/*/ クロノス統治数年後 軌道上 箱舟出航前儀式 /*/
四隻の箱舟が、地球軌道上で出航準備を終えていた。
外宇宙開拓へ旅立つ四神将。
ギュオー。
ハイヤーン。
クルメグニク。
カブラール。
彼らは、それぞれ自らの箱舟を率い、人類の種子を地球圏の外へ運ぶ。
それは栄誉だった。
同時に、地球からの切断でもあった。
地球が宇宙怪獣との戦いに敗れた場合、彼らは人類の継続そのものを背負うことになる。
軌道上の儀礼区画に、四神将とその随員たちが並んでいた。
中央に立つのはアルカンフェル。
その背後には、バルカス、シン、村上、そして総帥直属の護衛たちが控えている。
式典は、外向きには「外宇宙開拓船団任命式」とされていた。
だが、実際には違う。
これは任命式ではない。
切断式だった。
アルカンフェルは、四神将を見渡した。
「出航前に処置を行う」
ギュオーが目を細めた。
「処置だと?」
アルカンフェルは静かに言った。
「私が与えたゾアクリスタルは置いて行け」
空気が凍った。
ギュオーの顔が歪む。
「なんだと!」
ハイヤーンも声を荒らげた。
「我々に神将の力を失えと言うのか!?」
クルメグニクは表情を硬くし、カブラールは小さく目を伏せた。
ゾアクリスタル。
神将の証。
力の源。
獣化兵を支配する思念波の核。
人類を超越した統治者たる資格。
それを置いて行け。
その命令は、神将にとって、王冠を捨てろと言われるに等しい。
だが、アルカンフェルは揺らがなかった。
「代わりに複製品のゾアクリスタルを与える」
ギュオーは怒りを隠さなかった。
「複製品だと? 我らに偽物を持てと言うのか!」
バルカスが一歩前に出た。
アルカンフェルにだけ、深く一礼する。
「総帥。説明してもよろしいですかな」
「許す」
その許可を得た瞬間、バルカスは四神将へ向き直った。
そこに丁寧さはなかった。
彼が丁寧語を使う相手は、アルカンフェルだけである。
「偽物などと軽々しく言うでない、ギュオー」
バルカスは鼻で笑うように言った。
「これは独立型複製ゾアクリスタルじゃ。総帥由来の原初分割晶とは成り立ちが違う。だが、神将機能を失う代物ではない」
「成り立ちが違うなら劣るのだろう!」
「馬鹿を言うな」
バルカスは即座に切り捨てた。
「複製晶でも獣化兵への支配力は落ちん。思念波支配とは、晶の質だけで決まるものではない。神将本人の意志力、統治核としての統合能力、配下に命令を通す精神の圧。それらが揃って初めて支配となる」
バルカスは、四神将を見回した。
「もし複製晶に換装して支配力が落ちたと言うなら、それは晶のせいではない。本人の意志力が弱く、総帥の力に寄りかかっていた証に他ならん」
ギュオーの殺気が膨れ上がった。
「貴様……!」
「何じゃ。図星か?」
バルカスは平然と言った。
その態度は、神将に対するものではない。
研究室で出来の悪い実験体を叱る老科学者そのものだった。
ハイヤーンが低く問う。
「では、複製晶に換装しても、我々の配下支配権は維持されるのだな」
「当然じゃ」
バルカスは言った。
「お前たちの箱舟に搭載される獣化兵、船体生体管制系、調整槽群。それらはすべて新しい晶に登録し直す。支配系統は維持される。落ちる理由がない」
「では、何が違う」
クルメグニクが問うた。
バルカスは、そこで初めて少しだけ真面目な顔になった。
「総帥との生体的依存関係じゃ」
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アルカンフェルが静かに続けた。
「そのクリスタルは、私のクリスタルを分割したものだ」
四神将は沈黙した。
「お前たちが持つゾアクリスタルは、私の胚から分かたれた。いわば、私の一部だ」
神将はただ任命されるのではない。
ゾアクリスタルを与えられる。
そのゾアクリスタルは、アルカンフェルの胚から分割されたもの。
支配権限だけでなく、生体的にも、神将はアルカンフェルの延長に近い。
「その力は、私と完全に無関係ではない」
アルカンフェルは続ける。
「私が健在である限り、お前たちのクリスタルは本来の力を保つ。だが、私が死ねば、いずれ力は失われる」
ハイヤーンの顔色が変わった。
「まさか」
「地球が宇宙怪獣に敗れ、私が死んだ場合」
アルカンフェルは四神将を見た。
「お前たちも遠い星の海で、ゆっくりと神将の力を失う」
沈黙。
それは、誰にとっても想定していなかった未来だった。
地球から離れる。
人類の種を運ぶ。
独立した王国を築く。
そのつもりでいた。
だが、自分たちの力の核が、なおアルカンフェルの生死に繋がっているならば。
それは独立ではない。
地球と共に伸びる、見えない臍の緒を引きずったまま宇宙へ出るだけだ。
「地球が宇宙怪獣に敗れた場合に運命を共にしたいなら、そのまま持っていけ」
アルカンフェルは言った。
「私は止めん」
ギュオーは歯を噛んだ。
「……貴様」
「違うか?」
アルカンフェルの声は冷たい。
「お前は王になりたいのだろう、ギュオー。ならば、私の死で王冠を失うようなものを持って行ってどうする」
ギュオーは返せなかった。
ハイヤーンが低く問う。
「複製品ならば、総帥の死後も維持できるのか」
バルカスが答える。
「維持できる。独立型複製ゾアクリスタルは、総帥の原初晶との接続を必要とせん。外宇宙で総帥の生死に振り回されることもない。お前たちの船団、お前たちの獣化兵、お前たちの統治系統を、お前たち自身の晶で支える」
カブラールが薄く笑った。
「原初の正統性と、独立の実利を選べというわけか」
「違う」
アルカンフェルは答えた。
「お前たちが外宇宙へ行く理由は、正統性を飾るためではない。人類を残すためだ」
その一言で、儀礼区画の空気がさらに重くなった。
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ギュオーはなお抵抗した。
「だが、複製晶と聞けば、船団の獣化兵どもがどう思うか分からん。支配者としての威が落ちる」
バルカスが笑った。
「それは晶の問題ではない。お前の問題じゃ」
「何?」
「複製晶だから威が落ちる? くだらん。獣化兵は命令に従う。思念波支配は維持される。船団管制もお前を主として認識する」
バルカスは、指を一本立てた。
「その上でなお威が落ちると言うなら、それはお前が原初分割晶の権威に甘えていたというだけの話じゃ」
ギュオーはバルカスを睨みつけた。
「老いぼれが」
「老いぼれで結構。だが、晶の仕様はわしが知っておる」
バルカスは鼻を鳴らした。
「よいか、ギュオー。複製晶は弱者用の代用品ではない。外宇宙独立用の統治核じゃ。総帥から切り離されても王であり続けられる者のための晶じゃ」
ハイヤーンが静かに言った。
「つまり、複製晶を受けることは降格ではない」
「降格ではない」
バルカスは断言した。
「むしろ試験じゃ。総帥の原初分割晶という血筋の重さを外した時、それでも神将として立てるかどうかのな」
クルメグニクが目を細めた。
「厳しいことを言う」
「事実じゃ」
バルカスは肩をすくめた。
「外宇宙へ出るのだろう。ならば、総帥の影から出る覚悟くらい持て」
村上は、バルカスの言葉を聞きながら、内心で少しだけ感心していた。
口は悪い。
態度も偉そうだ。
だが、説明としては正しい。
これは力を奪う処置ではない。
アルカンフェルに依存した力を、独立した力へ置き換える処置なのだ。
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ハイヤーンは長く沈黙していたが、やがて静かに言った。
「複製晶に換装した場合、我々は総帥の直接支配からも切り離されるのか」
バルカスが答える。
「完全には切れん。クロノスの上位命令体系、船団出航時の統治誓約、神将としての登録は残る。だが、生体的依存関係は薄くなる」
「つまり、総帥が死んでも、我々は神将として残る」
「そうじゃ」
「だが、総帥の子としての証は失う」
その言葉に、バルカスは答えなかった。
アルカンフェルが代わりに言った。
「そうだ」
ハイヤーンは目を伏せた。
彼にとって、それは単なる性能の問題ではなかった。
神将であること。
アルカンフェルから分かたれたゾアクリスタルを持つこと。
それは、支配権限であると同時に、彼らの存在理由でもあった。
複製品に換装するということは、実利のためにその由来を手放すことでもある。
「ならば、これは出航ではなく、親離れだな」
カブラールが皮肉っぽく言った。
アルカンフェルは静かに答えた。
「そう思いたければ、そう思え」
クルメグニクが問う。
「置いていった原初分割晶はどうされるのですか」
「相応しいものが出れば与える」
アルカンフェルは答えた。
その声は静かだった。
「選出に数百年は掛かるだろうがな」
四神将の表情が、わずかに変わった。
再利用しないのではない。
捨てるのでもない。
封印して終わりでもない。
だが、軽々しく次の者へ与えるつもりもない。
アルカンフェルの胚から分割された原初分割晶。
それは、空いた玉座に誰かを急いで座らせるための道具ではなかった。
相応しい者が現れた時だけ与えられる。
そして、その「相応しい者」を選ぶには、数百年かかる。
人間の政権交代の時間感覚ではない。
人類の一生でもない。
クロノスという支配機構と、アルカンフェルという存在の時間感覚だった。
ギュオーが低く笑った。
「数百年だと。市民どもが聞けば失望するだろうな」
アルカンフェルは淡々と答える。
「失望させておけ」
村上が小さく息を吐いた。
「総帥、それは外には出せません」
「では、どう言う」
村上は少し考えてから答えた。
「原初分割ゾアクリスタルは厳重に保管する。将来的に神将候補として相応しい人物が確認された場合、長期審査を経て授与を検討する。そういう言い方になります」
アプトムが肩をすくめた。
「数百年かかるだろうがな、が綺麗に消えたな」
「消します」
村上は即答した。
「市民向けには不要です。ただ、内部的には重要です。空位神将の補充はあり得る。けれど、人気投票でも、短期の政治妥協でもない。数百年単位の審査になる」
バルカスが髭を撫でた。
「当然じゃ。原初分割晶を与えるとは、総帥の一部を与えるに等しい。数年の功績や市民人気で決めるようなものではない」
ギュオーは不機嫌そうに吐き捨てた。
「ならば、我らは晶を置いて行き、いつか別の者がそれを受けるのを待てということか」
アルカンフェルは答えた。
「違う」
「何が違う」
「お前たちは、その晶を置いて行くことで、地球と心中しない力を得る」
ギュオーは黙った。
「原初分割晶を持つことに執着するなら、ここへ残れ。私が死ぬ時、一緒に力を失えばいい」
アルカンフェルは、遠くに浮かぶ箱舟を見た。
「外宇宙へ行くなら、私の死後も残る晶を持て」
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ギュオーは最後まで納得していなかった。
だが、計算はできる男だった。
地球が敗北した時、自分の力まで失われる。
その未来だけは受け入れられない。
「……換装後の支配力に問題が出た場合は」
バルカスは、露骨に呆れた顔をした。
「まだ言うか」
「答えろ」
「問題は出ん」
バルカスは断言した。
「出たとすれば、さっきも言った通り、お前の意志力の問題じゃ。晶のせいにするな」
ギュオーの顔が歪む。
バルカスは続けた。
「船団獣化兵への命令応答、獣化解除、武装放棄、待機、集団行動制御。すべて再登録後に実証試験を行う。複製晶でも支配力は落ちん。それを落とすのは、晶ではなく主の弱さじゃ」
ハイヤーンは静かに頷いた。
「私は受け入れよう」
クルメグニクも続く。
「船団統治の継続性を優先する」
カブラールは肩をすくめた。
「私も構わんよ。地球と心中するために外宇宙へ行くわけではない」
三人の視線がギュオーへ向く。
ギュオーは、アルカンフェルを睨んだ。
「覚えておけ。私は、この屈辱を忘れん」
アルカンフェルは表情を変えなかった。
「忘れなくてよい」
「いつか、貴様の複製品など不要だったと言わせてやる」
「そうか」
アルカンフェルは淡々と言った。
「ならば生き残れ」
ギュオーは言葉を詰まらせた。
「生き残ってから言え」
その一言で、会話は終わった。
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換装処置は、非公開で行われた。
四神将の額から、原初分割晶が取り外される。
それは、単なる手術ではなかった。
王権の返還。
親子の切断。
クロノス中枢から外宇宙船団への独立移行。
バルカスは慎重に処置を進めた。
アルカンフェルに対する時だけ、その声は低く丁寧になった。
「総帥。原初分割晶、摘出完了」
「保管しろ」
「御意」
原初分割晶は、それぞれ封印容器へ納められた。
ギュオーの晶。
ハイヤーンの晶。
クルメグニクの晶。
カブラールの晶。
それらは、総帥直属保管庫へ移送される。
いつか相応しい者が現れれば、与えられる。
だが、それは十年後でも、二十年後でもない。
数百年単位の選出。
人間社会の人気や一時の功績ではなく、長い統治実績、精神の強度、思念波適性、そしてアルカンフェルの一部を受け取るに足る器。
その全てを満たす者が出た時だけ、原初分割晶は再び誰かの額に輝く。
代わりに四神将へ与えられたのは、独立型複製ゾアクリスタル。
見た目は似ている。
だが、輝きが違う。
原初分割晶が太陽の欠片なら、複製晶は人工の恒星炉だった。
借りた火ではない。
自分で燃える火。
アルカンフェルの生死に頼らず、船団と共に長く燃え続けるための核。
四神将は、それぞれ新たな晶を受け入れた。
思念波登録が更新される。
船団獣化兵群との接続が再構成される。
獣君主級管理個体が順次同期する。
箱舟の生体管制系が、新しい主の晶を認識する。
支配力試験が行われた。
獣化解除。
武装放棄。
待機。
整列。
船外作業隊の同時誘導。
保安部隊の群制御。
管理個体への上位命令上書き。
すべて問題なし。
報告書には、簡潔に記された。
独立型複製ゾアクリスタル換装後試験。
船団登録獣化兵への思念波支配、正常。
獣化解除命令、正常。
武装放棄命令、正常。
獣君主級管理個体への上位命令、正常。
船体生体管制系との同期、正常。
支配力低下、確認されず。
補足。
支配力が低下した場合は、晶ではなく神将本人の意志力・統合能力に起因する可能性が高い。
バルカス見解。
外部公開不可。
アプトムが報告書を覗き込み、口笛を吹いた。
「晶のせいにするな、ってことか」
バルカスは鼻を鳴らした。
「当然じゃ。道具に王の器は作れん」
/*/
処置後、アルカンフェルは四神将へ最後の命令を下した。
「お前たちは地球の予備ではない」
四神将が彼を見る。
「地球が勝てば、外宇宙開拓船団だ。地球が負ければ、人類そのものだ」
誰も口を挟まなかった。
「私の死で消える力など持って行くな。私がいなくとも、支配し、守り、増やし、継げ」
ハイヤーンは静かに頭を垂れた。
クルメグニクも続いた。
カブラールは笑みを消し、深く礼をした。
ギュオーだけは、最後まで頭を下げなかった。
だが、背を向けもしなかった。
それで十分だった。
アルカンフェルは言った。
「行け」
四隻の箱舟が、軌道を離れ始める。
地球の夜側から見れば、それは四つの星がゆっくりと動き出したように見えた。
人々は歓声を上げた。
新聞は、人類初の外宇宙開拓船団出航と書いた。
クロノス広報局は、希望の出航と発表した。
だが、中央統治府の内部記録には、別の言葉が残された。
外宇宙開拓船団四隻、出航。
四神将、原初分割ゾアクリスタルを返還。
独立型複製ゾアクリスタルへ換装。
総帥生死依存から切り離し完了。
船団統治継続性、確保。
獣化兵支配力低下なし。
原初分割晶は総帥直属保管庫へ封印。
相応しい神将候補出現時、長期審査の上で授与を検討。
想定選出期間、数百年単位。
アプトムはその記録を見て、珍しく茶化さなかった。
「……親離れ、か」
村上は小さく頷いた。
「そうですね」
アルカンフェルは、遠ざかる四隻の箱舟を見ていた。
自らの胚から分かたれた晶は、地球に残した。
捨てるためではない。
次の相応しい者を待つために。
その代わり、彼らには別の火を与えた。
自分が死んでも消えない火を。
支配力を落とすためではない。
独立してなお支配者でいられるかを問うための火を。
宇宙怪獣が地球を砕いたとしても、どこか遠い星の海で人類が続くように。
それは支配者の命令だった。
同時に、親のようなものが子に与えた、最後の切断でもあった。