チート美少女転生しても、対して変化のなかった転生者の憂鬱 作:不動明王
ある日目が覚めたら、そこには一人の少女がいた。
自分だ、と認識するまでに結構な時間を要したことを覚えている。
美しい白の髪と、白い髪よりも透き通って見える白磁の肌。
昨日までの自分とは似ても似つかない容姿。
姿見に映る相手を自分だと思おうにも、アパートの一室で眠りについたはずなのに、貴族の豪邸としか思えない部屋で目覚めた困惑も相まって上手く思考が働かない。
ただ、一つだけ。
――ああ、変わってしまったのだ、と私は思った。
昔から、変化を好まない性格だった。
叶うことなら、昨日と同じ明日を送りたい。
そんな願いを抱えながら生きてきた。
まさかそんな自分が、転生だなんてファンタジーな事実に遭遇するとは思っても見なかったことである。
まぁ、普通そんなこと想定している人間はいないだろう。
であれば、このあまりに大きすぎる変化は私を絶望させるには十分だったのか、といえば――
実をいうと、そうでもない。
そもそも変化を好まないと言っても、人は変化し続ける生き物だ。
どうしたって、何も変化せずに生き続けることは難しい。
だからこそ私が大事にしているのは、自分のペースを守ること。
たとえ異世界に転生してしまったとしても、自分らしく生きるのが私の好む変化しない生活であった。
そうして始まった異世界での生活。
しかしどういうわけだろう、周囲の私に対する評価の高さが、想定を超えている。
確かに容姿は恵まれているし、才能もある。
だけど、そんな内面まで評価されるほど私は立派な人間ではないと思うのだけど。
私はただ、マイペースに、自分の足で歩いて生きていきたいというだけで。
別に、そんな評価なんてほしいと思ったことは……ないんだけどな――
■
店番という仕事は、実に私向きの仕事である。
やるべきことは商品の陳列と接客。
前者に関しては決められた商品を決められた場所に並べるだけで済む。
後者は面倒なコミュニケーションを行う必要があり、自分のペースを乱されると思ってしまうかもしれない。
しかし客と店員のやり取りなんて、世間話に花を咲かせようと思わない限り基本的には定型だけで事足りる。
なので、店番は私が普段よく受ける依頼の一つだった。
「……ん、客か」
カランと店の扉の動きに連動してベルが鳴る。
品出しを行っていた私は、接客で業務が滞ることに若干アンニュイな感情を覚えた。
とはいえ、来てしまったものは仕方がない。
別に品出しはいつでもできるのだし、ある程度商品の棚を整えて、客の相手をするべくカウンターの方に向かった。
「……いらっしゃいませ」
別に接客に元気は必要ない。
いや、必要はあるんだろうけど、テンションを上げるのも色々大変だし。
なにより私の容姿は整っているので、多少愛想が悪くても向こうは気にしない。
変化しすぎで困惑しかないこの身体だが、ペースを守るために使うところは使っていく所存だ。
「ん……」
そこで、違和感。
客から返事はなかった。
ギョロギョロと店を観察する、チンピラっぽい男がそこにいる。
見たことない客だ。
というか、この街の住人でもなさそう。
あからさまに挙動不審で、これはなにかありそうだ……と即座に判断した。
――面倒だな。
内心、そうこぼすけど顔には出さない。
というかもともと表情があまり顔に出るタイプではないのだ。
そうして向こうの出方を見ていると、男があるものを取り出して叫ぶ。
「う、うごくんじゃねぇ!」
ナイフだ。
こいつ、強盗である。
いくら治安の悪いファンタジー世界とはいえ、白昼堂々と強盗とは豪胆なやつ。
いや、逆に臆病すぎるから、こういう無謀としか思えない行動に出るのか?
どっちにしろ、男の様子はどう見ても平静とは思えない。
あまり刺激して面倒を増やされても困る、私は小さくため息代わりに吐息をこぼしつつ、両手を上げて男に問いかけた。
「要件は?」
「か、金目の物を……出せ! ありったけ! か、隠すんじゃねぇぞ!」
でしょうね。
とは、返さないけど、まぁ概ね想定通り。
それにしても、よっぽど切羽詰まってて余裕がないんだな。
私の容姿に目が眩んだ気配がない。
まぁ、そのことを指摘したらちょっと冷静に鳴ってそっちに思考を回しそうだから口にはしないけど。
「……言っておくけど、あまりバカなことは考えないほうがいい。強盗は重罪だ」
「ああ!? 金目の物を出せっていってるんだよ!」
「後戻りができないって言ってる」
正直、この後の流れは目に見えている。
だからこれは、忠告であると同時に私なりの感傷でもあった。
「後戻りのできない変化は、失敗すれば後悔しか残らない。私はごめんだね、そんな変化」
「……う、うるさい」
「君がどうしてそんな変化を望んだのかは知らないし、興味もないが」
「うるさい!」
男が激昂する。
その瞬間を狙って、私はカウンターから飛び出した。
相手は反応する暇すらなかっただろう。
「がっ」
「――そういう変化は、短絡的に選択すると得てして不幸をもたらすものだ」
一撃。
顎に拳を叩き込んで意識を刈り取りながら、私は速やかにナイフを取り上げて男を制圧するのだった。
■
「ありがとねぇーリリちゃん!」
「いえ、別に。仕事だから」
それから、捕まえた男を兵士に突き出し、戻ってきたら店長が仕入れから帰ってきていた。
ふわふわしたピンク髪の美女店主。
私の古馴染みで、店番をしていた魔道具店を経営するフウカという女性だ。
見た目と名前からして、なんともふわふわした雰囲気ではあるが、経営者としても魔術師としても敏腕である。
「それにしても強盗かぁ、最近物騒になったねぇ」
「他所の街から流れてきたんだろう、確か近くの花街で抗争があって勢力図が変わったんだったか」
「さすが詳しいねぇ、リリちゃん」
「耳に入ってくるだけ、自分から調べたわけじゃない」
それにしても、面倒だな。
こっちまで末端が流れてくるということは、この街にも何かしら影響が出るかもしれないということ。
そうなれば、裏の連中も黙っていないだろう。
また、厄介事が私に舞い込んでくるかもしれない。
「そういえば一つ気になるんだけどぉ」
「なにか?」
「リリちゃんってどうしてそんなに、自分のペースを保っていられるの?」
「その質問、何度目だったかな」
「さぁー」
このやり取り、別にこれが初めてではない。
毎回、私が事件を動じずに対処してくると、聞いてくる。
そのたびに、私の答えは一定であるとわかっているはずなのに。
「変えたくないから、そうなるように生きているだけ」
「もう、相変わらずそればっかり。今日はもう少し踏み込んで聞きたいわ」
「……短絡的になりたくないだけだ」
今日は踏み込んできた。
フウカは人としては好ましい人物だが、きまぐれなきらいがある。
別に、踏み込んでも踏み込まなくても答えは一緒なのに。
「人は大きな変化に直面した時、冷静じゃいられなくなる。だったら、常に変化のない生活を心がけていれば、大きな変化も小さな変化で済むかもしれない。そして大きな変化が訪れた時、ペースを保っていたいのが私なんだ」
「うふふ」
「それだけだ。……なにかおかしいか?」
「いいえ、――すごいな、と思っただけよぉ」
そしてフウカは、そのたびによくわからない反応をする。
私はフウカが満足したと判断して、店の中に入っていく。
「あら、どうしたの?」
「――仕事をする。まだ就業時間内だし、それに品出しの途中だ」
「……あは。リリちゃんらしいわね。別に、面倒事を片付けてもらったのだし、今日は上がってゆっくりしてくれてもいいのだけど」
それこそ、時間を持て余すだけだ。
私は、そういう変化も好まない。
ため息交じりに店の中に入ると、私は業務を再開するのだった。
■
リリという冒険者がいる。
元は貴族だったという噂もあり、優秀で、そして何より優れた美貌を持つ人気の高い冒険者。
だが、何よりもその特徴は、常に自分のペースを崩さないこと。
変化を好まない、というのはごくごく一般的な、普通の人間の考えである。
怠惰で、そして楽観的とも言えるだろう。
――しかしそれも、リリほど徹底していれば話は別だ。
常に自分の考えに従って行動し、面倒が起きてもそれに素早く対処してまた自分のペースへと戻る。
そんな生き方を――転生して、姿形がかけ離れた今になってもなお、続けていた。
リリは変化を好まない性格だ。
決して今の現状を、肯定的に受け取っているわけではない。
しかしそれでも変わらず生きるその姿は――端から見ればどう映るか。
きっと、わかっていないのはリリ本人だけだろう。
これは、そんな不動にして変化のないリリと、そんなリリに関心を向ける者たちの物語。
あるいはどのような困難を前にしても、動じることのない異質な人間の物語。
転生しても動じない強キャラみたいな転生者が、強キャラムーブしながら悪をばったばったとなぎ倒したり日常を送ったりするお話。