アルカンフェル転生   作:ぶーく・ぶくぶく

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殖装者の悪夢

 

/*/ 戦後処理 人造コントロールメタル解除区画 /*/

 

 

 

 戦争が終わっても、強殖装甲は消えていなかった。

 

 いや、正確には見えていなかった。

 

 人造コントロールメタルによって殖装した獣化兵たちの多くは、帰還時にはもう装甲を展開していない。

 

 強殖装甲は通常時、亜空間に格納される。

 

 表面上は、人間形態の兵士に戻っている。

 

 服を着て、歩き、食事を取り、会話もできる。

 

 四肢の欠損も、通常の帰還兵のようには残らない。

 

 クロノスには調整槽がある。強殖装甲の再生能力もある。

 

 腕を失った者も、脚を失った者も、内臓を焼かれた者も、時間と資源をかければ修復できる。

 

 獣化後の神経収縮が戻り切らず、手指が痙攣し続けるような状態も、基本的には調整槽で戻せる。

 

 肉体は治せる。

 

 だが、精神は違った。

 

 彼らは震えていた。

 

 手指が痙攣しているのではない。

 

 恐怖の記憶が、身体を震わせている。

 

 木星圏で仲間が装甲に食われた光景。

 

 北極天頂防衛線で、宇宙怪獣の雨へ突っ込んでいった記憶。

 

 宇宙怪獣の脚が、船外活動中の僚機を潰した瞬間。

 

 メガスマッシャーを撃った後、冷却が間に合わず、自分の胸が焼けるように痛んだ記憶。

 

 通信回線の向こうで、誰かが自分の名前を忘れて泣いていた声。

 

 肉体は戻っている。

 

 だが、戦場はまだ体内に残っている。

 

 しかも、彼らの身体には、まだ人造コントロールメタルが接続されていた。

 

 亜空間には、強殖生物が格納されたまま残っている。

 

 呼べば、また殖装できる。

 

 悪夢にうなされれば、本人の意思と関係なく反応する可能性もある。

 

 そして何より、人造コントロールメタルを装着したままの彼らは、ゾアロードの思念波支配を受け付けない。

 

 思念波による鎮静も、命令系統への強制復帰も効かない。

 

 宇宙怪獣と戦い、PTSDを抱え、しかも強殖生物を亜空間に抱えたままの兵士たちを、そのまま社会へ帰すわけにはいかなかった。

 

 平常時には問題がないように見えても、夜中に悪夢で殖装するかもしれない。

 

 地下鉄の混雑で発作を起こし、強殖装甲を展開するかもしれない。

 

 子供の泣き声を宇宙怪獣の通信と誤認し、メガスマッシャーを開こうとするかもしれない。

 

 強殖生物が、宿主を守るために周囲を敵と判断するかもしれない。

 

 だから、解除しなければならなかった。

 

 人造コントロールメタル戦時殖装者。

 

 三百万人。

 

 その全員を。

 

 

 

/*/

 

 

 

 クロノス中央統治府の地下深くに、解除区画が設けられた。

 

 白い床。

 

 ミューオン・スキャナー。

 

 ニューロンマップ照合装置。

 

 亜空間残留反応検出器。

 

 鎮静室。

 

 再調整槽。

 

 心理医療班。

 

 そして、中央の解除台。

 

 列に並ぶ兵士たちの姿は、一見すれば戦場帰りには見えなかった。

 

 制服姿の者。

 

 病衣を着た者。

 

 無言で立っている者。

 

 目の下に濃い隈を作った者。

 

 何度も背後を振り返る者。

 

 両手で自分の額を押さえている者。

 

 肉体は修復されている。

 

 だが、眠れていない。

 

 戻れていない。

 

 検出器には全員が同じように映っていた。

 

 人造コントロールメタル反応。

 

 亜空間格納中の強殖生物反応。

 

 神経接続残存。

 

 思念波遮断状態。

 

 未解除。

 

 ヴァルキュリアが端末を確認する。

 

「次。識別番号、木星圏第二防衛線所属。人造コントロールメタル接続継続。現在、装甲は亜空間格納状態。戦闘中の稼働時間超過一回。暴走兆候、軽度。ニューロンマップ損耗、六パーセント」

 

 兵士が解除台へ上がった。

 

 見た目は若い男だった。

 

 腕も脚もある。

 

 顔色も、調整槽を出たばかりだから悪くはない。

 

 だが、彼の視線はずっと天井の角を追っていた。

 

「総帥」

 

「何だ」

 

「今は、出ていません」

 

「分かっている」

 

「装甲は、出していません」

 

「それも分かっている」

 

「なら、自分はもう大丈夫なのでは」

 

 アルカンフェルはリムーバーを手にしたまま、兵士を見た。

 

「大丈夫なら、悪夢を見ても殖装しないと言い切れるか」

 

 兵士の口が止まった。

 

「子供に肩を叩かれて、敵襲だと思わないと言い切れるか」

 

「……」

 

「木星の映像を見て、胸部装甲が開かないと言い切れるか」

 

 兵士は答えられなかった。

 

 彼の喉が震えた。

 

「怖いです」

 

「ああ」

 

「装甲を出すのも怖い。出さないのも怖い。中にまだいると思うと、眠れません」

 

「だから外す」

 

 アルカンフェルは静かに言った。

 

「お前が弱いからではない。戦争が終わったからだ」

 

「終わった……」

 

「そうだ。お前の戦争は、ここで終わらせる」

 

 兵士の目に涙が滲んだ。

 

 アルカンフェルはリムーバーを起動する。

 

 光が、兵士の身体を包んだ。

 

 リムーバーの光は静かだった。

 

 強引ではない。

 

 荒々しくもない。

 

 だが、抵抗を許さない。

 

 亜空間に格納されていた強殖生物が呼び戻される。

 

 兵士の背後に、ガイバーが現れた。

 

 人型の強殖装甲。

 

 戦場で彼を包み、宇宙で彼を生かし、同時に彼を壊しかけたもの。

 

 それが、兵士の後方に無言で立っている。

 

 兵士は振り返れなかった。

 

 リムーバーの光が額の辺りへ集まる。

 

 拳大の人造制御球が、兵士の額の前方から浮かび上がった。

 

 制御球が抜ける。

 

 同時に、背後のガイバーがほどけていく。

 

 装甲の輪郭が崩れ、筋繊維のような生体組織が反転し、制御球を中心に巻き戻されていく。

 

 人型だったものが、六角形のユニットへ逆転する。

 

 中央に拳大の人造制御球。

 

 周囲に折り畳まれた強殖生物。

 

 それは静かに床へ落ちた。

 

 硬い音が、解除区画に響いた。

 

 兵士の身体から、接続反応が消えた。

 

 亜空間格納反応、消失。

 

 思念波遮断状態、解除。

 

 神経接続、切断完了。

 

 人造ユニットは封印容器へ収められる。

 

 ミューオン・スキャナーが頭部を読み取る。

 

 ニューロンマップ照合。

 

 人格連続性、許容範囲内。

 

 記憶欠落、軽度。

 

 再同期、不要。

 

 兵士は解除台の上で、声を漏らした。

 

「……軽い」

 

 アルカンフェルは言った。

 

「よく戻った」

 

 兵士は泣いた。

 

 医療班が肩を支える。

 

 ヴァルキュリアが記録を打ち込む。

 

「解除完了。次」

 

 

 

/*/

 

 

 

 それが、五年続いた。

 

 一人三十秒。

 

 言葉をかける。

 

 記録を読む。

 

 リムーバーを当てる。

 

 背後にガイバーが現れる。

 

 額から拳大の人造制御球が浮かぶ。

 

 ガイバーが制御球を中心に六角形のユニットへ反転する。

 

 床へ落ちる。

 

 封印する。

 

 ニューロンマップを照合する。

 

 次へ送る。

 

 計算上は単純に見える。

 

 だが、人間は計算通りに並ばない。

 

 解除直前に震え出す者がいた。

 

 リムーバーに抵抗するのではない。

 

 強殖生物が抵抗するのでもない。

 

 リムーバーは静かに、確実に、接続を断つ。

 

 問題は人間の方だった。

 

 外したいのに、外すのが怖い。

 

 もう戦いたくないのに、武器を失うのが怖い。

 

 守ってくれたものを手放すのが怖い。

 

 自分を壊しかけたものを、まだ頼りたいと思ってしまうのが怖い。

 

 解除と同時に、抑えていた記憶が戻り、叫び出す者もいた。

 

 名前を忘れていた者もいた。

 

 逆に、自分が処分した暴走個体の名前だけを覚えていて、自分の名前を言えない者もいた。

 

 解除後に、床へ落ちた六角形のユニットへ手を伸ばす者もいた。

 

 それを抱きしめようとして、医療班に止められる者もいた。

 

 そのたびに列は止まった。

 

 そしてまた、動き出した。

 

 アルカンフェルは代行を立てなかった。

 

「よく戦った」

 

「もう呼ばなくていい」

 

「それは武器だった。お前の身体ではない」

 

「思い出せないなら、こちらが記録している」

 

「暴走しなかった。それだけで十分だ」

 

「怖いまま戻った。よい判断だ」

 

「お前の戦争は終わりだ」

 

 最初の一週間で、医療班が倒れた。

 

 二週間で、記録官が交代制になった。

 

 一か月で、ヴァルキュリアが無言で栄養剤をアルカンフェルの手元に置くようになった。

 

 三か月で、解除済みの兵士たちが、まだ並んでいる者たちの世話を始めた。

 

 半年で、解除区画の壁に、戦没者の名前が刻まれ始めた。

 

 一年で、地球の市民たちは、この作業がまだ終わっていないことを知った。

 

 二年で、解除済みの帰還兵たちが、自分たちで互助会を作った。

 

 三年で、解除を終えた兵士の子供が、総帥へ花を持ってきた。

 

 四年で、解除区画の外に小さな慰霊庭園が作られた。

 

 そして五年目。

 

 まだ、列は残っていた。

 

 戦争は終わった。

 

 太陽系は残った。

 

 地球も残った。

 

 だが、解除区画の中では、五年間ずっと戦後処理が続いていた。

 

 人造コントロールメタル戦時殖装者、三百万人。

 

 その一人一人に、名前があった。

 

 所属があった。

 

 恐怖があった。

 

 帰れなかった友がいた。

 

 そして、亜空間に置き去りにしたままの強殖生物がいた。

 

 

 

/*/

 

 

 

 最後の一人が解除台に上がった。

 

 五年目の冬だった。

 

 彼は、装甲を展開していなかった。

 

 外傷もない。

 

 制服も整っている。

 

 事情を知らない者が見れば、ただの青年士官にしか見えなかっただろう。

 

 だが、検出器には最後の反応が映っている。

 

 人造コントロールメタル接続継続。

 

 亜空間格納中の強殖生物反応。

 

 思念波遮断状態。

 

 未解除。

 

 ヴァルキュリアが静かに言った。

 

「三百万人目。地球軌道防衛群所属。戦闘中、強殖装甲展開三回。現在は格納状態。稼働時間超過なし。暴走兆候なし。ニューロンマップ損耗、九パーセント」

 

 青年兵は、解除台の上でアルカンフェルを見た。

 

「総帥」

 

「何だ」

 

「自分は、問題なしと判定されていました」

 

「見た」

 

「悪夢も、少しだけです」

 

「そうか」

 

「それでも、外すのですか」

 

「外す」

 

「なぜですか」

 

「お前はもう、宇宙で戦わなくていいからだ」

 

 青年兵は黙った。

 

「強殖生物は武器だ。戦場では命を救った。だが、戦争が終わった後も身体の奥に置き続けるものではない」

 

「はい」

 

「それに、お前は思念波を受け付けないまま社会へ戻ることになる。戦友の声も、上官の鎮静も、医療班の誘導も効かない。孤立したまま悪夢と戦わせることになる」

 

「……はい」

 

「だから外す。お前を疑っているのではない。お前を戻すためだ」

 

 青年兵は、少しだけ目を伏せた。

 

「戻る」

 

「ああ」

 

「自分は、戻れるのですね」

 

「戻す」

 

 アルカンフェルはリムーバーを起動した。

 

 光が走る。

 

 青年兵の背後に、最後のガイバーが現れた。

 

 静かな人型。

 

 戦場で彼を守った、もう一つの影。

 

 額の前から拳大の人造制御球が浮かび上がる。

 

 ガイバーがほどける。

 

 生体装甲が反転し、制御球を中心に巻き戻る。

 

 六角形のユニットとなって、床に落ちる。

 

 乾いた音が響いた。

 

 検出器の表示が変わる。

 

 亜空間格納反応、消失。

 

 思念波遮断状態、解除。

 

 神経接続、切断完了。

 

 ヴァルキュリアが、最後の記録を入力した。

 

「三百万人目、解除完了」

 

 解除区画に、長い沈黙が落ちた。

 

 誰も歓声を上げなかった。

 

 祝うには、長すぎた。

 

 失ったものが多すぎた。

 

 五年。

 

 戦争よりも長い戦後処理だった。

 

 やがて医療班の一人が泣き出した。

 

 記録官が机に額をつけた。

 

 解除済みの兵士たちが、壁際で静かに敬礼した。

 

 バルカスは深く息を吐いた。

 

「五年、ですな」

 

「ああ」

 

 アルカンフェルはリムーバーを下ろした。

 

 その手は、わずかに震えていた。

 

 疲労ではない。

 

 いや、疲労もあった。

 

 五年間、三百万人分の恐怖と名前と声を受け取り続けた疲労がないはずはない。

 

 だが、それ以上に重かったのは、終わらせると決めた者の責任だった。

 

 ヴァルキュリアがそっと言った。

 

「閣下。最後の承認を」

 

 端末には、解除完了確認の承認欄が表示されている。

 

 アルカンフェルは、そこに署名した。

 

 人造コントロールメタル戦時殖装者、三百万人。

 

 解除完了。

 

 亜空間格納中の強殖生物、全件分離。

 

 人造コントロールメタルおよび強殖生物ユニット、全件封印。

 

 生存者、記録済み。

 

 死亡者、別途慰霊名簿へ統合。

 

 記憶障害者、治療継続。

 

 暴走処分者、個別記録保存。

 

 誰一人、番号だけでは終わらせない。

 

「終わったな」

 

 バルカスが言った。

 

 アルカンフェルは首を振った。

 

「解除が終わっただけだ」

 

 彼は壁の名前を見た。

 

 そこには、宇宙で死んだ者、地球で死んだ者、装甲に食われた者、味方に処分された者、帰ってきた者、全員の名が順に刻まれている。

 

「次は、戻った者を生かす」

 

 ヴァルキュリアが頷いた。

 

「記憶治療、精神回復、身体再調整、社会復帰」

 

「ああ」

 

「長い仕事になります」

 

「構わん」

 

 アルカンフェルは、空になった解除列を見た。

 

 五年続いた列。

 

 戦争が終わっても終わらなかった戦場。

 

 それが、ようやく途切れていた。

 

 彼は静かに言った。

 

「地球は残った。なら、残った者を粗末には扱わん」

 

 解除区画の扉が開いた。

 

 外には、朝の光が差していた。

 

 五年のあいだ、何度も昇り沈んだ太陽。

 

 その光を、解除を終えた兵士たちが静かに見上げていた。

 

 もう、宇宙怪獣のクレフシン発光ではない。

 

 戦闘警報の赤い光でもない。

 

 ただの朝日だった。

 

 誰かが、小さく息を吐いた。

 

「帰ってきた」

 

 その声に、誰も返事をしなかった。

 

 だが、解除区画にいた者たちは皆、その意味を知っていた。

 

 戦場からではない。

 

 強殖装甲からでもない。

 

 五年かけて、ようやく。

 

 人間の側へ、帰ってきたのだ。

 

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