10年も連載中止しいる漫画の続きを待っていたファンたちだ。面構えが違う。……感想が怖い
/*/ 死海湖畔 クロノス神将会議区画 /*/
人造コントロールメタルの開示が終わった後も、会議区画の緊張は解けなかった。
箱舟。
種苗船。
外宇宙への旅。
人類の始祖となる王。
そして、未完成の王冠とも言うべき人造コントロールメタル。
十二神将の前に並べられた情報は、あまりにも大きすぎた。
だが、アルカンフェルはそれを待たなかった。
巨大な箱舟一番艦の構造図を、会議卓中央の立体映像へ展開する。
白銀の生体宇宙船。
全長五万一千二十メートル。
全幅一万六千三十メートル。
全高九千九百五十メートル。
クロノスの資料表記では、こう記されている。
――超々巨大生体宇宙船“方舟”。
――THE ENORMOUS BIO SPACE SHIP “ARK”。
ギュオーが、鼻で笑った。
「もはや船というより、浮かぶ大陸だな」
「そう思って設計しろ」
アルカンフェルは言った。
「これは戦艦ではない。植民船でもない。都市であり、国家であり、移動する生態系だ」
表示が切り替わる。
外殻の断面図。
内部層。
居住区。
農業区。
調整槽群。
工業区。
研究区。
軍事区。
重力制御区画。
水循環層。
空気精製膜。
生体発電器官。
各部が、生きた臓器のようにつながっていた。
「内部の標準天井高は八十メートルほどだ」
アルカンフェルが説明する。
「ただし、全体は多層構造にする。単純な床面積ではない。利用可能面積は、九州と四国を合わせた程度にはなる」
カブラールが目を細めた。
「それほどの面積なら、都市国家どころではないな」
「そうだ」
「研究区画を大きく取りたい」
「好きにしろ」
アルカンフェルは即答した。
「お前の船なら、研究区画、調整槽群、未知環境適応施設を厚くすればいい。逆にギュオーなら軍事区画を欲しがるだろう。クルメグニクなら統治区画と居住区画の構成を考える。ハイヤーンなら、別の趣味を入れるかもしれん」
ハイヤーンが薄く笑った。
「別の趣味、ですか」
「否定するか?」
「いいえ」
「なら好きにしろ」
アルカンフェルは、十二神将を見渡した。
「種苗船・箱舟の乗組員構成は、目安として一般市民99万人、職員・戦闘員1万人くらいの割合が良いと思う」
ギュオーが眉を上げる。
「一般市民の方が多いのか」
「当然だ」
「戦力を厚くすべきではないのか」
「戦力だけで星は拓けん」
アルカンフェルは冷たく言った。
「兵士だけを積んだ船は、着いた先で軍事基地にしかならない。お前たちは始祖になるのだろう。ならば、民が要る。子供が要る。教師が要る。医師が要る。農業技術者、工業技術者、船体維持要員、生態系管理者、文化保存者、行政官、職人、料理人、清掃員まで要る」
「料理人までか」
「当たり前だ」
アルカンフェルは、むしろそこを重要視するような顔で言った。
「ワープ航法は当面は使えん。使えば宇宙怪獣に追跡される。場合によっては百年単位で閉鎖環境を航行する。食事が不味ければ反乱の火種になる」
バルカスが静かに頷いた。
「実際、長期閉鎖環境における食文化の維持は重要じゃ。栄養だけなら合成食で足りる。じゃが、民は栄養だけで生きるわけではない」
ギュオーは少し不満げだった。
「一般市民99万、職員戦闘員1万。それが標準か」
「標準案だ」
アルカンフェルは言った。
「最終的には好きにデザインしろ。お前の船だ。王となるなら、自分の民と制度くらい自分で考えろ」
その言葉に、ギュオーの目がわずかに光った。
お前の船。
自分の民。
自分の制度。
それは、彼の野心をくすぐるには十分だった。
「ならば、私の船は戦闘員比率をもう少し上げる」
「構わん」
「一般市民は選抜する。従順で、能力が高く、私の統治に適応できる者を」
「好きにしろ。ただし、基幹制約は守れ。民を絶やすな。遺伝的多様性を損なうな。船内社会を維持できない構成にはするな」
「首輪が多いな」
「王に必要な首輪だ」
ギュオーは鼻を鳴らした。
だが、拒絶はしなかった。
カブラールが端末を操作しながら問う。
「食料生産はどこまで自由に設計してよいのですか」
「かなり自由だ」
アルカンフェルは答える。
「合成食百パーセントにするもしないも自由だ。船体側の生体合成器官と工業区画を使えば、栄養面ではそれでも成立する」
「では、家畜は不要では?」
「不要と言えば不要だ」
アルカンフェルは少しだけ考えるように言った。
「だが、老婆心で言うなら、家畜は積んでおけ」
会議区画の何人かが、少し意外そうな顔をした。
ギュオーが問う。
「家畜だと?」
「ああ」
「宇宙怪獣と戦い、外宇宙へ旅立つ船に、牛や鶏を積めと?」
「そうだ」
「理由は」
「食事と文化と保険だ」
アルカンフェルは答えた。
「合成食は便利だ。だが、合成食だけでは文化が薄くなる。肉、乳、卵、発酵食品、動物由来の副産物。そういうものは長期航行中の生活に意味を持つ」
バルカスが補足する。
「遺伝子バンクだけでは足りぬ場合もある。生きた個体群があれば、環境適応試験、疾病研究、生態系調整、土壌循環にも使える。もちろん、管理を誤れば病原体や飼料問題も生むがの」
「つまり、面倒だが積む価値はあると」
クルメグニクが言った。
「そうだ」
アルカンフェルは頷いた。
「面倒なものほど、文明を厚くする場合がある」
ハイヤーンが微笑む。
「では、私の船には庭園と牧場を広く取りましょうか」
「好きにしろ」
「随分と自由ですね」
「自由に設計させなければ、お前たちは自分の船だと思わん」
アルカンフェルは淡々と言った。
「種苗船は、単なる輸送機ではない。お前たちが王として背負う国だ。ならば、設計段階から自分で責任を持て」
ギュオーは立体映像の箱舟を見上げた。
「私の船」
その声には、明らかに別の熱が混じっていた。
「そうだ」
「その中の百万、あるいはそれ以上の民」
「そうだ」
「そして、可住惑星に到達すれば、そこが私の王国になる」
「そうだ」
「面白い」
ギュオーは低く笑った。
「いいだろう。ならば私は、地球の王座ではなく、外宇宙の王座を設計してやる」
「その意気だ」
アルカンフェルは、ほんの少しだけ満足そうに言った。
「ただし、忘れるな。これは褒美ではない。責任だ」
「分かっている」
「本当にか?」
「分かっているとも」
ギュオーは笑った。
その笑みは信用ならない。
だが、少なくとも今は、地球の王座から少しだけ視線を逸らした。
それだけでも意味はある。
カブラールが問う。
「設計案の提出期限は?」
「三か月以内に一次案を出せ」
「短い」
「船は育ち始めている。お前たちの思案を待ってはくれん」
バルカスが頷く。
「箱舟一番艦の軌道上成長データを各神将へ開示する。内部面積、構造強度、生態系許容量、調整槽搭載限界、乗員密度、エネルギー収支。全て見てから設計せよ」
「それは助かる」
ハイヤーンの目は、すでに研究者のそれになっていた。
カブラールも端末を操作し始めている。
クルメグニクは、移民構成と統治機構の比率を見ている。
ギュオーは軍事区画の拡張案を開いていた。
アルカンフェルは、それを見て内心で息を吐いた。
良い。
野心が、地球の内側から外へ向き始めている。
まだ完全ではない。
ギュオーめは必ず余計なことを考える。
ハイヤーンも勝手に研究を進める。
カブラールも、クルメグニクも、それぞれの野心を船へ持ち込むだろう。
だが、それでいい。
外宇宙へ出る王に、野心がない方が困る。
「最後に一つ」
アルカンフェルは言った。
十二神将が顔を上げる。
「箱舟は生き物だ。単なる設備ではない。お前たちが船を道具として扱えば、船は痩せる。民を荷物として扱えば、社会は腐る。生態系を飾りとして扱えば、閉鎖環境は死ぬ」
会議区画が静かになる。
「王になりたいなら、船を生かせ。民を生かせ。食料を生かせ。文化を生かせ」
アルカンフェルは、箱舟一番艦の軌道映像を見た。
「それができない者に、星の始祖は務まらん」
ギュオーは何も言わなかった。
だが、その目はまだ船を見ていた。
全長五万一千二十メートル。
全幅一万六千三十メートル。
全高九千九百五十メートル。
内部に九州と四国を合わせたほどの生活圏を持つ、生きた宇宙船。
王になりたい者にとって、それは地球の王座に代わるほどの誘惑だった。
アルカンフェルは、その誘惑が効いていることを確認し、静かに言った。
「では、設計しろ。お前たちの王国を」