アルカンフェル転生   作:ぶーく・ぶくぶく

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厄介な献上品

/*/ クロノス統治数年後 軌道上 箱舟群管制記録 /*/

 

 

 

 地球の軌道上に、十二の箱舟が浮かんでいた。

 

 全長五十一キロメートル級の生体宇宙船。

 

 死海を羊水として生まれ、衛星軌道で太陽エネルギーを吸収しながら内部を育て続けている、巨大な生命体。

 

 一番艦。

 

 二番艦。

 

 三番艦。

 

 そして十二番艦まで。

 

 十二神将に割り当てられる予定の船は、すべて軌道上へ上がっていた。

 

 地上から見上げれば、夜空に新しい星が十二個増えたように見える。

 

 人々はそれを希望と呼んだ。

 

 クロノスは、それを保険と呼んだ。

 

 私は、それを最低限の責任だと思っている。

 

 箱舟の船体成長は順調だった。

 

 内部生態系も、各艦ごとの設計思想に従って形成されつつある。

 

 ギュオーの艦は予想通り軍事区画が厚い。

 

 カブラールの艦は研究区画と調整槽群が異様に大きい。

 

 ハイヤーンの艦は庭園、居住区、文化区画が妙に凝っている。

 

 クルメグニクの艦は行政中枢と統治機構の設計が堅い。

 

 それぞれが、それぞれの王国を設計し始めていた。

 

 問題は、乗組員だった。

 

 一般市民。

 

 技術者。

 

 医師。

 

 教育者。

 

 農業従事者。

 

 生態系管理者。

 

 軍人。

 

 調整技術者。

 

 文化保存担当。

 

 子供を含む家族単位の移民候補。

 

 応募数だけなら足りている。

 

 むしろ多すぎる。

 

 だが、基準が厳しい。

 

 長期閉鎖環境への適性。

 

 遺伝的多様性。

 

 技能分布。

 

 心理安定性。

 

 船ごとの政治思想への適合。

 

 神将の統治方針との相性。

 

 そして、宇宙怪獣到達時にパニックを起こさず、命令系統を維持できるか。

 

 選出は遅れていた。

 

「宇宙怪獣が到達してからでは遅い」

 

 私は軌道管制映像を見ながら言った。

 

「空に十二の箱舟がある意味を、人類が正しく理解する前にパニックが起これば、乗組員選出どころではなくなる」

 

 バルカスが隣で頷く。

 

「選抜基準を緩めますか、閣下」

 

「緩めれば、船内社会が腐る」

 

「ですな」

 

「急がせろ。ただし雑に選ぶな。地球が負けた場合、あれが人類の続きになる」

 

 バルカスは深く頭を垂れた。

 

「御意」

 

 

 

/*/

 

 

 

 もう一つ、進展があった。

 

 研究開発部門が、ようやくミューオン・スキャナーを実用段階へ引き上げた。

 

 脳内部のニューロンマップを、かなり高い精度でスキャンし、記録する。

 

 人造コントロールメタルによる脳初期化問題への暫定対策である。

 

 出撃前にニューロンマップを記録。

 

 人造ユニットで殖装。

 

 戦闘後に帰還。

 

 記録済みニューロンマップを基準として再同期。

 

 これで、記憶と人格の崩壊には一応対応できる。

 

 一応、だ。

 

「上書きは巻き戻しでもある」

 

 私は報告書を閉じた。

 

「出撃中に得た経験、判断、恐怖、失敗、戦訓。それらを丸ごと消して出撃前に戻すなら、戦闘で学べない」

 

 バルカスが唸る。

 

「人格崩壊を防ぐには有効じゃが、戦士としては困りますな」

 

「困る」

 

 何度戦っても、死ぬ直前の経験が残らない。

 

 敵の癖を覚えない。

 

 自分の判断ミスを身体で反省できない。

 

 それでは宇宙怪獣相手の長期戦に耐えられない。

 

「差分記録が要る」

 

「出撃前の人格基盤を保ちつつ、帰還後の戦闘経験だけを統合する技術ですな」

 

「ああ。記憶を丸ごと戻すのではなく、戦訓だけを食わせる。そこまで行かなければ、実戦運用はまだ危うい」

 

「研究を進めさせます」

 

「頼む」

 

 それだけでも頭が痛いのに、私の身の回りにも面倒が増えた。

 

 

 

/*/

 

 

 

 欧米の名家、リスカー家から献上があった。

 

 金でも土地でもない。

 

 娘だ。

 

 側女に、という名目だった。

 

 クロノス統治下では、旧貴族や名家の多くがそういう動きをする。

 

 旧世界では王侯貴族や財界と結びついていた家ほど、クロノスという新しい支配構造へ血縁を滑り込ませようとする。

 

 だから、娘を差し出されること自体は初めてではない。

 

 問題は、その娘の名前だった。

 

 ヴァルキュリア・フォーシュバリ・リスカー。

 

 私は書類を見た瞬間、思わず黙った。

 

 ヴァルキュリア。

 

 リスカー。

 

 人造コントロールメタル。

 

 原作では、人造ユニットを盗み出して殖装する女。

 

 二十二歳で監察官になるほどの才媛。

 

 だが、家と父と兄に対するコンプレックスを抱え、自分の価値を証明しようとして、危険物に手を伸ばす。

 

 私は人物資料を眺めながら、内心で頭を抱えた。

 

 面倒なのが来た。

 

 しかも、かなり面倒なタイプだ。

 

 美人。

 

 有能。

 

 自尊心が強い。

 

 だが、芯の部分に飢えがある。

 

 家に認められたい。

 

 父を越えたい。

 

 兄の影を抜けたい。

 

 母と自分の血統の優位を証明したい。

 

 そして、自分がただ差し出されるだけの女ではないと証明したい。

 

 側女として普通に受け取って、普通に手を出す。

 

 それをやれば、確実に拗れる。

 

 認められたと勘違いするかもしれない。

 

 逆に、利用されたと憎むかもしれない。

 

 あるいは、私の近くにいることで機密へ手を伸ばすかもしれない。

 

 最悪、人造コントロールメタルにたどり着く。

 

 原作通りに。

 

 だが、まったく受け取らないのも面白くない。

 

 リスカー家の動きを利用する手はある。

 

 問題は、どう受け取るかだ。

 

「閣下」

 

 シンが控えめに声をかけた。

 

「リスカー家の件ですが」

 

「ああ」

 

「正式に受け入れますか」

 

「側女としては受け入れない」

 

 即答した。

 

 シンは一瞬だけ目を動かした。

 

 珍しく、少し意外そうだった。

 

「拒絶なさいますか」

 

「拒絶もしない」

 

「では」

 

「役職を与える」

 

 私は資料を閉じた。

 

「ヴァルキュリア・フォーシュバリ・リスカー。二十二歳で監察官に上がるほどの才女だ。側女として腐らせるには惜しい」

 

「監察官として?」

 

「いや」

 

 私は少し考えた。

 

 監察官のままでは、権限が広すぎる。

 

 同時に、野心を満たすには足りない。

 

 人造コントロールメタルから遠ざければ遠ざけるほど、逆に近づこうとするだろう。

 

 ならば、見せる。

 

 ただし、触れさせない。

 

 責任を持たせる。

 

 ただし、独断で動けない位置に置く。

 

「人造コントロールメタル管理計画の、監察補佐に回す」

 

 シンの目が細くなった。

 

「危険では」

 

「危険だ」

 

「ならば、なぜ」

 

「隠せば盗む」

 

 私は言った。

 

「見せた上で、恐ろしさを理解させる。人造コントロールメタルが力だけではなく、人格と記憶を壊す危険物だと叩き込む」

 

「本人に扱わせるのですか」

 

「サンプルには触らせない。資料監査、被験記録の照合、保管区画の監察、研究倫理記録の作成。そういう外側の仕事だ」

 

「側女として差し出された者に、機密監察を?」

 

「だからいい」

 

 シンは黙った。

 

 私は続けた。

 

「彼女は、側女として来ることで自分の価値を証明しようとしている。ならば、私は別の価値を与える。寝所ではなく、監察席だ」

 

「リスカー家は不満を持つのでは」

 

「持つだろうな」

 

「本人は」

 

「本人はもっと面倒な反応をするだろう」

 

 想像できる。

 

 屈辱。

 

 困惑。

 

 警戒。

 

 そして、わずかな期待。

 

 自分がただの献上品ではなく、仕事を与えられたことへの反応。

 

 そこを間違えなければ、彼女は使える。

 

 間違えれば、盗む。

 

 たぶん高確率で盗む。

 

 シンは慎重に言った。

 

「それでは、他家からの献上も続くのではありませんか。リスカー家が娘を差し出し、役職を得たとなれば」

 

「むしろ逆だ」

 

「逆、でございますか」

 

「二十二歳で監察官になれるほどの才媛でなければ受け取らないとなれば、他の家は見てくれだけの娘を私に差し出すのを諦めるだろう」

 

 シンは、わずかに目を伏せた。

 

「なるほど」

 

「寝所に娘を送れば家が栄える、という前例は作らない。だが、有能な娘を差し出せば、危険な仕事を任される、という前例なら作ってもいい」

 

「それは、かなり強烈な牽制になりますな」

 

「ああ」

 

 私は言った。

 

「側女ではなく、職務を与える。しかも人造コントロールメタル管理計画の監察補佐だ。名家どもは考えるだろう。うちの娘にその仕事が務まるのか、と」

 

「見目だけで選ばれることはない、と」

 

「そうだ」

 

「閣下へ側女を差し出そうとする家々に、その意図を通達いたしますか」

 

「通達してもいいぞ。私は寝所に女を集める趣味で世界統治をしているわけではない、と」

 

 シンは沈黙した。

 

 どこか微妙な顔だった。

 

「何だ」

 

「いえ。そのまま通達すれば波紋が大きすぎます」

 

「なら適当に処理しろ」

 

「御意」

 

 

 

/*/

 

 

 

 数日後、ヴァルキュリア・フォーシュバリ・リスカーは私の前に立った。

 

 欧州名家の令嬢らしい、整った礼法。

 

 美しい金髪。

 

 強い目。

 

 だが、姿勢の奥に硬さがあった。

 

 彼女は自分が何として差し出されたのか理解している。

 

 そして、それを屈辱と思っている。

 

 同時に、それを利用する覚悟もある。

 

 良い。

 

 面倒だが、悪くない。

 

 ただ、資料で見た印象よりも、実物は少し違った。

 

 整ってはいる。

 

 気品もある。

 

 目も強い。

 

 だが、顔立ちそのものは意外と幼い。

 

 年齢より若く見える。

 

 名家の令嬢としての礼法と、監察官としての硬い態度で覆っているが、その下にある容貌はどこか少女めいていた。

 

「ヴァルキュリア・フォーシュバリ・リスカー」

 

「はい、閣下」

 

「意外と童顔だな」

 

 彼女の表情が、初めてわずかに崩れた。

 

「……はい?」

 

「サングラスは、幼く見える容貌を隠す意味もあるのか」

 

 ヴァルキュリアの指先が微かに動いた。

 

 怒ったな。

 

 だが、表には出さない。

 

 よく訓練されている。

 

「職務上、視線を読まれないためです」

 

「それだけか」

 

「はい」

 

「そうか」

 

 私は少しだけ笑った。

 

「では、そういうことにしておこう」

 

「閣下」

 

「何だ」

 

「容貌についての評価は、職務評価に含まれますか」

 

「含まれない」

 

「では、忘れていただければ幸いです」

 

「無理だな。第一印象は記憶に残る」

 

 彼女の目が、さらに硬くなった。

 

 だが、面白いことに、そこにただの羞恥はなかった。

 

 見くびられたくない、という強い反発がある。

 

 やはり、使える。

 

「リスカー家からの書状は読んだ」

 

「……はい」

 

「側女として差し出されたそうだな」

 

 彼女の表情は崩れなかった。

 

 だが、指先がまたわずかに動いた。

 

「家の意向です」

 

「お前の意向は?」

 

「リスカー家の娘として、家の決定に従います」

 

「つまらん答えだ」

 

 彼女の目が一瞬だけ鋭くなった。

 

「申し訳ございません」

 

「謝る必要はない。つまらんと言っただけだ」

 

 私は書類を机に置いた。

 

「お前を側女にはしない」

 

 ヴァルキュリアの呼吸が、ほんのわずかに止まった。

 

 屈辱か。

 

 安堵か。

 

 怒りか。

 

 その全部か。

 

「理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか」

 

「普通に手を出せば、拗れそうだからだ」

 

 彼女の顔が、初めてはっきり動いた。

 

「……はい?」

 

「聞こえなかったか」

 

「いえ、聞こえました」

 

「ならいい」

 

「閣下。それは、どういう意味でしょうか」

 

「お前は有能だ。二十二歳で監察官へ上がるほどにはな。だが、家と父と兄に対する劣等感がある。側女として私の寝所に置けば、自分の価値をそこで証明しようとする。あるいは、利用されたと憎む。どちらに転んでも面倒だ」

 

 ヴァルキュリアの顔から、血の気が少し引いた。

 

 当たりか。

 

 まあ、だいたい分かっていた。

 

「私は、面倒な女ですか」

 

 彼女の声がわずかに硬くなる。

 

「そうだ」

 

「……」

 

「だが、嫌いではない」

 

「では」

 

「面倒な才能を、面倒なまま寝所に置くのが嫌いだ」

 

 私は人造コントロールメタル管理計画の任命案を示した。

 

 

 

 ヴァルキュリア・フォーシュバリ・リスカー

 人造コントロールメタル管理計画 監察補佐

 閲覧権限制限付き

 サンプル接触禁止

 研究倫理記録担当

 被験データ監査

 保管区画監察

 違反時即時拘束

 

 

 

「お前には仕事を与える」

 

 ヴァルキュリアは、文面を見た。

 

 目が変わった。

 

 側女として値踏みされる女の目ではない。

 

 監察官の目だった。

 

「人造コントロールメタル管理計画……」

 

「ああ」

 

「これは、最高機密では」

 

「だからお前に与える」

 

「なぜ私に」

 

「盗まれたら困るものだからだ」

 

 ヴァルキュリアは眉を寄せた。

 

「私が盗むと?」

 

「お前は盗まないために監察する」

 

「答えになっておりません」

 

「答えだ」

 

 私は彼女を見た。

 

「危険なものを遠ざけられた人間は、余計にそれへ手を伸ばす。ならば、見せる。恐ろしさを理解させる。監察させる。触れれば自分が壊れると知った上で、それでも規律を守れるかを見る」

 

 ヴァルキュリアは沈黙した。

 

 怒っている。

 

 だが、同時に興味を持っている。

 

 分かりやすい。

 

「人造コントロールメタルは力を与える」

 

 私は言った。

 

「だが、未完成品だ。使用すれば記憶と人格が削れる。認知症のように、自分が自分でなくなる危険がある」

 

「それほど危険なものを」

 

「だから管理する」

 

「私に、それを監察しろと」

 

「そうだ」

 

「側女ではなく」

 

「側女ではなく」

 

 彼女は目を伏せた。

 

 数秒。

 

 ほんの数秒だが、その間に彼女は多くのものを飲み込んだようだった。

 

 家の期待。

 

 父の意向。

 

 兄の影。

 

 自分の価値。

 

 そして、目の前に差し出された別の道。

 

「拒否権は」

 

「ある」

 

「拒否すれば」

 

「リスカー家へ戻す。あるいは通常監察官職へ戻す。家がどう扱うかまでは保証しない」

 

「厳しいですね」

 

「世界はもっと厳しい」

 

 ヴァルキュリアは顔を上げた。

 

「閣下は、私を信用しているのですか」

 

「まだしていない」

 

「では、なぜ」

 

「信用できるか試す」

 

 私は言った。

 

「お前が自分の価値を、寝所ではなく仕事で証明したいなら、これ以上の席はない」

 

 ヴァルキュリアの目が、静かに燃えた。

 

 よし。

 

 そこに火がつくなら、使える。

 

「拝命いたします」

 

 彼女は深く頭を下げた。

 

「ヴァルキュリア・フォーシュバリ・リスカー。人造コントロールメタル管理計画、監察補佐職を拝命いたします」

 

「よろしい」

 

「ただし、閣下」

 

「何だ」

 

「私は、側女として差し出されたことを忘れたわけではありません」

 

「忘れなくていい」

 

「容貌を評されたことも」

 

「それも忘れなくていい」

 

「屈辱も」

 

「持っていろ」

 

「それでもよろしいのですか」

 

「屈辱を仕事に変えられるなら、それは使える燃料だ」

 

 ヴァルキュリアは、少しだけ笑った。

 

 冷たい笑みだった。

 

 だが、悪くない。

 

「承知しました」

 

 

 

/*/

 

 

 

 彼女が退室した後、私は椅子に深く座った。

 

 面倒な火種は、ひとまず寝所ではなく監察席へ置いた。

 

 これで安全か。

 

 そんなわけがない。

 

 ヴァルキュリア・フォーシュバリ・リスカーは、放っておけば危険物に手を伸ばす女だ。

 

 だが、遠ざけても伸ばす。

 

 ならば、近くで見せて、怖さを教え、責任を持たせる。

 

 それでも盗むなら、その時はその時だ。

 

 加えて、今回の件は他家への牽制にもなる。

 

 二十二歳で監察官になれるほどの才媛。

 

 危険物管理計画の監察補佐を任せても耐えられるだけの頭脳と胆力。

 

 その水準に届かない娘を差し出しても、私の近くには置かれない。

 

 見てくれだけの献上品に価値はない。

 

 そう伝われば、少しはくだらない側女献上も減るだろう。

 

 減らなければ、次はもっと露骨に役職試験でも課せばいい。

 

「まったく」

 

 私は天井を見上げた。

 

「宇宙怪獣より先に、人間関係で死にそうだ」

 

 いや、死にはしない。

 

 だが面倒ではある。

 

 地球軌道には十二の箱舟。

 

 研究部門にはミューオン・スキャナー。

 

 人造コントロールメタルには人格初期化の欠陥。

 

 そして私の身辺には、リスカー家の才媛。

 

 世界統治というのは、どうしてこうも次から次へと面倒を生むのか。

 

 私は、ヴァルキュリアの新しい職務権限を登録しながら、深くため息を吐いた。

 

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