今回の大会は、3組との合同開催。クラスメイトたちの間で「3組はヤンキーが多い」と怯えるようなざわめきが広がり始める。
私はそのざわめきと、隣の男から放たれる異質な気配から逃れるように、席を立った。
体育着への着替えを素早く済ませると、誰よりも早く校庭へと向かう。この気まずい空間から一刻も早く離れたかった。
階段を急ぎ足で駆け下り、昇降口の下駄箱へと滑り込む。上履きを脱ぎ捨て、外履きの靴に素早く足を通した。
目の前には、眩い太陽の光が広がる校庭への出口。
安堵の息を漏らし、その光の中へと一歩を踏み出した、その瞬間だった。
――ドォンッ!!!
鼓膜を激しく震わせる重低音とともに、私の目の前に「肉塊」が文字通り降ってきた。
凄まじい衝撃波が地表を走り、砂埃が舞い上がる。たまたま近くにいた8組のヤンキーらしき男たちが、その波動に気圧され、情けない悲鳴をあげながら無様に尻餅をついた。
――神楽坂だった。
彼は2階の窓から直に飛び降り、私の目の前へと着地したのだ。
常人であれば両足の骨が粉砕されてしかるべき高さを、彼は完全に無傷で、寸分の乱れもない美しいフォームのまま、足の裏だけで受け止めてみせた。
立ち込める砂埃の向こうから、神楽坂の鋭い眼光が私を捉える。
彼はゆっくりと腰を上げ、何事もなかったかのような真顔で、凍りつく私へと口を開いた。
「よう、境。また会ったな……」
私の目の前に着地した神楽坂の装束は、あまりにも異様で、滑稽ですらあった。
周囲の生徒たちが全員体育着に身を包むなか、彼は着替えることすらせず、黒い学ランをそのまま纏っている。さらにその頭上には、あろうことか小学生が被るような、古びた赤白帽子が載せられていた。あまりの不調和。
だが、先ほどの恐るべき着地を目撃した私には、それが世界の理をあざ笑う反逆者のように思えてならなかった。
「……おい」
地面から這い上がった3組のヤンキー――西野が、屈辱に顔を歪ませながら神楽坂を睨みつける。
「もう少しでぶつかるところだったろ……。タダで済むと思うなよ、許さねえぞ」
鋭い殺気を放つ西野に対し、神楽坂は眉ひとつ動かさない。無言のまま、懐から一通の白い封筒を取り出すと、西野の顔面に容赦なくそれを押し付けた。
「……あ? なんだこれ」
ずっしりとした手応えに、西野の目がギラリと光る。
(――口止め料か?)
西野はそれを、自らの暴力を引き下がらせるための「金」だと確信した。
神楽坂はその隙に、あたふたする私の細い手首をガチリと掴んだ。その剛力に抗う術もなく、私は引きずられるようにして、間もなく試合が始まる校庭の喧騒の中心へと引っ張っていかれた。
残された昇降口の前で、西野の仲間が下卑た笑みを浮かべて群がる。
「おい西野、いくら入ってるか見せてみろよ」
フンと鼻を鳴らし、西野が封筒を乱暴に破り開く。中から出てきたのは、分厚い紙幣の束――ではなかった。
――ただの一枚の、写真。
そこには、うぶ毛に包まれた、愛くるしい子犬の姿が鮮明に写し出されていた。
「なっ……」
西野の思考が、完全に停止する。
張り詰めていた彼の殺意の底から、本人すら忘れていた純粋な感情が、不意に引きずり出された。
(……っ、なんだこれ。めちゃくちゃ嬉しい。可愛いじゃねえか……)
魂の根底にある幼児性を一瞬で暴かれた西野は、しかし、すぐに強烈な屈辱感へと引き戻された。神楽坂は、自分を恐怖させるどころか、徹底的に舐め腐り、精神を弄んできたのだ。
「あの野郎……絶対にぶっ殺す」
写真をポケットにねじ込み、西野はギラついた目で校庭の神楽坂を睨み据えた。このドッジボール大会という合法的な戦場で、あの怪異を必ず血祭りにあげてやる
――その怒りだけが、彼のプライドを辛うじて繋ぎ止めていた。