/*/ クラウド・ゲート 宇宙怪獣戦後医療発表 /*/
クロノス軍医科学局による宇宙怪獣戦後獣化兵のPTSD治療は、内部では激しい議論を呼んでいた。
脳内物質の分泌調整。
萎縮した海馬と前頭葉の修復。
戦場記憶と身体恐怖反応の分離。
記憶の曖昧化。
部分消去。
再戦闘志願者への闘争本能再接続。
どれも、村上征樹が胃を痛めるには十分すぎる技術だった。
だが、外部での反応は、少し違っていた。
特に退役軍人団体からは、強い感謝の声明が相次いだ。
宇宙怪獣戦に参加した退役獣化兵および元殖装兵士に対するPTSD治療の実施に、深く感謝する。
我々は長年、戦場から帰還した者たちが、夜ごと戦場へ引き戻され、家族の前で崩れ、眠れず、怒り、怯え、孤立していく姿を見てきた。
記憶を奪うのではなく、本人の選択により苦痛を軽減する道が開かれたことは、退役軍人医療における大きな前進である。
別の団体は、さらに踏み込んだ声明を出した。
我々は、戦友を忘れたいのではない。
だが、戦友が死んだ瞬間を、毎晩もう一度体験したいわけでもない。
クロノスの治療は、その違いを初めて医学的に扱った。
この一文は、多くの元兵士に共有された。
記憶は残したい。
名前は忘れたくない。
最後の通信も、約束も、笑い声も残したい。
だが、宇宙怪獣の口が開く瞬間の恐怖だけは、もう二度と味わいたくない。
それは身勝手ではなかった。
生き残るための願いだった。
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記者会見で、退役獣化兵団体の代表は大柄な男だった。
彼は、かつて量産型殖装をまとい、木星圏防衛線で戦った兵士だった。
壇上で、彼はゆっくりと話した。
「私は、治療を受けました」
会場が静まる。
「戦友のことは覚えています。誰が死んだかも、どこで死んだかも覚えています。悲しいです。寂しいです。今でも、あいつらと飯を食いたいと思います」
彼は一度、言葉を切った。
「ですが、夜中に怪獣の口の中へ戻ることはなくなりました」
記者たちは、誰も遮らなかった。
「私は、戦友を忘れたのではありません。戦場に引きずり戻されなくなっただけです」
その言葉は、第二類型の治療を最も正確に表していた。
感情が消えたわけではない。
悲しみは残る。
寂しさも残る。
罪悪感も残る。
だが、記憶を読み返すたびに、身体があの戦場へ戻ることはない。
戦友の死を、本を読むように遠くから悼む。
それを冷たいと言う者もいた。
だが、彼らにとっては、それでも救いだった。
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退役軍人団体の反応を受けて、ヴァルキュリアは世論分析を提示した。
退役軍人団体:強く支持。
遺族団体:概ね支持。ただし記憶消去処理には慎重論。
医療倫理団体:条件付き支持。本人同意と監査を要求。
人権団体:強制適用への懸念。
現役軍部:再戦闘志願者処理に関心。
一般世論:支持多数。ただし犯罪者人格編集への転用には強い拒否感。
アプトムが画面を見て言った。
「珍しく感謝されてるじゃねぇか」
村上は、複雑な顔で頷いた。
「はい。これは本当に必要な医療ですから」
バルカスは少し得意げだった。
「ほれ見ろ。儂の技術は役に立っておる」
「役に立っています」
村上は認めた。
「ただし、だからこそ転用が危険なんです」
バルカスは不満げに鼻を鳴らした。
「またそれか」
「またです」
村上は、退役軍人団体の声明を見ながら言った。
「兵士が、自分の戦場記憶をどう扱うかを選べること。これは医療です。救済です。でも、国家が犯罪者や反体制派の人格を都合よく作り替えることは違います」
ヴァルキュリアが即座に記録した。
区別基準:
戦争後PTSD治療は、本人の苦痛軽減と社会復帰を目的とする医療。
犯罪者人格編集・思想矯正・苦役志願形成への転用は禁止。
退役軍人団体からの支持は、医療目的の正当性を補強するが、他用途への包括承認ではない。
村上確認済。
アプトムがぼそりと言った。
「便利な技術が、ちゃんと必要な場所では感謝される。でも、博士が余計なところに持っていくと全部燃える」
「その通りです」
村上は疲れたように答えた。
「今回の問題は、技術そのものが悪いわけではありません。何に使うかです」
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アルカンフェルは、退役軍人団体の声明を黙って読んでいた。
やがて、短く言った。
「戦った者が感謝しているなら、有用だ」
「はい」
村上は答えた。
「これは続けるべきです」
「強制は」
「禁止です」
「記憶消去は」
「本人希望のみ。複数回確認、冷却期間、撤回権付きです」
「再戦闘志願者は」
「別枠です。医療と戦力化を混同しない手続きが必要です」
アルカンフェルは頷いた。
「面倒だな」
「面倒でないと、救済が加工になります」
アプトムが小さく笑った。
「また名言っぽいこと言ってる」
村上は無視した。
ヴァルキュリアは記録した。
救済が加工になる危険。
外部演説文言候補。
村上確認要。
「そこは記録しなくていいです」
「記録済みです」
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その後、クロノスは退役軍人向けPTSD治療制度を正式化した。
外部発表の文面には、村上の手が入っていた。
本制度は、宇宙怪獣戦および高強度戦闘任務に従事した退役者の苦痛軽減、睡眠回復、社会復帰、家族関係の再建を目的とする医療制度である。
戦友の記憶、戦場での責任、本人の人生史を不当に奪うことを目的としない。
記憶の曖昧化、部分遮断、消去処理は、本人の明確な希望と複数段階の確認を必要とする。
治療を受けない自由、退役する自由、記憶を保持する自由もまた尊重される。
退役軍人団体は、この文面を歓迎した。
彼らはクロノスを全面的に信頼したわけではない。
だが、自分たちの悪夢を、初めて国家が真正面から治療対象として扱ったことには感謝した。
宇宙怪獣戦を生き残った兵士たちは、英雄ではあった。
だが、英雄という言葉では眠れない夜は終わらない。
勲章では、怪獣の口は閉じない。
追悼式では、仲間の断末魔は消えない。
だから彼らは、クロノスの治療槽へ入った。
忘れるためではない。
覚えたまま、生きるために。
その事実は、クロノスの脳調整技術に、危険さとは別の正当性を与えてしまった。
技術は救いにもなる。
技術は支配にもなる。
その境界線を、今日も村上が赤字で引き続けていた。