/*/ クロノス日本支部 レリックスポイント最下層 生体研究区画 /*/
日本へ戻った私は、そのままレリックスポイント最下層へ降りた。
みなかみの遺跡宇宙船基地。
地上では、何事もない観光地の山々が広がっている。
だが、その地下深くには、降臨者の遺産が眠り、その上にクロノスの研究施設が築かれている。
最下層の生体研究区画。
そこに、小田桐研究主任と、その直属チームが集められていた。
研究員たちは緊張している。
当然だ。
クロノスの総帥が、事前通達もなく最下層へ降りてきたのだ。
しかも私は、彼らが何を隠しているか知っている。
プロフェッサー・山村。
村上征樹。
反クロノスの意志。
そして、この施設内に隠された不要調整槽。
小田桐は白衣のまま、こちらを見ていた。
恐怖はある。
だが、それ以上に覚悟がある。
隠し事をしている顔だ。
そして、それを暴かれた時に逃げるのではなく、何を守るか決めている顔でもある。
「小田桐研究主任」
「……はい」
「プロフェッサー・ヤマムラの意思を継いでいるのは知っている」
研究区画の空気が、凍った。
誰かが息を呑む。
小田桐は動かなかった。
だが、目だけがわずかに鋭くなる。
「何のことでしょうか」
「その返答は不要だ。ここで嘘を積んでも時間の無駄になる」
私は室内を見渡した。
研究員たちの表情が硬い。
何人かは視線を逸らした。
何人かは、こちらを睨み返した。
悪くない。
クロノスの研究者としては問題がある。
だが、人間としては悪くない。
「君たちがクロノスを信用していないことも知っている。世界征服を企て、人間を調製し、獣化兵を作り、各国中枢へ根を張る組織だ。疑うなという方が無理だ」
小田桐が沈黙する。
私は続けた。
「だが、君たちは知らない。クロノスが世界征服をした先に、何をしようとしているかを」
「世界征服の先、ですか」
「ああ」
「支配ではないと?」
「支配だ」
私は即答した。
小田桐の眉が動く。
「綺麗な言葉で飾る気はない。クロノスは世界を支配する。人類社会を統一し、獣化兵技術を管理し、各国政府を従属させる。そこは変えない」
「ならば、我々があなたに従う理由はありません」
「それを決めるのは、話を聞いた後にしろ」
私は管制卓へ歩いた。
バルカスが事前に用意していた記録媒体を差し込む。
画面が開く。
映し出されるのは、みなかみの遺跡宇宙船から取得した断片情報。
ウラヌス。
降臨者。
地球生物兵器計画。
ゾアロード。
獣化兵。
そして、地球外に存在する複数の生体兵器体系。
全情報ではない。
ユニットやリムーバー、ギガンティックの詳細は伏せてある。
だが、小田桐たちが判断するには十分な量を出した。
「これは……」
小田桐の声が低くなる。
「降臨者の記録だ」
「本物だと?」
「疑うなら調べろ。君たちは研究者だ。私の言葉より、データの方を信じるだろう」
研究員の一人が、震える手で端末へ近づく。
小田桐は止めなかった。
端末に表示される構造式、星図、生体兵器の設計概念、ウラヌスが地球を実験場として扱った記録。
研究区画の空気が変わっていく。
恐怖ではない。
研究者が、自分の知る世界の外側を突きつけられた時の沈黙だ。
「クロノスは世界を征服する」
私は言った。
「だが、それは私の玉座を作るためだけではない。人類を、降臨者の遺産と、その先にあるものに対抗できる形へ組み替えるためだ」
小田桐がこちらを見る。
「そのためなら、人間を調製してよいと?」
「元々調整されるのが前提の生物だ」
「では」
「それが必要なのだ」
私は小田桐の目を見返した。
「私は善人ではない。君たちに善人として信じろとも言わない。クロノスは悪の組織だ。そこを否定する気もない」
まあ、否定したところで無理がある。
人体実験。
獣化兵。
各国への浸透。
世界征服。
どう見ても悪の組織である。
だが、悪の組織にも使い道はある。
「だが、悪の組織だからこそできることもある。国家間の調整を待たず、世論に縛られず、軍と産業と研究を一つの指揮系統へ置ける」
「それを認めろと?」
「認めなくていい」
小田桐が黙る。
「私が言っているのは、私に従うかどうかを、情報を見た上で決めろということだ」
私は端末を指した。
「プロフェッサー・ヤマムラは、限られた情報の中でクロノスを悪と断じた。その判断を私は責めない。あの時点でヤマムラに見えていたクロノスは、実際に悪だった」
「今も悪でしょう」
「そうだ」
小田桐の返しに、私は頷いた。
「今も悪だ。だが、ただの悪ではない。必要悪ですらない。もっと面倒なものだ」
「面倒なもの?」
「地球生命を守るために、現生人類を支配しようとしている悪だ」
小田桐は、嫌そうな顔をした。
正しい反応だ。
我ながらひどい言い方である。
「そのような理屈で、人間の自由を奪うと」
「奪う」
「あなたは、それを恥じないのですか」
その問いに、私はしばらく答えなかった。
小田桐は私を見ている。
研究員たちも同じだ。
ここで、人間らしく苦悩を見せれば、彼らには少しは通じるのかもしれない。
だが、それは違う。
私は現生人類ではない。
気づけばアルカンフェルだった中身がどうあれ、この身体と、この役割は人間のものではない。
私は人間社会の倫理で裁かれる存在ではあるかもしれないが、人間社会の倫理だけで動く存在ではない。
「恥じる必要があるのは君たちだ」
研究区画の空気が、さらに冷えた。
小田桐の目が鋭くなる。
「我々が、ですか」
「ああ」
私は静かに言った。
「私は現生人類とは違う。私は三十万年前にウラヌスに作られた地球生物の指揮個体。いわば、地球生命の責任者だ」
誰も声を発しなかった。
画面には、降臨者の記録が映っている。
そこに記された地球生物兵器計画。
その頂点に置かれた指揮個体。
私。
アルカンフェル。
「君たち現生人類は、私にとって守るべき対象であると同時に、地球生命の一枝に過ぎない」
「一枝……」
「そうだ。人間だけが地球生命ではない。獣化兵も、人間も、動物も、植物も、微生物も、この星で生まれたすべての生命が、私の責任の範囲にある」
私は小田桐を見る。
「君たちは、人間の倫理で私を責める。それは構わない。君たちは人間だからだ。だが私は、人間の自由よりも前に、地球生命全体の存続を考えなければならない」
「それが、世界征服の正当化ですか」
「正当化ではない。役割だ」
私は答えた。
「私には地球生命を守る義務がある」
そこで、言葉がわずかに止まった。
自分でも思った以上に、その先が重かった。
ウラヌス。
創造主。
私を作り、私を否定し、地球を廃棄しようとした者たち。
それでも、私は彼らの作った指揮個体だ。
彼らが地球を不要と断じても。
彼らが地球生命を失敗作と見なしても。
私の中に刻まれた役割は、消えない。
「……たとえ」
声が低くなる。
「それが……ウラヌスに否定されたものでもだ」
小田桐は何も言わなかった。
研究員たちも黙っていた。
さっきまでの反発とは違う沈黙だった。
理解ではない。
納得でもない。
ただ、彼らは初めて、私が人間の王ではないことを見た。
クロノスの総帥。
悪の組織の支配者。
それだけではない。
三十万年前に作られた、地球生命の指揮個体。
現生人類の倫理の外側から、人類を含む地球生命を守ろうとする怪物。
その異質さを、ようやく見たのだ。
「君たちが恥じるべきなのは、自分たちだけを人類と呼び、自分たちだけの倫理で世界を測り、自分たちの自由だけを地球の価値だと思い込むことだ」
私は言った。
「人間の自由は尊い。だが、地球生命の存続より上ではない」
「……あなたは、本当に人間ではないのですね」
小田桐が呟いた。
「そうだ」
私は頷いた。
「だからこそ、君たち人間の目が要る」
小田桐が、わずかに眉を動かした。
「我々の目が?」
「ああ。私は人間ではない。人間の倫理で動かない。ならば、人間の倫理で私を疑う者が必要になる」
研究員たちが顔を見合わせる。
「私は地球生命を守るために人類を支配する。君たちは、人間としてそれを疑え。必要なら止める準備をしろ。ただし、情報を見ずに断じるな。調べろ。確かめろ。その上で選べ」
小田桐はしばらく沈黙した。
やがて、低い声で問う。
「そのために、我々に情報を開示したと」
「そうだ」
「我々を支配するためではなく?」
「支配するだけなら、調整し、思念波を使えば済む」
私は言った。
「だが、それでは意味がない。思考しない研究者など、調整槽の部品と変わらん」
小田桐の表情がわずかに険しくなる。
「言い方が酷いですね」
「事実だ」
「あなたは本当に、人類を守るつもりなのですか」
「人類だけではない」
私は答えた。
「地球生命を守る。その中に、現生人類も含まれる」
小田桐は、ゆっくりと息を吐いた。
まだ納得していない。
当然だ。
納得されても困る。
この場で頷いて忠誠を誓うような男なら、私はここまで情報を開示しない。
「では、我々が思念波による支配を拒むと言ったら?」
「ロストナンバーズへの調整を許可する」
今度こそ、研究員たちの顔色が変わった。
小田桐の目が鋭くなる。
「ロストナンバーズへの調整を、許可する?」
「ああ」
「それは、我々を廃棄規格へ落とすという意味ですか」
「違う。私の思念波支配から外れたい者に、外れる手段を与えるという意味だ」
私は端末の表示を切り替えた。
ロストナンバーズ・コマンド。
調整不安定個体。
指揮波への反応低下個体。
規格外適応型。
命令系統への完全適合を意図的に外した調整案。
危険。
不安定。
制御困難。
だからこそ、使える。
「ゾアロードの思念波支配を受け入れられないなら、完全な獣化兵規格へ入る必要はない。ロストナンバーズ化し、命令波への感受性を落とす道もある」
「そんなものを、あなたが許すのですか」
「許す」
「なぜ」
「支配されて従う研究者より、疑いながら働く研究者の方が役に立つ場合がある」
小田桐は答えなかった。
私はさらに言った。
「それに、君たちは隠し事をする。だからこそ使える」
研究員たちの視線が揺れた。
「この研究施設に、不要な調整槽を隠し持っているのは知っている」
完全な沈黙。
空気が重くなる。
何人かが、反射的に特定の壁面を見た。
ああ、そこか。
分かりやすすぎる。
私は内心で少しだけ呆れた。
「責めているのではない」
私は言った。
「隠し通せると思っていたなら、少し甘いとは思うが」
小田桐が唇を噛んだ。
「では、なぜ今まで放置を」
「今まで使う必要がなかったからだ。今は違う」
「我々に、その調整槽を使えと?」
「選択肢として認める。強制はしない」
「信じろと?」
「信じなくていい。契約にしろ。記録に残せ。バルカスにもシンにも開示させる。必要なら、私の言葉を映像記録として残してよい」
小田桐は、初めて明確に驚いた顔をした。
「総帥の発言を、記録に?」
「ああ」
「反クロノスの証拠になります」
「なるだろうな」
「それでも?」
「今さら、私が悪の組織の総帥である証拠が一つ増えたところで困らん」
何人かの研究員が、困惑したように顔を見合わせた。
そういう反応になるのは分かる。
普通、総帥はこんなことを言わない。
だが、こちらは原作知識持ちのオタクである。
フラグ管理のためなら、多少妙な手も打つ。
「君たちに求めるのは三つだ」
私は指を一本立てた。
「一つ。開示した情報を検証しろ。私の言葉ではなく、データを見ろ」
二本目。
「二つ。クロノスの世界征服を止めることが、本当に地球生命を救うのか考えろ」
三本目。
「三つ。私に従うなら、盲従ではなく、疑いながら従え。おかしいと思えば記録を残せ。止めるべきだと思えば、止める準備をしろ」
小田桐が、静かに息を呑んだ。
「あなたは、我々に反乱の準備を許すのですか」
「許すとは言っていない」
「では」
「止められるものなら止めてみろ、という話だ」
私は少しだけ笑った。
「無能な反乱は困る。だが、有能な反乱の準備がある組織は腐りにくい。少なくとも、ギュオーめのような奴が好き勝手する時には役に立つ」
小田桐の眉が動いた。
「ギュオーを信用していないのですか」
「しているように見えるか?」
「……見えません」
「なら、それでいい」
私は端末に追加データを送った。
ロストナンバーズ調整案。
命令波感受性を落とす代償。
獣化安定性の低下。
寿命リスク。
神経系への負担。
調整失敗時の死亡率。
そして、それでも思念波支配を避けるための手順。
「綺麗な道ではない」
私は言った。
「ロストナンバーズ化すれば、獣化兵としての安定性は落ちる。支配を逃れる代わりに、肉体も精神も不安定になる可能性がある。死ぬ者も出る」
「それでも選べと?」
「選ばせる」
小田桐が目を閉じた。
「残酷ですね」
「そうだな」
「あなたは本当に、地球生命を守るつもりなのですね」
「ああ」
「現生人類を支配してでも?」
「支配してでも」
「人間を怪物にしてでも?」
「必要なら」
「我々があなたを憎んでも?」
「構わない」
小田桐は、ゆっくりと目を開いた。
「では、我々があなたに従うとして」
「ああ」
「条件があります」
来た。
私は内心で少し安心した。
条件を出すということは、完全拒絶ではない。
「言え」
「我々のチームに対して、ギュオーおよびその直属部隊の介入を禁じてください」
「認める」
「バルカス博士以外の調整主任による強制監査を拒否する権限をください」
「内容次第だが、基本的には認める」
「ロストナンバーズ調整を希望する者に、事前説明と撤回期間をください」
「認める」
「最後に」
小田桐は、まっすぐに私を見た。
「我々があなたの計画を検証し、あなたが地球生命を守る者ではなく、ただの支配者であると判断した時、我々はあなたに反逆します」
研究員たちが青ざめた。
だが、小田桐は引かなかった。
私は、その顔を見て少し笑った。
「いいだろう」
「よろしいのですか」
「よい」
私は頷いた。
「ただし、やるなら本気でやれ。半端な反逆は面倒なだけだ」
小田桐は一瞬、言葉に詰まった。
私は踵を返す。
「データの検証期間を与える。必要なものはバルカスを通せ。隠し調整槽は正式設備として登録し直せ。ただし、勝手に人員を調製するな。希望者、同意書、記録、すべて残せ」
「……承知しました」
「それと」
私は振り返った。
「小田桐」
「はい」
「プロフェッサー・ヤマムラの意思を継いでいるなら、彼の失敗も継ぐな」
小田桐の顔がわずかに強張る。
「限られた情報だけで、すべてを断じるな。疑え。調べろ。確かめろ。それでも私を悪と断じるなら、その時は好きにしろ」
「……覚えておきます」
「そうしろ」
私は研究区画を後にした。
背後で、小田桐たちが端末へ群がる気配がする。
恐怖。
疑念。
研究者としての興奮。
反抗心。
どれも消えていない。
それでいい。
思念波で頭を押さえつければ、もっと楽に従わせられる。
だが、それでは意味がない。
私は従順な研究奴隷が欲しいわけではない。
疑いながらでも、考える者が欲しい。
ギュオーめやカブラールの横槍に対抗できる、施設内の独立した目が欲しい。
そして何より、原作イベントを潰すには、こういう面倒な連中を先に拾っておく必要がある。
廊下へ出ると、待機していたシンが静かに頭を下げた。
「よろしかったのですか、閣下」
「何がだ」
「反逆を示唆する発言まで許されたように見えました」
「見えたなら、その通りだ」
「危険では」
「危険だ」
私は即答した。
「だが、ギュオーめが勝手に動くよりはマシだ」
シンは一拍置いて、静かに頷いた。
「小田桐主任らは、監視対象に?」
「監視はする。ただし、潰すな。考えさせろ」
「御意」
「それと、バルカスに伝えろ」
「はい」
「この件で徹夜するな、と」
シンが、珍しくわずかに目を伏せた。
「……それは、難しいかと」
「知っている」
私はため息を吐いた。
「だからお前からも言え。翁は私が言っても聞かん時がある」
「承知しました」
まったく。
世界征服も大変だが、身内の健康管理も大変だ。
私は最下層の廊下を歩きながら、そう思った。