公園のベンチに、アルカンフェルが一人で座っていた。
供回りは見当たらない。
式典用の衣装でもない。
白いシャツに黒いベストという、本人にしてはごく普通の格好だった。
膝の上には、白い箱。
街の洋菓子店のロゴが入っている。
アルカンフェルは箱を開け、中からケーキを一ピース取り出した。
小さなショートケーキだった。
紙皿に乗せる。
フォークを取る。
そして、黙って食べ始める。
そこへ、偶然通りがかった勇者が足を止めた。
「総帥閣下?」
アルカンフェルはフォークを止め、顔を上げた。
「何だ」
「いえ……何をしてらっしゃるんですか?」
「ケーキを食べている」
「それは見れば分かりますが」
勇者は、ベンチの横に置かれた箱を見た。
中には、まだ数ピース残っている。
「何かのお祝いですか?」
「誕生日にはケーキを食べるらしいのでな。真似てみた」
勇者は少し驚いた顔をした。
「今日は、総帥閣下の誕生日でしたか」
「いや」
アルカンフェルはあっさり否定した。
「一応、今では私の誕生日は十二月二十五日ということになっているが、正確な日時は不明だ」
勇者が瞬きをした。
「……十二月二十五日?」
「ああ」
「ということになっている、というのは?」
「後世にそう扱われるようになっただけだ。私自身は、自分が生まれた日を知らん」
何でもないことのように言う。
勇者はしばらく言葉を失った。
世界を統べる総帥。
千年どころではない時を生きる存在。
人類史そのものより古い記憶を持ちながら、自分が生まれた日だけは知らない。
「それでは……今日は十二月二十五日ではありませんよね」
「違うな」
「では、なぜ今日ケーキを?」
アルカンフェルは、フォークの先でケーキを少し崩した。
「十二月二十五日は便宜上の記念日だ」
「はい」
「本当にその日に生まれたとは限らん」
「まあ……そうですね」
「一年は三百六十五日だ」
「はい」
「つまり、今日が本来の私の誕生日である可能性も三百六十五分の一程度はある」
勇者は嫌な予感がした。
「……総帥閣下」
「何だ」
「まさか」
「ガチャよりは、よほど高い確率だからな」
勇者は黙った。
アルカンフェルは淡々と続ける。
「それっぽい気分の日に試している」
「それっぽい気分」
「今日は、ケーキを食べてもよい気がした」
急に重くなりかけた話を、確率論とソーシャルゲームで処理している。
いかにも、この人物らしかった。
勇者はしばらく黙っていた。
そして、少しだけ表情を和らげた。
「なるほど。そういうことでしたか」
アルカンフェルはケーキを一口食べた。
「悪くない」
「では、私からも」
勇者は姿勢を正した。
「三百六十五分の一の総帥閣下の誕生日を、祝わせてください」
アルカンフェルは勇者を見た。
少しだけ、間があった。
「うむ」
静かに頷く。
「謝意を受け取ろう」
勇者はベンチの隣に腰を下ろした。
アルカンフェルが箱を差し出す。
「食うか」
「よろしいのですか?」
「一人では多い」
勇者は一ピース受け取った。
二人は、公園のベンチで並んでケーキを食べた。
会話は多くなかった。
風が木々を揺らす。
遠くでは子供たちの声が聞こえる。
世界総帥と勇者。
そんな肩書きとは無関係に。
ただ二人の男が、公園でショートケーキを食べていた。
やがて勇者がぽつりと言った。
「総帥閣下」
「何だ」
「来年も、三百六十五分の一を試されるのですか?」
アルカンフェルは少し考えた。
「そうだな」
そして、残り少ないケーキを見る。
「だが、今日が外れとも限らん」
勇者は小さく笑った。
「そうですね」
/*/
その日。
誰かが撮った写真が、後に広まった。
公園のベンチで、アルカンフェルと勇者が並んでショートケーキを食べている。
ただそれだけの写真だった。
ただし。
そこへ、
> 総帥曰く
> 「一応、今では私の誕生日は十二月二十五日ということになっているが、正確な日時は不明だ」
という証言が付いたことで、掲示板は別方向にも燃え始めた。
【速報】総帥、公園で誕生日ケーキを食べる
1:名無しの市民
総帥が公園でケーキ食べてたらしい
2:名無しの一般人
またぼっち飯かと思ったら勇者が合流してる
3:名無しの獣化兵
誕生日だったの?
4:名無しの調整体
本人も正確な日は知らないらしい
5:名無しの市民
え?
6:名無しの一般人
一応、公式上は12月25日らしい
7:名無しの市民
待て
8:名無しの一般人
何だ
9:名無しの市民
12月25日が誕生日とされてる古代人って誰だ?
10:名無しの一般人
おい
11:名無しの獣化兵
やめろ
12:名無しの調整体
気づくな
13:名無しの市民
いやでも総帥って前に
14:名無しの一般人
それ以上はいけない
15:名無しの市民
「今では私の誕生日は12月25日ということになっている」
16:名無しの獣化兵
言い方が完全にそうなんだよ
17:名無しの一般人
「正確な日時は不明」
18:名無しの市民
古代人だから記録ないだけだよな?
19:名無しの調整体
そういうことにしておこう
20:名無しの一般人
この前「私がナザレの――」
21:名無しの市民
やめろ!
22:名無しの獣化兵
ヴァルキュリアさん呼んでこい!
23:名無しの一般人
宗教局にも見つかるぞ!
24:名無しの調整体
総帥本人は何も隠してないのが一番怖い
25:名無しの市民
たぶん聞けば普通に答える
26:名無しの一般人
だから聞くな
27:名無しの市民
で、なんで今日ケーキ食べてたの?
28:名無しの一般人
本当の誕生日は分からない
↓
一年365日
↓
今日が誕生日の可能性は365分の1
↓
ガチャより高確率
↓
ケーキ食べる
29:名無しの市民
急に重い話をソシャゲ理論で処理するな
30:名無しの獣化兵
総帥らしすぎる
31:名無しの調整体
「それっぽい気分の日に試している」
なんか泣きそうになった
32:名無しの一般人
勇者が
「365分の1の総帥閣下の誕生日を祝わせてください」
って言ったの良すぎる
33:名無しの市民
勇者、こういうところ勇者だな
34:名無しの獣化兵
これは祝うわ
35:名無しの一般人
総帥
「今日が外れとも限らん」
36:名無しの市民
妙に刺さる
37:名無しの調整体
というか12月25日の件を誰も追及しないの?
38:名無しの一般人
追及してどうする
39:名無しの市民
歴史が燃える
40:名無しの獣化兵
宗教も燃える
41:名無しの調整体
文化局も死ぬ
42:名無しの一般人
比喩で
43:名無しの市民
じゃあ毎日祝えば365分の365では?
44:名無しの経済局関係者
総帥誕生日関連消費の年間化については慎重な検討が必要です
45:名無しの一般人
経済局は黙ってろ
46:名無しの獣化兵
でもケーキ業界は動くぞ
47:名無しの文化局関係者
誕生日が不明な者、記念日を持たない者への祝福形式として興味深い事例です
48:名無しの市民
文化局まで来た
49:名無しの調整体
総帥がケーキ食っただけで、また文化が増える
50:名無しの一般人
問題はその前に12月25日だろ
51:名無しの市民
忘れろ
52:名無しの一般人
無理だよ
/*/
その後。
菓子店には問い合わせが殺到した。
「総帥が食べたケーキはどれですか」
「同じものをください」
「三百六十五分の一ケーキはありますか」
「十二月二十五日限定商品ですか?」
「いえ、今日食べたいんですが」
店側は困惑した。
広報局はすぐに通達を出した。
> **総帥個人の非公式な食事を、過度に販促利用しないこと。**
だが、止まらなかった。
いつの間にか。
誕生日が分からない者。
自分の誕生日を祝う習慣がなかった者。
記念日を持たない者。
あるいは。
何でもない日に、少しだけ自分を祝いたい者たちの間で。
小さなケーキを一ピースだけ買う習慣が広がった。
名前は、自然に決まった。
三百六十五分の一祝い。
誕生日である必要はない。
何かを成し遂げた日でなくてもいい。
今日が少しだけ良い日だった。
あるいは。
今日は自分を少しくらい甘やかしてもよい気がした。
それだけでケーキを買う。
理由を求められたら、
「今日が当たりかもしれないから」
と答える。
/*/
「また何か増えたのか」
文化局から報告を受けたアルカンフェルは、不思議そうに資料を見ていた。
「はい」
文化局長が答える。
「総帥が始めました」
「私はケーキを食べただけだ」
「それが重要なのです」
「本当の誕生日である可能性を考えただけだぞ」
「それが新しい祝福の形式として受け入れられています」
「誕生日でない可能性の方が高い」
「皆さん理解しています」
「ならば、なぜ祝う?」
「祝いたいからでしょう」
アルカンフェルは黙った。
「人間は理由がなければケーキを食べられないのか?」
「食べられます」
「では最初から食えばよい」
「その一歩を踏み出すための理由として、三百六十五分の一という言葉が便利なのです」
「面倒だな」
「文化とは、そのようなものです」
村上が隣から資料を覗いた。
「でも、いいんじゃないですか」
「何がだ」
「誕生日が分からなくても、祝っちゃいけないわけじゃないでしょう」
「そうだな」
「本当に今日かもしれませんし」
「三百六十五分の一だ」
「ガチャより高い」
「ああ」
村上は笑った。
文化局長が資料を一枚めくる。
「なお、もう一点」
「何だ」
「総帥の公式上の誕生日が十二月二十五日である件について、問い合わせが増えています」
「なぜだ?」
「……総帥」
「何だ」
「十二月二十五日が誕生日とされている、著名な古代人について、市民が連想しているようです」
アルカンフェルは数秒考えた。
「ああ」
その一言で。
村上が顔を覆った。
「総帥」
「何だ」
「そこで納得しないでください」
「だが、そのために十二月二十五日になったのだろう」
「説明しないでください!」
「まだ何も説明していないぞ」
「その先が怖いんです!」
ヴァルキュリアが静かに口を挟んだ。
「総帥」
「何だ?」
「この件については、私からもお願いがあります」
「……そうだったな」
アルカンフェルは前回のことを思い出したらしい。
「軽々しく扱わぬ方がよいのだったな」
「はい」
「分かった」
あっさり引いた。
村上が胸を撫で下ろす。
「助かった……」
「では十二月二十五日になった経緯は書かない」
「書こうとしてたんですか!?」
「聞かれたからだ」
「聞かれても全部答えなくていいんですよ!」
アルカンフェルには、その感覚がまだよく分からなかった。
ただ。
今日食べたケーキについてなら問題はない。
「ケーキは美味かった」
「それだけでお願いします」
「来年も食う」
「どうぞ」
「十二月二十五日にも」
「それは普通です」
「それ以外の日にも」
「三百六十五分の一祝いですね」
「そうなるのか?」
「もうなっています」
アルカンフェルはしばらく黙った。
そして、小さく呟いた。
「文明は面倒だ」
だが。
その日だけは。
少しだけ嫌そうではなかった。