/*/ クロノス中央統治府 総帥執務室 /*/
四隻の出航は、予定より前倒しされた。
ギュオー艦。
クルメグニク艦。
カブラール艦。
ハイヤーン艦。
十二の箱舟のうち、最初に外宇宙へ向かう四隻。
表向きには、人類史上初の本格的恒星間開拓船団。
新たな人類圏を築く、惑星国家クロノスの象徴。
そのように発表される。
実際、それは嘘ではない。
だが、全てでもない。
「彗星群の情報公開は、出航後に段階を上げる」
私は言った。
執務室には、バルカス、シン、小田桐、村上、そして情報統制局の担当官がいた。
巨大モニターには、四隻の箱舟が軌道上に並んでいる。
すでに乗組員の搭載は最終段階だった。
ギュオー艦は軍事区画が厚く、兵員と工業技術者が多い。
クルメグニク艦は行政官、医師、教育者、農業技術者の比率が高い。
カブラール艦は研究者と調整技術者が異様に多い。
ハイヤーン艦は文化保存者、芸術家、生態系管理者、家族移民の比率が高い。
それぞれの王国が、すでに船内で形を取り始めている。
シンが静かに問う。
「宇宙怪獣の実態公開は、出航後でよろしいのですね」
「ああ」
私は即答した。
「到着が迫ってからでは遅い。宇宙怪獣が来ると人類が理解した後で箱舟を出そうとすれば、乗れない人間が暴動を起こす」
小田桐が苦い顔をした。
「選抜会場が襲撃されるでしょうな」
「それだけでは済まん」
村上が言った。
「乗船者の家族が狙われる。箱舟の発着施設も狙われる。未選抜者が、乗船資格を奪おうとする。偽造身分、脅迫、暴動、宗教的な集団自殺、全部起きる」
「その通りだ」
私は頷いた。
「だから、四隻は先に出す」
情報統制局の担当官が資料を開く。
「発表文では、外宇宙開拓第一陣、クロノス統治による惑星国家の次段階、とします。彗星群については、現時点では観測対象の増加、軌道解析の継続、将来的な地球近傍通過の可能性に留めます」
「よい」
「宇宙怪獣という呼称は」
「まだ出すな」
私は言った。
「最初から怪獣と呼べば、人は理解する前に恐怖する。まずは彗星群だ。次に異常天体群。次に自律移動天体。最後に、生体兵器群」
バルカスが頷く。
「段階的に情報を増やすわけですな」
「そうだ」
嘘で隠すのではない。
だが、一度に全てを投げれば社会が壊れる。
世界統治は、真実をただ叫べばいいというものではない。
真実に耐えられる順序を作る必要がある。
「四隻の出航は祭典にする」
私は言った。
「世界中継を入れろ。子供たちに見せろ。応募者の家族を映せ。船内の学校、農場、庭園、研究区、工場、居住区を公開しろ」
シンが目を細める。
「希望として見せる」
「そうだ」
「逃避ではなく」
「開拓としてだ」
私はモニターの四隻を見た。
「ギュオーたちは逃げるのではない。外宇宙へ人類圏を広げる王として出る。そう見せろ。実際、そうでなければならん」
村上が静かに言った。
「本当の理由を知らないまま送り出される乗組員もいる」
「一部は知っている」
「全員ではない」
「全員に知らせれば、船内が出航前に壊れる」
私は村上を見た。
「納得できないか」
「納得はしていません」
「だろうな」
「でも、理解はします」
村上は苦い顔で言った。
「宇宙怪獣が億単位で来る。地球が守り切れるとは限らない。その情報を今全世界に開示すれば、箱舟どころか地上の統治も崩れる」
「だから、順序だ」
私は言った。
「まず、船を出す。次に、危機を知らせる。最後に、地球防衛戦へ移る」
バルカスが端末を操作した。
「四隻の最終出航予定は、三十六日後まで短縮可能です。乗組員選抜の最終確認、遺伝子バンク積載、家畜群、微生物群、文化記録、教育データ、工業プラント、調整槽群、すべて前倒しできます」
「やれ」
「御意」
「ただし、選抜基準は下げるな」
「難しいですな」
「下げるな」
私は強く言った。
「船は箱ではない。社会だ。慌てて不適格者を積めば、百年後に滅びる」
シンが頷く。
「では、補欠候補から適格者を繰り上げます」
「そうしろ」
情報統制局の担当官が続けた。
「出航式典の演出についてですが、四神将それぞれに演説を求めますか」
「求める」
私は言った。
「ただし、原稿は渡すな」
担当官が驚いた顔をした。
「よろしいのですか」
「王として出るのだ。自分の民へ何を言うかくらい、自分で決めさせろ」
「ギュオーが危険な発言をする可能性があります」
「するだろうな」
「よろしいので?」
「よい」
私は少しだけ笑った。
「民は、綺麗な原稿だけを読む王より、危険でも本音を言う王の方に熱狂することがある」
村上が小さく呟く。
「怖いことを言いますね」
「統治とはそういうものだ」
私は四隻の箱舟を見た。
ギュオー艦。
クルメグニク艦。
カブラール艦。
ハイヤーン艦。
それぞれが、違う未来を積んでいる。
軍事王国。
制度国家。
研究帝国。
文化と庭園の水の国。
どれも危うい。
だが、危うくても外へ出さなければならない。
「四隻が太陽系を離れてから、彗星群情報を第二段階へ上げる」
私は言った。
「異常天体群として発表しろ。地球接近リスク、軌道変更の兆候、国際観測体制の強化。そこまで出す」
「生体兵器であることは」
「まだだ」
「第三段階では」
「自律移動天体とする。通常の彗星群ではない。軌道を変える。群体として動く。そこまでだ」
「第四段階で宇宙怪獣」
「ああ」
私は頷いた。
「その頃には、四隻はもう戻れない位置にいる。乗れなかった者が暴れても、船を止めることはできない」
小田桐が目を閉じた。
「残酷ですな」
「残酷だ」
私は認めた。
「だが、地球生命を残すためだ」
「乗れなかった者に、それを納得しろと言うのは難しい」
「だから、希望を残す」
私は言った。
「全ての箱舟を出すわけではない。一番艦は防衛拠点として残る。残りの箱舟も、段階的に運用する。地球防衛は諦めない。そう見せるし、実際にそうする」
村上が私を見た。
「あなたは本当に残るんですね」
「残る」
「億単位の宇宙怪獣相手に」
「そうだ」
「勝てないかもしれないのに」
「勝てないかもしれないから、船を出す」
私は静かに言った。
「だが、勝てないかもしれないから逃げる、とはならない」
しばらく沈黙が落ちた。
やがて、シンが深く頭を下げた。
「出航式典の準備を進めます」
「頼む」
バルカスも頷く。
「箱舟各艦への最終積載を急がせます」
「家畜も忘れるな」
「心得ております」
村上が少しだけ苦笑した。
「この期に及んで、家畜ですか」
「この期に及ぶからだ」
私は答えた。
「文明は、兵器だけでは続かない。乳と卵と発酵食品も要る」
「あなたのそういうところ、本当に分からない」
「分からなくていい」
私はモニターの四隻を見上げた。
「だが、船内の子供が百年後に本物の卵を食べて笑うなら、それは地球生命が続いた証拠だ」
村上は黙った。
否定はしなかった。
四隻の箱舟は、静かに軌道上で出航準備を進めている。
地上では、人類初の外宇宙開拓船団として祝祭の準備が始まる。
誰もまだ知らない。
それが希望であると同時に、最初の避難でもあることを。
宇宙怪獣は近づいている。
億単位の死が、太陽系へ向かっている。
だからこそ、船は今出す。
恐怖で選ぶ前に。
暴動で壊れる前に。
人類がまだ、宇宙へ行くことを希望として見られるうちに。
「送り出すぞ」
私は言った。
「人類が、空を恐怖ではなく未来として見上げている間に」