だいぶ書き直したけど変なとこあるかもです。
「――カンパイッ!」
木製の分厚いジョッキと、繊細なガラスのグラスが、耳障りなほどの高い音を立ててぶつかり合う。
鼻をくすぐるローストミートの香ばしい匂いと、果実酒の甘い香りが漂う中、私は目の前のテーブルに並べられた最高級のスイーツの山を、どこか冷めた目で見つめていた。
(あぁ……美味い。確かにこの『
外の大通りからは、地鳴りのような歓声が絶え間なく響いてくる。
『ゼウス! ヘラ! 我らが英雄!』
『
『残るは一つ!
空を覆い尽くすほどの紙吹雪が、陽の光を乱反射してキラキラと舞い散っている。
……そう。一年前、私たちは勝ったのだ。
あの絶望的な巨体を誇り、海を支配していたバケモノ、リヴァイアサンに。
ヘラ・ファミリアのアルフィアが放った、全てを滅ぼす大魔法『
事実、あの死闘を経て、私のステイタスはついにLv.7へと到達した。
ファルナが更新された時、ロキが文字通り白目を剥いて泡を吹いて倒れたのは記憶に新しい。
二つ名も『
新たに『
(
「どうした、フリーナ。お前がそんなしかめっ面でケーキを突っついてるなんて、明日は槍でも降るのか?」
目の前の席にどっかりと腰を下ろしたバルスが、黄金色のエールを一気に呷りながら、豪快に笑った。
彼の傍らには、青白い稲妻の意匠が刻まれた巨大な大剣が立てかけられている。リヴァイアサン戦を生き延びた彼は、ついにLv.7へと到達し、二つ名を『
「……品がないわよ、バルス。英雄の宴の席で、そんな豚のような飲み方を見せないでちょうだい」
バルスの向かい側で、優雅に扇子を広げたセリアが、冷ややかな視線を送る。
紫色の豪奢なローブを纏う彼女もまた、Lv.7へとランクアップし、『
(オラリオの二大巨頭、ゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの中核を担う第一級冒険者の二人。そしてロキ・ファミリアのLv.7たる私。傍から見れば、英雄のパーティそのものだろうさ。……でもね!)
私は銀のフォークをカチンと皿に置き、わざとらしく、そして深々とため息をついてみせた。
「……黒龍に挑むなんてバカじゃないのかい?」
私の口から零れ落ちた言葉に、酒場の喧騒が、一瞬だけ遠退いたように感じた。
バルスがジョッキを置く。ガタン、と重い音がテーブルを揺らした。
「おい、水刺すなって」
彼の青い瞳には、純粋な英雄願望と、勝利の美酒に酔いしれた熱が宿っている。
(はぁ、熱血筋肉バカ特有の『なんとかなる』っていう根拠のない自信! そのせいでこっちは何度も死に直面してきたんだ!)
私は内心のイライラを抑えきれず、しかし水神としての高慢な笑みを顔に貼り付けて、彼らをねめつけた。
「いーや言わせてもらうね。ベヒーモス、リヴァイアサンと続けて勝ったからって調子に乗ってるんだろ? 陸の上、水の上、ここまではなんとかなったさ。僕のスキルで水上に道を作ることもできたしね」
「ん?」
バルスが怪訝そうに太い眉を寄せる。
私は扇子を弄るセリアと、眉をひそめるバルスの顔を交互に見据えた。
「空の上はどうするつもりだい? 足場なんてないぞ? ハシゴでも立てるのかい?」
「……っ」
私の皮肉に、バルスが息を呑む。
「相手は空飛ぶ竜なんだ。どうやって攻撃を届かせるんだい? 残光? 斬光だっけ? は覚えたし確かに強力だけど、使い手が少なすぎる」
僕は呆れたように肩をすくめてみせる。
斬撃を得意とする冒険者が強化に類する魔法やスキルを合わせて放つ体系化された技術の極致。
体系化されたと言っても口伝も口伝、伝える側は見て盗めと言わんばかりの連中だし、実用レベルの技術と威力を保持している者など、あの化け物じみたアレらを除けば冒険者の中でもほんの一握りだ。
「敵が地上に降りて来てくれる保証は無い。黒龍は知能が高いと聞く。ならばこちらが死ぬまで上空からブレスを放つだけで良いだろう?」
「それは、」
セリアが反論しようと扇子を閉じた。
彼女の翠の瞳が、プライドと焦燥で僅かに揺れる。
「私の『
「魔法だって万能じゃない」
私はセリアの言葉を冷酷に遮った。
「かろうじて届いた程度の魔法で倒せるなんて考えているんじゃ無いだろう? リヴァイアサンの時を思い出せ。あれだけ巨大な的ですら、全魔法使いが魔力暴発ギリギリまで撃ち続けてようやく沈んだんだぞ。空を高速で飛び回る相手に、的確に大魔法が当たる確率がどれだけある?」
「……ッ」
セリアが唇を噛み、バルスはバツが悪そうに視線を逸らした。
言葉を区切り、私はとどめとばかりに言い放った。
「今のままでは犬死にだ。少なくとも空に足場を作れなければ挑戦すら烏滸がましい。空を飛べる何かがなければ負けは必至だろう?」
酒場のテラス席に、重い沈黙が降り下りた。
遠くから聞こえてくる民衆の歓声が、まるで別世界の出来事のように響く。
(わかってる。私だってわかってるんだ。こいつらだって、薄々は感じてるはずなんだよ)
黒龍――古代から下界を脅かし続け、いまだ誰も討伐できていない、絶望の象徴。
陸の王者と海の覇王を倒したことで、オラリオの熱狂は頂点に達している。
『これで最後だ』『三大クエストの完全制覇だ』と。
でも、現実を見ろ。
空を飛ぶ超大型の怪物に対して、近接物理アタッカーはどうやって攻撃を届かせる?
ゼウス・ファミリアの団長であるマキシムも、ヘラ・ファミリアの女帝レグナントも、圧倒的な個の力を持っているのは事実だ。
アルフィアの魔法も規格外だ。
しかし、届かなければ意味がない。
(だいたい、なんで私が空飛ぶトカゲ相手に命を懸けなきゃいけないの!? 私はようやく手に入れた究極のステイタスとスキルで、一生ふかふかのベッドでゴロゴロしながら極上のスイーツを食べて生きていきたいの! どうしてこの狂った空気の中で、死地に向かうのが前提みたいになってるのよ!)
内心で血の涙を流しながら叫ぶが、私の顔は『
「……分かってるさ」
沈黙を破ったのは、バルスだった。
彼は自分の太い両手をじっと見つめ、ギリッと強く拳を握りしめた。
「お前の言う通り、空を飛ばれたら俺の剣は届かねぇ。でもな、フリーナ。……もう止まれねぇんだよ」
「止まれない? 馬鹿を言え、逃げる勇気がないだけだろう」
「違うわ、フリーナ」
セリアが、いつもの妖艶な余裕を消し去った、真剣な瞳で私を見た。
「街の声が聞こえないの? 『英雄』を望む彼らの声が。ゼウス様も、ヘラ様も、そしてマキシム様もレグナント様も……誰も立ち止まる気なんてない。千年間、誰も成し得なかった人類の悲願が、今まさに手の届くところにあるのよ」
「呪いだよ、そんなものは」
私は吐き捨てるように言った。
「他人の期待なんて、自分を縛る見えない鎖だ。英雄願望? 笑わせる。そんなもののために、確実な死へ向かうというのかい?」
「ああ、行くさ」
バルスが顔を上げ、私を真っ直ぐに射抜いた。
「俺は、ゼウス・ファミリアの男だ。ゼウス様が掲げた『真の英雄の時代』を作る。そのために、俺はこの命を懸けるって決めたんだ。空だろうが宇宙だろうが、俺の雷で撃ち落としてやる!」
「……全く、熱血馬鹿はこれだから困るわね」
セリアが呆れたようにため息をついたが、その唇の端には、バルスと同じ、どうしようもないほどの『覚悟』の笑みが浮かんでいた。
「でも、私も同意見よ。ヘラ・ファミリアの女として、ここで背を向けるなんてプライドが許さない。黒竜の首を落として、最強を証明してみせるわ」
(……あぁ、ダメだ。こいつら完全にイカれてる)
私は頭を抱えそうになるのを必死に堪え、優雅に紅茶のカップを持ち上げた。
(冒険者の業。英雄になりたいという不治の病。……そして、このオラリオ全体を包む、熱狂という名の集団催眠。誰もこの勢いを止められない。ギルドのウラノスですら、このうねりを止めることはできないだろう)
リヴァイアサン戦で、私は彼らと数え切れないほどの死線を越えてきた。
私がスロースターターで力を発揮するまでの間、バルスがボロボロになりながら前線を支え、セリアが血を吐きながら魔法で援護してくれた。
今更、「じゃあ僕はお留守番しているよ」と見捨てることは……癪だが、この私にもできない。
(クソッ……! 500年演じきった私に、どうしてこんな泥臭い感情が芽生えちゃってるのよ!)
カップをカチンとソーサーに戻し、私は深く、これ以上ないほど深い息を吐き出した。
「……やれやれ。君たちのような凡人の世話を焼くのも、神たる僕の務めというわけか」
私が大仰に肩をすくめると、バルスとセリアが驚いたように目を丸くした。
「勘違いするなよ、バルス。君たちが無様に焼き尽くされるのを見るのが忍びないだけさ」
私はステッキ代わりに買った杖をくるりと回し、テラスの床をコツンと叩いた。
「空に足場がないなら、僕が作ってやるしかないだろう?」
「……作れるのか? 空に?」
セリアが信じられないという顔をする。
「フン、誰に向かって口を利いているんだい? 僕は正義と法の神、そして衆水の主たるフリーナだよ! 魔法を空中に展開し、それを高圧で固定して足場にする。……僕の『
本当はぶっつけ本番の理論上の話だ。
空中に水を展開して足場にするなど、どれほどの精密な魔力操作と集中力が必要か想像もつかない。
私一人なら空でも戦える。
だが他人を空に上げる場合、一歩間違えれば足場が崩れてそこに居た誰かが墜落死する。
(でも、やるしかないじゃない! こいつらを死なせないために! そして私が生き残って、帰ってきて極上のスイーツを食べるために!)
「はははっ! さすがはお前だ、フリーナ! 頼りにしてるぜ!」
バルスが立ち上がり、私の背中をバンバンと叩いた。
「痛い痛い! 気安く触るな筋肉ダルマ!」
「ふふっ……ええ。貴方のその出鱈目な魔法があれば、空でも戦えるわね」
セリアが安堵したように微笑み、ワインのグラスを掲げた。
(あぁ、もう! 行くしかないのね、本当に! 伝説の、生きた災害であるあの黒龍のところへ!)
私の心の中では、大粒の涙が滝のように流れていたが、顔には不敵で高慢な笑みを浮かべ続けた。
1年後。
太陽がまだ完全に昇りきらない、薄紫色の朝焼けの空。
オラリオの巨大な北門の前に、ゼウス、ヘラ、そして私たちのようなそれ以外のファミリアの第1級冒険者の遠征隊が集結していた。
アレだけの空気の中ウラノス達はよくここまで時間を稼げたものだと思うが遂にこの時が来てしまった。
冷たい風が吹き抜ける中、鎧が擦れ合う重厚な金属音と、軍馬のいななきが響く。
沿道には、夜明け前だというのに、数え切れないほどの群衆が押し寄せていた。
『行けぇええっ!』
『人類の悲願を! 黒龍の討伐を!』
『ゼウス! ヘラ! 俺たちの英雄!』
地鳴りのような歓声が、私たちの足元をビリビリと震わせる。
「……すごい熱気だな」
バルスが、大剣の柄を握りしめながら、武者震いするように呟いた。
「ええ。これが、私たちに託された期待の重さよ」
セリアが、いつになく緊張した面持ちで、ローブの襟元を直す。
前方には、ゼウス・ファミリアの団長マキシムの背中と、ヘラ・ファミリアの女帝レグナントの姿が見える。さらにその奥には、アルフィアの姿も。
誰もが、己の勝利を微塵も疑っていないような、狂気すら孕んだ英雄の顔をしていた。
(バカばっかりだ。本当に、救いようのないバカばっかり……)
私は深くフードを被り、腰に提げたレイピアにそっと触れた。
ステイタスはオールS、魔力に至っては限界突破のSSS。
私の中に眠る『
「……行くぞ!」
マキシムの号令と共に、巨大な北門が重々しい音を立てて開かれ始めた。
バルスが前を向き、セリアがそれに続く。
私は小さく息を吸い込み、そして、いつものように華麗なターンを決めてマントを翻した。
「ふふん! 僕の圧倒的なパフォーマンスに、せいぜい遅れを取らないようにしたまえよ! さあ、僕の華麗なる舞踏会(ラスト・ダンス)の幕開けだ!」
オラリオの民衆の熱狂を背に受けながら、私たちは北の最果て、黒龍が待つ竜の谷へと続く荒野へと踏み出した。
(絶対に、絶対に生き残ってやるんだから! この私が、空飛ぶトカゲなんかの餌になってたまるもんですか!)
内に秘めた俗物極まりない生存欲求と、狂気に満ちた英雄たちの熱波が交差する中、人類の存亡を懸けた最後の『