ダンジョンに元水神がいるのは間違っている   作:白黒ととか

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2ヶ月くらい前に書いて放置してたので思い切って投稿してみる


EP1

巨大な処刑剣が、私の頭上に振り下ろされる。

圧倒的なエネルギーの奔流が空間を埋め尽くし、私の身体を、そして『水神の神座』そのものを物理的かつ概念的に砕き割ろうとしていた。

 

(あぁ……最高だ。マジで最高すぎる)

 

死の恐怖? そんなものは微塵もない。

あるのは、500年にも及ぶ長きにわたる大芝居を完遂し、クソったれな運命を土壇場でひっくり返してやったという、ドス黒いほどの自己満足だけ。

最後の審判の盤面は、私が完璧にぶち壊してやった。天理の目すらも完全に欺いて。

 

(フォカロルスは生きてる! フリーナは泣いてない! 私の推しはこれで幸せになる! なら、私の命とか安いもんでしょ!)

 

光に包まれ、視界が白く飛んでいく。

皮膚が焼ける感覚も、骨が砕ける音も、すべてが遠のく。

私という存在は、神座という概念ごと完全に消滅する。

 

(あばよ、天理のボケカス。私はこれで、綺麗さっぱり退場だ——!)

 

そして、私の意識は暗闇へと沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   * * *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

頬を撫でる、柔らかな風。

鼻をくすぐる、青臭い土と草の匂い。

どこか遠くで、名前も知らない鳥の鳴き声が聞こえる。

 

(……ん?)

 

閉じていた目を開く。

視界に飛び込んできたのは、抜けるような青空と、風に揺れる木々の枝葉だった。

ゆっくりと上体を起こす。

地面に手をついた感触。確かにそこにある土の冷たさ。

自分の両手を見下ろす。指を動かせば、ちゃんと関節が曲がる。

身に纏っているのは、白と水色を基調とした豪奢な最高審判官の衣装。

胸元に手を当てれば、トクトクとリズミカルに脈打つ心臓の鼓動が伝わってくる。

 

「……生きて、る?」

 

思わず口から漏れた声は、聞き慣れた私自身のものだった。

 

(マジかよ)

 

立ち上がり、全身をペタペタと触って確認する。

処刑剣で微塵切りにされたはずの身体は、どこにも傷ひとつない。痛みもない。

周囲を見渡すが、見覚えのない景色だ。フォンテーヌの洗練された街並みでも、エピクレシス歌劇場の厳かな空間でもない。

ただの、自然豊かな森の中。

 

(どうしてこうなったんだ……っ!どこだよここ)

 

頭を抱え、思考を高速で回転させる。

処刑は確実に執行された。私は神座ごと消滅したはずだ。

それがなぜ、こんな見知らぬ場所でピンピンしている?

 

(……いや、待てよ?)

 

五秒後。

 

私は、パンッと両手を打った。

 

(生きてるなら、それはそれでよくない!?)

 

推しのフォカロルスは無事。

 

悲しむフリーナ(自分)もいない。

 

私の目的はあの瞬間、100パーセント、いや2000パーセント完全に達成されているのだ。

なら、今私がここで生きているのは、いわばボーナスステージ。

 

(500年間、毎日毎日『完璧で可憐で高慢で愛される水神』を演じ続けるっていう地獄の苦行を強いられたんだ。これからは、死ぬまで自分の好きなように、楽をして、遊んで生きる! それ以外は全部どうでもいい!)

 

「ふふっ……あははははっ!」

 

高笑いが口をついて出る。

 

「素晴らしい! なんという奇跡だろうか! この僕に、新たな舞台が用意されたというわけだね!」

 

外面を取り繕うのは、500年やり続けたせいで呼吸より簡単だ。

私は華麗にターンを決め、誰もいない森の中でビシッとポーズをとった。

 

「さあ、この世界に僕の輝きを知らしめてやろうじゃないか!」

 

(とはいえ、まずはここがどこなのか情報収集だな。美味いスイーツの店とかあるといいんだけど)

 

一歩、踏み出す。

落ち葉が擦れる乾いた音がした。

 

「……ん?」

 

ふと、背後から鼻を突くような悪臭が漂ってきた。

腐った肉と泥を混ぜたような、思わず顔をしかめたくなる匂い。

 

(うわ、くっさ……何これ)

 

バサリと茂みが揺れ、低く濁った唸り声が響いた。

振り返った私の目に飛び込んできたのは、緑色の肌をした醜悪な小人だった。

血走った瞳と、黄色い牙を剥き出しにして、手にはサビだらけの粗末な刃物を握っている。

 

(うっわ、なんだこいつ! ヒルチャールよりキモいんだけど!)

 

「ギギャァアアアアッ!!」

 

緑の小人が、耳障りな奇声とともに跳躍した。

 

「ふん! この僕の前に立ち塞がろうとは愚かな! さあ、ひれ伏すがいい!」

 

ビシッと指を突きつけ、高らかに宣言する。

 

(ヤバいヤバいヤバい!! 今の私、ただの人間じゃん! 神座砕けちゃったし、水元素とか絶対使えないし! 死ぬ! 秒で死ぬ!)

 

私は華麗なターンを決めた勢いそのままに、全速力で森の中を駆け出した。

 

「ギャッ!? ギギギッ!」

 

背後から、緑の小人がドタバタと追いかけてくる音が聞こえる。

 

(あぁもう! せっかくのボーナスステージが開始三分でゲームオーバーとか絶対嫌だからね!!)

 

「そこの君、危ないっ!」

 

不意に、澄んだ少年の声が森に響き渡った。

視界の端で、一筋の銀光が閃く。

 

「――シッ!!」

 

鋭い呼気とともに、小柄な人影が私の頭上を飛び越えた。

 

ドガァンッ!

 

鈍い破裂音が背後で響き、緑の小人の奇声がプツリと途絶えた。

急ブレーキをかけて振り返る。

 

(……え?)

 

そこには、自分よりもさらに背の低い、金髪碧眼の少年が立っていた。

彼の手には、彼の身長よりも長い身の丈ほどの槍が握られている。

そして、あの醜悪な緑の小人は……胸の真ん中を綺麗に貫かれ、倒れさった。

 

ドサッ。

 

少年は槍をクルリと回して肩に担ぐと、私の方へ振り返って優しく微笑んだ。

 

「怪我はないかい?」

 

(……は? 子供? いや、強っ!? なんだ今の動き!)

 

唖然とする私をよそに、茂みの奥からもう一つ、のんびりとした足音が近づいてきた。

 

「なんやなんや。フィンが急に飛び出していくさかい、なんや思たら……随分とおもろい格好した嬢ちゃんやないか」

 

現れたのは、朱色の髪を後ろで束ねた、ひょろりとした女性だった。細い目は糸のように閉じられていて、飄々とした笑みを浮かべている。

私はハッとして、すぐに背筋を伸ばし、両腕を胸の前で組んだ。

 

「ふん。助けなど不要だったけれどね。僕の力を見せつける前に手を出してしまうとは、無粋な真似をしてくれる」

 

(あぶねー! マジで助かった! この子供、神様か!? いや、でもここでビビったら『可憐で高慢な水神フリーナ』の面子が丸潰れだからね!)

 

「ははっ、そいつは失礼」

 

少年――フィンと呼ばれた彼は、嫌味一つなく爽やかに笑った。

 

(……うっわ、めっちゃいい子。心が浄化されそう)

 

「それにしても、見ない服やな。あんた、どっから来はったん?」

 

糸目の女性が、私の周囲をぐるぐると回りながら値踏みするように見てくる。

 

「僕かい? 僕は正義と法の神! 衆水の主である――」

「神ぃ?」

 

女性の目が、わずかに開いた。

その瞬間、ゾクッと背筋に冷たいものが走った。

ただの細身の女性だと思っていた彼女から、得体の知れない、肌をチリチリと焼くような威圧感が放たれたのだ。

 

(……っ!? なんだこいつ。ただ者じゃない……!)

 

「嬢ちゃんが、神? アハハハハハッ! おもろい冗談やな!」

 

女性は腹を抱えて大笑いし始めた。威圧感はすっと消え去る。

 

「いいかい嬢ちゃん。神っちゅうのはな、こういうもんや」

 

女性はニヤリと笑い、自らの胸をドンと叩いた。

 

「ウチはロキ。正真正銘、天界から降りてきた神様や」

 

(……はぁ!? 神!? こんな胡散臭いエセ関西弁の糸目女が!?)

 

「ロキ、あんまりからかうのは感心しないな。彼女、混乱しているみたいじゃないか」

 

フィンが苦笑しながらロキを窘める。

 

「俺はフィン。フィン・ディムナだ。見ての通り、小人族(パルゥム)さ。そして、このロキの眷族でもある」

「眷族?」

 

(なんだそれ。小人族? 眷族? さっきから知らない単語のオンパレードなんですけど)

 

「なんや、嬢ちゃん、ホンマに何も知らんのんか?」

 

ロキは不思議そうに首を傾げた。

 

「神はなぁ、下界じゃ力を使うことを禁じられとるんよ。せやから、こうして下界の子供たちに『神の恩恵(ファルナ)』を与えて、代わりにモンスターと戦う力を授けてるんや。ウチら、ファミリアを作ったばっかでな。今はこうやって下界を回って、見込みのある奴を探しとるんよ」

 

ロキの言葉を聞きながら、私の頭脳は恐るべきスピードで計算を弾き出していた。

 

(なるほど……。この世界では、神様が『ファルナ』ってのを与えて、人間にステータスとか能力を付与するシステムってわけか。RPGみたいだな)

 

つまりだ。

 

(この胡散臭い神様に乗っかって、私もその『ファルナ』とやらをもらえば、この世界で無双できるってことじゃないか!? 自衛の手段は絶対必要だし、チート能力さえ手に入れば、安全に、楽して、遊んで暮らす私の第二の人生設計が完璧になる!)

 

私は両手を広げ、天を仰ぐような大仰なポーズをとった。

 

「ふふっ……なるほど、事情は概ね理解したよ。神が人間に力を貸し与える、か。面白いシステムじゃないか!」

「お? なんや、嬢ちゃん、ウチの眷族になるか?」

「ふ、ふふふっ……よかろう! この僕が特別に、君のファミリアに入ってあげるよ! 感謝するんだね!」

 

(よし、言った! 言質は取ったぞ! これで私にも最強チート能力が!)

 

「そんじゃあ、早速儀式といくで」

 

森の木陰で、私は背中をロキに向けて座っていた。豪奢な上着とシャツを少しはだけさせ、真っ白な背中を露出させる。

 

「じっとしててや。ちょっと冷たいで」

 

背中の肌に、ツピッと冷たい液体が垂らされた。ロキの指先が、私の背骨に沿って滑らかに動いていく。

 

「……神の血を媒介にして、嬢ちゃんの器に眠る可能性を引き出す。それが『恩恵(ファルナ)』や」

 

(なるほど、これで私の潜在能力が爆発するってわけね。500年の我慢の対価だ、さぞかし凄いスキルが眠ってるに違いない!)

 

チリチリとした熱が背中に広がっていく。

やがて、ロキの指の動きがピタリと止まった。

 

「……は?」

 

背後から、ロキの素っ頓狂な声が聞こえた。

 

「どうしたんだい、ロキ。そんなに驚くなんて珍しいね」

 

フィンが不思議そうに尋ねる。

 

「いや……フィン、ちょっとこれ見てみぃ」

「ん? ……っ!? これは……」

 

背後で二人が息を呑む気配が伝わってくる。

 

(え? なに? 私、そんなにヤバい能力引き当てちゃった? ???なんでこの男の子も背中を見てるんだい?)

 

「どうしたんだい? 僕のあまりの才能に言葉を失ったのかな!」

「いや、言葉は失うで、ホンマに……」

 

ロキが羊皮紙に何かを書き写し、それを私に手渡してきた。

 

「はい、これが嬢ちゃんの『ステイタス』や」

 

受け取った羊皮紙に目を落とす。

 

フリーナ・ドゥ・フォンテーヌ Lv.1

【力 :I 0】

【耐久:I 0】

【器用:I 0】

【敏捷:I 0】

【魔力:I 0】

 

(うっわ、見事なまでのオールゼロ! まぁ、レベル1になったばっかりなら当然か)

 

視線を下へずらす。

 

【魔法】

『アビサル・ヴァラージ』

効果

・付与魔法

・水属性

・詠唱式【幕開け(サージ)

・爆散鍵【蓋開け(アビス)

 

(アビス????? え、厄ネタ???? 深海???? どっちだ????)

 

(……『アビサル・ヴァラージ』? 水属性の付与魔法? なんだこれ知らん魔法すぎる。完凸効果かよ!)

 

内心で猛烈なツッコミを入れる。

 

【スキル】

衆水頌歌(オード・フォカロルス)

効果:精神侵食に極大耐性、信仰の丈により効果向上

   水属性魔法使用時、精神力(マインド)消費の効率化に超高補正

 

 

 

 

(サロンソリティアは!? あれがないとケーキ食べながら自動攻撃とかできないじゃん! まぁいいや、『衆水頌歌』ってなんだ? 推しの名前入りスキルは嬉しいけどこんなのフリーナにあったっけ??)

 

「なぁ、嬢ちゃん」

 

ロキが頬を引きつらせながら、羊皮紙を指差した。

 

「普通、ファルナをもらったばっかりのLv.1は、魔法もスキルも無いことの方が多い。というかそれが当たり前や。それが、いきなり発現しとるだけでもレアやのに……」

 

ロキが喉をゴクリと鳴らす。

 

「この『衆水頌歌』ってスキル……『水属性魔法使用時、精神力(マインド)消費の効率化に超高補正』って、どういう理屈やねん。こんなん、実質水魔法撃ち放題やないか」

 

(シナジースキルすぎて草。露骨にチートじゃない!?)

 

私は心の中でガッツポーズを決めた。

 

(やった! 500年頑張った神様からのご褒美ってやつ!? 精神力消費ダウンに超高補正とか、コスパ最強じゃん! I LOVE フォカロルス!)

 

私は羊皮紙をバサッと振り払い、フフンと胸を張った。

 

「当然だろう? 言ったはずだ、僕は衆水の主だと! この程度の力、僕にとっては息をするようにたやすいことさ!」

 

(よっしゃあ! これで自衛も完璧! 美味しいご飯とふかふかのベッドまでの道が約束されたようなもんだ!)

 

「アハハハハッ! オモロイ! ホンマにおもろい娘やな! ええで、ウチのファミリアに大歓迎したるわ!」

 

ロキはバンバンと私の肩を叩いて大笑いした。

 

(痛い痛い! 気安く触るなこのエセ神!)

 

「歓迎するよ、フリーナ。これからよろしくね」

 

フィンが真っ直ぐな瞳で手を差し出してくる。

 

「ふん、君たちの働きに期待しているよ、フィン!」

 

(よしよし、このショタっ子勇者枠みたいな子が全部戦ってくれるなら、私は安全圏から水魔法をチクチク撃つだけでいいな!)

 

「さて、それじゃあ出発しよか」

 

ロキが伸びをしながら、森の奥へと続く道を指差した。

 

「これから僕たちはどこへ向かうんだい?」

「『オラリオ』さ」

 

フィンが前を見据え、澄んだ声で答えた。

 

「オラリオ?」

「ああ。世界で唯一、『ダンジョン』と呼ばれる地下迷宮がある巨大な都市だよ。世界中の冒険者が集まる、世界の中心さ」

「へぇ……迷宮都市、オラリオ……」

 

(ダンジョン? モンスターがいっぱいいる地下迷宮? ……絶対行きたくないんですけど!!)

 

内心の絶叫とは裏腹に、私は不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「素晴らしい! 僕の伝説の幕開けにふさわしい大舞台じゃないか!」

 

(まあいいや。そんなデカい街なら、絶対美味しいスイーツのお店とか、最高級のふかふかベッドがあるホテルとかあるはずだよね!)

 

「アハハッ! 頼もしいなぁ。ほな、行くで!」

 

ロキがご機嫌な様子で歩き出し、フィンがそれに続く。

私も軽やかな足取りで、二人の背中を追いかけた。

頭の中はすでに、まだ見ぬ未知の都市の、まだ見ぬ絶品スイーツのことでいっぱいだった。

 

「さあ、案内したまえ! この僕が、オラリオとやらを視察してあげようじゃないか!」

 

(待ってろオラリオ! 私の華麗なる、楽して遊んで暮らす第二の人生が今、始まるんだ!)

 

木漏れ日が差し込む森の道を、私たちは歩き始めた。

それが後に、オラリオの歴史にその名を刻む最大派閥【ロキ・ファミリア】の、波乱に満ちた旅の始まりになるとは、この時の私は知る由もなかった。

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