張り詰めた沈黙を破り、担任の教師が、引きつった声を絞り出した。
「あ……神楽坂……。彼女は今日、転入してきたんだ。いや、まさかお前が今日帰ってくると思わなかったから……その、机を一時的に借りていたんだ」
担任の額を、冷や汗がだらだらと伝い落ちる。神楽坂という男が、この学校においてどれほど「腫れ物」として扱われているかが如実に伝わってきた。
神楽坂は私に向けられた人差し指をゆっくりと下ろし、感情の読めない真顔のまま口を開いた。
「何……転校生か。それならそうと、さっさと言えよ。俺はてっきり、面剥(オモハギ)だと……。チッ、いや、なんでもねえ」
その口から漏れ出た、聞き慣れない未知の単語。
「あ、その……っ」
私は必死にあわてふためく少女を演じながら、脳内を激しい疑問が駆け巡っていた。
(――オモハギ……!? オモハギって何? 流行りの悪口か何か……?)
その言葉に宿る、生理的な気味悪さに背筋が凍る。しかし、それ以上に今の状況を脱するのが先決だった。
「席……!」
私はそう短く告げると、神楽坂を刺激しないよう細心の注意を払いながら、腰掛けていた椅子から滑り出るようにして、その席を退こうとした。
「あ?座ってろ。」
神楽坂の低い声がそれを制した。
彼は立ち上がろうとした私の身体を拒むように、そのまま、私が座っている椅子の『真横』へと腰を下ろしたのだ。
――つまり、一つの椅子を、二人で共有する。
肩と肩が触れ合うほどの、異常な至近距離。
彼は他者との肉体的な距離感を掴むことが致命的に苦手なのか、あるいは、あえてこの場の空気を完全に無視して、私の出方を伺うような大胆な行動に出ているのか。
密着した彼の身体から、先ほどの『腕輪』の冷たい気配が伝わってくる。
私は恐怖のあまり呼吸を止めながら、この男はもしかして、普通の人間が関わってはならない類の『ヤンキー』……あるいは、それ以上の怪物なのかもしれないと、本能で察知していた。
張り詰めた沈黙のなか、私は意を決して、隣の怪物に声を絞り出した。
「……私は、境 渚です。よろしくお願いします」
ほんの少しでも、人間としての繋がりを持ちたかった。だが、神楽坂は感情の消え失せた真顔のまま、低く呟いただけだった。
「そうかい」
会話はそこで完全に途絶えた。
壇上では担任教師がドッジボール大会のルール説明を始めていたが、私の耳にはいまいち入ってこなかった。
隣に座る神楽坂の底知れない心理と、教室内をじっとりと満たす重苦しい圧迫感が気になり、脳がそれ以上の情報の受け入れを拒否していたのだ。