アルカンフェル転生   作:ぶーく・ぶくぶく

66 / 70
一罰百戒にしてはいけない罰

/*/ クラウド・ゲート 高危険度犯罪者処遇会議 /*/

 

 

 

 バルカスは、まだ諦めていなかった。

 

 「再犯者人格更生プログラム」という名称は潰された。

 

 人格編集という言葉も封印された。

 

 外部向けには、「再犯リスク低減医療プログラム」という、村上確認済の長くて無害そうな名称へ変えられた。

 

 だが、技術そのものが消えたわけではない。

 

 脳内物質の分泌調整。

 

 海馬と前頭葉の再構成。

 

 記憶と感情のリンク制御。

 

 衝動性、嗜虐性、支配欲、反社会的報酬回路の補正。

 

 それらは、すでにクロノスの手の中にあった。

 

 バルカスは会議卓に肘を置き、当然のように言った。

 

「では、重犯罪者、凶悪犯などの人格を矯正して、自ら苦行を望むようにして危険作業に従事させるのはどうじゃ?」

 

 村上征樹の表情が止まった。

 

 アプトムが、ゆっくりと顔を上げる。

 

「村上」

 

「はい」

 

「また博士がやべぇこと言い出したぞ」

 

「聞こえています」

 

 バルカスは悪びれもせず続けた。

 

「加害者が酷い目にあっている。しかも自ら望んで、となれば、被害者遺族の溜飲も下がろう」

 

 ヴァルキュリアの端末が、無言で記録を始めた。

 

「危険小惑星作業、放射線汚染区画処理、宇宙怪獣残骸の分解、深海毒性区域、生体汚染地域。使い道はいくらでもある」

 

 アプトムが顔をしかめた。

 

「言い方が完全に廃棄物処理なんだよ」

 

「実際、使い道のない輩ではある」

 

 バルカスは髭を撫でた。

 

「まあ、わしもそのような輩は、使い道がないなら殺処分で良いと思っておるが……」

 

「博士」

 

 村上の声が低くなった。

 

「それはダメです」

 

 バルカスは本気で不思議そうにした。

 

「何故じゃ。社会に戻せば再犯の危険がある。監禁すれば維持費がかかる。死刑にすれば加害者保護団体が騒ぐ。ならば、本人が望む形に人格を矯正し、危険作業に従事させる。合理的ではないか」

 

「本人が望むように作り替えた時点で、それは本人の意思ではありません」

 

「だが、処置後は本人が望んでおる」

 

「処置でそう望むようにしたからです」

 

「同じではないか」

 

「違います」

 

 村上は即答した。

 

「それは同意ではありません。国家が同意する人格を作っているだけです」

 

 

 

/*/

 

 

 

 ヴァルキュリアが、想定見出しを表示した。

 

 

 クロノス、凶悪犯を人格矯正し危険労働へ

「自発的苦役」は本当に自発か

 加害者を苦しませるための医療か

 死刑より残酷な人格改造刑

 被害者遺族の名を利用した国家労務制度

 政治犯への適用懸念、再燃

「殺処分で良い」発言、内部記録流出なら統治危機

 

 

 アプトムが画面を見て言った。

 

「最後のやつ、一発で全部燃えるな」

 

「外部公開不可」

 

 ヴァルキュリアは即答した。

 

「当然です」

 

 村上は頭を押さえた。

 

「博士。まず“殺処分”という言葉を人間に使わないでください」

 

「凶悪犯じゃぞ」

 

「それでもです」

 

「事実でもか」

 

「事実以前に、言葉として出してはいけません」

 

 アプトムが小さく笑った。

 

「村上の“言い方があります”を突破したな」

 

「突破してはいけません」

 

 

 

/*/

 

 

 

 バルカスは不満そうだった。

 

「しかし、被害者遺族は納得するのではないか。加害者が安全な施設で飯を食って生きているより、危険作業で苦しんでおる方が」

 

「一部は、そうかもしれません」

 

 村上は否定しなかった。

 

「ですが、全員ではありません」

 

「なぜじゃ」

 

「被害者遺族は復讐装置ではありません」

 

 会議室が静まった。

 

 村上は続けた。

 

「加害者が苦しめば救われる人もいるでしょう。ですが、国家が“あなた方のために加害者を苦しむよう人格改造しました”と言われて、救われるとは限りません」

 

 ヴァルキュリアが記録する。

 

 被害者側反応予測:

一、危険作業従事を支持する層。

二、人格矯正による自発性偽装に反発する層。

三、加害者の責任主体が消えることに不満を持つ層。

四、国家が遺族感情を刑罰正当化に利用したとして拒絶する層。

五、苦役より死刑・終身隔離を求める層。

六、加害者への関心自体を拒否する層。

 

 アプトムが言った。

 

「“遺族の溜飲が下がるじゃろ”って、博士が一番雑に扱っちゃいけないところを雑に扱ったな」

 

 バルカスは少し黙った。

 

 村上はさらに言った。

 

「しかも、人格を変えた加害者が危険作業へ志願したとして、それは本当に罰を受けているんですか?」

 

「危険作業をしておる」

 

「でも、その苦行を望む人格に作り替えられている。苦しみを苦しみとして受けているのか、国家が設計した贖罪欲求を実行しているだけなのか、分からなくなる」

 

「贖罪するなら良いではないか」

 

「贖罪は、作られるものではありません」

 

 村上は強く言った。

 

「本人が罪を理解して、苦しんで、選ぶものです。国家が“苦しみたい人格”を作ったら、それは贖罪ではなくプログラムの実行です」

 

 

 

/*/

 

 

 

 そこまで黙っていたアルカンフェルが、静かに口を開いた。

 

「しかし、村上がそこまで苦言を呈するならば、抑止力として一罰百戒の価値はありそうだ」

 

 会議室の空気が凍った。

 

 村上が、ゆっくりとアルカンフェルを見る。

 

「総帥」

 

「何だ」

 

「僕の苦言を、恐怖効果の指標に使わないでください」

 

 アプトムが額を押さえた。

 

「最悪の解釈したぞ、この人」

 

 バルカスは少し嬉しそうにした。

 

「なるほど。一例を公開すれば、重犯罪抑止には大きな効果があるやもしれん」

 

「博士も乗らないでください」

 

 村上の声が鋭くなった。

 

 アルカンフェルは淡々としている。

 

「人は恐れるものを避ける。凶悪犯罪を犯せば、人格を変えられ、自ら危険作業へ向かう身体にされる。そう知らしめれば、犯罪抑止になる」

 

「なります」

 

 村上は即答した。

 

 今度はバルカスが目を細めた。

 

「認めるのか」

 

「抑止力だけなら、あります」

 

 村上は言った。

 

「だから危険なんです」

 

 アプトムがぼそりと言う。

 

「出た。有効だから怖いやつ」

 

「はい」

 

 村上は頷いた。

 

「有効だから怖いんです」

 

 

 

/*/

 

 

 

 ヴァルキュリアが新しい想定見出しを表示した。

 

 

 

 クロノス、凶悪犯への人格改造苦役を一罰百戒として公開

 犯罪抑止か、恐怖政治か

「国家が魂を罰する時代」

 公開処刑から公開人格改造へ

 被害者遺族、賛否割れる

 加害者保護団体「死刑より残酷」

 反体制派「次は思想犯が対象になる」

 

 

 

 アプトムが低く笑った。

 

「燃えるどころか、地表が溶けるな」

 

 ヴァルキュリアは淡々と答えた。

 

「社会的燃焼性、極大」

 

 村上はアルカンフェルへ向き直った。

 

「総帥。一罰百戒としては、確かに効きます。人間はそれを恐れます。死刑より恐れる者もいるでしょう。ですが、それは刑罰の抑止力ではなく、国家が人格を奪う恐怖です」

 

「恐怖による秩序は有効だ」

 

「有効です」

 

 村上は否定しなかった。

 

「でも、クロノスはすでに恐怖による秩序を持っています。獣化兵、調整、監察局、神将、総帥。これ以上、“人格まで罰する国家”になれば、統治の質が変わります」

 

「どう変わる」

 

「人々は、法を恐れるのではなく、クロノスに内面を奪われることを恐れます」

 

 アルカンフェルは沈黙した。

 

 村上は続けた。

 

「それは、犯罪者だけの問題ではありません。市民全員が考えます。“次は何を理由に、自分の人格が直されるのか”と」

 

 ヴァルキュリアが記録する。

 

 村上指摘:

 人格改造刑の一罰百戒効果は高い。

 ただし、一般市民に対し「国家による内面処罰」への恐怖を発生させる。

 統治服従性は上がる可能性があるが、信頼・自発協力・調整受容性が低下する危険あり。

 

 アプトムが言った。

 

「つまり、犯罪は減るけど、みんなクロノスを心底怖がる」

 

「はい」

 

「今さらじゃねぇの?」

 

「今さらだからこそ、これ以上積むべきではありません」

 

 

 

/*/

 

 

 

 バルカスは髭を撫でた。

 

「だが、凶悪犯限定ならば」

 

「限定が信用されません」

 

 村上は即答した。

 

「なぜじゃ」

 

「クロノスだからです」

 

 アプトムが吹き出しかけて、止めた。

 

 村上は真顔だった。

 

「クロノスは実際に人間の身体を作り替えられる。記憶と感情の接続も変えられる。脳内物質も調整できる。だから、“凶悪犯限定です”と言っても、市民は信じきれません」

 

 ヴァルキュリアが補足する。

 

「制度拡大懸念は極めて高いです。性犯罪者、連続殺人犯、テロリスト、組織犯罪者、汚職犯、反クロノス武装勢力、思想犯、反調整運動、労働妨害、宗教過激派へ順次拡大するとの予測が出ます」

 

 村上が頷いた。

 

「しかも、最初の対象が凶悪犯だと反対しにくい。反対者は“犯罪者をかばうのか”と言われる。だからこそ危険です」

 

 アルカンフェルは、静かに言った。

 

「反対しにくいなら、通しやすい」

 

「総帥」

 

「事実だろう」

 

「事実でも、そこを利点にしないでください」

 

 アプトムが小声で言った。

 

「また事実でも言い方があります案件だ」

 

「今回は言い方では済みません」

 

 

 

/*/

 

 

 

 村上は、端末に二つの制度案を並べた。

 

 

 案A:人格矯正型自発的苦役

 内容:凶悪犯の人格を編集し、危険作業への志願意思を形成。

 利点:再犯防止、危険作業人員確保、強力な犯罪抑止。

 問題:自由意思の破壊、人格処罰、恐怖政治化、制度拡大リスク。

 

 

 案B:高危険度贖罪労務制度

 内容:司法判断に基づき、重犯罪者へ公共性の高い危険作業を課す。

 利点:刑罰として明示可能、社会修復に資する、人格編集を伴わない。

 問題:強制労務批判、被害者感情との調整、監査負担。

 

 

 村上は言った。

 

「案Aは却下してください。案Bなら制度として議論できます」

 

 バルカスは不満そうだった。

 

「案Aの方が再犯率は下がるぞ」

 

「下がります」

 

「抑止力も強い」

 

「強いです」

 

「危険作業の志願者も確保できる」

 

「できます」

 

「ならば」

 

「だから駄目です」

 

 村上は、はっきりと言った。

 

「そこまで便利な制度を、国家が持ってはいけません」

 

 会議室が静まった。

 

 ヴァルキュリアが記録する。

 

 

 判断基準:

 有効性が高いことは、採用理由であると同時に禁止理由にもなる。

 国家が人格を編集して同意を形成する制度は、再犯防止・抑止・労務確保に有効であっても、統治倫理上禁止。

 村上確認済。

 

 

 

/*/

 

 

 

 アルカンフェルは、しばらく黙っていた。

 

 彼にとって、村上の言葉は非効率に見える。

 

 凶悪犯を抑止できる。

 

 危険作業へ回せる。

 

 被害者遺族の一部は納得する。

 

 社会の恐怖も制御できる。

 

 ならば、使えばよい。

 

 そう考える方が自然だった。

 

 だが、村上がここまで苦言を呈している。

 

 それは、技術が無意味だからではない。

 

 むしろ、有効すぎるからだ。

 

 アルカンフェルは、静かに言った。

 

「一罰百戒の価値があるからこそ、使うなと言うのだな」

 

 村上は頷いた。

 

「はい」

 

「恐怖で犯罪を抑えられる」

 

「抑えられます」

 

「だが、同時に市民は、クロノスが自分の内面まで罰すると思う」

 

「そうです」

 

「それは、統治を不安定にする」

 

「長期的には」

 

「ならば、公開するな。実施もするな」

 

 バルカスが顔を上げた。

 

「総帥」

 

 アルカンフェルは続けた。

 

「危険作業制度は作れ。重犯罪者を遊ばせる必要はない。だが、苦役を望む人格は作るな」

 

 ヴァルキュリアが即座に記録する。

 

 総帥裁定:

 人格矯正による自発的苦役志願形成は禁止。

 一罰百戒効果は認めるが、恐怖政治化・人格処罰化リスクが過大。

 高危険度贖罪労務制度は、刑罰・社会修復制度として別途設計。

 医療介入は再犯リスク低減に限定。

 村上確認済。

 

 アプトムが小さく笑った。

 

「おお、珍しく村上の警告が通った」

 

 村上は疲れた顔で言った。

 

「通ったというより、危険性が理解されただけです」

 

「総帥は“使えそうだから危ない”って覚えたわけか」

 

「それは重要な進歩です」

 

 アルカンフェルは、少しだけ不満そうに言った。

 

「面倒だな」

 

「面倒でなければ、人間はすぐ道具になります」

 

 バルカスがぼそりと言った。

 

「すでにかなり道具じゃが」

 

「博士」

 

「分かっておる。外部公開不可じゃろう」

 

「内部でも言い方があります」

 

 

 

/*/

 

 

 

 会議後、ヴァルキュリアは内部記録をまとめた。

 

 初期発言:

 バルカス、重犯罪者・凶悪犯の人格を矯正し、自発的に危険作業を望むよう調整する案を提示。

 被害者遺族の溜飲低下、再犯防止、危険作業要員確保を利点として説明。

 併せて「使い道がないなら殺処分で良い」と発言。

 

 アルカンフェル、村上征樹の強い反対を受け、「村上がそこまで苦言を呈するならば、抑止力として一罰百戒の価値はありそうだ」と評価。

 

 村上征樹、強く反対。

 理由:人格編集による同意は自由意思ではない。国家が望ませた苦行は贖罪ではない。人格改造刑は一罰百戒効果が高いからこそ、恐怖政治化・制度拡大・市民不信を招く。

 

 裁定:

 人格編集による苦役志願形成は禁止。

 一罰百戒効果の存在は認めるが、採用理由ではなく禁止理由として扱う。

 危険作業制度は、社会修復を目的とする刑罰制度として別途設計。

「殺処分」「人格矯正」「自発的苦役」の外部使用禁止。

 村上確認済。

 

 

 アプトムは、それを見て呟いた。

 

「今回は、“村上が止めるほどヤバいなら使える”って方向に行きかけたな」

 

「はい」

 

 ヴァルキュリアは淡々と答えた。

 

「統治効率評価としては、一定の合理性があります」

 

「お前もさらっと怖いこと言うな」

 

「事実です」

 

「事実でも言い方があります、だろ」

 

 村上は椅子に沈み込みながら言った。

 

「その通りです……」

 

 クロノスには、人間の意思を作り替える技術がある。

 

 罪悪感を増やし、恐怖を消し、苦役を望ませ、死を受け入れさせることもできる。

 

 そして、それを一例だけ公開すれば、多くの者は震え上がる。

 

 犯罪は減るかもしれない。

 

 反乱も減るかもしれない。

 

 だが、その時、人々が恐れるのは罰ではない。

 

 クロノスが、魂の奥にまで手を入れてくることだ。

 

 国家が望ませた苦行を、贖罪と呼んではならない。

 

 国家が作った同意を、自由意思と呼んではならない。

 

 国家が人格を罰することを、一罰百戒と呼んではならない。

 

 その一線を引くために、今日も内部記録の最後には同じ文字が刻まれた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。