/*/ 死海湖畔 クロノス神将会議区画 /*/
ギュオーの問いに、アルカンフェルは少しだけ笑った。
「私の船には、どれだけの兵力を積める?」
その質問は、いかにもギュオーらしかった。
王座。
民。
資源。
そして兵力。
まずそこを問う。
だが、悪くない。
王になりたい者が、自分の支配する船の軍事力を気にするのは当然だ。
「艦ごとに差は出る」
アルカンフェルは答えた。
「移民を多く積む船。研究区画を増やす船。軍事区画を厚くする船。環境適応用の調整槽を増やす船。それぞれ設計は変える」
「私の船は軍事区画を厚くしてもらおうか」
「言うと思った」
ギュオーは鼻で笑った。
カブラールは興味深そうに端末を眺めている。
クルメグニクとハイヤーンも、すでに自分たちの船に何を求めるか考え始めている顔だった。
アルカンフェルは、そこで別の資料を開いた。
画面に映ったのは、小さな金属質の円盤だった。
正確には金属ではない。
有機的な曲線を持ち、中央に結晶のような構造を持つ制御核。
それを見た瞬間、何人かの神将が反応した。
バルカスは、表情を変えなかった。
すでに知っているからだ。
「もう一つ、開示しておく」
アルカンフェルは言った。
「人造コントロールメタルによるユニットの情報だ」
会議区画の空気が変わった。
ギュオーの目が鋭くなる。
カブラールは明らかに前のめりになった。
クルメグニクは沈黙し、ハイヤーンは笑みを消した。
「ユニット」
ギュオーが低く呟く。
「ウラヌスの正規装備か」
「その複製だ」
アルカンフェルは否定しなかった。
「ウラヌスの遺産から複製した、正規装備の模造品。完全な同一物ではないが、基本構造は同じだ」
画面に、ユニット装着時の模式図が映る。
人間の肉体を包む強殖装甲。
神経接続。
筋力増幅。
生体エネルギー変換。
武装形成。
修復機能。
環境適応。
その説明だけで、十二神将たちは理解した。
これは兵器だ。
しかも、単なる強化装備ではない。
人間という生体兵器を、ウラヌスの正規戦闘単位へ引き上げる装備。
「生体兵器として開発された人類が装着すれば、莫大な力を得る」
アルカンフェルは続けた。
「特にゾアロードならば、その効果は大きい。肉体性能、思念波、各種能力、再生能力、環境適応能力。その全てが跳ね上がる」
ギュオーの目が、欲望で光った。
隠そうともしない。
当然だった。
ギュオーにとって、それは地球の王座を奪うための鍵にも見える。
あるいは、種苗船の王として外宇宙へ出るための、究極の武装にも。
「では」
ギュオーが言った。
「それを我々に渡すのか」
「サンプルは渡してやってもいい」
アルカンフェルは淡々と言った。
会議区画がざわめきかける。
だが、その前に彼は続けた。
「だが、間違っても殖装するなよ」
ギュオーの表情が止まった。
「何?」
「欠点がある」
アルカンフェルは画面を切り替えた。
今度は、脳神経網のモデルが映る。
ニューロン。
シナプス。
記憶パターン。
意識保持構造。
そして、コントロールメタルによる恒常性維持の模式図。
「ユニットは装着者の肉体を維持する。損傷すれば修復する。破損した部位を再構成する。肉体の恒常性を保つ。それがコントロールメタルの役目だ」
そこでバルカスが口を開いた。
「現状の人造コントロールメタルは、肉体情報の維持精度は実用域にある」
老博士の声は低く、硬かった。
アルカンフェルに向ける時のような恭しさはない。
神将たちに対しては、研究成果を説明する者の声だった。
「問題は高次神経情報、すなわち記憶と人格の連続性が失われることじゃ。短時間の殖装ならば障害は軽微と推定される。だが、長期運用、頻繁な再殖装、重度損傷からの再構成を繰り返せば、初期化が急速に進行するじゃろう」
画面上のニューロンマップが、少しずつ白く欠けていく。
「最初は小さな違和感で済む。忘れ物。名前の取り違え。感情の鈍化。判断の遅れ。じゃが、進めば違う」
バルカスは画面を見上げたまま続けた。
「記憶の連続性が壊れる。自分が誰だったのか、何を目的としていたのか、誰を信じ、誰を憎み、何を守ろうとしていたのか、それすら曖昧になる」
アルカンフェルが引き取る。
「認知症を発症すると思えばいい」
その言葉は、会議区画に冷たく落ちた。
認知症。
ゾアロードにとって、それは肉体の死より屈辱的な言葉だった。
不老に近い肉体。
圧倒的な力。
人類を超えた存在。
その自意識が、少しずつ崩れていく。
王を名乗る者にとって、最悪の欠陥だった。
「新世界の王が認知症など、笑い話にもならない」
アルカンフェルは言った。
ギュオーの顔が険しくなる。
「脅しか」
「警告だ」
「貴様は殖装したのだろう」
「私は別だ」
「都合のいい話だな」
「事実だ」
アルカンフェルは表情を変えない。
「私は正規ユニットを確保している。お前たちに渡すのは、人造コントロールメタルによる模造品だ。同列には扱えない」
カブラールが口を開いた。
「欠点を回避する方法はあるのか」
「研究しろ」
アルカンフェルは即答した。
「サンプルは渡す。だが、現段階では殖装を許さない。各種苗船の研究区画で解析し、改良しろ」
「つまり、我々に宿題を渡すわけか」
「そうだ」
カブラールが低く笑った。
「ずいぶんと危険な宿題だ」
「王になろうという者が、危険な技術の一つも扱えずにどうする」
アルカンフェルは言った。
「お前たちの航行は長い。開拓はもっと長い。数十年、数百年、あるいはそれ以上。人造コントロールメタルを改良し、高次神経情報の保持不全を克服できれば、外宇宙での大きな力になる」
ハイヤーンが静かに言った。
「つまり、今は毒入りの宝石を渡す、ということですか」
「宝石ではない。未完成の王冠だ」
アルカンフェルは答えた。
「かぶれば力は得る。だが、頭が壊れる」
クルメグニクが低く笑った。
「ひどい王冠だ」
「だから研究しろと言っている」
バルカスが端末を操作し、さらに詳細を表示した。
「肉体保持だけなら、すでに見込みはある。問題は人格保存じゃ。肉体を元通りにするだけなら、細胞情報で足りる。だが、王として統治し続けるには記憶が要る。目的が要る。己が己である連続性が要る」
バルカスはギュオーを見た。
「そこを失えば、どれほど強大な力を得ても意味はない。船の王が自分の名も、民も、目的も忘れるようでは話にならん」
ギュオーが不快そうに目を細める。
「バルカス翁。私にだけ当たりが強いな」
「信用しておらぬのでな」
「隠しもしない」
「隠す理由がない」
会議区画の空気が、少しだけ緩んだ。
だが、根底にある緊張は消えなかった。
ギュオーは、なおもアルカンフェルを見る。
「では、我々が改良に成功した場合はどうする」
「サンプルは解析用だ。殖装用ではない」
アルカンフェルは冷たく言った。
「各船で研究を進めろ。欠点を克服する案を出せ。船が出発する時までに本部で改良が進んでいれば、その最新型も持たせてやる」
「今ではなく?」
「今ではない」
「なぜだ」
「今のお前たちに渡せば、必ず誰かが試す」
ギュオーは笑った。
「否定はしない」
「だから渡さない」
アルカンフェルは続けた。
「お前たちは王になりたいのだろう。ならば、力を欲しがるだけでなく、待つことも覚えろ。船を育て、民を集め、技術を磨き、危険な王冠をかぶっても壊れないところまで持っていけ」
カブラールが問う。
「解除手段は?」
アルカンフェルは、わずかに目を細めた。
「今はない」
会議区画が静まる。
カブラールは笑みを深めた。
「あるのだな」
「あるかもしれないし、ないかもしれない」
「隠すのか」
「隠す」
アルカンフェルはあっさり認めた。
「解除手段まで渡せば、お前たちはそれを武器にする。ユニットを奪い合い、装着者を剥がし、王権争いに使う。そんなものを今教える気はない」
ギュオーが鼻を鳴らした。
「我々を信用していないな」
「当然だ」
「そこまで言い切るか」
「言い切る」
アルカンフェルは十二神将を見渡した。
「お前たちに船は渡す。民も渡す。資材も渡す。人造コントロールメタルのサンプルも渡す。だが、すべてを今渡すわけではない。王になりたいなら、まず研究し、管理し、待つことを覚えろ」
ハイヤーンが静かに問う。
「閣下。仮に我々が研究を進め、欠点を克服した場合、殖装を認めるのですか」
「その時は種苗船の上だろう。私が認めるものではない。その時こそお前たちは宇宙で独り立ちするのだ」
「責任は自分で持てと」
「そうだ。未知の欠点が出ても『地球が欠陥品を渡した』などと他責に縋るな」
ギュオーが鼻を鳴らした。
「言いたい放題だな」
「言うだけなら安い」
アルカンフェルは、ギュオーを見た。
「お前たちは王になりたいのだろう。ならば、不老の肉体と強大な力だけでは足りない。記憶を保ち、民を保ち、船を保ち、目的を保て」
そして、画面の人造コントロールメタルを指した。
「これを使いこなせるなら、外宇宙での生存確率は上がる。使いこなせないなら、触るな」
バルカスが深く頷いた。
「サンプルは、後ほど各艦計画区画へ封印状態で搬入する。閲覧および解析権限は各神将本人と、登録研究主任に限る」
そして、ギュオーへ冷たい視線を向けた。
「ギュオーめ。間違っても勝手に殖装しようなどとは思わぬことじゃ」
ギュオーが不快そうに笑う。
「バルカス翁。あなたは本当に私にだけ容赦がない」
「容赦する理由がない」
バルカスは平然と言った。
「勝手に殖装して己を失うならまだよい。周囲を巻き込むから迷惑なのじゃ」
「言ってくれる」
「事実じゃ」
アルカンフェルはそのやり取りを止めなかった。
むしろ、こういう嫌味くらいで済むなら安いものだと考えている顔だった。
人造コントロールメタル。
ウラヌスの正規装備の複製。
ゾアロードが装着すれば、莫大な力を得る。
だが、使い方を誤れば、記憶と人格を失う。
新世界の王が認知症になる。
その危険は、どの神将にとっても無視できなかった。
「サンプルは渡す」
アルカンフェルは言った。
「だが、現段階では王冠ではなく課題だと思え。解けた者だけが、その力を使える」
モニターの中で、箱舟一番艦が太陽光を浴びて輝いている。
その光の下で、十二神将たちは初めて知った。
外宇宙へ出るとは、逃げることではない。
王座を与えられることでもない。
記憶と責任を保ったまま、終わりの見えない航海へ入ることなのだと。