大規模建築は悪の華!
クラウド・ゲートやピラーズ・オブ・ヘヴンを1年で建築したオーバーテクノロジー土木部の力を見よ!
/*/ 西暦2001年 赤道面軌道リング初期閉合式典 /*/
二十一世紀の幕開けは、夜に行われた。
旧世界ならば、新年の祝砲や花火、都市のカウントダウンで祝われたであろうその時刻に、クロノスは別の光を空へ掲げた。
核融合炉の営業稼働。
全世界送電網の第一段階接続。
赤道面初期軌道リングの閉合。
そして、第一軌道エレベーターの貨物運用開始。
それらは、同じ式典で発表された。
偶然ではない。
地上で電力が満ち、その電力で宇宙へ貨物を上げ、宇宙で船を造り、人類をさらに外へ出す。
クロノスは、二十一世紀をその循環の時代として始めるつもりだった。
箱舟十二隻
生体宇宙船「箱舟」。
全長五十一キロメートル。
死海地下の巨大調整槽で生育された、クロノス最大級の生体宇宙船である。
箱舟は、造船所で組まれたものではない。
育てられた。
骨格を伸ばし、外殻を厚くし、内部に都市区画、種苗保存槽、居住区、推進器官、自己修復系を形成する。
金属艦ではなく、生命体としての船。
都市であり、工場であり、輸送体であり、外宇宙へ向かう種苗船でもあった。
箱舟は全部で十二隻つくられた。
そのうち四隻は、外宇宙開拓のために地球圏を離れた。
地球生態系の種。
人類の遺伝資源。
調整体の基礎データ。
クロノスの工業基盤。
それらを載せ、四隻の箱舟は星々の間へ旅立つ。
だが、残る八隻は地球圏に留められた。
理由は単純だった。
箱舟は、自力で軌道まで上がれる。
通常のロケットのように一度きりではない。
大気圏を上昇し、低軌道へ到達し、資材を吐き出し、再び地上へ戻ることができる。
五十一キロメートル級の生体宇宙船が、反復使用可能な超巨大貨物輸送体として働く。
赤道面軌道リング建設における最大の障害は、材料を宇宙へ上げることだった。
クロノスは、それを箱舟で解決した。
アプトムは、人間形態のまま式典資料を眺め、呆れたように言った。
「外宇宙に四隻出して、残り八隻は資材運搬かよ。方舟って名前がだんだん荒っぽくなってきたな」
村上征樹は端末を閉じた。
「荒っぽいのではなく、合理的な用途転換です」
「便利な言葉だな」
「便利だから使っています」
バルカスは満足げに笑った。
「フォッフォッフォ。生体船の真価は反復運用にある。一度だけ外へ飛ばして終わりでは、もったいないわい」
「博士が言うと、巨大な養殖船みたいに聞こえます」
「半分は実際に養殖じゃ」
「言い方が最悪です」
アルカンフェルは黙って、地球低軌道の投影図を見ていた。
地球の赤道面に、細い光の線が走っている。
それはまだ完全体ではない。
だが、最初の輪は閉じた。
地球を一周する、人工の環。
クロノスが二十一世紀の空に掛けた、最初の王冠だった。
/*/ 赤道面リング
軌道リングは、赤道面に建設された。
静止軌道ではない。
高度三万六千キロメートルへ伸びる旧来型の軌道エレベーターではなく、高度数百キロメートルの低軌道に、地球をぐるりと一周するリングを置く。
リング内部では、電磁的に保持された質量流が走っていた。
超高速で循環するインナーコア。
その運動量と電磁支持によって、外殻リングは地球重力に抗い、低軌道上で安定を保つ。
リング自体が浮く。
リング自体が支える。
リング自体が、宇宙港であり、工場であり、未来の造船帯となる。
そこから地上へ、軌道エレベーターが降ろされる。
最初の一本は、東太平洋。
ガラパゴス諸島近海に建設されたメガフロート宇宙港へ降ろされた。
/*/ 第一軌道エレベーター基部 東太平洋・ガラパゴス諸島近海メガフロート /*/
第一エレベーターの基部が陸上ではなく海上に置かれた理由は明確だった。
赤道直下。
周辺に大都市が少ない。
そして何より、この海域は台風やハリケーンの発生が極めて少ない。
軌道エレベーターのテザーにとって、最大の敵は強風、雷、乱気流、海上気象の急変である。
ガラパゴス諸島近海の東太平洋赤道域は、第一実用エレベーターの試験地として理想的だった。
万が一、テザー破断や降下物落下の事故が起きても、人口密集地への被害を最小限に抑えられる。
さらに海上メガフロートであれば、基部施設の位置調整、拡張、隔離、警備、事故時の切り離しが容易だった。
クロノスはそこに、巨大な海上宇宙港を建設した。
人工島というより、海に浮かぶ都市である。
貨物港。
核融合補助炉。
テザー基部制御塔。
気象制御施設。
海中アンカー群。
自動荷役港。
箱舟着水用の超大型外洋区画。
周辺には軍事警備圏が敷かれ、海上・海中・空中のすべてがクロノス管理下に置かれた。
第一軌道エレベーターは、旅客用ではない。
貨物用である。
最初に上げるのは、人間ではない。
リング補強材。
電磁支持装置。
軌道作業艇。
推進剤。
生体素材。
月面開発機材。
後続エレベーター用テザー部材。
箱舟が運び、メガフロートが受け、エレベーターが上げ、軌道リングが組み込む。
地球と宇宙の物流は、ここから始まった。
## 第二期拠点計画
ガラパゴス近海の第一エレベーターで有用性が確認されれば、クロノスは順次、他の赤道拠点にも軌道エレベーターを降ろす計画だった。
第二候補は、インド洋。
モルディブ近海を中心とする海上宇宙港である。
ここはアジア、アフリカ、ヨーロッパからのアクセスがよい。
インド洋の海上交通と接続し、旧世界の物流網をそのまま宇宙物流へ変換できる。
中東、インド、東南アジア、東アフリカ、ヨーロッパの貨物が集まり、軌道へ上がる。
第三候補群は、陸上高地だった。
南米では、エクアドルのアンデス山脈。
キト周辺、あるいはコトパクシ山系。
赤道直下に標高四千から五千メートル級の高地があり、大気が薄く、テザー下部にかかる風圧や雲、雷の影響を抑えられる。
アフリカでは、ケニア山周辺、またはウガンダのルウェンゾリ山脈。
赤道直下の高地であり、周辺に広大な開発余地がある。
将来的には、宇宙港都市、調整医療都市、宇宙工業都市を形成できる。
第四候補群は、物流効率を重視した都市近郊である。
シンガポールおよびインドネシアのリアウ諸島。
厳密にはシンガポールは赤道からわずかに北にあるが、バタム島などは赤道に近い。
世界屈指の海上物流ハブであり、宇宙から降ろした物資をそのままコンテナ船、鉄道、航空、海底トンネル網へ流せる。
そして、ブラジルのマカパ。
アマゾン川河口に位置し、赤道が通る都市である。
大西洋に面し、河川交通と海上輸送の両方を利用できる。
南米内陸、アマゾン流域、大西洋航路をつなぐ宇宙港として発展する可能性があった。
クロノスの計画は、一本の軌道エレベーターで終わらない。
赤道面リングから、地球各地へ複数の光の柱を降ろす。
東太平洋。
インド洋。
南米高地。
アフリカ高地。
東南アジア物流圏。
大西洋側南米。
地球は、赤道に沿って宇宙へ接続されていく。
/*/ 式典 /*/
式典は、第一軌道エレベーター基部で行われた。
東太平洋の夜。
海上メガフロート宇宙港は、黒い海の上に白く輝いていた。
海面を埋め尽くすような人工島。
中央には、空へ向かって伸びるテザー基部塔。
その先は夜空へ消え、さらに高く、さらに遠く、赤道面軌道リングへ接続されている。
人々は見上げた。
空に、光の輪があった。
星とは違う。
飛行機とも違う。
流星でもない。
地球そのものを横切る、細い光の弧。
その弧へ向かって、まっすぐに伸びる一本の光の柱。
第一軌道エレベーターである。
箱舟型輸送体の一隻が、遠くの海上に浮かんでいた。
全長五十一キロメートル。
もはや船というより、海に横たわる島だった。
四隻の姉妹艦は外宇宙へ旅立った。
だが、この船は地球圏に残り、軌道リング建設のために何度も空へ上がる。
アプトムは式典会場の端で、腕を組みながら言った。
「でかすぎるだろ、あれ。船っていうより海に浮いた山じゃねぇか」
村上は隣で答えた。
「五十一キロメートルですからね。地形として扱った方が早いでしょう」
「方舟が十二隻。四隻は外宇宙。八隻は地球と軌道を往復。クロノスの物量、だいぶ頭おかしいな」
「否定はしません」
バルカスは楽しげだった。
「フォッフォッフォ。死海調整槽を遊ばせておく理由はなかったからのう。育つなら十二隻育てる。それだけじゃ」
「それだけ、で五十一キロ船を十二隻作らないでください」
村上は疲れた声で言った。
アルカンフェルは、空を見ていた。
少年のような姿で、赤道面リングの光を見上げている。
その瞳には、地球の夜空ではなく、その先の星々が映っているようだった。
/*/ 総帥演説 /*/
アルカンフェルは長く語らなかった。
世界中継の映像には、停止準備に入る火力発電所、営業稼働を始める核融合炉、光を帯びる赤道面リング、そして第一軌道エレベーターが映し出された。
アルカンフェルは言った。
「二十一世紀は、暗闇の世紀ではない」
世界中の都市に、その声が流れた。
「火を燃やして都市を支える時代は終わる。燃料を奪い合い、煙で空を汚し、発電所の停止に怯える時代は終わる」
映像が切り替わる。
東太平洋メガフロート宇宙港。
そこから空へ伸びる、一本目の軌道エレベーター。
「電力は足りる」
アルカンフェルは言った。
「ならば、上へ行け」
それだけだった。
人類へ向けた、あまりにも簡潔な命令。
だが、夜空のリングと光の柱が、その言葉に意味を与えていた。
上へ。
軌道へ。
月へ。
火星へ。
外宇宙へ。
四隻の箱舟は、すでに星々の間へ旅立つ。
残る八隻は、地球と宇宙を結ぶ道を作るために働く。
そして第一軌道エレベーターは、その道がもはや夢ではないことを示していた。
/*/
式典後、村上はメガフロートの外縁で空を見上げていた。
海風は穏やかだった。
この海域が第一拠点に選ばれた理由が、肌で分かる。
嵐が少ない。
雷が少ない。
強風が少ない。
都市が遠い。
もし何かが落ちても、被害は海に逃がせる。
合理性だけなら、これ以上の場所はそう多くない。
アプトムが隣へ来た。
「村上」
「何ですか」
「あれが増えるのか」
「ええ。東太平洋の次はインド洋。その後はエクアドル、アフリカ高地、リアウ、マカパ。順番は運用結果次第ですが」
「地球の赤道が、全部港になるわけだ」
「そういうことです」
アプトムは空を見上げた。
「宇宙はもう遠くない、ってやつか」
村上も同じ光を見た。
赤道面リング。
第一軌道エレベーター。
十二隻の箱舟。
核融合炉。
世界電力網。
それらが、一つの時代を形作っている。
「ええ」
村上は静かに言った。
「宇宙は、もう遠くありません」
その言葉は希望にも聞こえた。
だが同時に、逃げ場のない宣告にも聞こえた。
夜空に刻まれた光の輪は、美しかった。
地球を囲う橋。
地球を縛る鎖。
地球を宇宙へ引き上げる道。
クロノスの二十一世紀は、その光の下で始まった。