アルカンフェル転生   作:ぶーく・ぶくぶく

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40年前だからね。ソ連なんだよね

/*/ 群馬県みなかみ市 某ホテル ロビー /*/

 

 

 

 みなかみ市の山間に建つそのホテルは、観光客向けとしてはごく普通の佇まいをしていた。

 

 温泉。

 

 渓流。

 

 山道。

 

 平日の昼過ぎということもあり、ロビーに人影は少ない。

 

 フロントの従業員が、こちらを見て一瞬だけ固まった。

 

 当然だ。

 

 この姿は目立つ。

 

 だが、問題はない。

 

 認識を軽く撫でてやれば、人は自分に理解できないものを勝手に都合よく処理する。上等な外国人客か、どこかの財界人か、あるいは予約済みの特別客か。

 

 その程度に見えていれば十分だ。

 

「なるほど、気配がする」

 

 私はロビーの奥へ視線を向けた。

 

 強い。

 

 だが、まだ粗い。

 

 ゾアロードとして完成していない、歪な思念波の気配。

 

 アリゾナで取り逃がしたプロト・ゾアロード。

 

 村上征樹。

 

 原作知識を抜きにしても、この気配は見落としようがなかった。

 

「ここにいるな。ロビーで待たせてもらおうか」

 

 私はそう呟き、窓際の席に腰を下ろした。

 

 従業員が何かを尋ねに来ようとしたが、軽く視線を向けると、すぐに引き下がった。

 

 茶を頼む必要もない。

 

 待つ。

 

 ただ、それだけでいい。

 

 やがて、エレベーターの扉が開いた。

 

 男が一人、ロビーへ姿を見せる。

 

 村上征樹。

 

 旅装に身を包み、表面上は普通の青年に見える。

 

 だが、その目は周囲を警戒していた。

 

 逃亡者の目。

 

 追跡者の目。

 

 そして、自分の身体に起きた異変を理解しきれないまま、それでも戦おうとしている者の目だった。

 

 私は彼へ向けて、思念波を飛ばした。

 

『こちらへ来い』

 

 村上の肩が、わずかに揺れた。

 

 聞こえた。

 

 彼はすぐには動かなかった。

 

 ロビーの柱。

 

 出入口。

 

 フロント。

 

 階段。

 

 窓。

 

 逃走経路を一瞬で確認する。

 

 いい反応だ。

 

 従順ではない。

 

 支配もされていない。

 

 だが、完全に無視することもできない。

 

 しばらく迷った後、村上はゆっくりとこちらへ歩いてきた。

 

 私は小さく頷いた。

 

「従うほどではないが、聞こえはするのだな」

 

 村上は席の前で立ち止まった。

 

 その顔には警戒が浮かんでいる。

 

「……あなたは?」

 

「君が追っている組織の総帥だと言えば、分かるかな」

 

 村上の目が細くなった。

 

 空気が、一瞬で張り詰める。

 

 逃げるか。

 

 変身するか。

 

 攻撃するか。

 

 彼の肉体が、戦闘へ傾きかけるのが分かった。

 

 私は手を軽く上げた。

 

「少し話をしよう。かけたまえ」

 

「クロノスの総帥が、僕に話?」

 

「ああ」

 

「罠ではないと?」

 

「罠なら、ここで声をかける必要はない。君が眠っている間に部屋ごと封鎖すれば済む」

 

 村上の表情が険しくなった。

 

「ずいぶん正直ですね」

 

「嘘をつくには、相手を選ぶ。君にはまず、こちらがどこまでできるかを理解してもらった方が早い」

 

 村上は座らなかった。

 

 立ったまま、私を睨んでいる。

 

 まあ、当然だ。

 

 クロノスを追い、逃げ、戦い、自分の身体まで変えられた男が、総帥を名乗る相手に言われて素直に座る方がおかしい。

 

「座れ。話が長くなる」

 

「立ったままで結構です」

 

「そうか」

 

 私は肩をすくめた。

 

「なら、好きにしたまえ」

 

 それから、少しだけ声を低くした。

 

「村上征樹。アリゾナでの件、そして限られた情報からクロノスを世界征服を欲する悪の組織と断じ、反乱を起こした件については不問とする」

 

 村上の目がわずかに揺れた。

 

「不問?」

 

「ああ。不問だ」

 

「なぜ」

 

「君の持っていた情報からすれば、そう判断するのは自然だからだ」

 

 私は窓の外を見た。

 

 山。

 

 空。

 

 雲。

 

 この星の、ごく普通の景色。

 

「クロノスは人類社会の裏側に巣食い、獣化兵を作り、各国の中枢に根を張っている。表から見れば、世界征服を狙う悪の組織そのものだ」

 

「違うとでも?」

 

「違わない」

 

 村上が黙った。

 

 私は続けた。

 

「クロノスは世界を征服する。これは変えない」

 

「なら話すことはありません」

 

「ある」

 

 私は村上を見た。

 

「私は君に、世界征服をして、その先に何をしようとしていたかを語りに来た」

 

 村上の眉が動いた。

 

「何を……?」

 

「地球人類を守る」

 

 沈黙。

 

 村上は、私を見ていた。

 

 怒りでも、嘲りでもない。

 

 理解不能なものを見る目だった。

 

「クロノスが、人類を守る?」

 

「そうだ」

 

「獣化兵を作り、人間を実験台にして、世界を支配しようとしている組織が?」

 

「そうだ」

 

「ふざけているのか」

 

「ふざけてはいない」

 

 私は淡々と言った。

 

「人間を実験台にした。獣化兵を作った。各国を侵食した。世界を統一するつもりでいる。それらは事実だ」

 

「なら、どこが人類を守るという話になる」

 

「敵がいる」

 

 私は言った。

 

「地球の外に」

 

 村上の表情が変わった。

 

「地球の外?」

 

「降臨者、ウラヌス。君もその名くらいは掴んでいるだろう」

 

「……クロノスの技術の源流」

 

「そうだ。彼らは地球で生体兵器を作った。人類を調整し、獣化兵を生み、ゾアロードという指揮個体を作った。私もその計画の産物だ」

 

 村上は黙って聞いている。

 

 まだ信じてはいない。

 

 だが、聞いてはいる。

 

「君も、その系譜に連なる。ギュオーのプロトタイプとして作られたプロト・ゾアロード。だからこそ、君はギュオーの危険性を知っている」

 

 村上の顔が強張った。

 

「……どこまで知っている」

 

「君が、クロノスを支配しようとしていたギュオーを消そうとしたところまでは」

 

 村上は答えなかった。

 

 だが、沈黙が肯定だった。

 

「君の反乱は、単なる逃亡でも、感情的な反発でもない。ギュオーがクロノスを乗っ取れば何が起きるか、君は理解していた。だから動いた」

 

「だったら、なおさら聞きたい」

 

 村上の声が低くなる。

 

「そんな男を獣神将に置いたまま、あなたは何をしていた」

 

「使える駒だからだ」

 

 私は正直に答えた。

 

 村上の目に怒りが浮かぶ。

 

「危険と分かっていて?」

 

「危険な駒でも、盤面に置いておかなければならない時がある。ギュオーは野心家だが、能力はある。だが、ユニットにもリムーバーにも触らせない。今後は監視も強める」

 

「ユニット……?」

 

「今はそこまで話さない」

 

「都合がいいですね」

 

「当然だ。私は君をまだ信用していない。君も私を信用していない。ならば、開示する情報には段階がある」

 

 村上は苦々しげに口を閉じた。

 

 私は話を戻した。

 

「ウラヌスは地球だけで生体兵器を作っていたわけではない。別の星系でも、別系統の兵器を開発していた」

 

「別系統?」

 

「獣化兵は惑星制圧用だ。都市を潰し、軍を制圧し、人類社会を掌握するには向いている。だが、宇宙空間で艦隊を食い、惑星防衛網を破り、生命圏そのものを資源へ変えるような戦争には向いていない」

 

「何の話をしている」

 

「星系制圧生物兵器だ」

 

 村上の顔から、少しだけ血の気が引いた。

 

 言葉の意味は分かる。

 

 だが、現実として受け入れられない。

 

 そういう反応だった。

 

「ウラヌスは別の星系で、それを作った。制御を失った。もはや彼らの命令下にもない。そして今、その兵器群が太陽系へ向かっている」

 

「……そんな話を、信じろと?」

 

「すぐには信じられまい」

 

 私は頷いた。

 

「当然だ。私でも、立場が逆なら信じない」

 

「なら、なぜ話す」

 

「君を敵に回したままにするのが惜しいからだ」

 

 村上の目が細くなる。

 

「僕を利用する気か」

 

「利用する」

 

 私は即答した。

 

 村上が険しい顔をする。

 

「誤魔化す気はない。私は君を利用したい。プロト・ゾアロードであり、クロノスの裏側を知り、なお自分で考えて動ける者は少ない」

 

「僕が従うと思っているのか」

 

「思っていない」

 

「なら」

 

「だから、判断材料を渡しに来た」

 

 私は机の上に、掌サイズの記録媒体を置いた。

 

 クロノス製のものではない。

 

 遺跡宇宙船から抜いた情報のうち、公開しても致命的ではない範囲を、バルカスに翻訳・圧縮させたものだ。

 

 もちろん、すべてではない。

 

 ユニットの詳細も、リムーバーも、ギガンティックのことも伏せてある。

 

 だが、ウラヌスの兵器開発記録、星系喪失の断片、太陽系へ向かう長距離観測データは入っている。

 

「真実としたいならば、そのための情報開示はしよう」

 

「これを見れば、僕が信じると?」

 

「信じる必要はない。疑え。調べろ。照合しろ。君が持つ情報と比べろ」

 

 村上は記録媒体を見つめた。

 

 手を伸ばさない。

 

「なぜ世界に公開しない」

 

「してどうなる」

 

 私は逆に問うた。

 

「今、この情報を世界へ開示したとして、各国政府は一致団結して迎撃準備を始めるか?」

 

 村上は答えなかった。

 

「アメリカは情報の独占を考える。ソ連はクロノスの謀略と疑う。日本は会議を開く。各国の軍部は予算を取りに走る。宗教家は終末を叫び、企業は株価を守ろうとし、民衆はパニックを起こす」

 

「……」

 

「そして何より、宇宙から来る敵に対して、人類はまだ戦うための統一指揮系統を持っていない」

 

 私は村上を見た。

 

「君も理解るはずだ。今、宇宙怪獣の情報を世界に開示しても、世界はそのために一致団結して戦えない」

 

「宇宙怪獣……」

 

「私がそう呼ぶことにした。ウラヌス側の正式分類名は長い。分かりやすい方がいい」

 

「ずいぶん軽い呼び方ですね」

 

「中身は軽くない」

 

 私は言った。

 

「奴らが来れば、国家単位の抵抗など意味を持たない。惑星ごと食われる。人類社会が分裂したままなら、地球は滅ぶ」

 

「だから世界征服か」

 

「そうだ」

 

 村上の拳が震えた。

 

「それで、あなたは自分を正当化するのか」

 

「正当化ではない。必要性の話だ」

 

「犠牲を出しても?」

 

「出る」

 

「人間を支配しても?」

 

「する」

 

「それが人類を守ることだと?」

 

「他に間に合う方法があるなら聞こう」

 

 村上は黙った。

 

 私はさらに言った。

 

「私は聖人ではない。君に善人として信じてほしいとも思っていない。クロノスは悪の組織だ。そこは否定しない」

 

「……」

 

「だが、悪の組織だからこそ、短期間で世界を掌握できる。法も、世論も、国家間の面子も、必要なら踏み越える。時間がないからだ」

 

 村上は、初めて椅子を引いた。

 

 腰を下ろしたわけではない。

 

 ただ、手を置いた。

 

 迷っている。

 

「あなたの言うことが本当だとして」

 

「ああ」

 

「僕に何をしろと?」

 

「まずは調べろ」

 

 私は言った。

 

「その記録を見ろ。君なりに検証しろ。クロノスが信用できないなら、信用しなくていい。私も、いきなり君を信用しているわけではない」

 

「……」

 

「その上で、判断しろ。クロノスを止めることが本当に地球を救うのか。それとも、クロノスを利用してでも来るものに備えるべきか」

 

「僕に、クロノスの世界征服を認めろと?」

 

「認めなくてもいい」

 

 私は少しだけ笑った。

 

「邪魔をするな。できれば手を貸せ。それが今日の用件だ」

 

「随分勝手だ」

 

「総帥だからな」

 

「悪びれもしない」

 

「悪びれている時間が惜しい」

 

 村上は苦々しげに私を見た。

 

 だが、席には座った。

 

 ようやく。

 

 私は小さく頷く。

 

「かけたな」

 

「話を聞くだけです」

 

「それでいい」

 

 私は少しだけ身を乗り出した。

 

「村上征樹。君の反乱は不問とする。君がクロノスを悪と判断したことも責めない。むしろ、その判断力は必要だ」

 

「僕の判断力が?」

 

「ああ。クロノス内部には、命令に従う者は多い。野心を持つ者も多い。だが、限られた情報から自分で考え、組織に逆らってでも動ける者は少ない」

 

「それを危険とは思わないのか」

 

「思う」

 

「ならなぜ」

 

「危険な者でなければ、危険な時代には使えない」

 

 村上は黙った。

 

 私は記録媒体を彼の方へ押した。

 

「持っていけ。追手はつけない。今日この場で答えを出せとは言わない」

 

「ずいぶん寛大ですね」

 

「寛大ではない。君を追い詰めれば、私の敵になる。今は敵を増やしたくない」

 

「僕がこの情報を誰かに流したら?」

 

「流す相手を選べ。無差別に流せば、君自身が混乱を作ることになる」

 

「脅しですか」

 

「忠告だ」

 

 私は立ち上がった。

 

 話すべきことは話した。

 

 これ以上押せば、村上は反発する。

 

 逃げ道を残す。

 

 疑う時間を与える。

 

 その方がいい。

 

「また会おう、村上征樹」

 

「僕が逃げたら?」

 

「逃げてもいい。だが、真実からは逃げるな」

 

 村上は答えなかった。

 

 記録媒体を見つめている。

 

 私はロビーを出ようとして、最後に振り返った。

 

「それと、ギュオーの件だ」

 

 村上が顔を上げる。

 

「あれを危険視した君の判断は正しい。ギュオーは必ず動く。私の側でも監視を強めるが、君も油断するな」

 

「……今さら、あなたに言われるまでもない」

 

「だろうな」

 

 私は頷いた。

 

「だからこそ、君に話した」

 

 それだけ言って、私はホテルのロビーを後にした。

 

 背中に、村上の視線を感じる。

 

 敵意。

 

 疑念。

 

 そして、かすかな迷い。

 

 十分だ。

 

 即座に味方になるとは思っていない。

 

 だが、種は撒いた。

 

 あとは、彼が自分で確かめる。

 

 それでいい。

 

 世界征服を止めるために動いていた男が、世界征服の理由を知った時、何を選ぶのか。

 

 それは、彼自身に決めさせる。

 

 少なくとも今は。

 

 私はホテルの外へ出た。

 

 山の空気が冷たい。

 

 空は青い。

 

 この空の向こうから、いずれ宇宙怪獣が来る。

 

「本当に、面倒な事だ」

 

 私は小さく呟いた。

 

 それでも、歩き出す。

 

 次は北米。

 

 ウラヌスの聖櫃。

 

 ギガンティックを作るための、次の札を取りに行く。

 

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