月明かりさえ届かない、鬱蒼とした漆黒の森。
その静寂の奥深くで、一人の青年は、闇に溶け込む「二つの影」と対峙していた。
全身が鈍い銀色の皮膚に覆われ、背丈は低い。夜の暗闇がその輪郭を曖昧にぼかしているが、ただ、顔の中央で不自然なほど「くりり」と丸く見開かれた両眼だけが、妖しく光っている。
一見すると無垢な少年のようでもあり、あるいはドワーフの小人が騎士の真似事をして夜道を徘徊しているかのような、歪で禍々しい気配だった。
二つの銀色の影は、永い旅路に疲れ果てたかのようにフラフラと青年へと距離を詰めていく。青年はその場から微動だにせず、ただ真顔で、彼らの不規則な足取りをじっと見守っていた。
やがて、影の内の一つが、ひび割れた声でゆっくりと口を開く。
「……持っているものを、置いていけ」
狙いは、青年の掌に握られた「それ」だった。
まるで遥か異国の古代遺跡から発掘された、未知の出土品――怪しい輝きを放つ、呪わしい金属の腕輪。
拒絶の沈黙を肯定と捉えたか、次の瞬間、二つの影が飢えた獣のように青年へと跳躍した。
だが、青年は動じない。
迫り来る銀色の肉体を、彼は両手で迷いなくガチリと鷲掴みにした。
――直後、森の空気が爆ぜる。
人類の限界を遥かに超越した剛力。青年は捕らえた影を、まるで路傍の小石でも放るかのように、一本ずつ、暗闇の彼方へと容赦なく投げ飛ばした。
圧倒的な質量が木々をなとなぎ倒し、凄まじい風切り音を残して、二つの異形は夜の深淵へと文字通り消し飛ばされた。
静寂を取り戻した森のなか、青年は手元の腕輪をじっと見つめ、それを自らの腕へと深く、厳かに装着した。
ガチリ、と不吉な金属音が闇に響き渡る――。
瀾海(らんかい)高校の正門前。
(今日から高校生活再始動……。今まで転校ばかりで友達ができなかったけれど、目指すは友達100人!)
途中からクラスの一員になるのだ。すでにできているグループに入るのは難しい。だからこそ、このくらいの意気込みが必要だった。
境 渚(サカイ ナギサ)は、誰もいない静かな廊下を歩いていく。すでに1時間目の授業は始まっており、教師の低くこもった声が響いていた。
短く息を吐き、緊張で強張った顔を完璧な笑顔に仕立て直して、2年1組の教室のドアを開ける。
「おっ、おはよう!……よし、ちょうどいいタイミングだ。ほら、自己紹介!」
恰幅のいい担任教師が、教壇の上を指差した。
「境 渚です。よろしくお願いします!」
家の鏡の前で何度も練習した通りの、満面の笑み。出だしは順調だ。
「よろしくー!」
教室中から温かい拍手が巻き起こる。クラスの雰囲気は想像以上に明るく、何人もの生徒が笑顔で手を振り返してくれた。
「境、すまないな。急な転入だったもんで、まだ正式な席が用意できてないんだ。とりあえず今日は、一番後ろの空いてる席に座ってくれ」
先生がその場所を指さした瞬間。
――ピタリと、教室の空気が凍りついた。
「おい、あそこって……」「奴の席だろ」「つい忘れていた……」
さっきまでの温かさが嘘のように、クラスメートたちが顔を見合わせ、怯えるような声を漏らし始める。