/*/ もう一人くらい /*/
市民マラソンで優勝し、その場で歌い始めた四十二歳の母親は、しばらく家庭内で要注意人物として扱われた。
「お母さん、次の大会へ出る時は先に言って」
「応援に来てくれるの?」
「行かないために聞くの」
「ひどくない?」
「勝った後に歌わないって約束するなら行く」
「勝者ライブはウマ娘の伝統でしょう?」
「市民マラソンに、そんな伝統はないの!」
十五歳の娘が頭を抱える一方、父親もクロノスの調製を受けていた。
父親が受けたのは、筋力増幅型獣化兵《ガーゴイル》。
軍事用の量産型獣化兵である。
調製を受けた時点でクロノス軍の予備役へ登録され、定期訓練と招集義務を負う。
平時はこれまでどおり民間で働くが、有事には部隊へ編入される。
大規模災害が発生した場合にも、軍の救援命令によって招集される可能性があった。
獣化すれば全身が大型化し、分厚い筋肉と強固な骨格を持つ戦闘形態になる。
だが、通常時の外見は人間のままだった。
調製前と同じ顔。
同じ声。
同じ身長。
それでも、身体を構成し直した影響は人間形態にも表れていた。
内臓機能は修復され、筋肉と骨格は若返った。
慢性的な腰痛が消え、視力も回復した。
白髪が減り、目の下にあった疲労の影も薄くなった。
姿そのものは変わらないのに、十歳以上若返ったように見えた。
娘は、調製を終えて帰宅した父親の周囲を一周した。
「本当に、お父さん?」
「そうだ」
「獣化兵なんだよね?」
「ガーゴイルだ」
「今は人間?」
「人間形態だ」
「ここで獣化しないでね」
「必要がない」
「見せてって言っても?」
「予備役訓練場でなら見学できる」
「家では絶対にやめて」
「この家は獣化兵の屋内活動を想定していない」
「獣化したら、どうなるの?」
「まず天井を壊す」
「絶対にやめて!」
父親は調製前と同じ、物静かな性格だった。
妻が朝から十キロ走って帰ってきても、自分は黙って朝食を作る。
市民マラソンの次の大会を検索しているのを見つけると、娘へ知らせる。
妻が新しい競技用シューズを注文すれば、家計簿へ正確に記録する。
違いがあるとすれば、米の袋を片手で二つ持っても、腰を押さえなくなったことくらいだった。
「獣化しなくても力が強くなってない?」
「調製前よりは強い」
「どのくらい?」
「日常生活では、力加減へ注意する必要がある程度だ」
「曖昧だね」
「軍用獣化兵の詳細な性能を、家庭で説明する必要はない」
「予備役になった途端、お父さんが軍人っぽい」
「予備役も軍人だ」
父親の本業は変わらなかった。
仕事が安定したのは、ガーゴイルへの調製を受けたからではない。
クロノス統治下で雇用制度が整理され、長期就業が保証されるようになったためだった。
予備役訓練や招集によって本業を休む場合も、勤務先はその地位を保障しなければならない。
招集期間中は軍から給与が支払われ、家族への生活保障もある。
父親は年に数度、指定施設で訓練を受けた。
獣化制御。
部隊行動。
市街地での戦闘。
災害救援。
負傷者を傷つけずに運ぶための力加減。
訓練を終えれば人間形態へ戻り、夕方には家へ帰ってきた。
「訓練、どうだった?」
「問題ない」
「獣化したの?」
「した」
「写真は?」
「軍事訓練中の撮影は禁止だ」
「一度くらい見てみたい」
「正式な公開訓練へ申し込め」
「そこまでして見たいわけじゃないかな……」
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ある日の夕食後。
母親が食器を片づけながら、何気ない調子で言った。
「ねえ。もう一人くらい、頑張ろうかしら」
娘が飲んでいた茶を噴きかけた。
「何を!?」
「子供」
「聞き返さなくても分かったよ!」
父親は驚かなかった。
「私も考えていた」
「お父さんまで!?」
「家計と住居面積は確認した。今の収入なら、もう一人増えても問題ない」
「もう二人で相談してたの?」
「まだ可能性について話しただけだ」
母親が席へ戻り、娘の向かいへ座った。
「あなたを産んだ後にも、もう一人欲しいと思ったことはあったのよ」
「初めて聞いた」
「その頃は無理だったの。お父さんの仕事も安定していなかったし、私も仕事へ戻ったばかりだった。あなたは夜に全然寝なかったし」
「それは、ごめん」
「赤ちゃんだったあなたが謝ることではないわ」
当時、夫婦は若かった。
だが、金がなかった。
仕事は不安定で、住居は狭く、保育所へ入れる保証もなかった。
一人の子を育てるだけで精一杯だった。
やがて収入が安定した頃には、二人とも疲れていた。
母親は二度目の妊娠と出産へ耐えられる自信がなかった。
父親には腰痛があり、休日も横になっていることが増えていた。
だから、家族は三人で完成したことにした。
「でも今は、私の身体も若返ったでしょう?」
母親は自分の馬耳を動かした。
「仕事も安定している。保育も使える。お父さんの腰も治った」
「予備役として招集される可能性はある」
父親が付け加えた。
「それは大丈夫なの?」
「妊娠、出産、乳幼児養育中の家族がいる予備役には、招集区分の調整制度がある。私一人しか養育者がいない状況で、長期招集されることはない」
「そこまで調べたんだ」
「家族を増やすなら、先に確認すべきことだ」
母親が笑った。
「それに、お父さんなら赤ちゃんを一晩抱いていても、腕が疲れないでしょう?」
「人間形態でも問題ない」
「獣化したまま抱くのは絶対にやめてね」
「そのつもりはない」
「爪があるんでしょう?」
「ある」
「絶対だからね!」
「乳児を抱くために獣化する理由がない」
娘は両親を見比べた。
「私に世話をさせるつもりじゃないよね?」
「それはしない」
父親が即答した。
「きょうだいとして可愛がるかどうかは、あなたが決めてよい。育児の責任は私たちにある」
「そこはちゃんと考えてるんだ」
「考えずに子供を増やすほど若くはない」
外見だけなら、両親とも十分に若かった。
「私と十五歳以上離れるんだけど」
「そうね」
「私が大学へ行く頃、まだ幼稚園だよ」
「そうなるな」
「授業参観へ行ったら、私がお母さんだと思われそう」
「一緒に来てくれるの?」
「まだ行くとは言ってない!」
母親は笑った。
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夫婦は、生殖医療調製科で検査を受けた。
医師は母親の検査結果を表示した。
「暦年齢は四十二歳ですが、調製後の卵巣、子宮、循環器系の状態は二十代後半相当まで回復しています」
「では、普通に妊娠できますか?」
「可能性は十分にあります。ただし、ウマ娘調製後の妊娠ですので、調製体向けの経過観察が必要です。身体能力が若返ったことと、妊娠に危険がないことは同義ではありません」
「走るのは?」
「妊娠前なら構いません。妊娠後は競技出場を控えてください」
「市民マラソンも?」
「競技です」
「勝者ライブだけなら?」
「走らずに、どうやって勝つおつもりですか?」
母親は黙った。
隣で父親がうなずく。
「止めていただき、ありがとうございます」
「あなたはどちらの味方なの?」
「母子の安全の味方だ」
続いて、父親の検査結果が表示された。
「御主人は軍用ガーゴイルへの調製を受けていますが、生殖機能に異常はありません。調製後の安定化も完了しています」
「獣化兵でも大丈夫なんですね」
「はい。ただし、父母双方が調製済みですので、お子さんは母親の形質を継いだウマ娘か、父親の形質を継いだガーゴイルとして生まれます」
「普通の人間として生まれる可能性は?」
「ありません。どちらの調製形質を強く受け継ぐかは、今後の検査で判定できます」
娘が不安そうに尋ねた。
「子供が、いきなりガーゴイルに獣化することは?」
「ありません」
医師は即答した。
「ガーゴイルとして生まれた場合も、通常時の外見は人間と変わりません。獣化するには、自分の身体へ意識的に命令を送り、獣化形態を起動するための訓練が必要です」
「泣いたり、驚いたりした拍子に獣化することは?」
「ありません。獣化訓練を受けていない子供が、自発的に獣化することはできません」
「よかった……。赤ちゃんが夜泣きしたら、急に大きくなるのかと思った」
「私も、訓練を受けるまでは獣化できなかった」
父親が言った。
「お父さんは大人だったでしょう?」
「身体の仕組みは同じだ」
「ガーゴイルとして生まれた子には、適切な年齢になってから段階的な獣化訓練を行います。それまでは人間形態のまま成長します」
「ウマ娘として生まれた場合は?」
「耳と尾を備えた状態で生まれます。ただし、競走能力や歌唱能力まで自動的に完成しているわけではありません。そちらも成長に応じた訓練が必要です」
「どちらに生まれても、いきなり走ったり獣化したりはしないんですね」
「赤ん坊ですから」
医師は穏やかに答えた。
「御夫婦とも、医学的には妊娠を試みることができます。ただし、これは調製を受けたから子供を持たなければならない、という話ではありません」
「分かっています」
「行政、勤務先、軍から出産を勧められたわけでもありませんね?」
「私たちが決めました」
「上のお子さんへ育児負担を負わせる予定は?」
「ありません」
「では、経過を確認しながら進めましょう」
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翌年。
母親は妊娠した。
市民マラソンへの出場予定は、すべて取り消された。
代わりに毎朝、医師から指定された距離だけを歩いた。
「走るより疲れるわね」
「ゆっくり歩くのが苦手なだけでしょう」
娘は呆れながらも、休日には母親の散歩へ付き合った。
父親は勤務先へ育児休暇を申請した。
同時に、クロノス軍の予備役管理部門へ出産予定日を届け出た。
出産前後の期間は、通常訓練の延期が認められた。
緊急時の招集対象から完全に外れるわけではない。
だが、ほかの予備役で代替できる限り、乳幼児のいる家庭を優先して残す制度が適用された。
父親は人間形態のまま、乳児用ベッドを説明書どおり慎重に組み立てた。
「お父さんなら、ネジを指で締められるんじゃない?」
「締められる」
「工具を使うんだ」
「必要以上の力を加えれば壊れる」
「ガーゴイルって、子育てには繊細さが必要なんだね」
「何をするにも必要だ」
出産は無事に終わった。
母親の年齢欄には四十三歳と記録された。
一方、生殖医学上の身体年齢欄には二十八歳相当と記載された。
父親の欄には、軍用筋力増幅型獣化兵《ガーゴイル》、クロノス軍予備役と記された。
子供の欄には、両親から受け継いだ調整形質と、今後必要となる経過観察項目が記録された。
従来なら高年齢出産として一括されていた例だったが、調整後の社会では、暦年齢だけで危険度を判断できなくなっていた。
病室で赤子を渡された娘は、最初こそ困った顔をした。
「小さい」
「赤ちゃんだからね」
「これが歩くようになるんだ」
「あなたも歩くようになったわ」
「それは知ってるけど」
赤子が姉の指を握った。
娘はしばらく、その小さな手を見つめた。
「私が成人する頃、まだ幼稚園なんだよね」
「そうね」
「運動会くらいなら行ってあげてもいい」
「ありがとう」
「お母さんは保護者競走に出ないでよ」
「その頃には、もっと速くなっているかもしれないわ」
「出ないで!」
「私が止めよう」
父親が言った。
「お父さんも獣化しないでね。運動会にガーゴイルが出てきたら大騒ぎになるから!」
「獣化する必要はない」
「お母さんを止める時だけ、ちょっと必要かもしれないけど……」
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同じことは、一つの家庭だけでは終わらなかった。
四十代で調製を受けた夫婦。
子育てを一度終えかけていた夫婦。
本当は第二子、第三子を望みながら、年齢や健康、収入を理由に諦めた夫婦。
そうした家庭が、もう一度だけ考え始めた。
> 今なら、もう一人育てられるかもしれない。
女性側がウマ娘型や健康長寿型の調製を受けた家庭。
男性側がガーゴイルなどの軍用獣化兵調製を受け、予備役となった家庭。
夫婦とも健康を回復し、本業の雇用が安定した家庭では、追加出生が目立って増えた。
父母双方が調製済みの家庭では、生まれる子供もまた、両親のいずれかの調整形質を受け継いだ。
ウマ娘として耳と尾を備えて生まれる女子。
人間と変わらない外見のまま、ガーゴイルの獣化形態を内包して生まれる男子。
ガーゴイル形質を受け継いだ子供が、泣いたり怒ったりした拍子に獣化することはない。
適切な年齢に達し、専門施設で段階的な獣化訓練を受けるまでは、自発的に獣化することそのものができなかった。
そのため、幼少期は一般の子供と同じように家庭や保育施設で育てられた。
違いが表れるのは、身体能力の発達や健康管理、そして将来どのような訓練を受けるかという点だった。
身体が若返ったからだけではない。
職業が安定した。
住宅を失う不安が減った。
保育施設と医療施設が整備された。
予備役として招集された場合にも、本人の給与と家族の生活が保障された。
親自身の健康寿命が延び、子供が成人する前に介護される側へ回る恐れも薄れた。
妊娠できることと、産み育てられることが、初めて同時に揃ったのである。
クロノスは出生率を上げる目的でウマ娘ライブを始めたわけではなかった。
ガーゴイル調製も、出生支援ではない。
人類の軍事力を維持し、有事に動員できる予備戦力を確保するための軍用調整だった。
しかし結果として、二〇二〇年代後半の出生統計には明確な変化が現れた。
調製済みの四十歳代を中心に、第二子、第三子の出生が増加。
第一子を成人近くまで育てた家庭に、十歳以上離れたきょうだいが生まれる例も珍しくなくなった。
閉鎖予定だった産科が再編される。
統廃合予定だった保育所が存続する。
児童数の減少を前提にしていた学校では、将来推計のやり直しが始まった。
人口統計局は、新たな集計欄を追加した。
> 暦年齢。
> 生物学的年齢。
> 生殖機能年齢。
> 父母の調整型。
> 出生児の継承調整型。
> 予備役登録の有無。
> 調整後出生順位。
四十二歳の調製済み女性を、旧来の四十二歳と同じ区分では扱えない。
同じように、軍用ガーゴイルへ調製された予備役の父親を、調整前と同じ健康状態、就業可能年数、生殖機能として扱うこともできなくなっていた。
その父親からガーゴイル形質を受け継いだ子供についても、未調整の子供とまったく同じ成長過程を想定することはできない。
獣化訓練を始める年齢。
訓練を本人の意思で受けるかどうか。
獣化能力を軍務へ用いるのか、災害救援や民間職へ生かすのか。
成人後の進路まで含め、旧来には存在しなかった選択肢が生まれていた。
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クラウド・ゲートの政策会議で、ヴァルキュリアが報告した。
「調製済み世帯における追加出生が、人口推計を上回っております。特に四十歳代の第二子、第三子が増加しています」
アプトムが資料を見た。
「ウマ娘ライブを見た母親が、自分でウマ娘調整を受ける」
「はい」
「若返って市民マラソンで優勝する」
「一例ですが、はい」
「父親はガーゴイルへ調製され、予備役になる」
「はい」
「二人とも健康になり、本業も安定する」
「はい」
「その結果、ウマ娘かガーゴイルの赤ん坊が生まれる」
「一例だけの現象ではなくなっています」
アプトムは椅子へ背を預けた。
「文化事業からウマ娘を経由して、軍の予備役と出生率、次世代の調製形質までつながったのか」
「因果関係を単純化しないでください」
村上が言った。
「ライブを出生奨励政策へ転用してはなりません。また、予備役調製を生活安定や出産の条件であるかのように宣伝することも禁止すべきです」
バルカスが首を傾げる。
「事実として、健康になり、子を持てるようになった家庭は多いぞ」
「可能になることと、行政や軍が勧めることは違います」
「面倒な区別じゃのう」
「必要な区別です」
アルカンフェルは報告書を閉じた。
「本人たちが望み、育てられるなら、産めばよい」
「総帥。行政から勧めてはいけません」
「勧める必要はない。すでに自分で決めている」
「産科と保育施設が不足する地域が出ます」
「増やせ」
「学校の将来推計も修正が必要です」
「修正しろ」
「ガーゴイル形質を受け継いだ子供の獣化訓練施設も、将来的には必要になります」
「作れ」
「簡単に仰いますね」
「子供が増えたのだろう。受け入れる場所を作る以外に何がある」
ヴァルキュリアが政策項目を記録する。
> 調製後の生殖機能に関する中立的情報提供。
> 出産を条件とする調製・予備役優遇の禁止。
> 家族、勤務先、軍による生殖圧力への相談窓口設置。
> 父母双方の調製型に応じた遺伝相談。
> 出生児が継承した調製形質の早期判定と継続的な健康管理。
> ガーゴイル形質を継承した児童に対する、本人の意思を尊重した段階的獣化訓練制度。
> 乳幼児養育世帯に対する予備役招集区分の整備。
> 追加出生増加地域への産科・保育・教育資源の再配分。
アプトムが笑った。
「歌って走るウマ娘を作って、軍用ガーゴイルを予備役へ回したら、保育所と獣化訓練施設まで増設することになったわけか」
村上は額を押さえた。
「誰が予測できますか、こんなこと」
/*/
> 市民マラソンで歌った四十二歳のお母さん、赤ちゃんを産んだって。
>
> あの家、お父さんも調製済みだろ。
>
> ガーゴイルらしい。
>
> 現役軍人?
>
> 普段は民間で働いてる予備役。
>
> 母ウマ娘、父ガーゴイル、姉は未調製の高校生。
>
> 家族構成が強い。
>
> 赤ちゃんはどっちだったんだ?
>
> ウマ娘かガーゴイルのどちらかだろ。
>
> 普通の人間として生まれる可能性はないらしい。
>
> ガーゴイルだったら、夜泣きで獣化しないのか?
>
> しない。
>
> 獣化訓練を受けなければ、自発的には獣化できない。
>
> なら赤ん坊が突然巨大化することはないのか。
>
> ない。
>
> 適切な年齢になってから段階的に訓練するらしい。
>
> ちょっと安心した。
>
> 何を心配してたんだ。
>
> お父さんは普段、普通の人間の姿だぞ。
>
> 腰痛が治って、仕事も安定したらしい。
>
> うちの父親もガーゴイル調製を検討してる。
>
> 予備役になることまで考えて決めろよ。
>
> 定期訓練も招集義務もあるからな。
>
> 家で獣化するなよ。
>
> しないだろ。
>
> 引っ越しの時だけ頼みたい。
>
> 私用で獣化能力を使わせるな。
>
> はい。
>
> 少子化対策の正解、若返りと安定雇用だった?
>
> 正解というか、両方がなくて諦めていた家庭が多かったんだろ。
>
> 欲しくない人まで産む必要はない。
>
> でも欲しかった人が諦めなくてよくなったのは大きい。
>
> ウマ娘ライブと軍用ガーゴイルから出生率が上がるとは思わなかった。
>
> クロノスも思ってなかったらしい。
>
> 総帥は?
>
> 「増えたなら産科と保育所と訓練施設を増やせ」
>
> 強い。
>
> 雑とも言う。
/*/
調製は、人々へ子供を産めと命じたわけではなかった。
母親には、失われかけていた若さと健康を返した。
父親には、腰痛のない身体と、軍用ガーゴイルへ獣化して戦える力を与えた。
その代わり、父親はクロノス軍の予備役となり、有事には招集へ応じる義務を負った。
夫婦には、家族を養い続けられるだけの安定した仕事と時間があった。
そして、もう遅いと思っていた夫婦へ、選び直す余地が生まれた。
生まれてくる子供は、父母のいずれかの調製形質を受け継ぐ。
ウマ娘として生まれるか。
ガーゴイルとして生まれるか。
その違いはあっても、赤ん坊は赤ん坊だった。
生まれた瞬間から走れるわけではない。
泣いた拍子に獣化するわけでもない。
ガーゴイル形質を持つ子供も、訓練を受けなければ自ら獣化することはできず、幼い間は人間形態のまま育っていく。
成長し、自分の力を理解し、その力をどう使うか選べる年齢になるまで、家族と社会が育てるのである。
その余地を使わない者もいた。
三人家族のままを選ぶ者もいた。
子供を持たず、別の人生を選ぶ者もいた。
だが、かつて諦めた夫婦の一部は、夕食の後に顔を見合わせた。
「仕事も安定しているし」
「身体も、今なら大丈夫だ」
「もう一人くらい、頑張ろうかしら」
その小さな会話が、二〇二〇年代の出生統計を、静かに上向かせていった。