アルカンフェル転生   作:ぶーく・ぶくぶく

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生産性という言葉

/*/ クラウド・ゲート 高危険度犯罪者処遇査定会議 /*/

 

 

 

 バルカス博士や各支部の幹部たちが、再犯率が高く、生産性のない犯罪者の処遇を決める場合、彼らは感情的な復讐では判断しない。

 

 目には目を。

 

 歯には歯を。

 

 被害者が苦しんだのだから、加害者も同じように苦しめ。

 

 そうした感情は、人間社会では分かりやすい。

 

 だが、クロノスの古参幹部たちにとって、それはあまりにも非効率だった。

 

 犯罪者を苦しめること自体には、生産性がない。

 

 見せしめとしての価値はある。

 

 だが、過剰な見せしめは統治不安を生む。

 

 収監には食料、空間、監視人員、医療資源が必要になる。

 

 再教育には時間がかかる。

 

 再犯すれば被害が増える。

 

 ならば、問うべきことは一つだった。

 

 この個体は、組織にとって利益になるか。

 

 ならないなら、なぜ維持するのか。

 

 会議卓の中央には、分類表が表示されていた。

 

 

 対象:再犯率高・凶悪性高・社会復帰見込み低・職能価値低

 評価:生存維持コスト高、治安リスク高、統治上有害

 推奨処遇:死刑、終身隔離、高危険度贖罪労務、または特殊管理

 

 

 プルクシュタールが、資料を眺めて言った。

 

「収監維持は無駄ですな」

 

 カールレオンが頷く。

 

「食わせる意味がありません。更生見込みが低く、職能も乏しい。再犯時の被害コストを考えれば、生かすほど損です」

 

 その言葉に、村上征樹が眉を動かした。

 

「その言い方は危険です」

 

 バルカスは首を傾げた。

 

「何がじゃ」

 

「“生かすほど損”という言い方です。犯罪者処遇の話をしているはずが、人間全体を採算表で見る話にずれています」

 

 アプトムが横から言った。

 

「また燃える言葉が出たな」

 

 ヴァルキュリアは端末に記録する。

 

 

 注意語:生産性のない人間

 外部使用不可

 制度拡大懸念あり

 

 

 バルカスは、むしろ不思議そうにした。

 

「生産性の低いものか」

 

 会議室が少し静まった。

 

 バルカスは、淡々と続ける。

 

「境界型などの知的障害は治療可能じゃから、生産性モデルも綺麗なピラミッド型じゃ。犯罪を犯さぬ限り、そのような処置を受ける事はないのだがな」

 

 村上の顔がさらに険しくなった。

 

「博士」

 

「何じゃ」

 

「今の発言は、外部には絶対に出せません」

 

「なぜじゃ。儂はむしろ安心材料を言ったのじゃぞ」

 

 バルカスは本気でそう思っていた。

 

「クロノス統治下では、境界知能、知的障害、発達上の困難、脳機能障害の多くは、調整医療、教育補助、神経発達支援で改善できる。従来なら社会の底辺に落ちた者も、働ける程度まで底上げできる。ゆえに、“生産性の低い層”が巨大な負債として残る構造にはなりにくい」

 

 ガレノスが補足する。

 

「実際、神経発達支援調整後の就労適応率は上昇している。単純労働、補助職、管理下技術職、農業区画、介護補助、物流などへの配置も可能だ」

 

 バルカスは頷いた。

 

「そうじゃ。治療可能なものは治療する。支援すれば働ける者は支援する。犯罪を犯さぬ限り、素材化だの下級労働用固定調製だの、そのような処置を受ける理由はない」

 

 アプトムが小声で言う。

 

「博士的には、かなりまともなこと言ってるつもりなんだろうな」

 

「実際、内容の一部はまともです」

 

 村上は答えた。

 

「ですが、表に出す言葉ではありません」

 

 

 

/*/

 

 

 

 村上は、会議卓に手を置いた。

 

「まず整理します。障害支援と犯罪者処遇を、同じ“生産性モデル”の表で扱わないでください」

 

 バルカスは不満そうにした。

 

「どちらも社会維持コストと職能配分の問題ではないか」

 

「違います」

 

「違わんじゃろう」

 

「違います」

 

 村上は強く言った。

 

「障害のある人は、犯罪者ではありません。支援や治療を必要とする市民です。本人の困難を軽減し、生活と社会参加を助けるために医療を使う。それは処罰ではありません」

 

 ヴァルキュリアが記録する。

 

 

 区別基準:

 障害支援・神経発達医療:本人の生活改善と社会参加支援。

 犯罪者処遇:司法判断に基づく刑罰・管理・再犯防止。

 両者を「生産性」軸のみで統合評価することは禁止。

 

 

 バルカスは髭を撫でた。

 

「だが、働けるようになれば本人にも社会にも利がある」

 

「それはそうです」

 

 村上は認めた。

 

「ですが、“生産性が上がるから治す”ではなく、“本人の生活が良くなるから支援する”と説明してください」

 

 アプトムが苦笑した。

 

「博士には同じに聞こえてそうだな」

 

「かなり違います」

 

 村上は即答した。

 

 

/*/

 

 

 

 バルカスは、なおも理屈を続けた。

 

「しかし、クロノス統治下では、知的障害や境界型の多くは、医療調整で改善できる。ならば、生産性のピラミッドは整う。重い障害を抱えたまま社会の下層に固定される者は減る」

 

「そこは成果です」

 

 村上は言った。

 

「ですが、それを“綺麗なピラミッド”と呼ばないでください」

 

「なぜじゃ」

 

「人間を積み木のように見ているからです」

 

 ヴァルキュリアが即座に外部向け文言を作る。

 

 

 禁止表現:生産性モデルが綺麗なピラミッド型

 採用表現:医療支援と教育支援により、従来は社会参加が困難だった層の就労・生活自立の選択肢が拡大した。

 

 

 アプトムが覗き込んだ。

 

「村上確認済って感じになったな」

 

「はい」

 

 ヴァルキュリアは答えた。

 

「大幅に毒抜きしました」

 

 村上は疲れたように言った。

 

「毒抜き前が強すぎるんです」

 

 

 

/*/

 

 

 

 アルカンフェルは、静かに資料を見ていた。

 

 彼は、バルカスの言葉にも村上の言葉にも、それぞれ合理性を見ていた。

 

「つまり」

 

 アルカンフェルが口を開く。

 

「犯罪を犯さぬ低生産性個体は、治療し、使えるようにする。犯罪を犯し、再犯性が高く、治療しても危険な個体は、処分または管理する。そういうことか」

 

 村上が即座に反応した。

 

「総帥」

 

「何だ」

 

「“低生産性個体”も外部では駄目です」

 

「面倒だな」

 

「面倒でも駄目です」

 

 アプトムが笑う。

 

「今日も言葉狩りが激しいな」

 

「言葉で制度の形が決まるんです」

 

 村上は言った。

 

「ここで“低生産性個体”という分類を公式に作ると、犯罪を犯していない障害者や病人、高齢者、失業者、貧困層まで、採算で見られるようになります」

 

 アルカンフェルは少し考えた。

 

「だが、実際に採算はある」

 

「あります」

 

 村上は否定しなかった。

 

「ですが、採算だけで扱わないために、制度と言葉を分ける必要があります」

 

 ヴァルキュリアが記録する。

 

 

 村上指摘:

 医療・福祉対象者を「低生産性個体」と分類することは禁止。

 支援対象者、医療対象者、生活支援対象者として扱う。

 犯罪処遇対象とは別体系に置く。

 村上確認済。

 

 

 バルカスは不満そうだった。

 

「同じ調整槽を使うのに、分類を分けるのか」

 

「分けます」

 

「なぜじゃ」

 

「同じ刃物でも、手術と処刑は違うからです」

 

 アプトムが小さく口笛を吹いた。

 

「お、分かりやすい」

 

 バルカスは少しだけ黙った。

 

 

 

/*/

 

 

 

 会議資料は修正された。

 

 最初の文面は、こうだった。

 

 

 再犯率が高く、生産性の低い犯罪者については、維持コストと社会的損害を総合し、資源回収または下級労働用調製を検討する。

 なお、境界型知的障害などの低生産性要因は治療可能であり、犯罪を犯さぬ限り特殊処置対象とはしない。

 

 

 村上は、その文面を見た瞬間に言った。

 

「全部駄目です」

 

 アプトムが笑った。

 

「全部かよ」

 

「全部です」

 

 ヴァルキュリアが修正版を表示する。

 

 

 修正文:

 再犯率が高く、重大な被害を繰り返す者については、司法手続きに基づき、死刑、終身隔離、高危険度贖罪労務、または再犯リスク低減医療を検討する。

 医療・発達・知的機能上の支援を必要とする市民については、犯罪処遇とは別体系で、本人の生活改善、社会参加、就労支援を目的とする調整医療および教育支援を提供する。

 障害や能力の低さのみを理由として、刑罰的処置、人格改変、資源化、強制労務の対象とすることを禁じる。

 

 

 村上は頷いた。

 

「これなら出せます」

 

 バルカスは不満そうだった。

 

「随分と丸くなったのう」

 

「丸くしたんです」

 

「儂の言ったことと意味はそう変わらん」

 

「かなり変わっています」

 

 ヴァルキュリアが淡々と付け加えた。

 

「外部燃焼性は大幅に低下しました」

 

 アプトムが笑う。

 

「やっぱり毒抜き表示じゃねぇか」

 

 

 

/*/

 

 

 

 だが、内部記録には、元の発言も残された。

 

 

 バルカス発言:

「生産性の低いものか。境界型などの知的障害は治療可能じゃから生産性モデルも綺麗なピラミッド型じゃ。犯罪を犯さぬ限り、そのような処置を受ける事はないのだがな」

 

 

 村上征樹による修正:

 障害支援と犯罪者処遇を同じ生産性軸で扱うことは禁止。

 医療調整は本人の生活改善と社会参加支援を目的とする。

 障害・知的機能・発達特性・貧困・失業のみを理由とする刑罰的処置は禁止。

 犯罪処遇は司法手続きに限定。

 外部表現は「支援」「治療」「社会参加」「就労支援」を使用。

 「低生産性個体」「綺麗なピラミッド」「素材化」「下級労働用固定調製」は外部使用禁止。

 村上確認済。

 

 

 アプトムは内部記録を見て、呆れたように言った。

 

「博士の一言、村上フィルター通すと別物だな」

 

 村上は疲れた目で答えた。

 

「別物にしないと出せません」

 

 バルカスは、まだ納得していない顔だった。

 

「儂は、犯罪を犯しておらぬ者を処理せよとは言っておらんぞ」

 

「分かっています」

 

 村上は言った。

 

「ですが、“生産性が低い者は治療してピラミッドを整える”という言い方をすると、本人のための医療ではなく、国家のための再配置に見えるんです」

 

 バルカスは首を傾げた。

 

「国家のためでもあるじゃろう」

 

「そうです」

 

 村上は否定しなかった。

 

「でも、それだけにしてはいけないんです」

 

 アルカンフェルは、静かに言った。

 

「人間は、効率だけでは統治できぬか」

 

 村上は答えた。

 

「効率だけで統治すると、人間が自分もいつか処理される側だと思い始めます」

 

 会議室が静まった。

 

 ヴァルキュリアが最後に記録する。

 

 

 結論:

 犯罪者処遇と医療・福祉支援は制度上明確に分離。

 クロノス調整医療により能力底上げは可能だが、目的は本人の生活改善と社会参加であると外部説明する。

 生産性のみを根拠とする処分分類は禁止。

 村上確認済。

 

 

 アプトムが呟いた。

 

「また世界が燃えずに済んだな」

 

 村上は椅子に沈み込んだ。

 

「燃えずに済んだだけです」

 

 クロノスには、人間の能力を底上げする技術がある。

 

 境界型知的障害も、発達上の困難も、脳機能の弱さも、ある程度は調整できる。

 

 それは救いになり得る。

 

 同時に、国家が人間を“使える形”へ整える技術でもある。

 

 だから、同じ調整槽を使っていても、手術と処罰は分けなければならない。

 

 支援と選別を分けなければならない。

 

 社会参加と資源化を分けなければならない。

 

 その境界線に、今日も赤字で同じ印が押された。

 

 

 村上確認済。

 

 

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