/*/ 惑星国家元年 日本行政区 公共放送再編 /*/
クロノスによる統治が始まって、一年目。
日本行政区では、数多くの制度再編が進められていた。
内閣。
省庁。
自治体。
警察。
司法。
医療。
教育。
旧国家の制度は、すべてクロノス統治局の下に再配置されていく。
その中で、奇妙なほど国民の注目を集めた改革があった。
公共放送の再編である。
対象は、NHK。
日本統治局は、NHKを日本統治局営の公共放送機関として再定義した。
名称は当面維持。
ただし、法的位置づけは大きく変わる。
受信料制度を撤廃。
個別世帯からの徴収を廃止。
運営費は、日本行政区の税収から支出。
職員身分は準公務員化。
給与体系は他の日本行政区公務員水準へ統一。
関連法人、外郭団体、制作委託費、役員報酬、退職金制度は全面監査。
日本統治局は、それを淡々と発表した。
発表当日、NHK内部は大混乱に陥った。
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旧NHK本部の大会議室では、幹部職員たちが声を荒げていた。
「報道の独立性はどうなる!」
「公共放送を行政機関に組み込むなど、報道の自由への重大な侵害だ!」
「受信料制度は、権力からの独立を守るための財源だ!」
「給与体系の一方的変更は不当だ!」
「我々は国民の知る権利を守ってきた!」
日本統治局の担当官は、表情を変えずに聞いていた。
机上には、分厚い資料が積まれている。
受信料徴収コスト。
未契約訴訟費用。
外郭団体の資金流れ。
職員給与平均。
関連会社への制作委託構造。
退職者の再就職先。
報道内容への苦情統計。
災害時情報伝達評価。
公共性評価。
それらすべてが、クロノス式の冷徹な整理で数字にされていた。
担当官は、静かに言った。
「報道の自由は維持します」
「ならば、なぜ行政区営にする!」
「公共放送だからです」
「受信料制度こそ、公共放送の独立を支えていた!」
「いいえ」
担当官は資料を一枚めくった。
「受信料制度は、徴収業務、訴訟、契約確認、訪問対応、未払い世帯への圧力、受信設備認定をめぐる摩擦を生み続けていました。制度維持コストが高く、国民からの信頼も低下しています」
「だからといって、税収化すれば政府の宣伝機関になる!」
「旧制度でも、国民の多くは中立性を信頼していませんでした」
会議室がざわめく。
担当官は続けた。
「日本統治局は、公共放送を必要としています。災害情報、教育放送、医療情報、行政広報、緊急避難指示、多言語報道、地域文化記録。これらは維持します」
「ならば、我々の待遇を守るべきだ!」
「準公務員化に伴い、給与水準は他の公務員と同一基準に調整されます」
「報道職の専門性を軽視している!」
「専門性は評価します」
担当官は別の資料を出した。
「ただし、公共性を理由に国民から強制的に資金を徴収しながら、他の公共部門とかけ離れた給与水準を維持する理由はありません」
その一言で、会議室の怒号はさらに大きくなった。
「横暴だ!」
「これは言論弾圧だ!」
「我々は抗議声明を出す!」
「国際社会にも訴える!」
担当官は頷いた。
「抗議声明を出す自由はあります」
一拍置いて、言った。
「ただし、受信料徴収は本日をもって停止します。日本統治局の決定です」
強権だった。
誰が見ても、強権だった。
だが、外の反応は、NHK職員たちが期待したものとは違っていた。
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ネットは、祭りになった。
受信料撤廃マジ?
これだけでクロノスを許せる。
よくやったクロノス。
初めて統治局に拍手した。
いや強権だろ。
でも受信料なくなるんだぞ。
報道の自由は!?
報道しない自由ばっかり行使してたNHKに言われたくない。
税金運営なら今までと何が違うんだよ。
少なくとも徴収員は来なくなる。
そこが一番デカい。
クロノス怖いけどこれは正直助かる。
給料公務員並みに引き下げ草。
職員が公共性語ってるのに待遇だけ民間上位なの何だったんだ。
災害放送だけちゃんとやってくれればいい。
教育番組と天気と避難情報だけ残せ。
大河は?
大河は残せ。
朝ドラも残せ。
結局見るんじゃねえか。
日本統治局の世論監視班は、反応を集計した。
強権的手法への懸念。
報道の自由を心配する声。
クロノスによる情報統制への警戒。
そうした反応は確かにあった。
だが、それを上回る量で、好意的な反応が流れていた。
理由は単純だった。
多くの国民にとって、受信料制度は長年の不満だった。
テレビを持っているか。
端末で受信できるか。
契約しているか。
支払い義務があるか。
訪問員が来る。
書類が来る。
裁判になる。
公共放送だと言いながら、個別に金を取り立てる。
その構造への不満は、旧時代から蓄積していた。
クロノスは、そこを一刀で切った。
乱暴に。
だが、分かりやすく。
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クラウド・ゲート日本行政区連絡室で、村上征樹は報告を読んで苦笑した。
「ずいぶん反応が良いですね」
ヴァルキュリアは淡々と答えた。
「受信料撤廃への支持が高いです。特に若年層、単身世帯、低所得層、過去に徴収トラブルを経験した層で顕著です」
アプトムが笑った。
「クロノス統治、最初の大衆的人気政策がNHK受信料撤廃かよ」
バルカスは資料を眺めながら言った。
「フォッフォッフォ。民心掌握とは、時にこういう細かい不満を処理することで成るものじゃ」
「細かいですかね」
村上が言う。
「国民感情としては、かなり大きいと思いますよ」
ヴァルキュリアは頷く。
「はい。旧制度への象徴的不満を解消した効果は大きいです」
画面には、再編後の公共放送制度案が表示されている。
災害報道部門。
教育文化部門。
地域記録部門。
行政広報部門。
国際報道部門。
調整医療啓発部門。
緊急思念波警報補助部門。
娯楽制作部門は縮小されるが、完全には消えない。
大河ドラマ、朝ドラ、子供番組、自然番組、科学番組、地域文化番組。
それらは、公共文化資産として残された。
ただし、制作費は監査対象となる。
外郭団体への不透明な委託は禁止。
高額な役員報酬も廃止。
職員は準公務員待遇へ。
報道部門には、形式上の編集独立規定が置かれた。
だが、その上には日本統治局がある。
村上は資料を見て、静かに言った。
「これは、報道の自由の問題としては確かに危ういですね」
ヴァルキュリアは否定しなかった。
「危ういです」
「でも、国民の多くは受信料撤廃を喜んでいる」
「はい」
「そこを突いたわけですか」
「はい」
アプトムが笑う。
「嫌なリアルさだな。自由を削る時は、先に嫌われてる制度を潰すと拍手されるってか」
ヴァルキュリアは淡々と答えた。
「統治とは、嫌われている中間権力を処理することで支持を得る側面があります」
「お前、たまに本当に怖いこと言うよな」
「事実です」
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アルカンフェルは、しばらく黙って聞いていた。
彼にとって、NHKという組織そのものに特別な関心はない。
だが、民心の動きには関心があった。
人間は何に怒るのか。
何を許すのか。
何を失うことより、何を取り除かれることを喜ぶのか。
それは統治に必要な知識だった。
「報道の自由は残せ」
アルカンフェルは言った。
ヴァルキュリアが端末へ記録する。
「編集独立規定を維持しますか」
「完全な自由ではない」
アルカンフェルは続けた。
「災害情報、治安情報、戦時情報、調整体医療情報については統治局の優先権を認める。だが、通常報道まで全て広報にすれば、いずれ誰も見なくなる」
村上が頷いた。
「信用を失うからですね」
「そうだ」
アルカンフェルは言った。
「情報機関は、恐れられるだけでは足りん。必要な時に信じられねばならない」
バルカスが満足げに頷く。
「緊急放送を聞いてもらえぬ公共放送など、役に立ちませぬからな」
アプトムが茶化す。
「じゃあ、給料下げすぎて有能な職員が逃げたらどうするんだ?」
ヴァルキュリアが即答した。
「専門職加算は残します。ただし、役職手当、関連法人経由の報酬、退職後再雇用による二重給与は廃止します」
「容赦ねぇ」
「公共放送ですので」
村上が少し笑った。
「それを言われると、反論しにくいですね」
アルカンフェルは資料を閉じた。
「日本行政区営公共放送として再編しろ」
「御意」
「受信料は戻すな」
「はい」
「報道をすべて宣伝にするな」
「はい」
「国民が知る必要のあることは流せ」
「はい」
「国民が怒ることも、必要なら流せ」
ヴァルキュリアの指が一瞬止まる。
「よろしいのですか」
「怒りを完全に消せば、地下に溜まる」
アルカンフェルは言った。
「見える場所で怒らせておけ。統治局が処理できる範囲でな」
アプトムが呟いた。
「やっぱり怖ぇよ、この統治」
村上は否定しなかった。
だが、同時に思った。
受信料撤廃を喜ぶ人々。
徴収トラブルから解放された家庭。
災害情報だけは残してほしいと言う老人。
子供番組を残せと騒ぐ親たち。
報道の自由を叫ぶ職員。
それに冷ややかなネットの反応。
どれもが、この国の現実だった。
クロノスは、その現実を綺麗にせず、上から押さえ込む。
時に乱暴に。
時に合理的に。
そして、時に国民が拍手してしまう形で。
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再編初日の夜。
日本統治局営公共放送としての最初のニュースが流れた。
画面には、以前と同じスタジオが映っている。
だが、左上のロゴの下には小さく新しい表示が加わっていた。
日本行政区公共放送
受信料制度廃止のお知らせ
アナウンサーは、いつもの声で読み上げた。
「本日より、旧受信料制度は廃止されます。今後、公共放送は日本行政区の一般財源により運営されます。視聴者の皆様による個別契約、受信設備に基づく徴収、訪問徴収業務は終了します」
その瞬間、全国の端末でコメントが流れた。
本当に言った。
受信料終了。
歴史的瞬間。
クロノス怖いけどこれは助かる。
これだけは評価する。
いや報道機関が行政区営になるのヤバいだろ。
でも今までも信用してなかったし。
報道の自由は守れ。
受信料は戻すな。
どっちも本音。
アナウンサーは続けた。
「なお、災害報道、教育番組、地域文化番組、国際報道、医療情報番組は継続されます。番組編成については、今後、公共性評価に基づき見直しが行われます」
その後に流れたのは、台風情報だった。
地味な画面。
避難所情報。
河川水位。
交通情報。
いつもの公共放送だった。
だからこそ、多くの人は少しだけ安心した。
変わった。
だが、全部が消えたわけではない。
クロノス統治下の一年目。
日本行政区で、国民が最初に実感した大きな変化は、獣化兵でも、調整医療でも、行政再編でもなく。
受信料の請求が来なくなったことだった。
それは小さく、俗っぽく、あまりにも人間的な支持だった。
そしてクロノスは、そういう支持の集め方を学んでいった。