アルカンフェル転生   作:ぶーく・ぶくぶく

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現代人がいない問題

/*/ クラウド・ゲート統治局 倫理調整会議 /*/

 

 

 

 村上征樹、必須出席

 

 クラウド・ゲート統治局には、奇妙な会議規則があった。

 

 神将案件に関する統治政策会議には、原則として村上征樹を出席させること。

 

 欠席不可。

 

 代理不可。

 

 通信参加可。

 

 重傷時は医療班同席の上、発言確認のみでも可。

 

 その規則を見たアプトムは、腹を抱えて笑った。

 

「なんだよこれ。村上がいないと会議できねぇのかよ」

 

 ヴァルキュリアは淡々と答えた。

 

「できません」

 

「断言かよ」

 

「神将メンバー九名のうち、現代人は村上征樹のみです」

 

 資料には、九名の名が並んでいた。

 

 アルカンフェル。

 

 バルカス。

 

 シン。

 

 プルクシュタール。

 

 ワフェルダノス。

 

 リ・エンツイ。

 

 カールレオン。

 

 ガレノス。

 

 村上征樹。

 

 アプトムは、その一覧を見て鼻で笑った。

 

「地球最初期の指揮個体、四百年前の研究者、古代から中世の支配者、十五世紀から十九世紀あたりの貴族階級みてぇな倫理観の連中。その中に一人だけ現代日本人か」

 

 村上は疲れた顔で言った。

 

「言い方は悪いですが、だいたい合っています」

 

 ヴァルキュリアが頷く。

 

「統治局としては、神将閣下方の判断力を疑っているわけではありません」

 

「本当ですか」

 

「はい。能力、知識、決断力、長期戦略視点については、現代行政官を大きく上回ります」

 

 村上が嫌な予感を覚える。

 

「では、何が問題なのですか」

 

「倫理の前提です」

 

 ヴァルキュリアは、何の感情もなく言った。

 

「閣下方は、基本的に現代民主主義社会の人権概念、報道対応、法的説明責任、未成年保護、同意原則、労働者保護、差別概念、炎上リスク、選挙民感情に対する直感が不足しています」

 

 アプトムが吹き出した。

 

「不足どころか、たまに真逆だろ」

 

 

 

/*/

 

 

 

 その日の議題は、受刑者再社会化調整制度だった。

 

 アルカンフェルは資料を読み、端的に言った。

 

「再犯性の高い者は、調整して使えばよい」

 

 バルカスが頷く。

 

「ですな。内分泌系、衝動制御、順法意識、命令服従を入れれば、かなり改善できましょう」

 

 シンは腕を組んだまま言った。

 

「社会に戻す必要がない個体は、危険任務に回せばよい。木星圏残骸処理、汚染区画、宇宙怪獣素材回収。使い道はある」

 

 プルクシュタールも同意する。

 

「罪を犯した者に贖罪の機会を与える、という建前も立つ」

 

 カールレオンは優雅に笑った。

 

「旧時代の貴族社会でも、罪人労働は珍しくありません。公開処刑よりは文明的では?」

 

 リ・エンツイが静かに補足した。

 

「国家秩序の安定には、刑罰の可視性と再犯抑止が重要です。調整による再犯低下が統計的に示せるなら、制度としては強い」

 

 ガレノスは医学者らしく言った。

 

「依存症や衝動性犯罪については、治療調整の効果が期待できる。だが、不可逆処置の範囲は慎重にすべきだ」

 

 ワフェルダノスは、ゆっくりと告げた。

 

「森で毒を流す木を残せば、周囲の根まで腐る。だが、伐るべき木と、治せる木を間違えるな」

 

 全員が、それぞれ理屈を持っていた。

 

 そして、村上は頭を抱えた。

 

「皆さん、だいたい問題発言です」

 

 会議室が静まる。

 

 アプトムがにやにやする。

 

「出た。村上判定」

 

 ヴァルキュリアは即座に記録した。

 

 村上征樹による現代倫理上の警告あり。

 外部発表文言、再調整必要。

 

 

 

/*/

 

 

 

 アルカンフェルが村上を見た。

 

「何が問題だ」

 

「まず、“使えばよい”が駄目です」

 

「なぜだ。受刑者にも社会的有用性を与えるのだぞ」

 

「それを外に出すと、人間を資源扱いしていると受け取られます」

 

「事実だろう」

 

「事実でも言い方があります」

 

 アプトムが笑う。

 

「総帥、また“事実だから言っていい”をやってるぞ」

 

 村上は続けた。

 

「博士の“順法意識と命令服従を入れる”も駄目です。人格改造、思想統制、自由意思の侵害という批判が出ます」

 

 バルカスは不思議そうに首を傾げた。

 

「犯罪衝動を抑えるのが、なぜ悪い」

 

「悪いと言っているのではありません。説明の順序が違います。医療調整、依存症治療、衝動制御、再犯防止と言えばまだ通ります。命令服従を入れると言った瞬間に終わります」

 

「面倒じゃのう」

 

「面倒なんです」

 

 シンが低く言った。

 

「危険任務に回す、も駄目か」

 

「かなり駄目です」

 

「罪を償わせるのだぞ」

 

「危険労働を刑罰として課すこと自体は議論の余地があります。ただ、“使い道がある”という言い方が最悪です」

 

 シンは少し考えた。

 

「では、社会復旧任務への従事」

 

「それならまだましです」

 

 ヴァルキュリアが即座に修正する。

 

 危険任務に回す

→ 高リスク社会復旧任務への従事

 

 アプトムが感心したように言った。

 

「翻訳機みてぇだな、村上」

 

「嬉しくありません」

 

 

 

/*/

 

 

 

 次の議題は、性別不一致治療調整だった。

 

 バルカスは当然のように言った。

 

「身体と認識が合わぬなら、身体を合わせればよい」

 

 村上は頷いた。

 

「本人が望むなら、それは良いです」

 

 カールレオンが微笑む。

 

「なら、望まぬ者はそのままでよい。しかし競技区分に関わるなら、身体を合わせるべきだ」

 

「そこも、表現に注意が必要です」

 

「なぜだ」

 

「性自認の否定と受け取られるからです」

 

 カールレオンは少し驚いた顔をした。

 

「否定してはいないぞ。競技条件を揃えよと言っているだけだ」

 

「現代社会では、その二つが強く結びついて議論されてきたんです」

 

「ややこしい」

 

「はい」

 

 リ・エンツイが資料を見ながら言う。

 

「では、競技上の公平性を担保するため、身体条件を基準とする。本人の尊厳は別途保護する。これでどうか」

 

 村上は頷いた。

 

「それなら通ります」

 

 ヴァルキュリアが記録する。

 

 リ・エンツイ案、外部説明に使用可能。

 村上確認済。

 

 アプトムが笑った。

 

「村上確認済って、食品表示みたいになってきたな」

 

 村上は深くため息をついた。

 

 

 

/*/

 

 

 

 次の議題は、公共放送再編だった。

 

 プルクシュタールが言った。

 

「反クロノス報道をする可能性があるなら、最初から広報機関にしてしまえばよい」

 

 村上は即座に言った。

 

「駄目です」

 

 プルクシュタールは不思議そうに眉を上げる。

 

「なぜだ。敵対情報を流す機関を残す理由があるのか」

 

「信用のためです。全部が宣伝だと思われれば、災害時にも信じてもらえません」

 

 アルカンフェルが頷いた。

 

「それは私も言った」

 

「総帥は、そこはかなり現代的です」

 

 アプトムが茶化す。

 

「珍しく褒められたぞ」

 

 アルカンフェルは無視した。

 

 シンが問う。

 

「では、どこまで許す」

 

 村上は答えた。

 

「通常報道には一定の編集独立性を残す。ただし、戦時情報、災害情報、治安上必要な情報については統治局の優先権を明記する。報道の自由を完全には否定しないが、公共安全を優先する」

 

 ヴァルキュリアが即座にまとめる。

 

 報道独立性:限定維持

 公共安全情報:統治局優先

 災害・戦時・治安情報:即時介入権あり

 村上確認済

 

 アプトムがまた笑った。

 

「便利だな、村上確認済」

 

「本当にやめてください」

 

 

 

/*/

 

 

 

 こうして、村上はほぼ全ての統治局すり合わせ会議に呼び出されるようになった。

 

 理由は単純だった。

 

 神将たちは、統治能力が高すぎる。

 

 だが、倫理観の時代が違いすぎる。

 

 アルカンフェルは、地球最初期の指揮個体である。

 

 彼にとって、人類は作られた兵器体系の末裔であり、未調整の人間は制御不完全な状態に見える。

 

 バルカスは、五百年前の研究者である。

 

 彼にとって、人間の身体と精神は調整可能な系であり、問題があれば直せばよい。

 

 シン、プルクシュタール、カールレオンは、古い支配者層の倫理を持つ。

 

 民を守る責任は理解しているが、個人の権利より秩序と安定を上に置きがちだった。

 

 リ・エンツイは行政感覚に優れるが、王朝官僚的な秩序観が強い。

 

 ワフェルダノスは人間社会を森や群れとして見る。

 

 ガレノスは医学的に慎重だが、やはり現代的な人権論そのものを基準にはしていない。

 

 その中で、村上征樹だけが現代人だった。

 

 現代の言葉で怒る人間を知っている。

 

 メディアがどう燃やすかを知っている。

 

 人権団体がどこを突くかを知っている。

 

 女性団体が何に怒るかを知っている。

 

 未成年保護、同意、差別、競技公平性、労働者保護、報道の自由、冤罪、手続き保障。

 

 それらを、神将たちの言葉へ翻訳し、神将たちの判断を現代統治局が扱える形へ翻訳する。

 

 村上は、神将会議と統治局の間の通訳になっていた。

 

 最強の戦闘力ではない。

 

 最古の知識でもない。

 

 だが、現代倫理の調整弁としては、彼は絶対に必要だった。

 

 

 

/*/

 

 

 

 ある日、村上は三件連続の会議を終え、机に突っ伏した。

 

「もう無理です」

 

 アプトムが隣で笑う。

 

「お疲れ、現代人代表」

 

「その呼び方もやめてください」

 

 ヴァルキュリアが端末を見ながら言う。

 

「次の会議まで二十分あります」

 

 村上は顔を上げた。

 

「まだあるんですか」

 

「はい。議題は、美容調整資源配分、未成年調整同意、宗教団体によるアルカンフェル神格化広告規制です」

 

「重すぎる」

 

「村上確認が必要です」

 

 アプトムが腹を抱えて笑った。

 

「もう役職作れよ。神将現代倫理調整官」

 

 ヴァルキュリアは少し考えた。

 

「正式職名として検討します」

 

「検討しないでください!」

 

 その時、村上はふと顔を上げた。

 

「……ギュオーが地球に残っていれば、もう少しマシだったのでしょうか?」

 

 その場にいた者たちが、微妙な顔をした。

 

 アプトムが片眉を上げる。

 

「ギュオー?」

 

 バルカスが髭を撫でながら答えた。

 

「ギュオーめは二十世紀初頭、世界大戦時の人間じゃから、現代人と言ってよいじゃろうな」

 

 村上は、天を仰いだ。

 

 長い沈黙。

 

 バルカスが不思議そうに問う。

 

「どうした?」

 

 村上は天井を見つめたまま、ぽつりと言った。

 

「……それは現代人とはいいません」

 

 アプトムが吹き出した。

 

 村上は続ける。

 

「道理で……育ちの良さは感じるのに、妙に帝国主義者みたいな感じだと思っていたら……」

 

 バルカスは首を傾げた。

 

「世界大戦時代の人間なら、現代に近いではないか」

 

「近くありません。倫理観としては全然近くありません。少なくとも、二十世紀以降の人権感覚の補助にはなりません」

 

 アプトムは腹を抱えて笑った。

 

「ギュオーがいても駄目か!」

 

「むしろ会議が悪化する可能性があります」

 

 ヴァルキュリアが端末に記録した。

 

 ギュオー参加時の倫理補正効果:限定的。

 近代帝国主義的価値観の混入リスクあり。

 村上征樹の代替不可。

 

「記録しないでください」

 

「必要情報です」

 

 村上は頭を抱えた。

 

 逃げ道はなかった。

 

 地球最初期の指揮個体。

 

 五百年前の研究者。

 

 中世から近世の支配者層。

 

 王朝官僚的秩序観。

 

 森の倫理。

 

 医学的合理主義。

 

 そして、仮にギュオーがいたとしても、二十世紀初頭の帝国主義的な近代人。

 

 結局、二十一世紀以降の現代倫理を理解し、なおクロノス中枢の言葉へ翻訳できる者は、村上征樹しかいなかった。

 

 その時、通信が入った。

 

 画面にアルカンフェルが映る。

 

「村上」

 

「はい」

 

「なぜ、未成年の本人同意だけでは足りんのだ」

 

 村上は、しばらく沈黙した。

 

 そして、深く息を吸った。

 

「総帥。そこから説明します」

 

 アプトムが後ろで笑い転げる。

 

「頑張れ、現代人代表」

 

 村上は、半ば諦めたように端末を開いた。

 

 クロノス統治は、強大だった。

 

 冷徹だった。

 

 合理的だった。

 

 だが、その合理性を現代社会に通すためには、必ず誰かが言わなければならない。

 

 その言い方では燃えます。

 

 その制度は人権侵害と言われます。

 

 その表現は未調整者差別です。

 

 その説明では女性団体が怒ります。

 

 その処理では冤罪問題が出ます。

 

 その発言は絶対に外へ出せません。

 

 そして、その役目はほとんどの場合、村上征樹に回ってきた。

 

 九人の神将のうち、ただ一人の現代人。

 

 ギュオーがいても、代わりにはならない。

 

 それが、彼の新しい戦場だった。

 

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