アルカンフェル転生   作:ぶーく・ぶくぶく

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殖装する獣化兵

/*/ 宇宙怪獣襲撃直前 地球圏・クラウド・ゲート /*/

 

 

 

 宇宙怪獣の群れは、まだ地球圏には到達していなかった。

 

 まだ、戦闘は始まっていない。

 

 月軌道も、木星圏も、火星圏も、まだ焼かれてはいない。

 

 だが、太陽系外縁観測網はすでに答えを出していた。

 

 敵性宇宙生物群。

 

 推定総数、億単位。

 

 主進路、太陽系内縁部。

 

 分岐群あり。

 

 質量反応、増加中。

 

 生命反応、異常。

 

 接近速度、減速傾向なし。

 

 その報せが公表された時、地球圏は静かに揺れた。

 

 暴動は起きなかった。

 

 クロノス統治下の都市は、そう簡単には崩れない。

 

 避難経路は整備されている。

 

 備蓄はある。

 

 地下区画もある。

 

 獣化兵警備隊も、治安局も、医療班も動いている。

 

 だが、人間の心までは、制度だけでは鎮めきれない。

 

 駅の大型表示板には、宇宙怪獣群の予測進路が映し出されていた。

 

 赤い点が、太陽系外縁から少しずつ近づいてくる。

 

 画面上の点は小さい。

 

 だが、表示されている数値は、常識を壊していた。

 

 億。

 

 億を超える宇宙怪獣。

 

 それが、少しずつ近づいている。

 

 ある地下商店街では、買い物客が保存食の棚の前で立ち尽くしていた。

 

「本当に来るのか」

 

「観測網が間違えるわけないだろ」

 

「でも、まだ遠いんだろ」

 

「遠いだけだ」

 

 誰かがそう言うと、会話は止まった。

 

 遠い。

 

 それは安心ではなかった。

 

 遠くにいるのに、もう見えている。

 

 遠くからでも、数えられてしまうほど多い。

 

 その事実が、人々を押し潰していた。

 

 学校では、教師が避難訓練の説明をしていた。

 

 子供たちは表向き、静かに聞いている。

 

 だが、端末でニュースを見てしまった子は泣き出した。

 

「先生、空から来るの?」

 

「まだ来ていません」

 

「来たら、どうするの?」

 

「地下へ避難します。クロノス軍が迎撃します」

 

「アルカンフェル様が倒す?」

 

 教師は、一瞬だけ答えに詰まった。

 

 それから、静かに言った。

 

「アルカンフェル様だけではありません。たくさんの人が守るために準備しています」

 

 子供は頷いた。

 

 だが、その顔から不安は消えなかった。

 

 月面都市では、地球を見下ろす展望区画が閉鎖された。

 

 理由は安全対策だった。

 

 だが、本当の理由は別にあった。

 

 誰もが地球を見てしまうからだ。

 

 青い星。

 

 人類の故郷。

 

 そこへ、宇宙怪獣が向かっている。

 

 まだ何も起きていない。

 

 だからこそ、恐ろしい。

 

 災害は、起きた瞬間よりも、来ると分かって待つ時間の方が、人を削る。

 

 地球圏全域で、同じ空気が広がっていた。

 

 勝てるのか。

 

 どうやって戦うのか。

 

 艦隊で止められるのか。

 

 箱舟で押し返せるのか。

 

 獣化兵は宇宙で戦えるのか。

 

 億を超える怪物を、どうやって殺すのか。

 

 その答えを決める会議が、クラウド・ゲート中枢で開かれていた。

 

 

 

/*/

 

 

 

 会議室の中央には、宇宙怪獣群の立体戦況図が浮かんでいた。

 

 赤い粒子が、太陽系外縁から流れ込むように広がっている。

 

 個々は小さい。

 

 だが、群れ全体は巨大だった。

 

 大河のように、赤い敵性反応が押し寄せてくる。

 

 その内側に、兵隊怪獣、巡洋艦級、上陸艇型、高速型、未分類大型反応が混在している。

 

 まだ名前すら定まっていないものも多い。

 

 分かっているのは、数が多すぎるということだけだった。

 

 議題は一つ。

 

 宇宙怪獣相手に、宇宙戦闘をどう行うか。

 

 そして、その中で最も揉めたのが、複製強殖装甲を獣化兵へ殖装させるか否かだった。

 

 バルカスは、最初から反対だった。

 

「ならん」

 

 老人の声は、硬かった。

 

「複製品とはいえ、強殖装甲は強殖装甲じゃ。殖装者は思念波支配を受け付けなくなる。獣神将の命令波から外れる兵士を、我ら自身の手で作ることになる」

 

 会議室は静まり返る。

 

 それは単なる兵装選択ではなかった。

 

 クロノスという支配体系の根幹に関わる問題だった。

 

 獣化兵は、獣神将の思念波によって統制される。

 

 それは暴走防止であり、軍事指揮であり、最後の安全装置でもある。

 

 だが、強殖装甲をまとえば、その支配を受けない。

 

 造物主ウラヌスが恐れた、反逆の形。

 

 ガイバー。

 

 たとえ複製強殖装甲であっても、その本質は消えない。

 

 シンが静かに口を開いた。

 

「通常の獣化兵をそのまま宇宙へ出しても、戦力にはなりにくい」

 

 バルカスは振り向く。

 

「分かっておる」

 

「宇宙怪獣は、地上戦の相手ではありません。真空、放射線、慣性、軌道機動、重力場。通常獣化兵は惑星上で強い。だが、宇宙では身体能力を発揮しきれない」

 

 プルクシュタールも続けた。

 

「艦艇と軌道砲だけでは、取りこぼしが出ます。敵の数が多すぎる。大群の隙間へ入り、接近戦で削り、上陸艇型を破砕し、高速型を追う宇宙機動兵が必要です」

 

 カールレオンが頷く。

 

「士気の高いエリート部隊に限定すべきです。全軍配備ではない。選抜し、訓練し、宇宙戦闘用に運用する。殖装した獣化兵なら、それが可能です」

 

「士気で安全装置の代わりになるか」

 

 バルカスの声は鋭い。

 

「思念波支配を受けぬ兵士が、戦場で自分の意志だけで動く。暴走した時、誰が止める」

 

 ヴァルキュリアが補足した。

 

「リムーバーは一基しか存在しません。帰還後に順次解除する、という運用は現実的ではありません」

 

 その一言で、会議室の空気はさらに重くなった。

 

 殖装させるなら、基本的には外せないものとして扱わなければならない。

 

 任務ごとに貸し出して回収する装備ではない。

 

 それは、獣化兵を新しい存在へ変えてしまう。

 

 バルカスは言った。

 

「一度殖装させたら、その者は思念波統制の外へ出る。リムーバーで片端から剥がすことはできん。つまり、これは一時的な兵装ではない。新しい兵科の創設じゃ」

 

 

 

/*/

 

 

 

 リ・エンツイは、ここまで黙っていた。

 

 彼は静かに言った。

 

「博士の懸念は正しい」

 

 シンも、プルクシュタールも、カールレオンも反論しなかった。

 

 李は続ける。

 

「だが、宇宙怪獣の規模を見る限り、従来兵科だけで迎撃するのは危うい。箱舟、艦艇、軌道砲台、無人機だけでは、数の圧に対応しきれない可能性があります」

 

 ワフェルダノスも、ゆっくりと口を開いた。

 

「私も、即断はできぬ」

 

 その声は低く、木々の奥から響くようだった。

 

「強殖装甲は、兵を強くする。だが、強さとは常に統制を難しくするものだ。森で一本の木だけが高く伸びすぎれば、嵐を受ける。だが、低い木ばかりでは森は育たぬ」

 

 バルカスが視線を向ける。

 

「中立か」

 

「そうだ」

 

 ワフェルダノスは頷いた。

 

「必要性は理解する。だが、殖装した兵を、ただの獣化兵の延長として扱うなら失敗する。別種の者として、別の規律を与えねばならぬ」

 

 ガレノスもまた、端末上の適合表を見ながら言った。

 

「医科学的にも、全面配備は無謀です」

 

 彼の声は淡々としていた。

 

「獣化兵素体と複製強殖装甲の相互作用は、個体差が大きい。適合すれば宇宙戦闘能力は飛躍的に上がるでしょう。しかし、不適合個体では精神負荷、肉体変質、装甲侵食、制御不良が出る可能性がある」

 

「つまり反対か」

 

 カールレオンが問う。

 

「全面配備には反対です」

 

 ガレノスは答えた。

 

「だが、選抜個体への限定適用なら、検討に値する。医科学監視、精神評価、宇宙戦闘適性評価、そして殖装後の社会的扱いまで含めて制度を作るべきです」

 

 村上征樹も、中立の立場を取った。

 

「僕も、全面配備には反対です」

 

 彼は戦況図を見た。

 

「けれど、宇宙戦闘に適した機動歩兵が必要なのは事実です。獣化兵は地上では強い。でも宇宙では、足場も大気もない。推進器と装甲と生体維持が必要になる。複製強殖装甲は、その不足を一気に埋めます」

 

 バルカスが問う。

 

「マサキ。お前は、思念波支配の外に出る兵士を信じるのか」

 

 村上はすぐには答えなかった。

 

 会議室の全員が、彼を見る。

 

「信じたい、では足りません」

 

 村上は言った。

 

「制度と選抜が必要です。誰にでも渡せば危険です。ですが、渡さなければ、宇宙怪獣の群れを止める手段が一つ減る」

 

 ヴァルキュリアが記録する。

 

「中立意見。限定配備なら検討可能」

 

 リ・エンツイ、ワフェルダノス、ガレノス、村上征樹。

 

 中立の名は、四つ並んだ。

 

 誰も安全だとは言わない。

 

 誰も不要だとも言い切らない。

 

 危険だが、必要かもしれない。

 

 必要だが、危険すぎるかもしれない。

 

 それが中立派の結論だった。

 

「ただし」

 

 村上は続けた。

 

「殖装後に思念波命令が効かないことを前提に、最初から作戦規範を作る必要があります。命令が届かなくても目的を守れる兵士でなければならない」

 

 バルカスは苦い顔をした。

 

「それが難しいと言っておるのじゃ」

 

 

 

/*/

 

 

 

 議論は続いた。

 

 艦隊運用班は、宇宙機動兵の必要性を主張した。

 

 軌道砲台班は、迎撃火力は面で足りても、漏れた個体を潰す点の戦力が足りないと訴えた。

 

 獣化兵軍団の指揮官たちは、宇宙適性のある戦闘型を選抜すれば対応可能だと主張した。

 

 医科学班は、複製強殖装甲と獣化兵素体の適合リスクを列挙した。

 

 統治局は、思念波支配を受けない兵士を大量に生み出した場合の政治的影響を懸念した。

 

 すべて正しい。

 

 だからこそ、決まらない。

 

 やがて、アルカンフェルが口を開いた。

 

「獣化兵は、惑星強襲用の兵科だ」

 

 会議室が静まり返る。

 

 アルカンフェルは戦況図を見ていた。

 

 赤い群れ。

 

 億を超える宇宙怪獣。

 

 まだ遠い。

 

 だが、確実に近づいている。

 

「地上で走る。跳ぶ。噛み砕く。敵陣に食い込む。都市を制圧し、要塞を潰し、惑星表面を支配する。そのために獣化兵は作られた」

 

 彼の声は静かだった。

 

「だが、これは宇宙戦だ」

 

 誰も言葉を挟まない。

 

「真空。放射線。重力井戸。軌道。慣性。敵は大気中の軍隊ではない。群れで落ちてくる宇宙生物だ。通常獣化兵をそのまま出すのは、兵科の誤用である」

 

 シンがわずかに頭を下げた。

 

 プルクシュタールとカールレオンも沈黙している。

 

 バルカスだけが、アルカンフェルを見据えていた。

 

「閣下。では、殖装を認めるのですな」

 

「認める」

 

 アルカンフェルは言った。

 

 会議室に緊張が走る。

 

「ただし、全軍ではない。選抜部隊だ」

 

 ヴァルキュリアが即座に端末へ記録する。

 

「条件を」

 

「第一、志願制」

 

 バルカスが目を細めた。

 

「志願制……」

 

「そうだ。思念波で強制して殖装させるな」

 

 アルカンフェルは続けた。

 

「第二、宇宙戦闘適性の高い獣化兵に限定する。第三、思念波統制がなくとも作戦目的を理解し、継続できる者。第四、故郷や仲間を守る意思を持つ者。第五、死にたがりを選ぶな」

 

 村上が静かに顔を上げた。

 

「死にたがりを選ばない、ですか」

 

「そうだ」

 

 アルカンフェルは言った。

 

「命を捨てる者は多い。だが、必要なのは死ぬ者ではない。帰還し、次も戦える者だ」

 

 バルカスは低く問う。

 

「それでも、思念波支配は効きませぬ」

 

「分かっている」

 

「我らは、命令波で止められぬ兵士を作ることになる」

 

「分かっている」

 

「それでもか」

 

 アルカンフェルは、少しだけ沈黙した。

 

 その目には、遠い記憶があった。

 

 三十万年前の最初の殖装者。

 

 リムーバーで引き剥がされた、呆然とした顔。

 

 ウラヌスが恐れたもの。

 

 そして、人類が何度も示してきたもの。

 

「人間は、思念波で縛られなくとも戦える」

 

 アルカンフェルは言った。

 

「祖国を守るために、家族を守るために、仲間を逃がすために、群れを守るために、自分の意志で戦える」

 

 バルカスは黙った。

 

「ウラヌスはそれを恐れた。だから人類を廃棄しようとした。だから命令で縛れる兵を作った。だが、我々が同じ恐れ方をする必要はない」

 

 会議室は静まり返っていた。

 

「思念波で縛らねば戦えぬ兵だけでは、この戦争は勝てん」

 

 その言葉は、クロノスにとって重かった。

 

 獣化兵を作り、統制し、支配してきたクロノスが、思念波の外で戦う兵士を認める。

 

 それは、戦術上の決断であると同時に、思想上の転換でもあった。

 

 アルカンフェルは続けた。

 

「宇宙怪獣は、我々の制度を待たない。億を超える敵が来る。惑星強襲用の兵科を宇宙へ出すなら、宇宙で生き残る鎧を与えろ」

 

 ヴァルキュリアが確認した。

 

「複製強殖装甲による選抜獣化兵部隊の創設。承認でよろしいですね」

 

「承認する」

 

 バルカスは目を閉じた。

 

「反対意見を議事録へ残します」

 

「残せ」

 

 アルカンフェルは即答した。

 

「忘れるな。これは危険な決定だ。危険だからこそ、反対意見を残せ」

 

 バルカスは深く頭を下げた。

 

「御意」

 

 

 

/*/

 

 

 

 こうして、宇宙機動殖装隊の創設が決まった。

 

 対象は、志願した獣化兵の中でも、ごく一部。

 

 宇宙戦闘適性。

 

 高い士気。

 

 精神安定性。

 

 思念波遮断下での判断力。

 

 作戦目的を自分の言葉で理解できること。

 

 命令がなくとも守るべきものを見失わないこと。

 

 そして、生きて帰る意志があること。

 

 彼らは、複製強殖装甲ユニットの前に立つことになる。

 

 それは一時的な装備ではない。

 

 簡単に外せるものでもない。

 

 殖装すれば、彼らはクロノスの通常の思念波統制から外れる。

 

 その代わり、宇宙で戦える。

 

 真空で動ける。

 

 放射線に耐える。

 

 重力制御で機動し、宇宙怪獣の外殻へ取り付き、艦艇の火線をすり抜けた敵を殺す。

 

 クロノスは、初めて自ら、思念波支配を受け付けない兵科を作る。

 

 議事録には、こう記された。

 

 

 

 宇宙怪獣群接近に伴い、宇宙戦闘用機動歩兵戦力の不足が顕在化。

 通常獣化兵は惑星強襲用兵科であり、宇宙戦闘への直接転用は不適切。

 複製強殖装甲を用いた選抜獣化兵部隊、宇宙機動殖装隊の創設を承認。

 

 反対意見、バルカス博士。

 理由、思念波統制不能兵科創設による長期的危険。リムーバー一基のみにつき、帰還後解除運用は非現実的。

 

 賛成意見、シン、プルクシュタール、カールレオン。

 理由、宇宙怪獣戦における通常獣化兵の兵科不適合、士気高きエリート部隊の宇宙機動兵化の必要性。

 

 中立意見、リ・エンツイ、ワフェルダノス、ガレノス、村上征樹。

 理由、危険性と必要性の双方を認め、条件付き限定運用を推奨。

 

 最終裁可、アルカンフェル。

 

 

 

 会議が終わる頃、宇宙怪獣群はさらに近づいていた。

 

 戦闘はまだ始まっていない。

 

 だが、すでに世界は戦争の中にあった。

 

 

 

/*/

 

 

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