/*/ クラウド・ゲート統治局会議 /*/
性犯罪者への即日審理制度をめぐる議論は、まだ続いていた。
人権団体は抗議を続けている。
女性団体は支持を強めている。
法曹界は証拠基準と手続き保障をめぐって割れている。
ネットは、いつものように燃えていた。
だが、クロノス中枢の空気は違っていた。
そこにあるのは、怒りではない。
恐怖でもない。
分類だった。
アルカンフェルは、世論分析資料を読み終え、静かに言った。
「そもそも、私にとっては全人類が調整されている状態が自然な状態なのだがな」
会議室が、少しだけ止まった。
アプトムが、呆れたように笑う。
「最初の人間は言う事が違う」
村上征樹も、苦笑を隠せなかった。
「総帥にとっては、未調整者の方が例外なんですね」
「そうだ」
アルカンフェルは当然のように答えた。
「人類は、造物主によって作られた。私は、その最初期の調整体だ。人間が後から“自然な身体”と呼んでいるものは、私から見れば、管理も補正も不十分な状態に近い」
バルカスが、興味深そうに頷いた。
「フォッフォッフォ。閣下にとっては、調整とは改造ではなく、完成度を整える作業というわけですな」
「そうだ」
アルカンフェルは言った。
「力を与えるなら、制御も与える。衝動があるなら、抑制も刻む。群れで生きるなら、最低限の秩序に従うよう作る。それが当然だ」
アプトムが肩をすくめる。
「人権団体が聞いたら卒倒するぞ」
「聞かせるな」
ヴァルキュリアが即座に言った。
「本発言は内部記録区分。外部公開不可」
「もう遅いくらいだな」
アプトムが笑った。
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アルカンフェルは、特別重大性犯罪の資料へ視線を戻した。
そこには、加害者の記録が並んでいる。
再犯歴。
被害者数。
暴行内容。
逃亡経路。
旧司法での量刑。
出所後の再犯。
被害者の後遺症。
アルカンフェルは、その一つ一つを人間的な感傷ではなく、統治上の欠陥として見ていた。
「軍団で問題を起こす個体は、不良品だろう」
淡々とした声だった。
アプトムが、思わず頷いた。
「そりゃそうだ」
村上は、少し顔をしかめた。
「人間を不良品と呼ぶのは、かなり危険な表現です」
「では、社会不適合個体か」
「それも相当危ないです」
ヴァルキュリアが補足する。
「外部向けには、“再犯性が高く、重大な侵害行為を繰り返す者”と表現すべきです」
「長い」
「必要です」
アルカンフェルは、特に不満そうでもなく頷いた。
「ならば、そう書け」
アプトムが笑う。
「総帥の頭の中では“不良品”なのに、外には“重大侵害行為者”って出すわけか」
「統治です」
ヴァルキュリアが答える。
「便利すぎるだろ、その言葉」
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バルカスは、資料を指で弾いた。
「実際、獣化兵ならこの種の犯罪は起こしにくい。順法意識、命令服従、暴力衝動の制動、民間人への攻撃忌避。それらを刻んでおるからの」
「博士、その話は」
「トップシークレットじゃろう。分かっておる」
ヴァルキュリアの視線が鋭くなる前に、バルカスは笑って手を振った。
村上はため息をつく。
「つまり、総帥や博士から見ると、未調整者の方がむしろ不安定な存在に見えるわけですね」
「当然じゃ」
バルカスは言った。
「力も弱い。感情制御も個体差が大きい。群れの秩序を学習と罰だけで維持しておる。しかも、その学習と罰も旧時代は甘かった。そりゃ問題個体も出る」
アプトムが茶化す。
「人間社会を製品管理みたいに見るなよ」
バルカスは、きょとんとした顔をした。
「違うのか?」
「違うって言いたいが、クロノスだと違わねぇんだよな……」
村上が静かに言った。
「だからこそ、言葉の扱いには注意が必要です。総帥や博士にとっては当然でも、一般市民にとっては、自分たちが選別・評価・廃棄される存在だと感じる」
アルカンフェルは村上を見た。
「事実と違うか」
「違わないから問題なんです」
その答えに、アプトムが吹き出した。
「村上、お前もだいぶクロノスに染まったな」
「染まりたくはありませんが、事実認識としてはそうです」
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アルカンフェルは、しばらく黙っていた。
彼にとって、人類とは作られたものだった。
自然発生した聖なる存在ではない。
造物主が戦闘兵器として設計し、失敗作として捨てようとし、なお生き残った生命。
その末裔が、自分たちを自然な人間と呼び、調整を不自然と呼ぶ。
その感覚そのものが、彼には奇妙だった。
「人間は、自分が作られた存在であることを忘れたがる」
アルカンフェルは言った。
室内が静まる。
「忘れたからこそ、自由でいられた面もあります」
村上が答えた。
「作られたからといって、作り手のものではない。そう考えることが、人間には必要だった」
「だが、力を持てば制御が必要だ」
「それも事実です」
村上は頷いた。
「問題は、その制御をどこまで本人に知らせるかです」
ヴァルキュリアが記録する。
「獣化兵調整における順法性・命令服従性の内部設計については、現時点では非公開。公開時には、安全装置、社会的責任、暴走防止、被害者保護の観点から説明する必要があります」
アプトムが言う。
「それで納得するか?」
「しないでしょう」
村上が答える。
「でも、説明しないよりはましです」
アルカンフェルは、短く言った。
「いずれ説明しろ」
「今ではなく?」
「今ではない」
彼は、画面の中の裁判所前を見た。
人権団体と女性団体が、まだ向かい合っている。
片方は国家の処刑を恐れている。
片方は性犯罪者が戻ってくることを恐れている。
どちらも、人間の恐怖だった。
「今は、弱い者を襲う個体を除け」
アルカンフェルは言った。
「その言葉も外部向けには修正します」
ヴァルキュリアが即座に答える。
「好きにしろ」
アプトムが笑った。
「総帥、本当に広報向いてねぇな」
「広報はお前たちの仕事だ」
アルカンフェルは、まったく悪びれずに言った。
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その日の議事録には、公式文言としては穏当な表現だけが残された。
特別重大性犯罪については、再犯性、加害態様、証拠明白性、被害者保護を重視し、迅速審理を継続。
調整者の安全性については、身元審査、教育、定期監査により担保されると外部説明。
調整工程における順法性・命令服従性の内部処置については、非公開継続。
将来的公開に備え、説明方針を準備。
だが、内部補足欄には、ヴァルキュリアが一文だけ残した。
総帥認識:全人類が調整されている状態こそ、本来的には自然。未調整状態は、制御不完全な状態として認識される。
村上は、それを読んで苦笑した。
「これ、後世の歴史家が見たら頭を抱えますよ」
アプトムが笑う。
「もう抱えてるだろ。クロノス統治なんて、最初から頭抱えることばっかりだ」
バルカスは楽しげに言った。
「フォッフォッフォ。だが、事実じゃ。最初の人間たる閣下から見れば、調整とは堕落ではなく、本来の人類の形への回帰なのじゃからな」
アルカンフェルは、何も言わなかった。
ただ、地球の映像を見ていた。
作られたものたちの星。
捨てられたものたちの星。
未調整のまま自由を語る者たちと、調整されて安全を得る者たちが、同じ地上で争っている。
その矛盾ごと、彼は統治しなければならなかった。
人間は、不完全だ。
だが、その不完全さでここまで生き延びた。
ならば、すべてを直すことはできない。
ただ、群れを壊す本能だけは、残さない。
それが、アルカンフェルの線引きだった。