鬱ゲー世界に転生したラスボス系ヒロイン脳破壊職人 作:脳破壊職人の朝は早い
死にたくなかった。
一度死を経験したことで、そう強く感じるようになったのだ。
あの意識が一気に沈んでいく感覚と、痛みと、そして終わってしまったのだという恐怖。
その絶望を、忘れられそうにないから。
新しい人生を得て、もう一度やり直す機会を得た今ですら、時折あの時のことを夢に見る。
端から見れば、それはありふれた事故現場でしかなかっただろう。
だけど俺からしてみれば、どんな地獄よりも最悪な光景がそこだった。
それにくらべれば今この瞬間、俺が相対している状況なんて、地獄と呼ぶには――――
あまりにも生ぬるい。
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「はぁ……はぁ!」
俺は駆けていた。
そこは、鬱蒼とした木々が生い茂る森の中。
もうすぐ日が落ちる夕闇に染まった時間帯。
道なき道を、ただ駆けていた。
逃げなくては行けない。
ただひたすらに走り続けなければ行けない。
足を止めること無く、がむしゃらに進み続けなければいけない。
そうしなければ、死んでしまう。
そうでなければ、終わってしまう。
そうであるからこそ、生きたいと思う。
「……くそっ!」
だとしても、口からこぼれるのは悪態だった。
不条理だ。
理不尽だ。
絶望的だ。
どうして俺がこんな目に。
なんだって、幸運にも与えられた二度目の人生で、こんな状況に追い込まれなくちゃならないのか。
『――――――ッッッッッ!』
だがそんな思いを嘲笑うかのように咆哮が、響いた。
直後、俺の首元へ狩人の鉤爪が迫る。
「ッッ!!」
ギリギリで回避して、転がる。
風切り音を聞き取るのが一瞬でも遅れていたら死んでいた。
否、仮に間に合っていても、ここで詰みだ。
転がって、立ち止まってしまった。
起き上がる頃には、もうそいつは俺に致命的な一撃を叩き込んでいるだろう。
――それは、黒く染まった狼だった。
俺の身長の倍くらいはある体高、こちらを見下ろす瞳は獰猛で、そして何より油断無くその鉤爪を俺に向けて振り下ろしている。
慌てて俺は、手にしていた剣を突き出してそれを押し留めた。
衝撃が腕を襲う。
痛みに顔をしかめる。
しかしこの剣が弾かれれば、俺の命はそこで尽きる。
火事場の馬鹿力というやつは、こういう時にこそ有効だ。
呼吸を止め、魔力を回し、ただがむしゃらに一撃を受け止める。
「ぐ、おお……!」
その一撃を、五秒止められたのは奇跡だっただろう。
しかし奮闘虚しく、俺は剣ごと地面に押しつぶされる。
幸いにも振り下ろす衝撃だけは先に殺すことができたから、一撃で即死することはない。
しかしじわじわと死に向かうその状況は、果たして幸運と言えるだろうか。
「ふざけ……るなよ!」
幸運? そんなもの一度死んだ時点で全部尽きてる。
今の俺にあるのは、精々悪運とかそんな程度だ。
「上から目線で……見下して! 自分を強者だと……勝ち誇って! 甚振って! 嘲笑って!!」
そして俺の悪運は、まだギリギリのところで俺にへばりついている。
まだ俺は、この状況にあっても詰んでいるわけじゃない。
チャンスは、一度だけ――
「ああそうだよ、俺は弱者だ……”資格”すら持ってない! けどなぁ……!」
狼は、俺の言葉を理解しているのか、していないのか。
だが、わかる。
こいつは嗤っているのだ。
俺を――弱者をいたぶるその瞬間を。
そして俺にこう語りかけてくる。
――どうだ、この地獄はお前のような弱者にはつらかろう。
だから、
「
――そうやって語りかけるその一瞬、強者はどうしようもなく油断する。
「”爆ぜろ”!!」
俺は思い切り目を瞑って視線を反らし、油断した魔物の顔の間近で、猛烈な光を爆発させた。
それ自体に殺傷力はない。
しかしこの薄暗い山奥の中で、こんなものを間近に見ればしばらくの間目は使い物にならないだろう。
更にのけぞって、俺から手を話すとその場でのたうつ。
当然、それを見逃すことはない。
勢いよく立ち上がり、首元に剣を突き立てた。
『――――ッ!』
「この……ッ!」
魔物が絶叫しながら首を振る、一撃じゃ殺しきれない!
俺は即座に魔物へ掴みかかると、更にもう一度剣を突き立てた。
血飛沫が舞い、魔物は俺を振り払うべく体を揺らす。
離さない、離すものか……ここで離したら、俺という弱者にもう二度と勝機は訪れないからだ。
『――――――ッッッ!!』
「っらあああああっ!!」
叫び、体に力を込める。
狼が絶叫しながら、少しずつその身を弱らせていく。
一番きついのは今この瞬間だ。
弱らせれば、少しずつそれも楽になっていく、だから食らいつけ!
俺は……俺は!
「俺は…………死にたくない!!」
――一体、どれほどそうしていたことだろう。
やがて、俺達は互いに地に伏せていた。
激しく呼吸を繰り返し、溜まりに溜まった苦しいという感覚を吐き出していく。
狼の魔物は――動かない。
「…………勝った」
ああ、生きている。
死んでいない、あのどうしようもなく絶望的な意識の喪失は訪れない。
やったのだ、俺は。
喜びが喉元までせり上がってくる。
口元は緩み、力なく笑みを浮かべようとして――
――そんな俺のつかの間の喜びを打ち砕くように、もう一匹の狼の魔物が俺を見下ろしていることに気づいた。
「もう、一匹……さっきは……いなかったのに!?」
一匹目を見つけた時、こいつの姿はなかった。
ああ、でも。
アレだけ激しく絶叫が響き渡れば――近くにいれば――気付くのは当然か――
「……ははは、なんだその理不尽。ありえない、ふざけてるだろ、この世界」
思わず、声が溢れる。
狼は、油断無く俺を見下ろしていた。
先ほどの狼は俺を弱者だと思っていたからこそ、甚振るように襲ってきたのだ。
それはつまり、油断があったということ。
でも、こいつにはそれがない。
何よりあの目つぶしは、一回だけ”あいつ”が俺に許した機会だ。
「――知ったことか」
だから、詰んでいる。
だから、俺は死ぬ。
だから、ここは地獄だ。
「――――そんなこと、知ったことか」
俺が立ち上がろうとして、狼が手を振り上げた。
鉤爪が迫る、もう受け止めることも難しい。
それでも――
「俺は……生きるんだよ……!」
剣を構え、動き出そうとしたその時――
突如として、俺を襲う狼の顔面が、眩い光とともに焼け落ちた。
「……っ!」
それを見て、俺は慌ててその場を飛び退く。
ヤツの顔は熱によって溶かされ、マグマのように地面に滴り落ちている。
それを浴びたら俺まで焼け落ちてしまうだろう。
そんな光景を見て、俺は後ろに振り返った。
「――――あはぁ♪」
そいつの姿は宙にある。
白いドレスを身にまとった、金の髪の幼い少女。
肩から背中のあたりを大胆に露出するドレスは、おそらく彼女の背にある代物の動きを阻害しないためだろう。
純白の翼、二対四枚の天使の如きそれは、しかしその顔に浮かぶ笑みによってどこか悍ましいものへと変わる。
「ああ、本当に――本当に素晴らしいわ――マリト! 貴方こそ、私の大好きで愚かな人間の在り方そのもの! 生き汚くて、執念深くて、そしてなにより諦めが悪い!
――笑み。
それは、年頃の少女が浮かべるような愛らしいものではない。
獲物を前にした狩人や、弱者を前にした強者のそれ。
嗜虐し、暴虐の限りを尽くす怪物の笑み。
そんな笑みを浮かべながら、俺の名を呼んで少女は降臨した。
「ああやって、無様に生き足掻こうとすれば、人間の生き様大好きなお前が無視できなくなるからな。――
黄昏を背に俺を見下ろすその姿は、あまりにも悍ましく、神々しい。
この世界における絶対的な支配者。
神格と呼ばれる、人を上から見下ろして嘲笑う上位存在の一柱がそこにいた。
――この世界には、神格と呼ばれる存在が跋扈している。
それらは人々が暮らす地上世界よりも、一つ上の位階――天上世界より溢れ出した存在だ。
絶対的な力と、人という存在を塵としか思わない傲慢な感性を有している。
だが、彼らの力は地上世界においてあまりにも強大であるがゆえ、出力に制限を受けてしまう。
それを少しでも本来のものに近づけるためには、人間との間に「契約」を結び、人間を神格者と呼ばれる存在にしなくてはならなかった。
そんな神格と神格者と、そして人間。
彼らが交錯する物語――それが『終末の神格者』、この世界のもととなったゲームの名前だ。
何にしても、今俺の前にいる黄昏の聖女と呼ばれる少女は、その神格の一つ。
であれば、当然誰もがこう思うだろう。
きっと俺とこの少女は、契約関係にあるのだと。
「傲慢よね、
――答えは、
「そもそも俺に、神格と契約するための資格はない。……なのにお前が、こっちを構おうとしてくるんだろ」
「ええ、そうね。この世界でも数少ない無資格者。生きる価値のない欠陥品。存在価値のない劣等種――だから、貴方をきにかけているのでしょう?」
本当に最悪な話だ。
この世界の人間は、実際に契約できるかはともかく契約する資格自体は持ってるのが普通。
原作主人公なんかは複数の神格と契約できる特別な資質を持っているというのに、俺はその逆である。
ならば、神格に興味を持たれることはないという利点もなくはないが、その利点はこうして既に意味をなさなくなっていた。
それでも俺がこうして神格を頼るのは、ただ一つの目的のためでしかない。
「なんとでも言え。俺は生き残るために、どんなことでもして見せる」
「そのためには――
あまりにも無茶な賭けだった。
でも、勝った、この神格を引きずり出すことに成功したのである。
どうやら俺の悪運は、まだ死んでいないらしい。
何にしても、俺は生き残ったのだ。
悪運――またしてもそれが、俺を死から遠ざけてくれた。
だからこそ、俺はもっとその悪運を手繰り寄せようとする。
「
眼の前の上位存在に、契約という繋がりすら期待できない底辺が、正面から交渉を持ちかけるのだ。
「抱きしめたいといったな。なら、その対価としてこいつを村まで運んでもらう!」
「――――へぇ」
村、というのは俺が拠点としている場所だ。
そもそもこの魔物は、数日前から村の近辺に出没していた魔物である。
放置しておけば村に被害が出て、俺の命も危うい。
現状、無資格者である俺を受け入れてくれる村は貴重だ。
普通なら、人間扱いすらしてもらえるかわからない。
だからこの魔物は、どうしても排除する必要があった。
そのうえでこいつは、村の貴重な食料にもなる。
「相変わらず、イカれてるわね。神であるこの私に対して、対等な交渉を持ちかけるつもり? 本来、神格と神格者の契約は対等ではない。なのに貴方が、無資格者の劣等種が私と対等なんて――」
「知ったことか。俺に感情を向けてるのはそっちの勝手だろ? なら、俺は――」
ゆっくりと、黄昏の聖女が俺の元へと降りてくる。
木々の隙間から差し込む夕焼けは、彼女の肌を茜色に染める。
どこか怪しげな後光のように、少女を照らしていた。
そしてその両腕が俺を抱きしめ、愛おしそうに俺をまさぐる。
だから俺は、彼女の耳元でそれを口にすることとなった。
「その感情すらも利用して――生き残る」
俺を抱きしめる両腕に力と熱がこもる。
きっと、こいつは人に見せられない顔をしていることだろう。
もう
「――ラナと呼びなさい。仮契約を結んであげる。そうすれば、貴方でもその狼を集落まで運ぶことができるでしょう?」
「最初からそれをしてくれれば、もっと楽ができたんだがな」
無資格者でも、一時的に神格の力を借り受けることはできる。
仮契約とは言うものの、契約とは異なりただ単純に魔力を一時的に注ぎ込まれるだけのもの。
これがあれば、俺だってこの世界を生き抜くための力を得ることは可能だ。
だが、これは決して無資格者でも容易に力を得られるということではない。
「ダメに決まってるでしょう? 貴方は試練を与え、それにもがき苦しむ瞬間が一番素敵なのよ」
「……そうかよ」
「それに……そうやって自分の生存を理由にして、他人を助けてしまう貴方のお人好し加減も……とっても素敵! ねぇ、もっと偽善ぶってみせて?」
「違う、効率を考えたらそうするほうが無難なだけだ」
「~~~~~ッ! そういうところよ!」
黄昏の聖女――ラナはどこまでも嗜虐的な笑みを浮かべた。
神と神格者の契約は対等ではないが、一度した契約の破棄は簡単ではない。
だが、仮契約は違う。
力を与えるのも、奪うのも自由自在。
その気になれば、俺が狼の魔物と戦っている最中にその力を奪って、愉悦を楽しむことだってできた。
何より、神格に対し仮契約を迫るには、神格のご機嫌伺いをしなければならない。
そのたびに、神が俺を気に入れば――
「だから、もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと――試練をマリトに与えましょう? 貴方が生きて、生き足掻いて、生き抜いて。その度に見せる人間としての輝きを、私に間近で見せてちょうだい?」
神はより俺を気に入り、試練という形で俺を苦しめる。
だが、
仮にどれだけ過酷な試練だろうと、何もできずに死んでいくよりはずっとマシだ。
俺は――生き延びる。
もう二度と、あんな思いはしたくない。
死にたくない、だから生きる。
そのために俺は――この地獄よりは生ぬるい地獄を、今日も神に執着されながら生きていた。