/*/ クラウド・ゲート 高危険度犯罪者処遇会議 /*/
バルカスは、まだ諦めていなかった。
「再犯者人格更生プログラム」という名称は潰された。
人格編集という言葉も封印された。
外部向けには、「再犯リスク低減医療プログラム」という、村上確認済の長くて無害そうな名称へ変えられた。
だが、技術そのものが消えたわけではない。
脳内物質の分泌調整。
海馬と前頭葉の再構成。
記憶と感情のリンク制御。
衝動性、嗜虐性、支配欲、反社会的報酬回路の補正。
それらは、すでにクロノスの手の中にあった。
バルカスは会議卓に肘を置き、当然のように言った。
「では、重犯罪者、凶悪犯などの人格を矯正して、自ら苦行を望むようにして危険作業に従事させるのはどうじゃ?」
村上征樹の表情が止まった。
アプトムが、ゆっくりと顔を上げる。
「村上」
「はい」
「また博士がやべぇこと言い出したぞ」
「聞こえています」
バルカスは悪びれもせず続けた。
「加害者が酷い目にあっている。しかも自ら望んで、となれば、被害者遺族の溜飲も下がろう」
ヴァルキュリアの端末が、無言で記録を始めた。
「危険小惑星作業、放射線汚染区画処理、宇宙怪獣残骸の分解、深海毒性区域、生体汚染地域。使い道はいくらでもある」
アプトムが顔をしかめた。
「言い方が完全に廃棄物処理なんだよ」
「実際、使い道のない輩ではある」
バルカスは髭を撫でた。
「まあ、わしもそのような輩は、使い道がないなら殺処分で良いと思っておるが……」
「博士」
村上の声が低くなった。
「それはダメです」
バルカスは本気で不思議そうにした。
「何故じゃ。社会に戻せば再犯の危険がある。監禁すれば維持費がかかる。死刑にすれば加害者保護団体が騒ぐ。ならば、本人が望む形に人格を矯正し、危険作業に従事させる。合理的ではないか」
「本人が望むように作り替えた時点で、それは本人の意思ではありません」
「だが、処置後は本人が望んでおる」
「処置でそう望むようにしたからです」
「同じではないか」
「違います」
村上は即答した。
「それは同意ではありません。国家が同意する人格を作っているだけです」
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ヴァルキュリアが、想定見出しを表示した。
クロノス、凶悪犯を人格矯正し危険労働へ
「自発的苦役」は本当に自発か
加害者を苦しませるための医療か
死刑より残酷な人格改造刑
被害者遺族の名を利用した国家労務制度
政治犯への適用懸念、再燃
「殺処分で良い」発言、内部記録流出なら統治危機
アプトムが画面を見て言った。
「最後のやつ、一発で全部燃えるな」
「外部公開不可」
ヴァルキュリアは即答した。
「当然です」
村上は頭を押さえた。
「博士。まず“殺処分”という言葉を人間に使わないでください」
「凶悪犯じゃぞ」
「それでもです」
「事実でもか」
「事実以前に、言葉として出してはいけません」
アプトムが小さく笑った。
「村上の“言い方があります”を突破したな」
「突破してはいけません」
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バルカスは不満そうだった。
「しかし、被害者遺族は納得するのではないか。加害者が安全な施設で飯を食って生きているより、危険作業で苦しんでおる方が」
「一部は、そうかもしれません」
村上は否定しなかった。
「ですが、全員ではありません」
「なぜじゃ」
「被害者遺族は復讐装置ではありません」
会議室が静まった。
村上は続けた。
「加害者が苦しめば救われる人もいるでしょう。ですが、国家が“あなた方のために加害者を苦しむよう人格改造しました”と言われて、救われるとは限りません」
ヴァルキュリアが記録する。
被害者側反応予測:
一、危険作業従事を支持する層。
二、人格矯正による自発性偽装に反発する層。
三、加害者の責任主体が消えることに不満を持つ層。
四、国家が遺族感情を刑罰正当化に利用したとして拒絶する層。
五、苦役より死刑・終身隔離を求める層。
六、加害者への関心自体を拒否する層。
アプトムが言った。
「“遺族の溜飲が下がるじゃろ”って、博士が一番雑に扱っちゃいけないところを雑に扱ったな」
バルカスは少し黙った。
村上はさらに言った。
「しかも、人格を変えた加害者が危険作業へ志願したとして、それは本当に罰を受けているんですか?」
「危険作業をしておる」
「でも、その苦行を望む人格に作り替えられている。苦しみを苦しみとして受けているのか、国家が設計した贖罪欲求を実行しているだけなのか、分からなくなる」
「贖罪するなら良いではないか」
「贖罪は、作られるものではありません」
村上は強く言った。
「本人が罪を理解して、苦しんで、選ぶものです。国家が“苦しみたい人格”を作ったら、それは贖罪ではなくプログラムの実行です」
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そこまで黙っていたアルカンフェルが、静かに口を開いた。
「しかし、村上がそこまで苦言を呈するならば、抑止力として一罰百戒の価値はありそうだ」
会議室の空気が凍った。
村上が、ゆっくりとアルカンフェルを見る。
「総帥」
「何だ」
「僕の苦言を、恐怖効果の指標に使わないでください」
アプトムが額を押さえた。
「最悪の解釈したぞ、この人」
バルカスは少し嬉しそうにした。
「なるほど。一例を公開すれば、重犯罪抑止には大きな効果があるやもしれん」
「博士も乗らないでください」
村上の声が鋭くなった。
アルカンフェルは淡々としている。
「人は恐れるものを避ける。凶悪犯罪を犯せば、人格を変えられ、自ら危険作業へ向かう身体にされる。そう知らしめれば、犯罪抑止になる」
「なります」
村上は即答した。
今度はバルカスが目を細めた。
「認めるのか」
「抑止力だけなら、あります」
村上は言った。
「だから危険なんです」
アプトムがぼそりと言う。
「出た。有効だから怖いやつ」
「はい」
村上は頷いた。
「有効だから怖いんです」
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ヴァルキュリアが新しい想定見出しを表示した。
クロノス、凶悪犯への人格改造苦役を一罰百戒として公開
犯罪抑止か、恐怖政治か
「国家が魂を罰する時代」
公開処刑から公開人格改造へ
被害者遺族、賛否割れる
加害者保護団体「死刑より残酷」
反体制派「次は思想犯が対象になる」
アプトムが低く笑った。
「燃えるどころか、地表が溶けるな」
ヴァルキュリアは淡々と答えた。
「社会的燃焼性、極大」
村上はアルカンフェルへ向き直った。
「総帥。一罰百戒としては、確かに効きます。人間はそれを恐れます。死刑より恐れる者もいるでしょう。ですが、それは刑罰の抑止力ではなく、国家が人格を奪う恐怖です」
「恐怖による秩序は有効だ」
「有効です」
村上は否定しなかった。
「でも、クロノスはすでに恐怖による秩序を持っています。獣化兵、調整、監察局、神将、総帥。これ以上、“人格まで罰する国家”になれば、統治の質が変わります」
「どう変わる」
「人々は、法を恐れるのではなく、クロノスに内面を奪われることを恐れます」
アルカンフェルは沈黙した。
村上は続けた。
「それは、犯罪者だけの問題ではありません。市民全員が考えます。“次は何を理由に、自分の人格が直されるのか”と」
ヴァルキュリアが記録する。
村上指摘:
人格改造刑の一罰百戒効果は高い。
ただし、一般市民に対し「国家による内面処罰」への恐怖を発生させる。
統治服従性は上がる可能性があるが、信頼・自発協力・調整受容性が低下する危険あり。
アプトムが言った。
「つまり、犯罪は減るけど、みんなクロノスを心底怖がる」
「はい」
「今さらじゃねぇの?」
「今さらだからこそ、これ以上積むべきではありません」
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バルカスは髭を撫でた。
「だが、凶悪犯限定ならば」
「限定が信用されません」
村上は即答した。
「なぜじゃ」
「クロノスだからです」
アプトムが吹き出しかけて、止めた。
村上は真顔だった。
「クロノスは実際に人間の身体を作り替えられる。記憶と感情の接続も変えられる。脳内物質も調整できる。だから、“凶悪犯限定です”と言っても、市民は信じきれません」
ヴァルキュリアが補足する。
「制度拡大懸念は極めて高いです。性犯罪者、連続殺人犯、テロリスト、組織犯罪者、汚職犯、反クロノス武装勢力、思想犯、反調整運動、労働妨害、宗教過激派へ順次拡大するとの予測が出ます」
村上が頷いた。
「しかも、最初の対象が凶悪犯だと反対しにくい。反対者は“犯罪者をかばうのか”と言われる。だからこそ危険です」
アルカンフェルは、静かに言った。
「反対しにくいなら、通しやすい」
「総帥」
「事実だろう」
「事実でも、そこを利点にしないでください」
アプトムが小声で言った。
「また事実でも言い方があります案件だ」
「今回は言い方では済みません」
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村上は、端末に二つの制度案を並べた。
案A:人格矯正型自発的苦役
内容:凶悪犯の人格を編集し、危険作業への志願意思を形成。
利点:再犯防止、危険作業人員確保、強力な犯罪抑止。
問題:自由意思の破壊、人格処罰、恐怖政治化、制度拡大リスク。
案B:高危険度贖罪労務制度
内容:司法判断に基づき、重犯罪者へ公共性の高い危険作業を課す。
利点:刑罰として明示可能、社会修復に資する、人格編集を伴わない。
問題:強制労務批判、被害者感情との調整、監査負担。
村上は言った。
「案Aは却下してください。案Bなら制度として議論できます」
バルカスは不満そうだった。
「案Aの方が再犯率は下がるぞ」
「下がります」
「抑止力も強い」
「強いです」
「危険作業の志願者も確保できる」
「できます」
「ならば」
「だから駄目です」
村上は、はっきりと言った。
「そこまで便利な制度を、国家が持ってはいけません」
会議室が静まった。
ヴァルキュリアが記録する。
判断基準:
有効性が高いことは、採用理由であると同時に禁止理由にもなる。
国家が人格を編集して同意を形成する制度は、再犯防止・抑止・労務確保に有効であっても、統治倫理上禁止。
村上確認済。
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アルカンフェルは、しばらく黙っていた。
彼にとって、村上の言葉は非効率に見える。
凶悪犯を抑止できる。
危険作業へ回せる。
被害者遺族の一部は納得する。
社会の恐怖も制御できる。
ならば、使えばよい。
そう考える方が自然だった。
だが、村上がここまで苦言を呈している。
それは、技術が無意味だからではない。
むしろ、有効すぎるからだ。
アルカンフェルは、静かに言った。
「一罰百戒の価値があるからこそ、使うなと言うのだな」
村上は頷いた。
「はい」
「恐怖で犯罪を抑えられる」
「抑えられます」
「だが、同時に市民は、クロノスが自分の内面まで罰すると思う」
「そうです」
「それは、統治を不安定にする」
「長期的には」
「ならば、公開するな。実施もするな」
バルカスが顔を上げた。
「総帥」
アルカンフェルは続けた。
「危険作業制度は作れ。重犯罪者を遊ばせる必要はない。だが、苦役を望む人格は作るな」
ヴァルキュリアが即座に記録する。
総帥裁定:
人格矯正による自発的苦役志願形成は禁止。
一罰百戒効果は認めるが、恐怖政治化・人格処罰化リスクが過大。
高危険度贖罪労務制度は、刑罰・社会修復制度として別途設計。
医療介入は再犯リスク低減に限定。
村上確認済。
アプトムが小さく笑った。
「おお、珍しく村上の警告が通った」
村上は疲れた顔で言った。
「通ったというより、危険性が理解されただけです」
「総帥は“使えそうだから危ない”って覚えたわけか」
「それは重要な進歩です」
アルカンフェルは、少しだけ不満そうに言った。
「面倒だな」
「面倒でなければ、人間はすぐ道具になります」
バルカスがぼそりと言った。
「すでにかなり道具じゃが」
「博士」
「分かっておる。外部公開不可じゃろう」
「内部でも言い方があります」
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会議後、ヴァルキュリアは内部記録をまとめた。
初期発言:
バルカス、重犯罪者・凶悪犯の人格を矯正し、自発的に危険作業を望むよう調整する案を提示。
被害者遺族の溜飲低下、再犯防止、危険作業要員確保を利点として説明。
併せて「使い道がないなら殺処分で良い」と発言。
アルカンフェル、村上征樹の強い反対を受け、「村上がそこまで苦言を呈するならば、抑止力として一罰百戒の価値はありそうだ」と評価。
村上征樹、強く反対。
理由:人格編集による同意は自由意思ではない。国家が望ませた苦行は贖罪ではない。人格改造刑は一罰百戒効果が高いからこそ、恐怖政治化・制度拡大・市民不信を招く。
裁定:
人格編集による苦役志願形成は禁止。
一罰百戒効果の存在は認めるが、採用理由ではなく禁止理由として扱う。
危険作業制度は、社会修復を目的とする刑罰制度として別途設計。
「殺処分」「人格矯正」「自発的苦役」の外部使用禁止。
村上確認済。
アプトムは、それを見て呟いた。
「今回は、“村上が止めるほどヤバいなら使える”って方向に行きかけたな」
「はい」
ヴァルキュリアは淡々と答えた。
「統治効率評価としては、一定の合理性があります」
「お前もさらっと怖いこと言うな」
「事実です」
「事実でも言い方があります、だろ」
村上は椅子に沈み込みながら言った。
「その通りです……」
クロノスには、人間の意思を作り替える技術がある。
罪悪感を増やし、恐怖を消し、苦役を望ませ、死を受け入れさせることもできる。
そして、それを一例だけ公開すれば、多くの者は震え上がる。
犯罪は減るかもしれない。
反乱も減るかもしれない。
だが、その時、人々が恐れるのは罰ではない。
クロノスが、魂の奥にまで手を入れてくることだ。
国家が望ませた苦行を、贖罪と呼んではならない。
国家が作った同意を、自由意思と呼んではならない。
国家が人格を罰することを、一罰百戒と呼んではならない。
その一線を引くために、今日も内部記録の最後には同じ文字が刻まれた。