/*/ クラウド・ゲート 再犯者処遇制度検討会議 /*/
宇宙怪獣戦後獣化兵の治療報告がまとまってから、バルカスは妙に機嫌がよかった。
脳内物質の分泌調整。
萎縮した海馬と前頭葉の修復。
戦場記憶と身体恐怖反応の分離。
記憶を保持したまま、感情反応の暴走を抑える処理。
記憶そのものを曖昧化せず、人格を崩さず、苦痛だけを弱める技術。
それは、兵士治療としては危険で、しかし有用だった。
そして、バルカスにとって有用な技術とは、別分野にも応用すべきものだった。
会議室に集められたのは、村上征樹、ヴァルキュリア、アプトム、バルカス、そして数名の法務・医療・治安局担当者だった。
バルカスは、得意げに端末を叩いた。
「できたぞ」
村上は、その声だけで嫌な予感がした。
「何がですか」
「再犯者人格更生プログラムじゃ」
会議室の空気が、一瞬で冷えた。
アプトムがゆっくりと村上を見た。
「村上、また博士がやべぇこと言い出したぞ」
村上は、頭を押さえた。
「博士。まず、説明してください」
バルカスは嬉々として話し始めた。
「宇宙怪獣戦後兵士の治療で得た知見を応用する。脳内物質の分泌を整え、海馬と前頭葉を調整し、記憶と感情の過剰な結合を切断する。さらに、記憶と感情によって成り立っている人格の歪みを編集し、再犯率の高い犯罪者を更生させる」
村上の表情が固まった。
バルカスは止まらない。
「記憶と感情は消さぬ。犯罪を犯した事実も、被害者の記憶も、罪悪感も残す。ただし、犯罪に走る人格の歪みを矯正する。衝動性、嗜虐性、支配欲、反社会的報酬回路、暴力快感、性犯罪衝動、詐欺的優越感。これらを調整するのじゃ」
端末に、大きな表題が表示された。
再犯者人格更生プログラム
記憶保持型・感情保持型・人格歪曲矯正処理
アプトムが顔をしかめた。
「名前からしてアウトじゃねぇか」
バルカスは不満そうにした。
「なぜじゃ。これは有用じゃぞ。再犯率の高い犯罪者を、物理的に再犯しにくい人格へ調整する。被害者は守られ、加害者も死刑や終身管理を免れる。被害者保護団体も加害者保護団体も受け入れるじゃろ!」
村上は、深く息を吸った。
「博士……それはダメです」
「何故じゃ!」
バルカスは本気で驚いていた。
「シンたちもこれは良いと太鼓判を押したのだぞ!」
アプトムが乾いた声で言う。
「そりゃシンたちは押すだろ。あいつら古代の支配者だぞ」
ヴァルキュリアが淡々と端末を操作した。
「シン閣下、プルクシュタール閣下、リ・エンツイ閣下、ガレノス閣下の暫定評価は、いずれも統治安定性の観点からは肯定的です」
「ほれ見ろ」
バルカスが胸を張る。
村上は即座に言った。
「そこが問題なんです」
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ヴァルキュリアは、想定見出しを表示した。
クロノス、犯罪者の人格改造を開始
「再犯防止」の名で国家が人格編集
政治犯・思想犯への応用懸念
被害者保護か、人格処刑か
記憶は残して人格だけ変更――それは同じ人間なのか
加害者支援団体、人格消去に抗議
冤罪だった場合、誰が人格を戻すのか
アプトムが口笛を吹いた。
「燃えるな」
「燃えます」
村上は即答した。
バルカスは眉をひそめる。
「だが、儂は記憶を消すとは言っておらん。感情も残す。人格を丸ごと消すのではなく、犯罪に走る歪みを矯正するだけじゃ」
「博士」
村上は、ゆっくりと言った。
「“犯罪に走る人格の歪み”という言葉が、すでに危険なんです」
「なぜじゃ」
「誰が歪みを定義するんですか」
バルカスは止まった。
村上は続ける。
「衝動制御障害、依存症、脳損傷、トラウマ、薬物影響、認知の偏り。そういう医学的対象なら治療の余地があります。でも“人格の歪み”と言った瞬間、それは医学ではなく統治になります」
ヴァルキュリアが補足した。
「政治的反抗性、宗教的過激性、反クロノス思想、命令不服従傾向、社会不適応、労働忌避などを“人格の歪み”に含める拡大解釈が可能です」
アプトムが笑わずに言った。
「つまり、犯罪者更生プログラムが、気に入らない奴の性格改造装置になるってことか」
「そうです」
村上は頷いた。
「しかも、クロノスなら実行できてしまう」
バルカスは少しだけ不機嫌になった。
「では、再犯者をそのままにしておけと言うのか。被害者はどうなる。次の犠牲者はどうなる」
「そこを否定しているわけではありません」
村上は答えた。
「再犯防止は必要です。治療も必要です。脳機能の異常が犯罪衝動に関わるなら、医学的介入はあり得ます。でも、人格編集を更生と呼んではいけません」
「違いが分からん」
「更生は、本人が自分の過去と責任を引き受けたまま、行動を変えられるよう支援することです。人格編集は、国家が望ましい人間へ作り替えることです」
バルカスは黙った。
アプトムがぼそりと言った。
「博士のは、だいぶ後者だな」
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バルカスは反論した。
「しかし、被害者保護団体は喜ぶじゃろう。再犯が減る。危険人物を外に出せる。死刑も減らせる」
村上は首を横に振った。
「割れます」
「割れる?」
「被害者保護団体の中には、再犯防止を最優先して支持する人たちもいるでしょう。でも、別の人たちはこう言います。“人格を変えた相手が謝罪しても、それは本当に加害者本人なのか”と」
会議室が静かになった。
「加害者が、罪を背負って変わったのではなく、国家に人格を編集されて別人のようになった。その場合、謝罪や反省は本物なのか。被害者は納得できるのか。そういう問題が出ます」
ヴァルキュリアが記録する。
被害者側想定反応:
一、再犯防止の観点から支持。
二、加害者の責任主体が曖昧になるとして反発。
三、謝罪・反省の真正性に疑義。
四、人格編集後の釈放に不安。
五、死刑・終身管理との比較で意見分裂。
バルカスは、少しだけ考え込んだ。
「加害者保護団体は」
村上は即答した。
「もっと割れます。強制人格編集は、本人への暴力だと反発するでしょう。冤罪リスク、同意の有効性、貧困層だけが受けさせられる危険、刑期短縮と引き換えの事実上の強制。全部問題になります」
アプトムが言った。
「博士の“どっちも受け入れるじゃろ!”が、一番甘かったわけだ」
「うむ……」
バルカスは珍しく唸った。
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その時、アルカンフェルが入室した。
会議室の空気が変わる。
ヴァルキュリアが即座に資料を送信した。
アルカンフェルは、短く読み、バルカスを見た。
「有効なのか」
バルカスは答えた。
「有効です。再犯性の高い個体に対し、衝動制御、共感反応、報酬回路、暴力快感、支配欲求の調整が可能です」
「ならば使え」
村上が即座に言った。
「総帥」
アルカンフェルは村上を見る。
「問題があるのか」
「あります」
「言え」
「人格編集を国家刑罰にすると、クロノスは“悪人を善人にする装置”を持つことになります。最初は凶悪再犯者です。次に性犯罪者。次にテロリスト。次に反社会勢力。そこまでは、社会が支持するかもしれません」
「よいことではないか」
「その次が問題です」
村上は、ゆっくり言った。
「反クロノス思想。統治批判。宗教的抵抗。労働拒否。服従性不足。協調性不足。国家が“望ましくない人格”を治療名目で編集できるようになります」
アルカンフェルは沈黙した。
村上は続けた。
「総帥は、不要なものを嫌う。危険なものを管理する。だからこそ、この技術は危険です。あまりに便利だからです」
アプトムが小さく言った。
「有効だから怖い、ってやつか」
「はい」
村上は頷いた。
「有効だから怖いんです」
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バルカスは、なおも不満そうだった。
「では、完全に禁止するのか」
「いいえ」
村上の返答に、バルカスは目を細めた。
「禁止ではないのか」
「治療としてなら、限定的にあり得ます」
ヴァルキュリアが端末を開く。
村上は整理しながら言った。
「名称を変えます。“再犯者人格更生プログラム”は禁止です」
「何故じゃ。分かりやすいではないか」
「分かりやすすぎて最悪です」
アプトムが笑う。
「人格更生って、看板からしてディストピアだもんな」
村上は続けた。
「外部名称は、“再犯リスク低減医療プログラム”。対象は、医学的に確認可能な衝動制御障害、依存症、脳損傷、外傷性反応、薬物性異常、認知機能障害などに限定します」
ヴァルキュリアが記録する。
名称変更:
禁止名称:再犯者人格更生プログラム
採用名称:再犯リスク低減医療プログラム
村上はさらに言った。
「禁止事項を明記します。思想、信仰、政治的態度、反クロノス感情、服従性不足、社会的非協調性を治療対象にしてはいけません」
バルカスが眉をひそめる。
「反クロノス感情もか」
「当然です」
アルカンフェルが短く言った。
「続けろ」
「本人同意を原則とします。ただし、司法判断に基づく強制医療の議論は別枠。どちらにせよ、裁判記録、弁護人、第三者医療監査、被害者側意見聴取、処置記録の保存、再審時の復元可能性、処置後の継続面談が必要です」
バルカスは露骨に嫌そうな顔をした。
「面倒じゃ」
「面倒でないと駄目です」
ヴァルキュリアが次々と項目を追加していく。
制限事項:
一、人格全体の編集は禁止。
二、対象は医学的に確認可能な再犯リスク要因に限定。
三、記憶消去・人格置換は禁止。
四、思想・信仰・政治姿勢・統治批判の矯正利用は禁止。
五、本人同意、司法監督、弁護人、第三者監査を必須。
六、被害者側説明および意見聴取を実施。
七、処置記録を保存し、不可逆処理は原則禁止。
八、処置後の社会復帰支援を必須。
九、“更生完了”という断定表現は禁止。
十、村上確認済。
アプトムが端末を覗き込んだ。
「博士のやつ、原形なくなったな」
村上は疲れた声で言った。
「原形が危険すぎました」
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バルカスは、まだ納得しきっていなかった。
「しかし、人格の歪みを直さなければ、再犯は減らんぞ」
村上は静かに答えた。
「人格を直す、ではなく、行動を変えられるようにするんです」
「同じではないか」
「違います」
村上は言った。
「人間は、嫌な記憶も、歪みも、後悔も、怒りも含めて本人です。それを全部きれいに削ったら、社会に都合のいい別人ができるだけです」
バルカスは黙った。
「再犯を防ぐために必要なのは、衝動を抑える力、被害者を理解する力、逃げ道を選ぶ力、支援を求める力、生活を立て直す力です。人格そのものを国家が設計することではありません」
アプトムが珍しく茶化さずに言った。
「更生って、面倒くせぇんだな」
「はい」
村上は頷いた。
「面倒なんです」
アルカンフェルは、しばらく考えた後、言った。
「バルカスの案は有効だ」
村上は緊張した。
だが、アルカンフェルは続けた。
「だが、広すぎる。広すぎる力は、統治を壊す」
ヴァルキュリアが顔を上げた。
「では、村上案に基づき、医療プログラムとして再構成します」
「そうしろ」
バルカスが小さく不満を漏らす。
「儂の太鼓判は」
村上は即答した。
「シンたちの太鼓判は、現代倫理審査では通りません」
アプトムが吹き出した。
「神将太鼓判、現代では不合格」
ヴァルキュリアが記録する。
神将複数名による統治有用性評価あり。
ただし現代倫理・司法手続上の承認とは別扱い。
村上確認:神将太鼓判をもって外部承認とみなすことは禁止。
バルカスは、少しむっとした。
「便利なものを面倒にするのが、村上の仕事か」
村上は疲れたように答えた。
「便利なものが人間を潰さないようにするのが仕事です」
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後日、クロノス法務医療局から発表された文書には、こう書かれていた。
再犯リスク低減医療プログラムは、再犯率の高い一部受刑者に対し、医学的に確認可能な衝動制御障害、依存症、脳機能異常、外傷性反応等を治療対象とする制度である。
本制度は、人格の置換、記憶の消去、思想信条の矯正、政治的態度の変更を目的としない。
実施には、本人同意、司法監督、弁護人の関与、第三者医療監査、処置記録の保存を必要とする。
被害者保護と加害者の社会復帰を両立させるため、医療的介入と生活支援を組み合わせて行う。
外部向けには、そうなった。
だが、内部記録には、別の文書が残っている。
初期案:再犯者人格更生プログラム。
提案者:バルカス。
内容:記憶と感情を保持したまま、犯罪に走る人格歪曲を編集。
神将複数名、統治有用性の観点から肯定。
村上征樹、人格編集・国家濫用・思想矯正化リスクを理由に強く反対。
結果:人格編集案を棄却し、医療的再犯リスク低減制度へ再構成。
外部公開不可。
村上確認済。
アプトムは、その内部記録を見て言った。
「また世界が燃えずに済んだな」
村上は、ぐったりした顔で答えた。
「燃えずに済んだだけです。火種は残っています」
バルカスは、まだ少し残念そうだった。
「良い案じゃと思ったのじゃがな」
村上は言った。
「博士。良い案だから危なかったんです」
アルカンフェルは、静かにその言葉を聞いていた。
人間は記憶と感情でできている。
ならば、その接続を変えれば、人格も変えられる。
クロノスには、それができる。
だからこそ、できることを全部やってはいけない。
その当たり前の理屈を、今日も村上が会議室で叫ばなければならなかった。
そしてヴァルキュリアは、いつものように記録した。
村上確認済。