ダンジョンに元水神がいるのは間違っている   作:白黒ととか

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EP13

海面をスケートのように滑走しながら、私は心の中で悲鳴を上げていた。

 

(マジで、どうなってんのよこれ……!)

 

周囲では、天を衝くような水柱が上がり続け、分厚い氷の足場が木っ端微塵に砕け散っては、新たな船が絶望の海へと投げ込まれる。

鼓膜を破らんばかりの轟音と、荒れ狂う波のうねり。

その中心で、島のように巨大な怪物が傲然とそびえ立っていた。

 

「【――()えろ、英雄の雷刃】《デウス・アダマス》ッ!」

 

金色の短髪を海風に逆立てたバルスが、雷光を纏った大剣を振り下ろす。

眩い閃光が暗雲を切り裂き、リヴァイアサンの巨大な首の付け根に直撃した。

 

「【――灰燼(かいじん)に帰せ、紅蓮の星槍】《レッド・ノート》!」

 

反対側からは、セリアの放った極大の火炎の槍が、海水を蒸発させながら怪物の横っ腹に着弾する。

 

「オラァッ! 押し込めェッ!」

 

ゼウス・ファミリア(最強派閥)の団長、マキシムが豪快な笑い声を上げながら、規格外の剛腕でリヴァイアサンの巨体を直接殴りつける。

 

「退きなさい、鬱陶しいわね」

 

ヘラ・ファミリア(もう一つの最強)の団長、レグナントが冷酷な声と共に、見えない斬撃の嵐を放つ。

 

オラリオの頂点、いや、世界の頂点に君臨する第一級冒険者たちの、容赦のない猛攻。

山をも吹き飛ばすような攻撃が、何百、何千と叩き込まれている。

なのに。

 

「グルルルルォォォォォォォォォォォッ!!」

「嘘でしょ!? まだピンピンしてるじゃない!」

 

私は思わず叫んでいた。

リヴァイアサンの濃緑と蒼の鱗は、雷を散らし、炎を弾き、斬撃を受けても数秒後には薄気味悪い音を立てて傷口を塞いでいく。

 

(もう二時間! 二時間近く、この地獄みたいな猛攻を続けてるのよ!? どうして死なないのよあの水トカゲ!)

 

私は『水面輪舞(ロンド・フォカロルス)』を維持し、激しく波打つ海面を駆け抜けながら、右手で前方の空間を薙いだ。

 

「《マカブル・ファサード》ッ!」

 

水神遁奏(フーガ・フォカロルス)』のスキルで強引に無詠唱で放った巨大な水の剣が、リヴァイアサンの瞳を狙って飛ぶ。

 

だが、怪物はわずかに首を捻り、それを硬い角で容易く弾き飛ばした。

 

(くっそ……! )

 

「フリーナ! 氷の足場が砕かれたわ! 次を!」

 

船の上からセリアの怒号が飛んでくる。

 

「わかってるッ! 人使いが荒いんだよ! ばかぁ!」

 

私は毒づきながら、海に投げ出されそうになっている冒険者たちの足元へ『アビサル・ヴァラージ』で水流のトランポリンを作り、後方の船へと手当たり次第に放り投げる。

同時に、『メル・プリモルディアル』を起動。

 

「【――貴女に捧げよう】《メル・プリモルディアル》」

 

淡い蒼い光が私自身と、近くで傷を負った冒険者たちを包み込む。

切り裂かれた肩や深くえぐられた腹の傷が、ジュワッと音を立てて肉を盛り上げ、塞がっていく。

 

(魔力も精神力も、まだまだ余裕はある。あのスキルのおかげでね……)

 

私の持つ『衆水頌歌(オード・フォカロルス)』と『前奏審判(プレリュード・フォカロルス)』の恩恵。

 

水属性魔法を使う限り、精神力の消費は極小に抑えられ、時間経過と共に全能力が跳ね上がっていく。

 

今の私は、控えめに言っても神に等しい力を出せているはずだった。

 

(なら、このまま持久戦に持ち込めば、いずれ私が最強に――)

 

そう、不敵な笑みを浮かべようとした、その瞬間だった。

 

「……ぇ?」

 

ピキッ、と。

波の音に掻き消されそうなほど小さな、乾いた音が鳴った。

 

「なっ……!?」

 

次に右腕を振り上げようとした私の動きが、完全に停止する。

痛い。

いや、「痛い」なんて生易しいものじゃない。

 

「ぎぃっ……!? ぁ、ああああああああっ!?」

 

右手の指先から、手首、そして腕を伝って、灼熱の鉄串を骨の髄まで突き刺されたような激痛が走った。

たまらず左手で右腕を押さえ込み、水面の上で無様に膝を突く。

 

(なんだ、これ……! 攻撃なんて受けてない! なのに、腕が……!)

 

震える視線を、自分の右手に落とす。

 

「嘘、でしょ……?」

 

私の真っ白な肌に、ヒビが入っていた。

まるで精巧な陶器が割れるような、無数のひび割れ。

指先から手首にかけて走るその亀裂の奥から、まばゆいほどの青い光が漏れ出している。

血じゃない。

高密度に圧縮された魔力の光だ。

 

「がっ、はっ……!」

 

呼吸が上手くできない。肺が、心臓が、内臓のすべてが、内側から限界まで膨張して破裂しそうなほどの異常な圧迫感。

 

(なんで……なんで私が、こんな……)

 

混乱する思考の中で、私の脳裏にある推論が、冷たい刃のように突き刺さった。

 

前奏審判(プレリュード・フォカロルス)』。

 

戦闘開始時に自動発動し、時間の経過とともに全能力に高補正を与える、イカれたスキル。

 

(……時間経過、で……?)

 

これまで、私は気づかなかった。

いや、気づく機会なんてなかった。

オラリオに降り立ってから、私は「たった一体のモンスター相手に何時間も戦闘を続ける」という経験をしたことがなかったからだ。

長引く前に圧倒的な火力で吹き飛ばすか、ヤバいと思ったら即座に逃げ出していた。

だから、知らなかった。

このスキルの『限界』を。

 

「……あ、ああ……」

 

今の戦闘時間は、優に二時間を超えている。

 

二時間。

 

私のステータスは、一体どれだけ底上げされている?

本来の私のレベルは6。

全能力発揮時はレベル2ほどの上昇幅を誇る、と……かつて確認した気がする。

だがそれは、あくまで『通常の戦闘時間』で測った場合だ。

今の強化幅は、レベル3つ分を超え……下手をすれば、レベル4つ分に届きうる。

 

(擬似的な、レベル10……!?)

 

オラリオの歴史上、誰一人として到達したことのない領域。

神々でさえ想定外の異常な出力。

それが今、私のこの小柄な肉体の中で荒れ狂っている。

 

「馬鹿、じゃないの……っ」

 

口から鉄錆のような血の味がした。

私の体は、そんな神がかった力に耐えられるようにはできていない。

限界を超えた水圧を流し込まれたガラス管のようなものだ。

器が、肉体が、過剰な出力に耐えきれずに崩壊を始めている。

 

(死ぬ。このままいけば、私の体は魔力に耐えきれずに、内側から弾け飛ぶ……っ!)

 

「フリーナ! 何やってるの! 避けてッ!」

 

遠くから、セリアの悲鳴が聞こえた。

ハッと顔を上げると、リヴァイアサンの巨大な顎が、私に向かって大きく開かれていた。

喉の奥で、海を削り取るあの絶望的な水流ブレスが凝縮されている。

 

(動け……っ! 避けなきゃ……!)

 

だが、足に力が入らない。

右腕のヒビは肘まで達し、全身の筋肉が断裂するような激痛で、立ち上がることすらできない。

 

「あ、あ……」

 

恐怖で歯の根が合わない。

五百年間、神を演じ切った私が。

 

この異世界で、ただ楽をして、美味しいスイーツを食べて、自由に生きたかっただけの私が。

 

(こんなところで、自分のスキルのせいで自滅して、クソ海蛇の餌になるなんて……っ!)

 

「冗談じゃないわよ……ッ!」

 

私は血を吐きながら、必死に左手で海面を這おうとした。

その時だった。

 

世界から、一切の音が消えた。

 

「……ぇ?」

 

波の音も、冒険者たちの怒号も、リヴァイアサンの咆哮も、すべてが掻き消された。

代わりに、私の肌をチリチリと焼き焦がすような、圧倒的で、暴力的で、それでいてどこまでも澄み切った魔力の波動が、戦場全体を支配した。

私わそれを知っている。

ダンジョンで一度だけ見たことがあった。

アルフィアの魔法だ。

 

「【祝福の禍根(しゅくふくのかこん)生誕の呪い(せいたんののろい)半身喰らいし我が身の原罪(はんしんくらいしわがみのげんざい)】」

 

鈴を転がすような、冷たく美しい声。

けれど、その声の主は、まるで血を吐くような凄絶な響きを孕んでいた。

 

「アルフィア……っ?」

 

後方の巨大船の甲板。

漆黒のロングドレスを纏った銀髪の女帝が、両手を天へと掲げていた。

彼女の周囲の空間が、魔力の重圧で歪み、悲鳴を上げている。

 

「【(みそぎ)はなく。浄化(じょうか)はなく。(すく)いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪】」

 

(2連続ッ!?)

 

彼女が普段使う『サタナス・ヴェーリオン(福音)』のような超短文詠唱じゃない。

本気の、命を削るような大魔法。

私は見た。

詠唱を紡ぐアルフィアの口元から、一筋の赤い血が流れているのを。

 

彼女もまた不治の病により、限界を超えているのだ。

 

「【神々の喇叭(かみがみのらっぱ)精霊の竪琴(せいれいのたてごと)、光の旋律、すなわち罪禍の烙印】」

 

彼女の頭上に、灰銀に輝く巨大な『鐘』の幻影が顕現し始める。

 

それを見たリヴァイアサンが、本能的な死の恐怖を感じ取ったのか、私に向けようとしていたブレスの的をアルフィアへと変える。

 

(あいつ、アルフィアを狙う気だ……っ!)

 

「【箱庭に愛されし我が運命(いのち)よ砕け散れ。私は貴様(おまえ)を憎んでいる】」

 

詠唱は止まらない。

アルフィアは逃げようともしない。

自分の命を燃やし尽くしてでも、この一撃で決めるという確固たる意志。

 

「バカ……っ!」

 

私は叫んでいた。

 

「ふざけんな! 自分だけかっこつけやがって!?」

 

独善的で自己中心的な私のエゴが、恐怖と絶望を塗り潰した。

 

右腕の激痛?

知るか!

 

体が弾け飛ぶ?

上等!

 

(私の前で、勝手に命を捨てる奴なんて、絶対に許さない……っ!)

 

五百年間、推しの死が許せなくて神を欺き通した私の執念を舐めるな。

 

「あぁあああああぁぁぁっ!」

 

私は悲鳴のような咆哮を上げ、崩壊しかけた両足で海面を蹴り飛ばす。

 

水面輪舞(ロンド・フォカロルス)』の極大補正と、擬似レベル10の暴走する力が、私を大砲の弾のような速度で弾き飛ばす。

 

青く光るヒビから魔力の粒子を撒き散らしながら。

私は一直線に、アルフィアの元へと海の上を駆け抜けた。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁあああああぁぁぁッ!!」

 

口から血の泡を散らしながら、私は水面を蹴り続けた。

 

右腕だけではない。

今はもう、左腕にも、両足にも、首筋にさえ、ガラスがひび割れるような青白い亀裂が走り、圧倒的な魔力の光が噴き出している。

 

一歩踏み出すごとに、筋肉が断裂し、骨が軋む。全身の神経を焼けた鉄箸で掻き回されているような激痛に、視界がチカチカと明滅した。

 

(痛い! 痛い痛い痛い痛いッ!!)

 

当然だ。

 

私の本来の器はレベル6。それが今、『前奏審判(プレリュード・フォカロルス)』の過剰な補正によって、擬似的なレベル10という未知の領域に達しているのだ。

肉体が内側から破裂しようとするのを、ただ気力と意地だけで押さえ込んでいる。

 

(なんで私が、こんな泥臭い真似を……っ! 安全な場所で、優雅にスイーツでも食べていたかったのに!)

 

泣き言が脳裏をよぎるが、足は止まらない。

遥か前方、巨大な船の甲板で、命を削りながら超長文詠唱を続ける漆黒のドレスの女――アルフィアの姿が、瞳に焼き付いていた。

 

「グルルルルルルォォォォォォォォォォォッ!!」

 

咆哮。

 

それは世界を終わらせる破滅の音だった。

 

島のような巨体を誇るリヴァイアサンが、その巨大な顎を天へと向け、そしてアルフィアのいる船へと真っ直ぐに狙いを定めた。

 

喉の奥で、海そのものを圧縮したような、絶望的な水流ブレスの光が渦巻いている。

 

アルフィアは逃げない。

彼女の頭上には、灰銀の巨大な鐘の幻影が顕現しつつあるが、まだ完成には至っていない。

 

(間に合え……間に合えええぇぇぇッ!!)

 

水面輪舞(ロンド・フォカロルス)』による敏捷性の極大補正と、暴走する擬似レベル10の脚力が、海面を抉り、私を弾丸のような速度で前へと押し出した。

鼓膜を突き破るような轟音と共に、リヴァイアサンの口から極太の閃光――海を削り取るブレスが放たれた。

 

周囲の海面が一瞬で蒸発し、分厚い塩の結晶と水蒸気が白い壁となって舞い上がる。

一直線にアルフィアへと迫る死の光線。

 

「……ッ!」

 

アルフィアが、詠唱を紡ぐ口元から血を流しながら、死を覚悟したように目を細めた。

その、アルフィアの視界に。

いや、死の光線とアルフィアのその間に。

 

「なめ、るなぁぁぁぁっ!!」

 

青い魔力の粒子を撒き散らしながら、私が強引に割り込んだ。

 

「【幕開け(サージ)】ッ!!」

 

激突のコンマ一秒前。

私は血反吐を吐きながら魔法の鍵言を叫んだ。

水属性付与魔法、『アビサル・ヴァラージ』。

私の全身を、高密度に圧縮された水の鎧が包み込む。

だが、こんなものであのブレスは防げない。時間稼ぎにすらならない。

 

(だから、繋ぐ……っ!)

 

水神遁奏(フーガ・フォカロルス)

 

『アビサル・ヴァラージ』を踏み台にしてスキルを起動。

 

私の持つ魔法の一つを、たった一度だけ無詠唱で発動可能にするスキル。

大気が震え、私の足元の船の甲板が、魔力の重圧でメリメリと悲鳴を上げた。

 

「マカブル・ファサードッ!!」

 

振りかざした私の右手の前に、空間を断ち割るほどの巨大な水の剣が顕現した。

 

直後。

 

視界が真っ白に染まった。

リヴァイアサンの圧縮水流ブレスと、私の水の剣が正面から激突したのだ。

 

「がっ、あぁあああああああああああああっ!?」

 

拮抗。

いや、辛うじて押し留めているだけだ。

剣の柄を握る私の両腕から、バキバキッ! という嫌な音が連続して鳴り響いた。

 

手首から肘、肩にかけてのヒビ割れが一気に拡大し、そこから血と魔力が混ざり合った青黒い飛沫が吹き出す。

 

凄まじい水圧と衝撃波が、私の体を削り取ろうと吹き荒れる。背後の甲板がひしゃげ、木材が粉々に砕け散っていく。

 

「フリーナ……!? お前、その体は……ッ」

 

背後から、アルフィアの驚愕に満ちた声が聞こえた。

並行詠唱の達人である彼女が、思わず詠唱の合間に声を漏らすほどの惨状。

私の体は今、文字通り崩壊の只中にあった。

 

「喋ってん、じゃ……ないよ、バカ……ッ!」

 

私は歯を食いしばり、口の中に溜まった血を海へと吐き捨てた。

 

「あんたは……あんたの魔法に、集中しなさいよ!」

 

(勝手に死のうとしてんじゃないわよ! 私の前で、勝手に命を捨てるなんて、絶対に、絶対に許さない……!)

 

五百年間。

私は、たった一人の推しのために、神を演じ切った。

誰にも理解されず、誰にも本当の姿を見せず、ただひたすらに耐え続けた。

その結果が、これだ。

異世界に来てまで、こんなボロボロになって。

 

(でも、私は……私の好きなように生きるって決めたんだ! 私のエゴで、あんたを助けてやる!)

 

「が、ぎぃぃぃぃぃぃっ!」

 

私の放った『マカブル・ファサード』の剣身に、細かい亀裂が走り始めた。

 

リヴァイアサンのブレスの出力が、さらに上がったのだ。

 

擬似レベル10の出力をもってしても、階層主級、いや、それ以上の怪物の全力の一撃を完全に防ぎ切ることはできない。

 

このままでは、あと数秒で剣が砕け散り、私もろともアルフィアが消し飛ぶ。

 

(なら……重ねるしかないでしょ!)

 

私は、激痛で霞む視界を無理やり見開き、右腕に全ての魔力を注ぎ込みながら、血に染まった唇を動かした。

 

一度目の魔法が拮抗している間に、二度目の詠唱を紡ぐ。

 

「【ここで幕は閉じられる(ここでまくはとじられる)審判の時(しんぱんのとき)……!】」

 

肺が焼けるように熱い。

喉から絞り出す声は、自分でも驚くほど掠れていた。

 

「【偽りの器が(いつわりのうつわが)貴女の神意を簒奪する(あなたのかむいをさんだつする)……!】」

 

ビキッ!

水の剣の亀裂が大きくなる。

ブレスの光が、私の頬を掠め、肌をチリチリと焦がした。

 

「【天理を欺き(てんりをあざむき)大地を沈め(だいちをしずめ)龍王の赦しを持って(りゅうおうのゆるしをもって)……貴女を求める(あなたをもとめる)!】」

 

(負けるか。負けるか負けるか負けるかァッ!)

 

私の左目から血の涙が流れ落ちる。

足元の甲板が完全に砕け、私は空中に浮いた状態で、ただ魔力の反発力だけで姿勢を維持していた。

 

「【歩んだ路は貴女の為(あゆんだみちはあなたのため)この命は貴女の為(このいのちはあなたのため)……!】」

 

バキンッ!

 

ついに、一度目の水の剣の半分が砕け散った。

致死量の水流が、私の左半身を抉る。

 

「あがぁっ!?」

 

激痛。だが、意識を手放すわけにはいかない。

 

(私は……私のエゴを、貫き通す……!)

 

「【掴む未来は私の為に(つかむみらいはわたしのために)】――!!」

 

そして、最後の鍵言を、魂の底から叫んだ。

 

「【神座よ(かむくらよ)砕け散れ(くだけちれ)】ッ!!!」

 

発動。

 

私の右腕から噴き出していた青い魔力の全てが、一点に収束する。

二度目の『マカブル・ファサード』。

それは、一度目の剣の残骸を取り込み、さらに巨大で、圧倒的な密度を持った蒼き断頭の刃となって顕現した。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

私は絶叫と共に、その巨大な蒼い刃を、迫り来る水流ブレスの真っ只中へと振り下ろした。

 

世界が、ひっくり返ったような轟音が響いた。

私の放った二度目の水の剣が、リヴァイアサンのブレスを正面から真っ二つに切り裂いたのだ。

刃はブレスの奔流を海面へと散らしながら、そのまま一直線に逆流し、リヴァイアサンの巨大な顎を強かに打ち据えた。

 

「ギャオォォォォォォォッ!?」

 

怪物が、初めて明確な苦痛の悲鳴を上げた。

ブレスが完全に途絶え、リヴァイアサンの巨体が大きくのけぞり、体勢を崩す。

 

(やった……! 弾き、飛ばした……っ!)

 

私は安堵と疲労で、全身から力が抜けていくのを感じた。

 

だが、私の役目は終わったのだ。

稼いだ時間は、十数秒。

アルフィアにとっては、それで十分すぎた。

 

「【代償はここに。|罪の証をもって万物(すべて)を滅す】」

 

私の背後で、冷たく、そしてどこまでも澄み切った声が響いた。

空気が、完全に凍りついたように静まり返る。

アルフィアの頭上。

そこには、灰銀に輝く、信じられないほど巨大な『鐘』が顕現していた。

その美しさと神々しさに、私は痛みを忘れて目を奪われた。

 

「【哭け(なけ)聖鐘楼(せいしょうろう)】」

 

静かな、宣告。

 

 

鐘が爆砕した。

 

滅界の咆哮(ジェノス・アンジェラス)

 

圧倒的な光。

圧倒的な音。

圧倒的な、破壊の暴力。

 

半径百メートルを超えるその絶対的な力の奔流は、海を割り、雲を吹き飛ばし、そして体勢を崩していたリヴァイアサンの巨体を、完全に呑み込んだ。

 

「――――――――――ッ!!!」

 

悲鳴すら、音として認識できなかった。

絶対的な光の中で、島のように巨大だった覇王の体が、鱗ごと、肉ごと、骨ごと、消し飛んでいく。

海の覇王と呼ばれたその存在が、ただのチリとなって世界から消滅していくのを、私はただぼんやりと見つめていた。

 

(ははっ……ざまぁ、みろ……っ。クソ海蛇……)

 

口元が、自然と緩む。

同時に、私の体の中で張り詰めていた糸が、プツンと切れた。

 

前奏審判(プレリュード・フォカロルス)』の過剰な補正が急速に失われ、残ったのは、ボロボロに崩壊した元のレベル6の肉体だけ。

 

「あ……」

 

立っていることすらできない。

視界が急激に暗転していく。

砕け散った船の甲板から、私の体はゆっくりと、冷たい海面へと落下していった。

 

「フリーナッ!!」

 

遠くから、アルフィアの、そしてセリアやバルスの叫び声が聞こえたような気がした。

 

(あぁ……疲れた……)

 

五百年の苦行よりも、この数時間のほうがよっぽど疲れたかもしれない。

でも、不思議と後悔はなかった。

 

(バカは、守った……。私のエゴは……通したわ……)

 

冷たい海水の感触が背中を包み込む。

ブクブクと泡を立てながら、私は暗い海の底へと沈んでいく。

 

(次は……絶対に、ケーキを……)

 

最後にそんなくだらないことを思い浮かべながら。

私は、静かに意識を手放した。




上限無しの強化って絶対どっかでバグ出ますもんね^^
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