アルカンフェル転生   作:ぶーく・ぶくぶく

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外宇宙開拓船団出航後

/*/ クロノス統治圏 全世界放送記録 /*/

 

 

 

 人類初の外宇宙開拓船団は、祝福と共に旅立った。

 

 四隻の箱舟。

 

 ギュオー艦。

 

 クルメグニク艦。

 

 カブラール艦。

 

 ハイヤーン艦。

 

 全長五十一キロメートル級の生体恒星間宇宙船が、地球軌道を離れていく光景は、全世界へ中継された。

 

 都市の巨大スクリーン。

 

 学校の講堂。

 

 病院のロビー。

 

 避難訓練用に整備された地下施設。

 

 農村の共同端末。

 

 軌道エレベーター建設現場の食堂。

 

 人々は、それを見上げた。

 

 ギュオー艦の出航演説は荒々しかった。

 

『私は逃げるのではない。征くのだ。お前たちは私の民となる。ならば、星の海で私の王国を見よ』

 

 危険な演説だった。

 

 だが、兵士や若い調整体たちは熱狂した。

 

 クルメグニク艦の演説は堅実だった。

 

『我々は新天地に法を持っていく。記録を持っていく。子供たちへ渡す学校と畑を持っていく。星を得るとは、まず明日の生活を作ることだ』

 

 移民家族たちは安心した。

 

 カブラール艦の演説は不穏だった。

 

『未知の環境、未知の生命、未知の適応。恐れるな。我々自身が、宇宙に対する問いの答えとなる』

 

 研究者たちは目を輝かせ、一部の市民は少し引いた。

 

 ハイヤーン艦の演説は美しかった。

 

『我々は地球の歌を持っていく。水の音を、庭の匂いを、母語を、絵画を、祈りを、料理を、子供の笑い声を。新しい星で、それらをもう一度咲かせる』

 

 多くの人々が泣いた。

 

 四隻の箱舟が、月軌道を越えた。

 

 地球の重力圏を離れた。

 

 太陽を背に、外宇宙航路へ向かった。

 

 その日、世界は祝祭だった。

 

 クロノスの支配を嫌う者でさえ、画面の中の箱舟を見て黙った。

 

 あれは支配の象徴であると同時に、確かに未来でもあった。

 

 人類は地球だけの種ではなくなった。

 

 その事実だけは、誰にも否定できなかった。

 

 そして、四隻が戻れない距離へ入った後。

 

 クロノス統治機構は、彗星群に関する情報公開を一段階進めた。

 

 

 

/*/ 第一段階 異常彗星群 /*/

 

 

 

『現在、太陽系外縁へ向けて接近中の彗星群について、クロノス宇宙監視局は追加観測結果を発表しました』

 

 最初の発表は、まだ穏やかだった。

 

 彗星群。

 

 異常密度。

 

 通常の彗星群よりも多い個体数。

 

 軌道計算に一部不確定要素あり。

 

 旧世界の天文学者たちも、番組に呼ばれて解説した。

 

「珍しい現象ではありますが、ただちに地球へ危険があるとは限りません」

 

「太陽系外縁での観測は誤差も大きい」

 

「クロノスの観測機器によって、これまで見えなかったものが見えるようになったとも言えます」

 

 世論は、まだ楽観的だった。

 

 むしろ、箱舟出航の熱気が残っていた。

 

 ネットワーク上では、彗星群の接近を天体ショーとして期待する声すらあった。

 

「箱舟出航の次は大彗星群か」

 

「クロノス時代、イベント多すぎ」

 

「学校で観測会やるらしい」

 

「危険ならクロノスが何とかするだろ」

 

 人々は、まだ信じていた。

 

 クロノスは世界を征服した。

 

 病を減らした。

 

 エネルギー問題を解決した。

 

 箱舟を宇宙へ送り出した。

 

 ならば、彗星群くらい対処できるだろう、と。

 

 

 

 

/*/ 第二段階 自律的軌道変化 /*/

 

 

 

 数週間後、発表は一段階重くなった。

 

『クロノス宇宙監視局は、接近中の異常彗星群に通常の天体では説明困難な軌道変化が確認されたと発表しました』

 

 番組の空気が変わった。

 

 彗星が加速した。

 

 彗星が群れとして進路を揃えた。

 

 太陽重力だけでは説明できない微細な補正を行っている。

 

 専門家たちは、言葉を慎重に選んだ。

 

「自律的という表現は、まだ早いかもしれません」

 

「しかし、従来の彗星群とは明らかに異なります」

 

「人工物、あるいは生体的な構造の可能性も、完全には排除できません」

 

 このあたりから、楽観は崩れ始めた。

 

 街頭インタビューで、表情が変わる。

 

「彗星が自分で動くって、どういうことですか」

 

「箱舟が出た直後にこれって、偶然なんですか」

 

「クロノスは前から知っていたんじゃないの?」

 

 通信網では、疑念が広がる。

 

 四隻の箱舟出航と、彗星群情報の段階的公開。

 

 その順番に気づく者が出始めた。

 

「待て、箱舟ってもしかして避難船だったのか?」

 

「外宇宙開拓って言ってたじゃん」

 

「乗組員選抜が厳しかった理由、これか?」

 

「じゃあ俺たちは置いていかれたのか?」

 

 クロノス情報統制局は、すぐに次の声明を出した。

 

『箱舟計画は外宇宙開拓計画であり、現在接近中の異常天体群とは独立した人類長期発展計画です。ただし、惑星国家としての危機対応能力向上の一環として、箱舟群が地球生命保全に寄与する可能性はあります』

 

 嘘ではない。

 

 だが、すべてではない。

 

 それを、人々も感じ取り始めていた。

 

 

 

/*/ 第三段階 異常天体群から生体構造体へ /*/

 

 

 

 さらに一月後。

 

 クロノスは、観測画像を公開した。

 

 拡大された一部の天体。

 

 氷や岩石ではない。

 

 外殻のような構造。

 

 触手状の突起。

 

 微細な姿勢制御。

 

 太陽光に対する反応。

 

 それは、もう彗星とは呼べなかった。

 

『接近中の異常天体群には、生体構造に類似した特徴が確認されています』

 

 キャスターの声は震えていなかった。

 

 だが、目が硬かった。

 

『クロノス統治機構は、これらを“星系外生体構造体群”として分類し、観測および迎撃準備を進めています』

 

 市民の反応は、一気に不安へ傾いた。

 

 買い占めが起きた。

 

 ただし、旧世界のような大規模混乱には至らなかった。

 

 クロノスの物流網は強かった。

 

 配給所は即座に稼働した。

 

 暴動を起こした者は、獣化兵治安部隊によって短時間で制圧された。

 

 だが、人々の心は別だった。

 

「箱舟に乗れた人は助かったんだ」

 

「まだ残りの箱舟があるんだろ? 応募できるのか?」

 

「選抜基準を公開しろ!」

 

「クロノスは人類を選別してる!」

 

「いや、地球防衛は続けるって言ってるだろ」

 

「勝てるなら、なんで船を出したんだ!」

 

 学校では、子供たちが空を見るようになった。

 

 教師たちは、天体観測授業の言葉を変えた。

 

 病院では、高齢者が箱舟の乗船資格を若い者へ譲るべきだと語る一方、若者の中には「自分だけ残されるのは嫌だ」と泣く者もいた。

 

 宗教施設では祈りが増えた。

 

 旧国家主義者は「クロノスが人類を売った」と叫んだ。

 

 クロノス支持者は「統一されていなければ、そもそも観測も対策もできなかった」と反論した。

 

 世界は、まだ崩れてはいない。

 

 だが、明らかに震え始めていた。

 

 

 

/*/ 第四段階 宇宙怪獣 /*/

 

 

 

 そして、ついにその日が来た。

 

 クロノス中央放送。

 

 全世界同時中継。

 

 画面に映ったのは、アルカンフェルではなかった。

 

 最初に出たのは、宇宙監視局の局長だった。

 

 次に、バルカス。

 

 そして、最後にアルカンフェルが現れた。

 

 白い姿。

 

 静かな表情。

 

 彼の背後には、青い地球と、軌道上の箱舟一番艦が映っていた。

 

『接近中の星系外生体構造体群について、クロノス統治機構は本日、分類を改める』

 

 世界中が画面を見ていた。

 

『これらは自然天体ではない。ウラヌス由来の星系制圧生物兵器群である』

 

 その瞬間、世界の空気が凍った。

 

 ウラヌス。

 

 降臨者。

 

 クロノス技術の源流。

 

 その名を知る者は多くなかった。

 

 だが、続く言葉で誰もが理解した。

 

『制御は失われている。交渉は不可能。進路は太陽系。目的は不明だが、過去記録から見て、生命圏を資源として利用する可能性が極めて高い』

 

 アルカンフェルは、淡々と言った。

 

『私はこれを、宇宙怪獣と呼ぶ』

 

 軽い名前だった。

 

 だが、誰も笑えなかった。

 

『数は億単位。地球防衛戦は絶望的だ。守り切れるとは限らない』

 

 その言葉で、世界中の誰もが息を止めた。

 

 クロノス総帥が、勝利を保証しなかった。

 

 それだけで、恐怖は現実になった。

 

『だが、私は地球を離れない』

 

 アルカンフェルの声は変わらない。

 

『この星に生まれた生命は、私の責任の範囲にある。現生人類も、獣化兵も、動物も、植物も、微生物も、すべてだ』

 

 画面に、箱舟の映像が重なる。

 

『すでに四隻の箱舟は外宇宙へ旅立った。彼らは逃亡者ではない。開拓者である。地球生命の続きである』

 

 その言葉に、世界はざわめいた。

 

 やはりそうだったのか。

 

 逃がしたのか。

 

 選ばれた者だけを。

 

 怒りが生まれた。

 

 だが、その怒りが爆発する前に、アルカンフェルは続けた。

 

『残された者を見捨てたわけではない。一番艦は地球防衛拠点として残る。残る箱舟群も、状況に応じて防衛、避難、外宇宙進出に用いる。地球防衛戦は行う』

 

 そして、彼は言った。

 

『勝てるから戦うのではない』

 

 世界が静まる。

 

『地球生命の責任者として、戦わねばならないから戦う』

 

 その言葉は、旧世界の政治演説とは違った。

 

 票を取るための言葉ではない。

 

 支持率を上げるための言葉でもない。

 

 怪物の責任だった。

 

 恐ろしく、傲慢で、だが確かに逃げない者の言葉だった。

 

『クロノスは、すべての地球圏資源を防衛体制へ移行する。市民は各行政区の指示に従え。暴動は許さない。買い占めは無意味だ。選抜制度への襲撃は、箱舟の未来を壊す行為として処断する』

 

 厳しい言葉だった。

 

『だが、生活は止めない。食料配給は維持する。医療は維持する。教育は維持する。子供たちに、明日があるものとして今日を生きさせろ』

 

 映像は、空へ向いた。

 

 億の光点が、太陽系へ近づいている。

 

『我々は戦う。負けるかもしれない。だが、終わらせはしない』

 

 放送はそこで終わった。

 

 

 

/*/ 放送後 /*/

 

 

 

 世界は静まり返った。

 

 そして、遅れて震えた。

 

 一部の都市では暴動が起きた。

 

 箱舟選抜センターへ向かった群衆もいた。

 

 だが、出航済みの四隻には届かない。

 

 軌道上の箱舟一番艦は、軍事拠点として封鎖されている。

 

 残る箱舟群も、クロノスの厳重管理下にあった。

 

 怒りはあった。

 

 恐怖はあった。

 

 だが同時に、奇妙な秩序もあった。

 

 なぜなら、最悪の情報が開示された後も、朝には水が出たからだ。

 

 配給所は開いた。

 

 病院は動いた。

 

 学校は休校にならなかった。

 

 教師たちは、子供たちへ言った。

 

「今日は、地球防衛について学びます」

 

 子供たちは空を見た。

 

 大人たちも空を見た。

 

 空の向こうに、億の宇宙怪獣がいる。

 

 だが、同じ空の向こうには、四隻の箱舟もいる。

 

 人類の続きが、すでに星の海へ出ている。

 

 その事実は、置いていかれた者たちにとって怒りでもあり、救いでもあった。

 

 クロノス統治下の地球は、祝祭から不安へ、不安から恐怖へ、恐怖から戦時体制へと移行していった。

 

 誰も、もう楽観していなかった。

 

 だが、誰もが知っていた。

 

 楽観は消えた。

 

 しかし、未来はまだ完全には消えていない。

 

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