アルカンフェル転生   作:ぶーく・ぶくぶく

128 / 150
ウマ娘調整プラン

/*/ クロノス日本支部 芸能調整計画会議室 /*/

 

 

 

 運動特化調整体。

 

 公式名称は、そう定められた。

 

 民間からは早くも別の呼び名が広がっているが、公文書には載せない。

 

 クロノス芸能部門女性部門所属。

 

 本人の自由意思を前提とし、外部の親族、事務所、スポンサー、旧競馬団体が直接所有・支配することは禁じる。

 

 競技、歌唱、舞台、配信、地域興行は、クロノス芸能部門と監察部門が管理する。

 

 そこまでは決まった。

 

 問題は、どう調整するかだった。

 

 開発局の会議室には、バルカス、ヴァルキュリア、村上征樹、日本支部の研究者たち、芸能部門の責任者たちが集められている。

 

 アルカンフェルは、中央の席で資料を眺めていた。

 

 画面には、数種類の調整案が並んでいる。

 

 第一案。

 

 全員を規定出力へ揃える。

 

 速度、筋力、心肺機能、跳躍力、回復力を一定値へ近づける調整。

 

 安全で、競技規格を作りやすい。

 

 だが、競争としては平板になる。

 

 第二案。

 

 身体能力の上限を段階別に分ける。

 

 クラス制を導入し、同程度の能力帯で競わせる。

 

 これも管理しやすい。

 

 だが、どこか人工的だった。

 

 そこで、端の席にいた開発局の若い研究者が、恐る恐る手を挙げた。

 

「発言してもよろしいでしょうか」

 

 アルカンフェルが視線を向ける。

 

「言え」

 

 研究者は一瞬だけ喉を鳴らした。

 

 だが、目は怯えていなかった。

 

 むしろ、資料を見ている間ずっと考え込んでいた者の目だった。

 

「競技として成立させるなら、一律に規定出力へ到達させるよりも、元の身体能力を倍加させる方が良いと思われます」

 

 バルカスの眉がわずかに上がった。

 

 アルカンフェルは無言で続きを促す。

 

 研究者は続けた。

 

「未調整の人間にも、個体差があります。速い者、強い者、持久力のある者、反応が鋭い者、勝負勘のある者。馬型運動特化調整体を、規格品としての獣化兵ではなく、競争者として設計するならば、その差を残すべきです」

 

 ヴァルキュリアが端末に記録する。

 

「つまり、絶対値を揃えず、元の才能を拡張する」

 

「はい」

 

 研究者は頷いた。

 

「元々の素質、筋繊維、心肺、腱の弾性、神経反応、平衡感覚、勝負時の判断。それらを均一化せず、それぞれの個性として増幅する。残酷ですが、才能の差が出ます」

 

 会議室が少し静かになった。

 

 研究者は、それでも言い切った。

 

「ですが、競技にはそれが必要です。誰もが同じ調整値なら、観客はすぐに飽きます。才能の差があり、成長があり、故障からの復帰があり、期待を裏切る敗北があり、予想外の勝利がある。そうでなければ、スター選手は生まれません」

 

 芸能部門の責任者が、思わず身を乗り出した。

 

「スター選手」

 

「はい。規格品ではなく、物語を持つ競争者です」

 

 研究者の声には、熱があった。

 

「同じ耳、同じ尾、同じ出力では駄目です。調整で美しく、強く、速くなる。けれど、それでも最後には本人の才能と努力と勝負勘が出る。そこに観客は熱狂します」

 

 バルカスが、ゆっくりと笑った。

 

「なるほど。獣化兵の量産思想とは逆じゃな」

 

「はい」

 

 研究者は少し緊張しながらも頷いた。

 

「戦闘用なら規格化が正しいです。部隊運用、補給、命令系統、性能保証が必要ですから。しかし興行競技なら、完全な規格化は魅力を削ります」

 

 アルカンフェルは、しばらくその研究者を見ていた。

 

 それから短く言った。

 

「こいつを主任にしろ」

 

 研究者の顔が固まった。

 

「……は?」

 

「この計画の主任だ」

 

 会議室がざわめく。

 

 バルカスは楽しげに頷いた。

 

「適任ですな」

 

 ヴァルキュリアはすぐに端末を操作する。

 

「では、監察担当も付けます」

 

 アルカンフェルは淡々と言った。

 

「当然だ。ただし監視をつけろ。この手合いはやり過ぎる」

 

 研究者はぎくりとした。

 

「い、いえ、自分はそのような」

 

「やる」

 

 アルカンフェルは断言した。

 

「競争者としての個体差を残す、という発想は良い。スターを生むには正しい。だが、スターを作ろうとして身体を壊す可能性も高い」

 

 ヴァルキュリアが続ける。

 

「主任就任と同時に、監察部門の常駐を義務化します。調整倍率、安全域、故障率、引退後の医療保障、興行側からの圧力は全て監査対象です」

 

 研究者は、青ざめながら頭を下げた。

 

「承知しました」

 

 アルカンフェルは少しだけ表情を緩めた。

 

「萎縮するな。発想は採用する。だが、壊すな」

 

「はい」

 

「規格品ではなく競争者を作る。それはよい。ならば、競争者として生き続けられる設計にしろ」

 

「……はい!」

 

 研究者の返事に、今度は熱が戻っていた。

 

 その日、馬型運動特化調整体計画は方向を変えた。

 

 一律出力型ではない。

 

 素質倍加型。

 

 元の身体能力を基準に、個体ごとの特性を増幅する。

 

 瞬発型。

 

 持久型。

 

 末脚型。

 

 坂路型。

 

 芝向き。

 

 ダート向き。

 

 雨天に強い者。

 

 短距離に強い者。

 

 長距離で粘る者。

 

 競技者たちは、規格化された獣化兵ではなく、才能の差と努力の差を持つ調整体として設計された。

 

 そして数か月後。

 

 第一回運動特化調整体競技大会が開催された。

 

 会場は、再整備された巨大競馬場だった。

 

 旧世界の競馬場は、一度は衰退しかけていた。

 

 賭博の縮小。

 

 娯楽の分散。

 

 財政悪化。

 

 動物福祉問題。

 

 観客の高齢化。

 

 だが、その日は違った。

 

 若年層が押し寄せていた。

 

 公共住宅から来た家族。

 

 調整医療ステーションの職員。

 

 獣歌隊のファン。

 

 火星農業研修の候補生。

 

 かつて競馬場など来たことのなかった若者たち。

 

 スタンドは色で溢れていた。

 

 勝負服。

 

 応援旗。

 

 配信カメラ。

 

 屋台。

 

 獣歌隊の前座ライブ。

 

 馬型運動特化調整体たちの入場で、会場は大歓声に包まれた。

 

 耳が揺れる。

 

 尾が風を切る。

 

 調整された脚が、芝を踏む。

 

 彼女たちは獣化兵ではない。

 

 戦闘器官はない。

 

 だが、普通の人間でもない。

 

 美しく、強く、速く、そして明らかに個体差があった。

 

 小柄で鋭い加速を見せる者。

 

 長身で大きなストライドを持つ者。

 

 序盤は遅れても、最後に異様な伸びを見せる者。

 

 観客は、すぐに理解した。

 

 これはただの見世物ではない。

 

 競争だ。

 

 第一レース。

 

 スタートの瞬間、会場の空気が爆発した。

 

 芝を蹴る音。

 

 観客の叫び。

 

 実況の声。

 

 耳を伏せ、尾で姿勢を取り、競技者たちが疾走する。

 

 最終直線。

 

 先頭を走っていた本命選手の外から、無名の競技者が伸びてきた。

 

 調整前は地方の陸上選手だったという。

 

 倍率だけなら高くない。

 

 だが、腱の弾性と心肺の相性が異常によく、終盤で落ちない。

 

 観客が叫ぶ。

 

 実況が名前を叫ぶ。

 

 彼女は差し切った。

 

 競馬場が揺れた。

 

 ただ勝っただけではない。

 

 スターが生まれた瞬間だった。

 

 その映像は、すぐに地球圏へ配信された。

 

 火星居住モジュール工場の休憩室でも。

 

 月面研究都市の食堂でも。

 

 ラグランジュ農業コロニーの建設現場でも。

 

 木星圏のアプトム便管制室でも。

 

 人々が同じレースを見ていた。

 

 アプトムはぼやいた。

 

「人間、こういうの好きだよなぁ」

 

 リ・エンツイが静かに答える。

 

「競争と物語は、人間社会の古い娯楽だ」

 

「俺も走ったら勝てるか?」

 

「競技規則違反だ」

 

「分かってるよ」

 

 クラウド・ゲートの観覧室でも、アルカンフェルたちは配信を見ていた。

 

 会場の熱狂。

 

 勝者の涙。

 

 敗者の悔しさ。

 

 観客の叫び。

 

 獣歌隊のステージ。

 

 競馬場に戻った活気。

 

 バルカスは腕を組み、感心したように呟いた。

 

「……あれほど調整に拒絶を示していた女性体が、これほど調整に前向きになるとは」

 

 ヴァルキュリアは、画面を見たまま淡々と答えた。

 

「耳と尻尾が付こうが、美容整形以上に自然に美しくなれると知れば、こんなものですよ」

 

 バルカスは目を瞬かせた。

 

「そういうものかね」

 

「そういうものです」

 

 彼女は続けた。

 

「それに、これは単に美しくなるだけではありません。速くなる。注目される。応援される。名前が呼ばれる。自分の身体が、競技と舞台と収入になる。拒絶感より、可能性が勝ったのでしょう」

 

 村上が少し苦笑する。

 

「怖さは消えていないと思いますよ。ただ、怖さより先の景色が見えた」

 

「なるほど」

 

 バルカスは画面を見つめる。

 

 レース後の競技者たちが、息を切らしながら手を振っている。

 

 耳が動き、尾が揺れ、観客が歓声を返す。

 

 それは戦闘用獣化兵の社会認知とは、また違う熱だった。

 

 獣歌隊が獣化兵への恐怖を和らげたなら、調整競走は身体調整への憧れを作り始めていた。

 

 アルカンフェルは、静かに言った。

 

「人間は面白いな」

 

 ヴァルキュリアが横目で見る。

 

「お気に召しましたか」

 

「気に入ったというより、よく燃える」

 

「欲望が、ですか」

 

「ああ」

 

 アルカンフェルは競馬場の映像を見た。

 

 富の再分配。

 

 住宅。

 

 医療。

 

 宇宙開発。

 

 それらは人間を生かす。

 

 だが、こういう祭りは、人間を前へ走らせる。

 

「管理しろ」

 

 彼は言った。

 

「だが、冷やしすぎるな。熱は必要だ」

 

 ヴァルキュリアは頷いた。

 

「監察部門を常駐させます。競技者組合、医療部門、芸能部門、賭博管理、配信収益、引退後保障を連動させます」

 

「よい」

 

 バルカスが、ぽつりと言った。

 

「次は飛行型の舞踏競技なども」

 

「バルカス」

 

「冗談です」

 

 ヴァルキュリアが端末に入力する。

 

「記録しました」

 

「ヴァルキュリア嬢、最近厳しくないかね」

 

「必要ですので」

 

 画面の中で、勝者となった競技者がインタビューを受けていた。

 

 涙で声を震わせながら、それでも笑っている。

 

 自分の耳に触れ、自分の尾を見て、少し照れくさそうに言った。

 

「この身体で走れて、よかったです」

 

 その言葉が、配信で全世界へ流れた。

 

 翌日。

 

 運動特化調整体への志願相談は、前日の数十倍に増えた。

 

 クロノス日本支部の開発局は悲鳴を上げた。

 

 芸能部門も悲鳴を上げた。

 

 監察部門は、さらに分厚い監査規定を作った。

 

 そしてアルカンフェルは、報告書の数字を見て、少しだけ溜息をついた。

 

「宇宙怪獣より、こっちの方が増殖が速いな」

 

 アプトムが笑った。

 

「人間の欲望を甘く見たな、総帥」

 

「見誤ってはいない」

 

 アルカンフェルは答えた。

 

「だが、少し早い」

 

 その表情は、困っているようで、どこか楽しげでもあった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。