/*/ 遺跡宇宙船内部 ナビゲーションルーム /*/
ナビゲーションルームへ至る道は、先ほどまでとは違っていた。
通路は閉じない。
壁は私を押し潰そうとしない。
警告反応は残っているが、それは侵入者を排除するためのものではなく、理解できない異物を警戒する生体反応に近かった。
私は殖装している。
ユニットを装着した。
少なくとも、その時点でこの船の認証系は私を正規の搭乗者。……そう判断し始めている。
オリジナル・ゾアロード、アルカンフェル。
その肉体にユニット・ガイバーが接続された存在。
降臨者が想定していたかどうかは知らない。
いや、たぶん想定していない。
していてたまるか。
私は自分の手を見た。
アルカンフェルの白い肉体ではない。
ガイバーの外殻。
制御球。
重力制御器官。
強殖装甲に包まれた、獣神将の始祖。
言葉にすると格好いい。
だが、中身は原作知識を持ったオタクである。
その落差で気が変になりそうだった。
「……落ち着け。ここからが本番だ」
私は残る二つのユニットとリムーバーを保持したまま、さらに奥へ進んだ。
やがて、通路が開けた。
そこは巨大な球形空間だった。
壁面全体が半透明の膜で覆われ、内部に無数の光点が流れている。星図のようでもあり、神経網のようでもあり、血管に満ちた脳の内部のようでもあった。
中央には、床と天井に制御球が埋め込まれていた。
ナビゲーションメタル。
遺跡宇宙船の意志と記録と航法演算を司る中枢。
船のコントロールメタル。
私は、それを見上げた。
漫画の中では見ていた。
だが、実物は違う。
あまりにも静かで、あまりにも巨大で、あまりにも冷たい。
地球の文明など、最初から観察対象でしかないとでも言いたげな、非人間的な輝き。
私は喉の奥で笑いそうになった。
「さて。交信……いや、同期か」
殖装体の制御球が反応した。
額の奥で、何かが熱を帯びる。
ナビゲーションメタルへ近づくほど、私の中のユニットが呼応していく。船の中枢もまた、私を完全な異物ではなく、接続可能な端末として認識し始めていた。
コントロール・メタルが半ば引き出され、重力制御によって身体が宙に浮かぶ。
天と地、2つのナビゲーションメタルの中央にコントロール・メタルが配置される。
瞬間、世界が反転した。
光。
情報。
音ではない音。
言葉ではない言葉。
星々の配置。
航路。
生命圏。
調整槽。
ユニット管理記録。
降臨者――ウラヌスの計画。
脳が焼けるかと思った。
だが、焼けない。
殖装体が情報を受け止める。
アルカンフェルの肉体がそれを処理する。
ナビゲーションメタルが、私という接続先へ記録を流し込んでくる。
私は奥歯を噛みしめた。
ここで意識を持っていかれたら終わりだ。
必要な情報だけを抜く。
この船の構造。
自己修復機構。
航行制御。
ユニット管理機構。
そして、ギガンティック製作に必要な演算系。
私はイメージを流し込んだ。
ギガンティック。
強殖装甲の外部拡張。
通常のユニットではなく、遺跡宇宙船の船体組織と制御系を利用した、巨大な強殖増加装甲。
ただのガイバーでは届かない領域。
オリジナル・ゾアロード・アルカンフェル・ガイバーを、さらに上位へ押し上げるための外殻。
頭の中にある原作知識を、可能な限り構造情報へ変換して流し込む。
正確な設計図など知らない。
私は読者だった。
技術者ではない。
だが、完成形のイメージはある。
機能も知っている。
どういう結果を目指すべきかも分かる。
ならば、計算はこの船にやらせる。
降臨者の遺跡宇宙船。
星間航行用の生体コンピュータ。
地球の全技術を積み上げても届かない演算能力。
それを使って、私の雑なオタク知識を、実用可能な製作プランへ落とし込ませる。
「頼んだぞ。こっちは完成品のイメージしかないんだ」
ナビゲーションメタルが脈動した。
イメージが砕かれ、再構成されていく。
不明部分が補完される。
不可能部分が修正される。
船体組織の必要量。
制御中枢の再配置。
殖装体との接続規格。
アルカンフェルの肉体能力に合わせた出力制御。
ギガンティック化に必要な演算が、船の奥底で走り始める。
よし。
ここまでは、想定通りだ。
私はさらに深い階層へアクセスした。
ウラヌスの計画。
降臨者が地球で何をしようとしていたのか。
なぜ人類を作り、獣化兵を作り、獣神将を作り、そして最後に巨大隕石で地球ごと滅ぼそうとしたのか。
知っている。
私は原作で知っている。
だが、知識と記録は違う。
実際に彼らが何を考え、何を恐れ、何を捨てたのか。
その残骸が、ここにはある。
情報が流れ込んだ。
地球生物の兵器化。
精神制御系の適性。
獣化兵の惑星制圧能力。
ゾアロードの指揮個体としての完成度。
アルカンフェルの反応。
命令系統の逸脱。
危険評価。
廃棄決定。
小惑星軌道誘導。
地球生命圏消去計画。
私は無意識に拳を握っていた。
「クソどもが」
自分を作った存在へ向けた罵倒か。
この星を実験場にした存在へ向けた罵倒か。
あるいは、計画が失敗した後、何もしなかったように見えるウラヌスへの苛立ちか。
分からない。
巨大隕石で地球を滅ぼそうとした。
それは知っている。
アルカンフェルがそれを撃ち落とした。
それも知っている。
だが、その後は?
ウラヌスは本当に地球を放置したのか。
失敗作と判断した地球を、そのまま忘れたのか。
そんな都合のいい話があるのか。
私はさらに奥へ潜った。
ナビゲーションメタルの記録階層が、軋むように開いた。
そして、見えた。
別星系。
地球とは異なる恒星系。
そこで進められていた、別系統の生体兵器開発計画。
惑星制圧ではない。
星系制圧。
単一惑星上の知的生命を鎮圧するための獣化兵とは、思想がまったく違う。
宇宙空間で増殖する。
恒星圏規模で移動する。
艦隊を食う。
惑星防衛網を破る。
生命圏を根こそぎ兵站資源へ変換する。
巨大な、生体兵器群。
制御記録。
逸脱。
暴走。
通信途絶。
捕食拡大。
星系喪失。
そして、長距離観測記録。
進路。
太陽系方面。
私はしばらく、何も考えられなかった。
頭の中のオタク知識が、勝手にラベルを貼る。
宇宙怪獣。
トップをねらえ!の、アレ。
「……嘘だろ」
声が漏れた。
いや、嘘ではない。
この記録は冗談を言わない。
ウラヌスは地球を完全に放置していたわけではなかった。
いや、正確には、放置していたのかもしれない。
だが、彼らが別の星系で作ったものが、長い時間をかけてこちらへ向かっている。
それはもう、ウラヌスの意思ではない。
降臨者の命令を聞く兵器でもない。
ただ増え、ただ進み、ただ食う。
地球に向かって。
太陽系に向かって。
「……面倒な事だ」
私はため息をついた。
獣化兵は強い。
獣神将はさらに強い。
だが、それは基本的に惑星上の生物戦争、地上制圧、対文明戦を想定した兵器体系だ。
宇宙空間で、星系制圧生物兵器を相手にするには分が悪い。
もちろん、今の私なら戦える。
オリジナル・ゾアロード・アルカンフェル・ガイバー。
さらにギガンティックが完成すれば、通常の戦闘単位としては破格だろう。
だが、バスターマシンのような無双はできない。
縮退炉もない。
イナーシャルキャンセラーもない。
銀河中心殴り込み艦隊もない。
こっちにあるのは、降臨者の遺産と、クロノスと、獣化兵と、獣神将と、私だけだ。
いや、十分多いのかもしれない。
だが、相手が悪すぎる。
「本当に、面倒な事だ」
もう一度、ため息をついた。
しかし、知らなかったことにはできない。
知ってしまった。
なら、準備するしかない。
ギガンティックを作る。
遺跡宇宙船を復元する。
死海を調整槽にしていた計画も、前倒しで拡張する。
獣神将たちの運用も変えなければならない。
ギュオーやハイヤーンの扱いも、別の意味で考え直す必要がある。
地球を守る。
それは変わらない。
だが、地球に全てを賭けるだけでは足りないかもしれない。
人類を残す手段もいる。
種苗船。
外宇宙へ逃がす箱舟。
考えることが増えた。
増えすぎた。
「俺、ただ原作イベントを先回りして回収したかっただけなんだけどな」
ナビゲーションメタルは答えない。
ただ、ギガンティック製作に必要な演算を続けている。
情報の奔流が徐々に収束していく。
設計補助。
必要素材。
船体組織の変換工程。
殖装体との同調規格。
ナビゲーションメタルの演算結果が、私の中へ刻まれていく。
よし。
ここまでで十分だ。
これ以上深く潜ると、私の意識の方が持たない。
私はナビゲーションメタルからアクセスを切り離した。
世界が戻る。
球形空間の静けさ。
脈動する壁面。
殖装体の呼吸。
私は左腕を上げた。
残る二つのユニットとリムーバーを抱え込む
奪われないように。
落とさないように。
ギュオーが触れないように。
ハイヤーンが勝手に解析しないように。
とにかく、私の管理下に置く。
「帰るか」
私は踵を返した。
船内の拒絶反応は、もはや最初ほど強くない。
それでも完全に従っているわけではない。
あくまで、私という異常な接続者を、暫定的に処理しているだけだ。
構わない。
今はそれでいい。
ナビゲーションメタルから得た情報があれば、次に来る時はもっと深く入れる。
ギガンティックの製作も進められる。
そして、宇宙怪獣への対策も。
「……本当に、面倒な事だ」
何度目か分からないため息をつきながら、私は来た道を戻った。
外殻を抜ける時、最初ほどの痛みはなかった。
船は私を完全な侵入者とは見なしていない。
それでも、外へ出た瞬間、現実の重力が戻り、地下最下層の冷たい空気が殖装体の外殻を撫でた。
光が見えた。
人の気配がした。
バルカスの気配。
その奥に、シンのものと思われる気配もある。
私は外殻から一歩、完全に外へ出た。
その瞬間、周囲がざわめいた。
「閣下!」
バルカスが膝をついた。
いや、膝をついたというより、崩れ落ちかけた。
顔色が悪い。
目の下に隈がある。
ひどい有様だった。
私は嫌な予感がした。
「バルカス」
「はっ……閣下、ご無事で……!」
「私はどれくらい入っていた」
バルカスが一瞬、言葉に詰まった。
その反応で分かった。
私の体感より、相当長い。
「……七日でございます」
「七日?」
「はい。閣下が外殻を突破されてより、丸七日が経過しております」
私は黙った。
体感では、数時間。
長く見積もっても半日。
だが、外では一週間。
ナビゲーションメタルとの同期中に、時間感覚が壊れていたのか。
あるいは、船内の処理時間と外部時間にズレがあったのか。
どちらにせよ、面倒なことがまた一つ増えた。
「……お前、寝たか?」
バルカスが視線を逸らした。
「最低限は」
「最低限とは何時間だ」
「……」
「バルカス」
「シンが何度か休めと申しましたが」
「申しましたが、じゃない」
やっぱり寝ていない。
私は頭を抱えたくなった。
だが、今の私は殖装している。
左腕には残る二つのユニットとリムーバーを固定している。
頭を抱えるには、少し絵面が物騒すぎた。
「後で説教だ」
「はっ。ありがたき幸せ」
「説教をありがたがるな」
そう言ったところで、奥からシンが歩み出た。
バルカスと違い、表情は整っている。
だが、その目には明らかな安堵があった。
「閣下。ご帰還、何よりでございます」
「シン」
「封鎖は維持しております。ギュオー、ハイヤーンには一切情報を流しておりません」
「よくやった」
私は息を吐いた。
帰ってきた。
ユニットを得た。
リムーバーを得た。
ナビゲーションメタルから情報を抜いた。
ギガンティック製作の演算も走らせた。
そして、最悪の未来も知った。
やることは山ほどある。
まずは殖装を解除する方法を確認し、リムーバーを保管する。
次にバルカスを寝かせる。
その後、シンと最低限の情報共有。
ギュオーとカブラールには、まだ何も言わない。
宇宙怪獣のことも、まだだ。
この情報は重すぎる。
扱いを間違えれば、クロノス内部が割れる。
私は左腕に固定された二つのユニットとリムーバーを見た。
「バルカス。シン」
「はっ」
「これより、この区画を最高機密指定にする。関係者はお前たち二人と私だけだ」
バルカスとシンが同時に頭を垂れる。
私はもう一度、深く息を吐いた。
本当に、面倒な事になった。
けれど。
ここまで来た以上、やるしかない。
私はアルカンフェルだ。
そして、原作知識持ちのオタクだ。
ならば、知ってしまった破滅くらい、先回りして潰してやる。