ダンジョンに元水神がいるのは間違っている   作:白黒ととか

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EP18

「ふふふーん♪」

 

秋の涼やかな風が吹き抜けるオラリオのメインストリートを抜け、私はスキップでもしそうなほどの軽い足取りでバベルの階段を上っていた。

 

(今日だ……! ついに今日、あの日ヘファイストスに毟り取られた私の二億ヴァリスが、至高の武器となって返ってくる日!)

 

腰のベルトには、代用品として買った銀色のレイピアがカチャカチャと揺れている。

これも七十五万ヴァリスもした決して安くはない代物だが、今日から私の相棒となるのは、オラリオ最高の鍛冶神が直々に打ち上げた完全オーダーメイドの逸品だ。

 

魔石を動力源とする昇降機に乗り込み、バベルの四階へと向かう。

上の階へ行けば行くほど、そして低層階であればあるほど(つまり中心に近いほど)高額な商品が並ぶバベルのテナント構造において、四階という場所は少し特殊だ。

一級品の武具を求める第一級冒険者や、都市外から訪れる大貴族、大富豪たちだけを相手にするための『超高級フロア』。

チーン、という澄んだ音と共に昇降機の扉が開くと、そこは下層の喧騒が嘘のように静まり返った、静謐で豪奢な空間だった。

 

「うわぁ……いつ来ても空気が重い」

 

思わず独り言が漏れた。

壁沿いにズラリと並べられた防犯用の魔力結界付きショーケースの中で、青や赤、銀色に煌めく数多の武具たち。

値札には平気で『五千万ヴァリス』だの『一億ヴァリス』だのという、私の心臓を直接握り潰すような数字が並んでいる。

 

私はスッと優雅に顎を引き、五百年間で培った『完璧な神の外面』を顔に貼り付けるとコツ、コツと優雅な足取りで進んでいった。

 

「お待ちしておりました、フリーナ様」

 

フロアの奥にある豪奢な受付カウンターに近づくと、黒いスーツをパリッと着こなしたヒューマンの女性店員が、私を見るなり深く、そして恭しく頭を下げた。

 

「ヘファイストス様が、奥の特別応接室でお待ちです。どうぞこちらへ」

 

案内されるがままに、私は一般の客が決して立ち入ることのできない、フロアのさらに奥――分厚い防音の扉の向こうへと足を踏み入れた。

 

案内された特別応接室は、高級ホテルのスイートルームもかくやというほどの広さと豪華さを誇っていた。

ふかふかのベルベットのソファ。

アンティーク調の巨大なマホガニーのテーブル。

そして、その部屋の奥には、魔法の試し撃ちができるよう、超硬金属(アダマンタイト)で補強された物々しいテストスペースまで併設されている。

 

「いらっしゃい。……待たせたわね」

 

部屋の中央、大きなテーブルの前に立っていたのは、赤い髪を後ろで無造作に束ねた女神――ヘファイストスだった。

バベルの高級店舗に出向いているからか、いつもの煤けたエプロン姿ではなく、簡素だが上質な白のシャツにスラックスという、どこか洗練された職人の出立ちだ。

だが、その右目に眼帯をつけた彼女の唯一の赤い瞳には、いつものような余裕のある職人の笑みではなく、どこか気まずそうな、探るような色が浮かんでいる。

 

(……え? なにその顔。なんか嫌な予感しかしないんだけど)

 

私がソファに腰を下ろす前に、ヘファイストスはコホンと一つ小さく咳払いをした。

 

「先に謝っておくわね、あなたの言ってた片手剣というには少し違うものが出来上がったから」

 

「ん? それはどういうことだい?」

 

私は首を傾げた。

 

(え? ちょっと待って。二億ヴァリスも払ったのに、オーダーと違うものが出来たってこと!? 軽くて魔力伝導率のいい片手剣って言ったわよね!? もしかして、素材の『海の覇王(リヴァイアサン)の爪』がデカすぎたせいで、バルスが背負ってるような無骨な大剣になっちゃったとか!?)

 

顔の筋肉が引きつりそうになるのを必死に堪え、私は次の言葉を待つ。

 

「出来上がったのは、エストックと呼べなくもない代物ね」

 

「エストックと呼べなくもない?」

 

(エストック……って、たしか刃がなくて、鎧の隙間を突き刺すためだけの針みたいな剣のことよね? それなら軽そうだし、レイピアとも似てるからまあ許容範囲だけど……『呼べなくもない』って何?)

 

ヘファイストスは腕を組み、真剣な表情で言葉を続ける。

 

「前に使ってたレイピアと違って刺突専門。正直に話すなら、これの本質は剣じゃなくて『杖』よ。そうね、今までも似たような使い方だったのかもしれないけど……これは敵をぶっ叩いて、刺し殺せる杖と思った方がいいわ」

 

「……」

 

ヘファイストスの言葉に、私の思考が数秒間完全にフリーズした。

 

(ぶっ叩いて、刺し殺せる杖!? なにその物騒すぎる鈍器!剣を注文したはずなんだけど、なんで物理で殴る前提の杖になってるの!?)

 

「つ、杖? それは攻撃を受け止めたりするのは問題ないのかい?」

 

私が恐る恐る尋ねると、ヘファイストスは先ほどの気まずさを微塵も感じさせない、自信ありげな職人の笑みを浮かべた。

 

「ええ、それは問題ないわ。不壊属性(デュランダル)がついてるのもあるけど、素材がよかったのね。試しに超硬金属(アダマンタイト)製の両手剣で叩いてみたけど、両手剣の方がひしゃげたわ」

 

「折れてたらどうするつもりだったんだい!?」

 

思わず、被っていた神の外面が剥がれ落ち、素の口調で絶叫してしまった。

(バカじゃないの!? オラリオ最強硬度の金属で、二億ヴァリスの完成品を全力でぶっ叩く!? 鍛冶神の品質保証テスト、スパルタにも程があるでしょ!)

 

「その時はその時よ、直すか、もう一本打つかね。打てるかわからないけど」

 

「えぇ?」

 

ヘファイストスは悪びれもせず、あっさりと肩をすくめた。

(この神様、絶対に反省してない! もし折れてたら『残念だったわね、はい二億』で済まされてたってこと!? 冒険者の命、いや私のケーキ資金をなんだと思ってるの!)

 

私が内心で血の涙を流しながら理不尽なテスト方法にツッコミを入れていると、ヘファイストスはテーブルの奥に置いてあった細長い箱へと歩み寄った。

 

「とにかく、頑丈さは最上の出来ね。あとはあなたの魔力に耐えられるかかしら」

 

そう言って彼女が私の目の前に運んできたのは、分厚い漆黒の布に何重にも包まれた『それ』だった。

ゴクリ、と無意識に喉が鳴る。

 

ヘファイストスが、ゆっくりと、まるで儀式のように布を剥がしていった。

 

「……っ」

 

その瞬間。私の両目は、限界まで見開かれた。

呼吸の仕方すら忘れ、ただ目の前の圧倒的な存在感に魂を吸い寄せられていく。

 

そこに横たわっていたのは、息を呑むほどに美しい一本の『剣』――いや、『杖』だった。

先端は、純白と言えるほどの穢れなき白。そこから根元に向かって、深海を思わせる深い深い蒼へと、息を呑むようなグラデーションを描いている。

あの青黒く不格好だったリヴァイアサンの爪が、極上のミスリルと完璧に融合し、滑らかで鋭利な流線型のフォルムを形作っていた。

ガード部分は極端に小さく、洗練されている。

刀身そのものが魔法の増幅器であるかのように、周囲の魔力を吸い込んでは微かに明滅を繰り返していた。

そして何より私の目を引いたのは、柄の底――ポンメルに施された精緻な王冠の意匠と、そこに埋め込まれた青く輝く巨大な宝石だった。

 

(うそ、でしょ……?)

 

胸の奥で、心臓が早鐘のように打ち始める。

デザインの指定など、一切していない。ただ「軽くて魔力が馴染むもの」とだけ伝えたはずだ。

それなのに。

少しずつ細部の意匠は異なれど、そのシルエット、その色合い、その威厳ある王冠の飾り。

それは、かつて私が前世で――フォンテーヌの地で振るっていた杖、『静水流転の輝き』に酷似していたのだ。

 

(どうして……。偶然? それとも、私の心の奥底に残っていた未練が、神の鍛冶を通して具現化した?)

 

目頭が熱くなる。

五百年間の孤独な記憶と、異世界で生きる今の自分が、目の前の剣の輝きを通して一つに繋がったような気がした。

 

「……持ってみても?」

 

無意識のうちに、私の声は少しだけ震えていた。

 

「ええ。あなたの武器だもの」

 

ヘファイストスが優しく微笑み、顎で促す。

私は吸い寄せられるように手を伸ばし、その細身の柄を握りしめた。

ひんやりとした金属の感触。

だが、決して重くない。

私の手のひらに、まるで最初からそこにあったかのように吸い付くように馴染む。

 

「……【幕開け(サージ)】」

 

魔力を意識し、小さく鍵言を口にする。

その瞬間だった。

 

私の体から溢れ出した魔力が、何の抵抗もなく剣へと吸い込まれ、付与魔法『アビサル・ヴァラージ』の清冽な水流が瞬時に剣身を包み込んだ。

 

(……! すごい……っ! 魔力の抵抗が、全くない!)

 

私が注ぎ込んだ莫大な魔力を、一滴の無駄もなく吸い上げ、水刃へと変換してくれる。

剣が、私の身体の一部になったかのような圧倒的な万能感。

これなら、どれだけ極限まで水圧を高めても剣が耐えきれずに自壊することなどあり得ない。

 

「問題なさそうね」

 

ヘファイストスが、私の手の中で青白く発光する剣を見て満足そうに頷いた。

 

「ああ」

 

私は剣を軽く一閃させ、空気を切り裂くように、空中に美しい水の軌跡を描いてみせた。

微かな水音が響き、その後に爽やかな潮の香りが残る。

 

「名前は、あなたが決めてちょうだい」

 

ヘファイストスが腕を組み、私を見つめる。

私は柄に彫られた王冠の意匠を指で優しくなぞりながら、迷うことなく、その愛おしい名を口にした。

 

「静水流転の輝き」

 

静寂の中、私の声が部屋に響く。

ヘファイストスは少しだけ目を丸くした後、フッと息を吐いて笑った。

 

「長いわね。でも、謎の納得感がある名前ね」

 

「ふふっ、だろう? 衆水の主たるこの僕の、新たなる伝説を刻むに相応しい至高の器だ!」

 

私は華麗にターンを決め、水刃を纏った剣先をビシッと天井に向けた。

 

「ふふっ、気に入ってくれたようで何よりだわ。その剣は、間違いなく私の最高傑作の一つ。……せいぜい、オラリオの迷宮で暴れ回って、私の名を宣伝してきなさいな」

 

ヘファイストスが悪戯っぽくウインクをする。

 

「任せておきたまえ! 僕の圧倒的な輝きと共に、君の鍛冶の腕も世界中に轟かせてあげよう!」

 

新しい相棒をカチャリと優雅に専用の鞘に収めながら、私はこれから始まる輝かしい日々に思いを馳せていた。

 

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