/*/ 退役軍人たちの総帥支持 /*/
退役軍人互助会の集会場には、古い映像が流れていた。
木星圏。
北極天頂防衛線。
地球軌道。
そして、解除区画。
戦場の映像よりも、帰還兵たちが黙って見つめていたのは、最後の映像だった。
白い解除台。
リムーバーの光。
背後に現れるガイバー。
額から抜ける拳大の人造制御球。
六角形のユニットへ反転して床へ落ちる強殖生物。
そして、その前に立つアルカンフェル。
「俺の時も、あそこにいた」
片腕を再調整で戻した男が言った。
「総帥が?」
「ああ」
「三百万人だぞ」
「知ってる」
「流れ作業だったろ」
「違う」
男は首を振った。
「俺の所属を読んだ。木星圏第二防衛線。稼働時間超過一回。暴走兆候なし。記憶欠落軽度。全部読んだ」
「覚えてるのか」
「覚えてる」
男は少し黙った。
「俺の名前も読んだ」
集会場が静かになった。
別の女兵士が、低く言った。
「私の時は、名前を忘れてた」
「自分の?」
「そう。解除前、私は自分の名前を言えなかった。代わりに、処分した僚機の名前だけ覚えてた」
「……」
「総帥が言った。“思い出せないなら、こちらが記録している”って」
彼女は笑わなかった。
「その時、私は初めて、自分が番号だけじゃないって思った」
誰も茶化さなかった。
帰還兵たちは知っている。
戦場では、番号になる。
識別番号。
出撃番号。
損耗率。
稼働限界。
暴走リスク。
処分対象。
だが、解除区画では違った。
番号はあった。
記録もあった。
だが、最後に呼ばれたのは名前だった。
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互助会の壁には、一枚の写真が飾られている。
五年目。
三百万人目の解除が終わった日の写真。
疲れ切った医療班。
泣いている記録官。
敬礼する解除済み兵士たち。
リムーバーを下ろしたアルカンフェル。
その手は、わずかに震えていた。
ある若い退役兵が呟いた。
「総帥も疲れるんだな」
隣の老兵が答えた。
「疲れるさ」
「神みたいな人なのに」
「神でも、三百万人分の悪夢を聞けば疲れる」
老兵は写真を見た。
「だから、俺たちは忘れない」
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戦後、アルカンフェルへの支持率は、退役軍人層で異様な数字を示した。
通常市民より高い。
公務員層より高い。
調整済み獣化兵より高い。
人造コントロールメタル戦時殖装者とその家族に限れば、ほとんど信仰に近かった。
理由は単純だった。
彼は、使い捨てなかった。
戦争中、彼らを兵器にした。
それは事実だ。
人造コントロールメタルを着せ、思念波の届かない戦場へ送り、宇宙怪獣の群れへ突入させた。
その責任は消えない。
暴走した者は処分された。
装甲に食われた者もいた。
記憶を失った者もいた。
それも消えない。
だが、戦後に逃げなかった。
勝利宣言だけして、医療局へ丸投げしなかった。
慰霊碑を建てて終わりにしなかった。
勲章を配って、社会に戻れと言わなかった。
五年間、地下にいた。
最後の一人まで、外した。
その後も、治療を続けた。
だから退役軍人たちは、彼をこう呼んだ。
「俺たちを戻した総帥」
公式称号ではない。
広報が作った言葉でもない。
帰還兵たちが勝手に呼び始めた言葉だった。
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もちろん、全員が無条件に支持したわけではない。
暴走処分された兵士の遺族は、今も問う。
「なぜ、あの子を撃ったのか」
装甲に食われた者の家族は問う。
「そもそも、なぜそんな装備を着せたのか」
記憶が戻らない兵士の妻は問う。
「戻ったと言えるのか」
アルカンフェルは、それらを否定しなかった。
記録を隠さなかった。
処分記録も、暴走時の映像も、可能な範囲で遺族へ開示した。
慰霊名簿には、戦死者だけでなく、暴走処分者の名も刻ませた。
敵ではない。
失敗作でもない。
戦場から戻れなかった者として。
その扱いが、遺族の怒りを消したわけではない。
だが、沈黙させるよりは重かった。
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ある記者が、退役軍人互助会の代表に尋ねた。
「あなた方は、総帥を支持するのですか」
代表は答えた。
「支持する」
「彼は、あなた方を戦場へ送った人物でもあります」
「知っている」
「恨みはないのですか」
「ある」
記者は言葉に詰まった。
代表は続けた。
「恨みもある。感謝もある。恐怖もある。忠誠もある。どれか一つじゃない」
「では、なぜ支持を?」
「旧時代の指導者なら、俺たちは英雄と呼ばれて放置されていた」
代表は、解除区画の写真を見た。
「だが総帥は、俺たちの中に残った兵器を外した。俺たちが夜中に家族を殺さないようにした。自分の子供を敵と誤認しないようにした。悪夢で殖装しないようにした」
彼は静かに言った。
「戦場へ送った責任を、戦後も持った。だから支持する」
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帰還兵の間で、こんな冗談があった。
「総帥批判は自由だ」
「ああ」
「だが、解除区画を知らない奴が“帰還兵は総帥に洗脳されている”と言ったら?」
「一回だけ説明する」
「二回目は?」
「互助会に連れていって、五年分の解除記録を読ませる」
「処理しないのか」
「俺たちは調整済み退役軍人だぞ。遵法意識がある」
「偉い」
「ただし、読ませる記録は三百万人分だ」
「それは処理よりきつい」
笑いが起きる。
笑えるようになるまで、五年かかった者もいた。
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そして選挙でも、世論調査でも、街頭インタビューでも、退役軍人層は一貫してアルカンフェルを支持した。
理由は、政策ではない。
思想でもない。
もっと個人的なものだった。
「あの人は、俺の背中からガイバーを外してくれた」
「あの人は、私が自分の名前を忘れていた時、記録していると言ってくれた」
「あの人は、夫を番号だけで終わらせなかった」
「あの人は、息子の暴走処分記録を隠さなかった」
「あの人は、五年間逃げなかった」
それは、統治者への支持というより、戦後を共に背負った者への支持だった。
アルカンフェルは世界を征服した。
宇宙怪獣から地球を守った。
火星を変え、金星を変え、太陽系を変えようとしている。
だが、帰還兵たちにとって一番大きかったのは、そこではない。
白い解除区画。
リムーバーの光。
床に落ちる六角形のユニット。
そして、静かな声。
「お前の戦争は終わりだ」
その一言を受け取った者たちは、簡単には離れない。
クロノス総帥アルカンフェル。
世界支配者。
人類の守護者。
そして退役軍人たちにとっては、ただ一つ。
自分たちを、人間の側へ帰した者だった。