

 観客席から歓声が上がる。

 

「もう一度だ!」

 

 獣化兵は再び踏み込んだ。

 

 

 

/*/

 

 

 

【疑問】負けてる獣化兵が全員楽しそうなんだが

 

1:名無しの市民

獣化兵なのに顔が楽しそうに見える。

 

2:名無しの格闘ファン

見えるんじゃない。

楽しんでる。

 

3:名無しの市民

技術でボコボコにされてるのに?

 

4:名無しの格闘家

だからだよ。

 

5:名無しの市民

分からない。

 

6:名無しの格闘家

自分より強い奴と戦える。

自分の技を全部出せる。

出した技を、もっと上の技術で返してもらえる。

 

7:名無しの市民

授業みたいなもの?

 

8:名無しの格闘家

そんな生ぬるいものじゃない。

 

9:名無しの市民

稽古?

 

10:名無しの格闘家

命が沸く。

 

11:名無しの市民

なんなの、この人たち怖い。

 

12:名無しの格闘ファン

人権団体と同じ感想になってて草。

 

13:名無しの獣化兵選手

総帥閣下が人間形態で相手してくださる意味を考えろ。

 

14:名無しの市民

本人来た。

 

15:名無しの獣化兵選手

獣神将の力で吹き飛ばすのは簡単だ。

だが、それでは我々の技術を測れない。

 

16:名無しの格闘ファン

だから同じ土俵に降りてきた?

 

17:名無しの獣化兵選手

違う。

 

18:名無しの市民

違うの?

 

19:名無しの獣化兵選手

同じ土俵だと思っていたら、その土俵が山頂にあった。

 

20:名無しの市民

格好いいこと言うな。

 

21:名無しの格闘家

俺も次の大会に出る。

 

22:名無しの医療局

まず検査を受けてください。

 

23:名無しの市民

医療局来た。

 

24:名無しの格闘家

筋力増強型への再調整を希望する。

 

25:名無しの医療局

競技目的のみの再調整は、適性審査の対象です。

 

26:名無しの格闘家

適性はある。

 

27:名無しの医療局

自己申告は審査結果ではありません。

 

28:名無しの市民

格闘家を止められるの医療局だけだな。

 

 

 

/*/

 

 

 

 控え席のハンマー・ジョーは、試合を重ねるたびに笑みを深くしていた。

 

「三十万年か」

 

 隣のレスラーが言う。

 

「そのうち数千年、武術を研鑽したらしい」

 

「総帥からすれば、ちょっとした暇潰しだったんだろうな」

 

「暇潰しでこれかよ」

 

 リングでは、アルカンフェルがグレゴール型選手の突進を半歩で外し、その腕を取って膝から崩していた。

 

 筋力ではなく、姿勢を壊す。

 

 速さではなく、相手が動く前提を奪う。

 

 獣化兵の巨体が床へ触れる直前、アルカンフェルは腕を緩めた。

 

 落下の衝撃まで調整している。

 

 相手を壊すためではなく、技術を示すための投げだった。

 

 ジョーは低く笑った。

 

「暇潰しじゃねえよ」

 

「何?」

 

「あの人、本気で覚えたんだ」

 

 レスラーがリングを見る。

 

「何のために?」

 

「知らねえ」

 

 ジョーは肩を回した。

 

「敵が来るまでの暇潰しかもしれねえ。人間を理解するためかもしれねえ。自分の身体をどこまで使えるか試したかっただけかもしれねえ」

 

 そして、獰猛に歯を見せる。

 

「理由なんか、どうでもいい」

 

 アルカンフェルは、何千年も一人で積み上げてきた。

 

 その時代ごとに現れた戦士と戦い。

 

 技を見て。

 

 原理を理解し。

 

 己の身体で試し。

 

 失われた流派の技すら、自身の中へ残した。

 

 人間が師から弟子へ、親から子へ受け継いできた武術の歴史を。

 

 アルカンフェルは、一人の肉体の中で途切れさせず、積み重ね続けてきた。

 

「三十万年生きた獣神将が、数千年だけ武術家をやってた」

 

 ジョーは言った。

 

「それで武神ができ上がった」

 

 レスラーが苦笑する。

 

「笑えねえな」

 

「俺は笑える」

 

「なんでだよ」

 

「そんな相手と、これから戦える」

 

 ジョーの目は輝いていた。

 

「笑わずにいられるかよ」

 

 

 

/*/

 

 

 

 そして、ついにハンマー・ジョーの名が呼ばれた。

 

 観客席が大きく揺れる。

 

 ジョーは立ち上がり、リングへ向かった。

 

 すれ違いざま、先ほど敗れた獣化兵格闘家が声をかける。

 

「気をつけろ」

 

「何にだ」

 

「強さじゃない」

 

 獣化兵は、まだ楽しそうに笑っていた。

 

「技を返されるぞ」

 

「望むところだ」

 

 ジョーはリングへ上がった。

 

 アルカンフェルは、人間形態のまま待っている。

 

「待たせたな、総帥」

 

「待ってはいない」

 

「そうかい」

 

 ジョーは構えた。

 

 筋力増幅型獣化兵の巨体が沈む。

 

 床がわずかに軋んだ。

 

 だが、その姿勢に無駄はない。

 

 何百、何千時間と反復された構えだった。

 

 アルカンフェルはそれを見て、ほんの少し目を細めた。

 

「よい構えだ」

 

 ジョーの口元が吊り上がる。

 

「そいつはどうも」

 

「来い」

 

「ああ」

 

 ジョーの全身から、歓喜に似た闘気が立ち昇った。

 

「武神に、人間の拳を教えてやるよ」

 

 ゴングが鳴った。

 

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