慧音さんの書物を背中に背負った俺は、軽くストレッチをする。
苗穂で無理矢理を酷使していた時とは違って体は軽く、エンジンも快調、体の制御システムも問題なしだ。
「…北翔、本当について行かなくていいのか?」
妹紅さんにそう聞かれるが、俺は「大丈夫ですよ」と返す。
「さっき慧音さんに見せてもらった地図のデータは頭に入ってるって言ったじゃないですか。
心配はいらないですよ」
「だと良いんだけどよ…」
そう妹紅さんが返し、慧音さんが俺に話してくる。
「北翔、里にはお前だけじゃなく普通の人間も歩いている。
くれぐれも歩いている人間にはぶつかったりするなよ。
お前の速さはあまり知らないが、しっかり周囲は確認しながら走っていくように」
「了解です、慧音さん。
もちろん元から歩いている人たちの安全最優先で行くつもりなんで。
…すぐに戻ってきます」
俺はそう言いながら軽くジャンプする。
「…全走行システム、スタートアップ!」
俺がそう呟くと、俺の体からはエンジンの動く音とモーターが唸る音が鳴り始める。
「「え…?」」
…慧音さんと妹紅さんはその音にあっけにとられていた。
…まあ走那先輩に比べたら全然だし話は出来るくらいだけど、幻想郷じゃまず聞かない音だろうからな…。
俺の発した音を聞いた周辺の住民の人たちも何人か「なんだなんだ」と出始めてきた。
…届け屋をPRするにはちょうどいい。
「…それじゃ、行ってきます!」
その言葉と共に、土煙を上げながら俺は目的地へと駆け抜けていった。
◇ ◇ ◇
…走ると周囲の景色が着々と変わっていく。
今までのほぼ周囲の景色が変わらなかった苗穂の訓練線、それに比べたら景色が変わっていくだけでも走りがいがあるというものだ。
…速度は大体120キロ前後。安全面を考えて、俺の最速はこの町の中では出せないが、このスピードで十分だろう。
「…そろそろ、かな…」
駆け抜ける俺の視界には大きな屋敷の壁が見えてきた。
おそらくここが目的地の屋敷なのだろう。
「…見えた、あそこか」
屋敷の門を確認した俺は、スピードを落としていく。
モーターが唸る音を響かせながら、俺は門の前に到着する。
表札には「稗田」という文字がある、おそらくここだろう。
「は…!?」
門番と思われる人は驚きの表情を見せていた。
「…走行システム、シャットダウン」
俺のその言葉と共に、俺から放たれていたエンジン音とモーター音は収まった。
その後、俺は門番の方に話していく。
「…上白沢慧音さんに頼まれ、彼女が借りていた書物を届けに来ました。
稗田阿求様はいらっしゃいますか?」
俺のその言葉を聞いて、呆気に取られていた門番の人は姿勢を正す。
「…あ、上白沢殿の使いの方ですか。
当主にお繋ぎしますのでどうぞ中へお入りください」
そう話した門番の方はそう言ってもんを開けてくれた。
「…ありがとうございます」
俺はそう頭を下げて、屋敷の中へ入っていった。
◇ ◇ ◇
「…お待たせしました」
ある部屋に通され、畳の上に座っていた俺だったが、部屋に入ってきた紫髪の少女がそう俺に声をかける。
「私はこの屋敷の当主、稗田阿求です。
上白沢慧音殿の使いの者とお聞きしましたが…」
阿求さんの言葉に俺は「はい」と答えて続けていく。
「…北見北翔と申します。
上白沢慧音より、借りていた書物を返却しにまいりました」
そう言って俺は背中に背負っていた書物を阿求さんに渡す。
「そうですか、ありがとうございます」
そう言って阿求さんはそのまま俺に話してくる。
「…そういえばあなたの顔は見たことないですね。
最近この人里に来たのですか?」
「…そうですね。数日前に流れ着いたところです」
俺がそう話すと、「やはり外の方でしたか…」と阿求さんは続ける。
「…今はどうされているのですか?」
「慧音さんから『『届け屋』をしてみてはどうか』と言われて今回それの初仕事です。
…足の速さには自信があるので」
「…あなた、もしかしてただの人間ではないのですか?
…屋敷の中でも少し聞こえてきたのですが、先ほどのあの音はもしかしてあなたの…?」
「ええ、俺は人間ではないです。
外の世界の鉄道車両…、まあ人を乗せて運ぶ機械の精霊みたいなものでしょうか。
…煩わしく思わせてしまったなら申し訳ないです」
俺がそう頭を下げるが、阿求さんは「いえ」と首を振る。
「この幻想郷においてはじめて聞く音だな…と。
そう興味がわいただけです。
真夜中にその音を聞かされるのであれば、ひとこと言わせてもらうかもしれませんが、日中にその音を立てて走る程度であれば私はなにも言いません」
阿求さんの言葉に俺は「ありがとうございます」と答える。
そして阿求さんは「それとです」と続けてくる。
「…あなたは、今慧音殿の傍に住んでいるのでしょうか?」
「そうですね。家は慧音さんが用意してくれたところを使用させていただきます。
そこを拠点にしてのんびり仕事を続けていこうかな…と」
そう話すと阿求さんは「そうですか」と続けてくる。「
「またその内に、私から仕事を頼むかもしれません。
…私は体が強くないので、その足代わりに使用させていただくと思いますが…、よろしいですか?」
俺は阿求さんの言葉に「よろこんで」と返した。
◇ ◇ ◇
エンジンとモーターの音を響かせながら、俺は慧音さんの元へと帰ってきた。
「…ただいま戻りました、慧音さん」
「…もう終わったのか?
想像以上だな、お前の速さは」
「ありがとうございます」
俺がそう答えると、慧音さんは「人間たちの間でも話題になってるぞ」と続ける。
「…私がお前に仕事を頼んだと聞いて、お前に頼んでみようかと思う者もいたようだ。
デモンストレーションは上々じゃないのか?」
「そうですね。
阿求さんからも仕事を頼むかもしれないと言われたので。
このままやっていきたいと思っています」
…にしても、だ。
…やっぱ、誰かのために走るのは気分が良い。
今までの自分のためだけに走るのとは違い、待っててくれる人がいる。
向こうでも思っていたことだが、これが出来ることがどれだけ幸せか。
鉄道車両として当たり前にできることが、ようやくできた…。
「…これが、『誰かのために走る』…か。
…ようやく分かりましたよ、走那先輩」
俺はそう呟き、家の天井を見上げた。