/*/ クロノス日本支部 レリックスポイント基地最下層 遺跡宇宙船観測研究区画 /*/
休憩室へ避難していた観測班の研究員たちが戻ってくるまで、しばらく時間が空いた。
小田桐研究主任は資料端末を確認している。
バルカスは、死海調整槽計画という単語を正式記録に残さないよう、端末の記録権限を調整していた。
アルカンフェルは遺跡宇宙船の外殻を見上げている。
村上征樹は、その背を見ながら口を開いた。
「そういえば」
アルカンフェルが振り返る。
「何だ」
「僕の戦闘形態は、重力を使ったものが多い」
「ああ」
「完成体であるギュオーは、疑似マイクロブラックホール攻撃まで可能だと聞きました」
バルカスの目がわずかに動いた。
小田桐も端末から顔を上げる。
村上は続けた。
「あれは、地上で使うにはあまりに危険な技です。都市どころか、地形ごと壊しかねない。どうして、そんなものを開発したのですか?」
当然の疑問だった。
獣化兵は、本来なら惑星内制圧用の兵器体系だ。
都市を制圧し、軍を破り、国家を支配する。
そのための兵器として考えるなら、疑似マイクロブラックホールなど過剰すぎる。
人類社会を支配したいなら、地上を壊しては意味がない。
小田桐も同じ疑問を抱いていたのだろう。
黙ってはいるが、視線はアルカンフェルに向いていた。
アルカンフェルは、あっさり答えた。
「宇宙空間で戦うためだよ」
村上の表情が止まった。
「宇宙空間で?」
「そうだ」
アルカンフェルは遺跡宇宙船の外殻を指した。
「獣化兵やゾアロードの開発は、地上制圧だけを目的にしていたわけではない。少なくとも私の設計思想ではな」
「地球外の脅威に対抗するため、ですか」
「その一つだ」
アルカンフェルは淡々と言った。
「ビーム兵器も検討した。雷撃系も検討した。熱線、粒子流、電磁場、プラズマ化した外皮、いろいろ試した。どれも有効ではある」
「では、なぜ重力を?」
「機動、攻撃、防御、すべてに使えるからだ」
アルカンフェルの声は、講義のように静かだった。
「宇宙空間では、地上戦の常識が通じない。足場がない。遮蔽物が少ない。距離が桁違いに広い。慣性を殺せない者は、動いた瞬間に死ぬ」
村上は黙って聞いている。
「ビームは速い。だが、散乱もするし、防御手段も作れる。雷撃は強力だが、媒質や射程の問題が出る。熱線は有効だが、敵が巨大であれば焼き切るまでに時間がかかる」
「重力なら」
「相手の質量そのものに干渉できる」
アルカンフェルは頷いた。
「軌道を曲げる。慣性を潰す。敵の外殻を引き裂く。防御場を張る。推進にも使える。捕縛にも使える。宇宙空間での重力制御は、攻撃兵装であると同時に、機動装置であり、防御装置でもある」
小田桐が低く呟いた。
「つまり、ギュオーの重力攻撃は、都市破壊用ではなく、宇宙戦闘用の機能を地上で無理に使っているようなものですか」
「そうだ」
アルカンフェルは答えた。
「地上で使えば危険すぎる。大気も、地殻も、周辺生命も巻き込む。だから通常運用では制限すべき能力だ」
バルカスが口を開いた。
「ギュオーめは、その制限を理解しておりませぬ。いや、理解していても己の力を誇示するために使いかねませぬ」
「だろうな」
アルカンフェルは面倒そうに言った。
「だからギュオーには、ユニットもリムーバーもギガンティックも触らせない」
「賢明でございます」
村上は、少しだけ眉をひそめた。
「僕の能力も、同じ流れですか」
「そうだ。君はプロト・ゾアロードだが、重力系の適性は悪くない。完成体ギュオーほどの出力はないが、方向性は同じだ」
「宇宙空間での機動と戦闘」
「ああ」
アルカンフェルは村上を見る。
「だから君は惜しい。地上で逃亡者として潰れるには惜しい。再調整すれば、重力系ゾアロードとしてかなり優秀な戦力になる」
「またそれですか」
「またそれだ」
村上は苦い顔をした。
「僕を説得しているのか、品定めしているのか、分かりませんね」
「両方だ」
「正直すぎる」
「嘘をついても仕方ない」
小田桐が、資料端末に目を落としながら言った。
「しかし、これで一つ筋は通ります。地上制圧用としては過剰な能力が多すぎると思っていました。重力兵器、超高出力熱線、広域破壊能力、どれも都市制圧には危険すぎる」
「地上だけを見るならな」
アルカンフェルは答えた。
「だが、地球外で戦うなら話は変わる。惑星を背にして戦う。地球へ向かう巨大質量を止める。敵を軌道から逸らす。群れを引き裂く。そういう戦いでは、重力使いは有望だ」
「ギュオーめは、そのための完成体」
バルカスが低く言った。
「そうだ。気に入らんが、性能だけは悪くない」
「性能だけは、ですな」
「性格は最悪だがな」
バルカスは珍しく即座に頷いた。
「まったくでございます」
村上は、そのやり取りに複雑な顔をした。
ギュオー。
自分の完成体。
自分が危険視していた男。
その能力は、地上を支配するためではなく、本来は宇宙空間で戦うためのものだった。
その事実は、村上の中で妙な重さを持った。
「では、僕の再調整も」
「宇宙戦闘を前提に組む」
アルカンフェルは即答した。
「地上戦だけなら、今の君でもかなり動ける。だが、宇宙空間では足りない。重力制御の安定化、獣神変時の出力器官の再構築、神経系の耐久性向上、長期運用。最低でもそこまでは直す」
「完全に戦力扱いですね」
「治療対象であり、兵器でもあると言っただろう」
村上は沈黙した。
怒りはあった。
だが、同時に理解もしてしまう。
自分の身体は壊れかけている。
そして、その身体にはまだ使い道がある。
クロノスのためではない。
アルカンフェルのためでもない。
もし本当に、宇宙から来るものがあるなら。
地球を守るために。
「……再調整の資料を見ます」
村上は言った。
「すぐに受けるとは言いません」
「それでいい」
「ただし、地上で危険な能力には制限をかける」
「当然だ」
アルカンフェルは頷いた。
「地球を守るための力で、地球を壊されては困る」
「ギュオーにも同じことを言うべきでは」
「言って聞くと思うか?」
「思いません」
「だろう」
バルカスが低く呟く。
「ギュオーめは、聞かせるより縛る方が早いですな」
「だから縛る」
アルカンフェルはあっさり言った。
「ギュオーは使う。だが、好きにはさせない」
村上は深く息を吐いた。
また一つ、事実が積み上がった。
ギュオーの危険すぎる力。
自分の重力系能力。
宇宙空間での戦闘。
彗星群として近づいている何か。
クロノスは悪の組織だ。
その認識は変わらない。
だが、クロノスの兵器体系が、本当に地球外戦闘を見据えていることも、否定しにくくなっていた。
村上は遺跡宇宙船の外殻を見上げた。
「地上で使うには危険すぎる力が、宇宙では必要になる」
「そうだ」
「なら、僕たちは最初から地上だけを見ていたのかもしれませんね」
「人間は地面の上で生きているからな」
アルカンフェルは静かに言った。
「だが、敵は空の向こうから来る」
観測区画に沈黙が落ちた。
遠く、休憩室の方から観測班の研究員たちが戻ってくる気配がした。
小田桐は端末を閉じる。
「では、村上君。まずは君の身体データを取らせてもらう。再調整を受けるかどうかは、その後で判断してくれ」
「分かりました」
村上は頷いた。
まだ、忠誠ではない。
まだ、信頼でもない。
だが、拒絶だけではなくなっていた。
アルカンフェルはそれを見て、小さく呟いた。
「よし。一歩進んだな」
その声には、焦りと、ほんの少しの安堵が混じっていた。