/*/ クロノス日本支部 遺跡宇宙船基地 生体調整管制室 /*/
遺跡宇宙船基地の管制室には、普段よりも明らかに熱があった。
物理的な熱ではない。
バルカスの熱だ。
ユニット・ガイバー。
リムーバー。
遺跡宇宙船。
ナビゲーションメタル。
降臨者の正式装備と、星間航行生体宇宙船の中枢。
長年、断片的な遺物と推測から組み上げてきた技術体系の本丸が、いきなり目の前に開いたのだ。バルカスが平静でいられるはずがない。
表面上はいつもの老人だった。
だが、目が違う。
完全に、研究者の目になっている。
まずい。
この目をしているバルカスは、寝ない。
食わない。
止めなければ、調整槽の横でそのまま干からびる。
私は内心でそう判断しつつ、管制卓に映し出された一覧を眺めていた。
ロスト・ナンバーズ・コマンド。
通常調製の規格から外れた試作体、失敗体、制御不安定個体、あるいは特定用途に偏りすぎた調整体の記録群。
戦闘単位として安定しない。
命令系統への適合に問題がある。
獣化形態の固定が甘い。
肉体変化の方向性が想定から逸脱する。
記録には、そんな評価が並んでいた。
失敗作。
そう呼ぶのは簡単だ。
だが、失敗作の中には、たまにとんでもない芽が紛れている。
私は画面の一項目で指を止めた。
アプトム。
「このアプトムと言うのは面白いな」
背後のバルカスが、わずかに身を乗り出した。
「アプトムでございますか」
「ああ」
私は記録を展開する。
生体パターンが表示される。
固定形質が弱い。
獣化形態の安定性に難がある。
だが、細胞適応性が異常に高い。
単一機能型の獣化兵としては扱いづらい。
しかし、他の調整体の形質を取り込み、再構成する方向性が見える。
原作知識を抜きにしても、妙な個体だった。
失敗体というより、未完成の可能性。
いや。
方向性を間違えれば災害。
正しく導けば、兵器体系そのものを更新し得る異物。
「目指す方向は欲張りすぎだが」
私は言った。
「単体で完結した獣化兵にするには、詰め込みすぎだ。固定形質、再生性、適応性、他形質への反応性。どれも中途半端に見える」
「おっしゃる通りでございます」
バルカスが頷く。
だが、その声は暗くない。
むしろ楽しそうだった。
「通常ならば、安定した戦闘単位としては扱いにくい。制御も難しい。獣化兵としては、失敗作の範疇に置かざるを得ませぬ」
「通常ならば、な」
「はい」
バルカスの口元が、わずかに緩んだ。
「ですが、今ならば話は変わりましょう」
私は横目でバルカスを見る。
完全に調子に乗っている。
ユニット・ガイバーの調査。
遺跡宇宙船の調査。
ナビゲーションメタルから得た断片情報。
そのすべてで、バルカスの中の研究者が暴走寸前になっている。
「片手間に再調整してみましょうぞ」
軽い。
言い方が軽い。
片手間でやる内容ではない。
だが、バルカスが言うと本当に片手間でやりかねないのが怖い。
「片手間で済むのか」
「済ませます」
「バルカス」
「はい」
「寝ろよ」
「……閣下」
「その顔は寝ない顔だ」
バルカスは一瞬だけ目を逸らした。
やはり寝ない気だった。
「再調整そのものは許可する。ただし優先順位を間違えるな。ユニット、リムーバー、遺跡宇宙船、ウラヌスの聖櫃、それに死海調整槽計画。お前の机には、すでに山ほど火種が積まれている」
「承知しております」
「本当にか?」
「もちろんでございます」
信用できない。
研究者としてのバルカスは、まったく信用できない。
だが、アプトムは拾うべきだ。
原作を知る私からすれば、なおさらだ。
アプトムはただのロストナンバーではない。
他者の能力を取り込み、適応し、変化し続ける。
その方向性は、今後必要になる。
惑星制圧用の獣化兵だけでは足りない。
宇宙空間で、降臨者由来の星系制圧生物兵器とぶつかる可能性がある以上、固定性能の兵隊だけでは限界が来る。
必要なのは、適応する兵器。
敵を観察し、食らい、変化し、対抗手段を生み出す存在。
その芽が、ここにある。
「アプトムは通常部隊に回すな」
「はい」
「実戦投入も急がなくていい。まずは基礎データを取り直せ。安定した命令系統に組み込めるか、細胞適応性がどこまで伸びるか、他形質の取り込みが可能か」
「御意」
「ただし、調整しすぎるな」
バルカスが少し意外そうにこちらを見た。
「調整しすぎるな、でございますか」
「ああ。こいつの面白さは、規格外にある。完全に整えてしまえば、普通の高性能獣化兵になる。それでは意味がない」
「なるほど」
バルカスの目が、さらに輝いた。
しまった。
今の言い方は、研究者を煽った。
「つまり、失敗体としての不安定性そのものを、機能として保持する」
「そうだ。安定させるのではなく、破綻しない範囲で不安定性を制御する」
「実に興味深い」
「興味深いのは分かるが、寝ろよ」
「閣下は本日、三度目にそれを仰せです」
「三度言わなければ寝ないからだ」
バルカスは咳払いした。
ごまかした。
この老人、絶対に寝る気がない。
あとでシンに言って、研究区画の電源管理権限を一部握らせる必要がある。
私は再び画面へ視線を戻した。
アプトム。
原作では敵として現れ、異常な進化を見せ、獣化兵の枠を越えていく男。
あれを早めにこちらで拾う。
育てる。
使う。
ただし、野放しにはしない。
こちらの方針を見せ、餌を与え、目的を与える。
失敗作ではなく、適応兵器として立たせる。
そのためには、バルカスの再調整が要る。
そして、もう一人。
私は管制卓の別画面を開いた。
日本国内の監視網。
遺跡宇宙船基地周辺。
みなかみ市。
群馬県内。
周辺山域。
交通記録。
医療機関。
不審な戦闘痕跡。
クロノス支部の監視報告。
まだ、はっきりした名前は出ていない。
だが、時期的には近いはずだ。
村上征樹。
アリゾナで取り逃がした男。
プロト・ゾアロード。
原作知識が告げている。
今なら、時期的に日本に来ているはずだ。
この周辺で活動している可能性が高い。
彼を敵に回したままにしておくのは、惜しい。
いや、危険でもある。
村上征樹は単なる逃亡者ではない。
プロト・ゾアロードとしての能力を持ち、クロノスの裏側を知り、独自に動ける判断力がある。
そして、何より。
彼はギュオーやハイヤーンより、まだ話が通じる。
私は画面を見つめながら考える。
北米のウラヌスの聖櫃に向かいたい。
そこからナビゲーションメタルを抜き出し、ガイバーと同期させる。
ギガンティックの演算は、すでに遺跡宇宙船のナビゲーションメタルで終わっている。あとは、必要な中核を確保し、実際に形にする段階だ。
だから本音を言えば、すぐにでも北米へ飛びたい。
ウラヌスの聖櫃へ行きたい。
ギガンティックを作りたい。
だが、その前に。
村上征樹を陣営に引き入れたい。
ギュオーが余計な動きをする前に。
原作の流れで少年たちが巻き込まれ、泥沼になる前に。
こちらから、拾う。
死海調整槽計画は、そのさらに先だ。
あれはギガンティックとは別系統の計画。
遺跡宇宙船の技術を使い、星間航行可能な宇宙船を復元するための巨大調整槽計画である。
地球を守るための戦力。
そして、万が一に備えて人類を外へ運ぶための箱舟。
ギガンティックとは別だ。
だが、いずれ必ず必要になる。
宇宙怪獣が来るなら、地球に全てを賭けるだけでは足りない。
「バルカス」
「はっ」
「プロフェッサー・ヤマムラの反乱で取り逃がしたプロト・ゾアロード、村上征樹の追跡資料を出せ」
バルカスの表情が、研究者の熱からクロノスの幹部の顔へ戻った。
「村上征樹でございますか」
「ああ。生死不明扱いで止まっているが、死んでいないはずだ」
「閣下は、彼が日本にいるとお考えで」
「可能性が高い」
根拠は言えない。
原作知識だからだ。
だが、状況証拠は作れる。
「レリックスポイント周辺の異常に気づくなら、この時期だ。クロノスに追われ、なお遺跡宇宙船に関わる情報を探るなら、日本へ来る」
「直ちに監視網を広げます」
「いや、派手に動くな」
私は止めた。
「村上征樹は逃亡者だ。強く追えば逃げる。捕獲部隊を出せば戦闘になる。最悪、ギュオーや他支部に情報が漏れる」
「では、いかがいたしますか」
「接触する」
バルカスがわずかに眉を動かした。
「閣下自ら、でございますか」
「状況次第だ。少なくとも、通常の回収対象として扱うな。敵として追い詰めるより、先に話す」
「彼はクロノスを信用しないでしょう」
「当たり前だ」
私は思わず言った。
「アリゾナであんな目に遭わせて、信用する方がおかしい」
「……」
「だから、クロノスとしてではなく、私の名前で呼び出す」
バルカスが目を細めた。
「アルカンフェルの名で」
「ああ」
村上征樹が何を知っているか。
どこまで知っているか。
こちらのアルカンフェルを、原作と同じ存在だと思うか。
それは分からない。
だが、こちらには札がある。
ユニット。
リムーバー。
休眠期を克服した私。
そして、ウラヌスの記録。
地球へ迫る星系制圧生物兵器。
村上征樹を説得するには、十分すぎる情報だ。
「村上征樹を引き入れる。少なくとも、敵として動かさない」
「ギュオーには」
「知らせるな」
即答した。
「ギュオーに知られれば、必ず利用しようとする。村上征樹も、それに反発して逃げる。面倒が増える」
「ハイヤーンは」
「あれにも伏せる。あいつは興味本位で探る」
ハイヤーンも元々錬金術師だから研究員としては有望なんだけど裏切るんだよなぁ。
「承知いたしました」
バルカスが頭を垂れる。
私はアプトムのデータと、村上征樹の未完の追跡記録を並べて表示した。
一方はロストナンバー。
一方はプロト・ゾアロード。
どちらも、クロノスの本流から外れた存在。
だが、だからこそ使い道がある。
正規品だけで勝てるなら苦労はない。
この先必要になるのは、予定通りに作られた駒ではなく、予定外に強くなる連中だ。
「アプトムは再調整」
「はっ」
「村上征樹は接触準備」
「直ちに」
「それとバルカス」
「はっ」
「お前は四時間寝ろ。その後でアプトムを見ろ」
「閣下、しかし」
「命令だ」
「……承知いたしました」
不満そうだった。
完全に不満そうだった。
だが、命令なら従う。
その辺りは、やはりバルカスだった。
私は画面に表示されたアプトムの名を見つめる。
ロストナンバー。
失敗作。
だが、失敗作だからこそ、予定された枠を越える。
次に村上征樹の記録を見る。
逃亡者。
不安定なプロト・ゾアロード。
だが、不安定だからこそ、こちらの言葉が届く余地がある。
「さて」
私は小さく息を吐いた。
「原作イベントを潰す前に、人材回収だな」
「閣下?」
「いや、何でもない」
危ない。
また余計なことを言うところだった。
バルカスは少し不思議そうにしたが、深くは聞かなかった。
その代わり、画面のアプトムの生体データを見て、また研究者の目になっている。
やはり寝かせなければならない。
私は心の中で決めた。
この後、シンに言う。
バルカスの研究区画を四時間だけ強制停電させろ、と。