アルカンフェル転生   作:ぶーく・ぶくぶく

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Time to Win

/*/ 総帥、近代格闘史には少し疎い /*/

 

 

 

 試合中継を見ていた格闘技ファンの間では、別の疑問も浮かび始めていた。

 

 

 

【疑問】総帥、三十万年生きてるなら歴史上の武術家と会ってないの?

 

1:名無しの格闘ファン

総帥が《Time to Win》すぎる。

 

2:名無しの市民

時間を掛ければ勝てる、の時間が数千年なの怖い。

 

3:名無しの格闘ファン

三十万年のうち、数千年ほど武術を研鑽しました。

 

4:名無しの市民

本人にとっては、ちょっとした趣味期間なのでは?

 

5:名無しの武術家

数千年を「ちょっとした」で処理するな。

 

6:名無しの市民

もう武神じゃん。

 

7:名無しの格闘ファン

ただ、近代格闘史には意外と詳しくないんじゃね?

 

8:名無しの市民

なんで?

 

9:名無しの格闘ファン

ここ四百年くらい、世界統一の準備とクロノスの地下活動に掛かりきりだったはず。

 

10:名無しの市民

武術の稽古より世界征服を優先した時期か。

 

11:名無しの格闘ファン

その言い方だと、世界征服が仕事で武術が趣味みたいだな。

 

12:名無しの市民

実際そうでは?

 

13:名無しの格闘ファン

李書文とか前田光世とか知ってるのかな。

 

14:名無しの市民

会っていたら歴史的事件だろ。

 

15:名無しの格闘ファン

でも、あの人の経歴そのものが歴史の裏側だぞ。

 

16:名無しの市民

知らないところで一回くらい見てそう。

 

17:名無しの武術家

名乗らず手合わせして、本人だけ忘れている可能性がある。

 

18:名無しの市民

忘れられた側が可哀想。

 

19:名無しの武術家

三十万年分の記憶の中では、百年前は最近なのか昔なのか。

 

20:名無しの市民

本人に聞け。

 

21:名無しの格闘記者

聞いてくる。

 

22:名無しの市民

行動が早い。

 

 

 

/*/

 

 

 

 試合後の共同記者会見。

 

 アルカンフェルは白いガウンを羽織り、壇上の中央に座っていた。

 

 その両側には、氷嚢を肩へ当てながら満足そうに笑う獣化兵格闘家たちが並んでいる。

 

 誰一人として勝ってはいない。

 

 にもかかわらず、全員の顔が妙に明るかった。

 

 記者が手を挙げた。

 

「総帥閣下に、武術史について質問があります」

 

「許す」

 

「閣下は、人間としての戦い方を数千年間研鑽したと発言されました」

 

「そうだ」

 

「三十万年の御生涯から見れば、その数千年はどのような位置づけなのでしょうか」

 

 アルカンフェルは少し考えた。

 

「集中して学んだ時期だ」

 

「趣味、あるいは暇潰しだったのでしょうか」

 

「暇を潰すためだけに、数千年も同じことは続けない」

 

 壇上の格闘家たちが、揃って少し嬉しそうな顔をした。

 

「では、武術そのものに価値を感じていた?」

 

「当然だ」

 

 アルカンフェルは答えた。

 

「同じ肉体を持ちながら、人間は時代と土地によって異なる解答を作った」

 

「拳を用いる者」

 

「組み伏せる者」

 

「投げる者」

 

「武器を持つ者」

 

「鎧を着た者を倒す者」

 

「狭い船上で戦う者」

 

「馬上から落ちた後も戦う者」

 

「一つの身体に、これほど多くの使い方がある。学ぶ価値はあった」

 

 会見場が静かになる。

 

 ハンマー・ジョーが小声で言った。

 

「やっぱり本気で好きなんじゃねえか」

 

 隣の格闘家も頷いた。

 

 

 

/*/

 

 

 

 記者は、さらに踏み込んだ。

 

「では、近代の著名な武術家についてもご存じですか」

 

「近代とは、どの程度だ」

 

「ここ百五十年ほどです」

 

「詳しくはない」

 

 会場がざわついた。

 

 三十万年生きた存在から出てきた、意外な答えだった。

 

「ご存じない?」

 

「ここ四百年ほどは、別の活動を優先していた」

 

 村上征樹が横で小さく頷く。

 

 クロノスの構築。

 

 各国への浸透。

 

 調製技術の再興。

 

 獣神将候補の探索。

 

 世界統一へ向けた準備。

 

 アルカンフェルにとっても、自由に各地の武術を巡る余裕が少なくなった時代だった。

 

「記録は読んでいる」

 

 アルカンフェルは続けた。

 

「だが、近代格闘競技の選手名や試合経歴を、すべて覚えているわけではない」

 

「では、李書文という武術家をご存じですか」

 

「名だけでは分からぬ」

 

 その瞬間、武術史研究者たちが前のめりになった。

 

「中国武術家です。槍と八極拳で知られ――」

 

 説明を聞いたアルカンフェルが、わずかに目を細める。

 

「……短い踏み込みから、全身を一度に打ち込む男か」

 

 記者の声が裏返った。

 

「会ったことがあるのですか!?」

 

「会ったとは言えぬ」

 

「では、見た?」

 

「一度だけ、戦う姿を遠方から見た可能性がある」

 

「可能性?」

 

「当時の私は、別件を処理していた」

 

「何の別件でしょうか」

 

「クロノスの任務だ」

 

 それ以上の説明はなかった。

 

 だが、会場の武術史研究者たちは完全に色めき立っていた。

 

「本人だった確証は?」

 

「ない」

 

「技を見ただけで覚えていたのですか」

 

「よい動きは覚えている」

 

 人名ではなく、動きで記憶していた。

 

 武術家たちにとって、それは妙に納得のいく話だった。

 

 

 

/*/

 

 

 

 別の記者が立ち上がった。

 

「前田光世についてはいかがでしょう」

 

「誰だ」

 

「日本の柔術家で、海外を転戦し、南米にも渡った人物です」

 

 アルカンフェルは沈黙した。

 

 バルカスが端末へ何かを表示し、村上が小声で説明する。

 

「……ああ」

 

 アルカンフェルが言った。

 

「試合を見たことはない」

 

 記者たちが少し落胆する。

 

「ただし、その系統の技術を使う者とは、後年に手合わせした」

 

「誰ですか!」

 

「名は聞かなかった」

 

「またですか!」

 

「相手も私の名を知らなかった」

 

 アルカンフェルにとって、名乗らない手合わせは珍しくなかった。

 

 旅人。

 

 傭兵。

 

 兵士。

 

 剣士。

 

 僧。

 

 用心棒。

 

 土地の名人。

 

 彼は時代ごとに姿を変え、名を変え、戦い方を学んだ。

 

 相手の名が歴史に残ったかどうかなど、当時の彼には重要ではなかった。

 

「前田光世本人との交流はなかった、と」

 

「少なくとも、私は記憶していない」

 

「では、絶対になかったとも言い切れない?」

 

「三十万年分の記憶を、今この場ですべて照合する気はない」

 

 会場から笑いが漏れた。

 

 アルカンフェルは真顔だった。

 

 

 

/*/

 

 

 

【速報】総帥、李書文らしき人物を遠くから見ていた可能性

 

1:名無しの市民

可能性って何だよ。

 

2:名無しの武術史研究者

大事件だぞ。

 

3:名無しの市民

本人だった証拠ないだろ。

 

4:名無しの武術史研究者

総帥が「よい動き」として覚えている時点で調査価値がある。

 

5:名無しの市民

名前は覚えてないのに動きは覚えてるの、武術家すぎる。

 

6:名無しの格闘ファン

「短い踏み込みから全身を一度に打ち込む男」

 

7:名無しの武術家

情報が技術的すぎる。

 

8:名無しの市民

もっと服装とか顔とか覚えてないの?

 

9:名無しの武術家

武術家が見るのはそこじゃない。

 

10:名無しの市民

前田光世は?

 

11:名無しの格闘ファン

本人とは会ってないらしい。

 

12:名無しの市民

「記憶していない」だから可能性は残ってるぞ。

 

13:名無しの歴史局

該当年代における総帥閣下の活動記録を確認中です。

 

14:名無しの市民

歴史局来た。

 

15:名無しの歴史局

ただし、当時のクロノス活動記録には多数の偽名および欠落があります。

 

16:名無しの市民

歴史の裏側すぎる。

 

17:名無しの格闘ファン

近代格闘史には詳しくないけど、技そのものは一回見ただけで記憶する。

 

18:名無しの市民

厄介な古参ファンみたいだな。

 

19:名無しの武術家

古参の桁が違う。

 

20:名無しの格闘ファン

近代格闘技のルール説明を受けてる総帥が見たい。

 

21:名無しの市民

「なぜ倒れた相手を攻撃してはならぬ」

 

22:名無しの競技局

安全と競技性のためです。

 

23:名無しの市民

「なぜ肘打ちは規定によって許可と禁止が分かれる」

 

24:名無しの競技局

競技ごとの規則です。

 

25:名無しの市民

「なぜ体重別に分ける」

 

26:名無しの競技局

公平性のためです。

 

27:名無しの市民

総帥、全部に「なぜ」と言いそう。

 

28:名無しの格闘ファン

でも説明したら理解は一瞬なんだろうな。

 

29:名無しの武術家

そして翌日にはルール内で最適化してくる。

 

30:名無しの市民

出場禁止にしろ。

 

31:名無しの競技局

主催者です。

 

32:名無しの市民

終わった。

 

 

 

/*/

 

 

 

 会見の最後。

 

 若い記者が尋ねた。

 

「総帥閣下は、近代格闘技を古い武術より劣るとお考えですか」

 

「思わぬ」

 

 アルカンフェルは即答した。

 

「規則があるからこそ、発達する技術もある」

 

「素手で殺すための技と、競技として勝つための技は異なる」

 

「長時間戦うための体力配分」

 

「減量」

 

「映像分析」

 

「対戦相手ごとの戦術」

 

「防具やグローブを前提とした攻防」

 

「それらは、私が集中的に学んでいた時代には存在しなかった」

 

 壇上の格闘家たちが、一斉にアルカンフェルを見た。

 

 その発言の意味を、彼らだけは即座に理解した。

 

 ハンマー・ジョーが口を開く。

 

「総帥」

 

「何だ」

 

「近代格闘技には詳しくないんだな」

 

「先ほどそう言った」

 

「じゃあ、まだ教えられるものがある」

 

 ジョーは嬉しそうに笑った。

 

「次は、今の時代の戦い方を見せてやるよ」

 

 アルカンフェルは少しだけ目を細めた。

 

「よい」

 

 周囲の格闘家たちも、疲労を忘れたように笑い始める。

 

 世界で最も古い武術家に。

 

 自分たちの時代の技術を教えられる。

 

 そんな機会があると知って、彼らが大人しくしていられるはずがなかった。

 

 村上は、その光景を見て嫌な予感を覚えた。

 

「まさか、次回大会を開くつもりではありませんよね」

 

 アルカンフェルは答えた。

 

「近代格闘技を学ぶ必要がある」

 

 格闘家たちが歓声を上げた。

 

 村上は額を押さえた。

 

 三十万年生きた武神が、近代格闘技へ本格的な興味を持ってしまった。

 

 それは格闘技界にとって最大の名誉であり。

 

 競技管理部にとって、最悪の知らせだった。

 

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