総帥アルカンフェルが、最高級PCよりも携帯できるCS機を好むらしい。
その噂は、思いのほか大きく広がった。
半導体業界、PCメーカー、周辺機器メーカー、ディスプレイ企業、ゲーム配信業界。どこも笑って済ませられなかった。
総帥が使うものは、経済を動かす。
ならば、総帥が「携帯できるからCS機で足りる」と言うのなら、PC側も携帯できればいい。
そうして、ある企業連合が本気を出した。
数か月後、クロノス広報局は大々的な発表を行った。
総帥献上用特別携帯型ゲーミングPC、完成。
通称、st●amデック・クロノス・スペシャル。
市販予定なし。
製造数、一台。
献上先、総帥アルカンフェル。
仕様は異様だった。
十五インチ大画面ディスプレイ。
強化グラフィックユニット。
専用水冷機構。
全固体電池による30時間駆動。
超低遅延入力。
高耐久筐体。
そして重量、七キログラム。
記者会見場で、記者の一人が手を挙げた。
「それは、携帯機なのですか?」
開発責任者は真顔で答えた。
「総帥にとっては携帯機です」
その一言で、会場は妙な沈黙に包まれた。
別の記者が問う。
「一般人には?」
「長時間の使用には、相応の身体能力が必要です」
「それは携帯機と言えるのでしょうか」
「総帥献上モデルですので」
誰も、それ以上うまく反論できなかった。
広報局はこの発表を大きく扱った。
旧世界のCS機に満足するほど質素な総帥に対し、PC業界がクロノス時代の技術を結集して応えた。
携帯性、性能、駆動時間をすべて妥協しない。
ただし、使用者の身体能力は総帥基準。
発表直後、掲示板は当然のように荒れた。
【悲報】総帥用st●amデック、7kg
1:名無しの市民
携帯機とは
2:名無しの獣化兵
総帥基準だぞ
3:名無しの調整体
15インチ水冷全固体電池30時間駆動
技術はすごい
概念がおかしい
4:名無しの一般人
それもう小型PCというより小型兵装では
5:名無しの経済局関係者
高付加価値携帯型情報娯楽端末です
6:名無しの市民
経済局また来た
7:名無しの獣化兵
「総帥にとっては携帯機です」
この力技すき
8:名無しの一般人
人類の携帯性を総帥で測るな
9:名無しの調整体
でも正直ほしい
10:名無しの市民
市販予定なしだぞ
11:名無しの獣化兵
市販版が出たら何kgになるんだ
12:名無しの一般人
訓練が必要です
そして数日後。
その特別機は、正式にアルカンフェルへ献上された。
黒い専用ケースが開かれる。
中には、携帯機と呼ぶにはあまりに重厚な端末が収められていた。
アルカンフェルはそれを見下ろした。
「これは何だ」
広報局長が答える。
「総帥献上用特別携帯型ゲーミングPCです」
「携帯型か」
「はい」
アルカンフェルは片手で持ち上げた。
彼にとって、七キログラムは負担ではない。
だが、大きいものは大きい。
「……大きいな」
「十五インチです」
「重いな」
「総帥には問題ないものと判断しました」
「私には問題ない。人間には問題がある」
「市販予定はありません」
「ならば、なぜ作った」
経済局長が即答した。
「話題を作るためです」
アルカンフェルは沈黙した。
「私に献上する前に発表したのか」
「はい」
「順序がおかしい」
「広報効果は最大化されました」
「おかしいと言っている」
それでも、性能そのものは悪くなかった。
起動は速い。
画面は大きく美しい。
入力遅延はほとんど感じない。
冷却音も静かだった。
しばらく試した後、アルカンフェルは短く言った。
「悪くない」
経済局長と広報局長の顔が明るくなった。
だが、総帥は続けた。
「だが、寝転がって使うには大きい」
場が止まった。
情報局の技術担当者が、恐る恐る言う。
「次期型では、軽量化と姿勢自由度を改善いたします」
「次期型?」
「はい。総帥の使用感を反映し、臥位使用性を高めたモデルを」
「臥位使用性とは何だ」
「寝転がって使いやすい性能です」
アルカンフェルは、しばらく黙っていた。
そして、いつものように言った。
「CS機で足りる」
経済局長が小さく呻いた。
しかし翌日の報道見出しは、すでに決まっていた。
総帥、献上モデルを評価。「悪くない」
その一言だけで、関連企業の株価は跳ね上がった。
掲示板もまた、燃えた。
【朗報】総帥、7kg携帯機に「悪くない」
1:名無しの市民
勝ったな
2:名無しの獣化兵
なお「寝転がって使うには大きい」
3:名無しの一般人
そりゃそう
4:名無しの調整体
総帥の寝転がりプレイ環境まで考慮しろ
5:名無しの経済局関係者
次期献上モデルでは臥位使用性を重視します
6:名無しの市民
臥位使用性とかいう新市場やめろ
7:名無しの獣化兵
総帥の一言で業界用語が増えるの草
8:名無しの一般人
「悪くない」だけで株価が動く男
9:名無しの市民
でも本人は普通のCS機で遊んでそう
10:名無しの調整体
たぶんそこが一番強い