「そもそもさ」
誰かが掲示板に書き込んだ。
「総帥って、選挙に出るわけでもないし、支持率稼ぎする必要もないんだよな」
「ないな」
「世界征服済みだからな」
「選挙アピール不要」
「庶民派アピールする意味がない」
「じゃあ、あれ本当に趣味なのか?」
「あれ?」
「ネズミーランドで普通に並ぶとか、ファーストフード店でポテト食べるとか、休日に人の多いところへ出てくるやつ」
少し間が空いた。
「総帥、庶民に紛れるのが趣味説?」
「紛れてないけどな!」
「それはそう」
「金髪金眼の神話存在が紛れられるわけない」
「本人は紛れてるつもりなのかもしれない」
「無理だろ」
「顔が強すぎる」
「存在感が支配者」
「耳も目立つ」
「一般客のふりをするには神格が漏れすぎている」
それでも、目撃談は増えていた。
休日の遊園地。
ファーストフード店。
駅ビルの本屋。
水族館。
映画館のロビー。
大型ショッピングモールの吹き抜け。
アルカンフェルは、どうも人の多い場所を嫌っていないらしかった。
むしろ、そこにいる人々を眺めている。
家族連れ。
友人同士。
恋人。
買い物帰りの老人。
制服姿の学生。
泣く子供。
それをあやす親。
何でもない日常。
「上流の方々と話すより、普通の人間が普通に過ごしてるのを見る方が安らぐって言ってたからな」
「あれ本音っぽかった」
「欲に塗れた連中と話すのは休日にならん、だっけ」
「総帥、上流階級への評価が低すぎる」
「でも実際、総帥に近づきたい上流とか欲まみれだろ」
「神将の血ください、権威ください、利権ください、だもんな」
「そりゃ疲れる」
そこへ、一つの目撃談が投下された。
「昨日、モールで見た。子供が風船飛ばして泣いてたら、総帥がジャンプして取って返してた」
反応は爆発した。
「は?」
「何それ」
「作り話だろ」
「いや本当」
「総帥が風船取った?」
「ジャンプで?」
「飛んだの?」
「軽く跳んだだけ」
「軽く跳んだだけで風船取れる高さじゃないだろ」
「総帥だからな」
「総帥だからな、で済ませるな」
目撃者は続けた。
「子供が手を放して、風船が吹き抜けの二階より上まで行きかけたんだよ。母親もどうしようってなって、子供が泣いてて。そしたら総帥が見上げて、普通に跳んで、取って、降りてきて渡してた」
「普通に跳んで」
「普通に降りてきて」
「普通とは」
「物理法則が休日を取っている」
「子供は?」
「泣き止んで、ありがとうって言ってた」
「総帥は?」
「頷いただけ」
「なにそれ」
「あざとい」
「あざとすぎる」
「本当にそんなシチュ発生するんだ」
「創作だったらベタすぎて怒られるやつ」
「現実が総帥を盛ってくる」
「庶民派アピールにしては完璧すぎる」
「でもアピールする必要がない」
「つまり本当にやっただけ」
「怖い」
「かわいい」
「かわいいと言うな」
「でも風船返す総帥はかわいいだろ」
当然、疑問も出た。
「ていうかSPは?」
「いたの?」
「いるだろうけど、何してたんだ」
「SPが風船取れよ」
「SPが動く前に総帥が跳んだんじゃないか?」
「総帥の反応速度にSPが勝てるわけない」
「そもそもSPいる意味ある?」
「市民を総帥から守るんじゃなくて、市民が総帥を見てパニックにならないようにする係では?」
「SP百人より総帥の方が強いからな」
「それはそう」
「護衛対象が護衛より強い問題」
「宇宙怪獣と戦える護衛対象をどう護衛するんだよ」
「総帥の休日におけるSPの任務:
一、総帥が勝手にどこかへ行くのを見失わない。
二、市民が近づきすぎないようにする。
三、店員の胃を守る。
四、広報局に連絡する。
五、総帥が風船を取りに跳んだ時に天井の損害確認をする」
「五番が切実」
やがて、別の書き込みが妙に納得された。
「総帥って、たぶん人間が普通に生きてるのを見るのが好きなんじゃないか」
「どういう意味?」
「自分が作った統一世界で、子供が風船飛ばして泣いて、親が困って、周りの人が見上げて、店ではポテト食べて、遊園地では行列ができてる。そういうのを眺めるのが、総帥にとって休日なんじゃないか」
「重い」
「急に重い」
「木星圏で人類滅亡かけて戦った後だと、その日常が報酬なのかもしれない」
「上流の欲を見るより、庶民の日常を見る方が安らぐってそういうことか」
「独裁者の趣味が、市民生活の観察」
「独裁者なのに支配欲ではなく生活観察」
「でも支配者の視線ではある」
「怖いけど、嫌ではない」
その後、風船事件は半ば伝説になった。
クロノス広報局は否定しなかった。
ただ、短い注意喚起だけを出した。
『総帥の私的外出時における過度な接近、写真撮影、意図的な落とし物・風船飛ばし等はお控えください』
この文面は、また逆効果だった。
「意図的な風船飛ばし」
「やっぱ本当にあったんだ」
「総帥に風船取ってもらおうとするな」
「人類に抜け道を与えてはいけない」
「広報局、毎回かわいそう」
「総帥の休日を守れ」
「でも見たい」
「見たい」
「見たい」
最後に、誰かがこうまとめた。
「総帥は庶民に紛れたいのではない。紛れられていないから」
返信がついた。
「では何をしているのか」
「たぶん、眺めている」
「何を」
「自分が守った世界で、人間が普通に休日を過ごしているところ」
その投稿には、妙に多くの賛同がついた。
世界征服者。
独裁者。
人類総司令官。
古代神話の原型。
木星圏防衛線の英雄。
その男の休日が、ショッピングモールで泣く子供の風船を取ってやることだった。
市民は困惑した。
怖い。
強すぎる。
支配者であることは間違いない。
だが、それでも。
「理想の統治者かどうかは分からない」
誰かが書いた。
「でも少なくとも、あの人は自分が守った日常を、ちゃんと見に来てるんだと思う」