ダンジョンに元水神がいるのは間違っている   作:白黒ととか

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EP3

「ギャウッ!」

「【幕開け(サージ)】! からの、【蓋開け(アビス)】!!」

 

薄暗いダンジョンの7階層。

青白く発光する苔の光だけが頼りの洞窟内に、轟音と共に爆発的な水しぶきが弾け飛んだ。

高水圧の刃と化した激流が、突進してきていたキラーアントの硬い甲殻を紙切れのように易々と両断し、周囲の岩壁ごと抉り取る。

断末魔を上げる間もなく、六本足の巨大な蟻たちはパラパラと灰に変わり、後には紫黒く輝く魔石と、ドロップアイテムの『強殻』だけが転がっていた。

 

「ふははははっ! 素晴らしい! 僕の圧倒的なパフォーマンスの前に、ひれ伏すがいい!」

 

誰もいない洞窟の中で、私は華麗にステップを踏みながら高笑いした。

 

(やばい! マジで私、最強すぎ!?)

 

両手に抱えきれないほどの魔石を拾い集めながら、私は内心で歓喜のダンスを踊っていた。

冒険者登録をしてから数週間。私はソロでダンジョンに通い詰め、ひたすらこの水魔法を乱発する毎日を送っていた。

スキル『衆水頌歌(オード・フォカロルス)』の恩恵は絶大だ。

どれだけ強力な魔法を放っても、精神力(マインド)が一切すり減らないと言っても過言では無いほどに消費を感じない。

付与魔法であるが少し特殊なのか精神力(マインド)を込めれば込めるだけ水の量は増えていく。

対して精神力(マインド)の消費は本来100必要なリソースが10程度、場合によっては5や1しか減ってないような感覚がある。

つまり、他の魔法使いが数発撃ってバテてしまうような大技を、私は息をするように連発できるのだ。

 

 

(これぞチート! 500年の苦行を耐え抜いた私への、世界からのささやかなボーナス! ゴブリンだろうがキラーアントだろうが、水圧でまとめてミンチにしてやるわ!)

 

ホクホク顔で魔石を袋に詰め込むと、私は足取りも軽く地上への帰路についた。

 

 

オラリオの北西、第七区に位置する『ギルド』本部。

私がカウンターに麻袋をドサッと置くと、担当アドバイザーであるミリアさんの眼鏡がキラリと光った。

 

「……フリーナ様。これは、一体なんですか」

「見ればわかるだろう? 今日の僕の輝かしい戦果さ。さあ、とっとと換金してくれたまえ!」

 

ミリアさんは無表情のまま袋の中身を確認し、やがて深々とため息をついた。

 

「……7階層に出現するキラーアントの魔石が五十個。それにゴブリンとコボルトの魔石が合わせて百個以上……。レベル1のソロ冒険者が、たった半日で持ち帰る量ではありません。何度も言いますが、ダンジョンを甘く見ないでください。精神疲労(マインドダウン)でも起こせば、即座に死に直結しますよ」

「ふんっ! 僕をその辺の凡骨と一緒にしないでいただこう! 僕にとっては散歩のようなものさ!」

 

(ごめんミリアさん! 心配してくれてるのは分かるけど、精神疲労(マインドダウン)なんて今のペースじゃ一生起きないのよ私!)

 

呆れ顔のミリアさんからずっしりと重いヴァリスの入った革袋を受け取ると、私は足早にギルドを後にした。

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

カランコロンとベルを鳴らして入ったのは、西のメインストリートにある小洒落たカフェだ。

 

「ふふっ、いつもの席を頼むよ。それと、今日はこの店のショーケースにあるケーキ、端から三つずつ持ってきてくれたまえ!」

「ひゃ、ひゃいっ! かしこまりました!」

 

店員の女の子が慌てて厨房へと走っていく。

 

(よっしゃあああ!! これよ、これ! このために私は薄暗くてカビ臭い洞窟に毎日潜ってるの!)

 

やがて、テーブルの上に宝石のように輝くフルーツタルト、濃厚なチョコレートのオペラ、そしてフワフワのシフォンケーキがずらりと並べられた。

フォークを手に取り、タルトを一口サイズに切り分けて口に運ぶ。

サクッとした生地の食感と共に、カスタードの甘みと果実の酸味が口いっぱいに広がった。

 

(う、うっま〜〜〜〜っ! フォンテーヌの最高級スイーツにも引けを取らない! ダンジョンの血生臭さも一瞬で浄化されるわ!)

 

頬を押さえ、私は至福の吐息を漏らした。

ダンジョンで魔石を乱獲し、大金を得て、そのお金でオラリオ中の美味いスイーツを食い尽くす。

そして残ったお金で、ふかふかのベッドがある高級宿屋に……とはいかないまでも、今の宿屋の部屋に最高級の羽根布団を買い込む。

 

(完璧。完璧すぎる第二の人生。誰かと命懸けの冒険? 馬鹿馬鹿しい。私はこうやって、安全圏でチマチマ稼いで、遊んで暮らすの!)

 

「……おや、フリーナじゃないか。こんなところで奇遇だね」

 

不意に、背後から爽やかな声がかけられた。

ビクッとして振り返ると、そこには金髪碧眼の小人族(パルゥム)、フィンが立っていた。

その後ろには、険しい顔をしたエルフのリヴェリアと、腕組みをしたドワーフのガレスの姿もある。

 

(うっわ、出たよロキ・ファミリアの初期メン! せっかくのスイーツの味が落ちる!)

 

内心の舌打ちを隠し、私はスッと優雅に紅茶のカップを持ち上げた。

 

「これはこれは、奇遇だねフィン。君たちも僕の優雅なティータイムを拝見しにきたのかな?」

「ははっ、相変わらず元気そうだ。実は今、宿屋の酒場でリヴェリアとガレスがまた揉めてしまってね。少し外の空気を吸いに来たところなんだ」

 

フィンが困ったように笑う。

 

「……フン。この野蛮なドワーフが、私の魔法の詠唱速度に難癖をつけてきたのだ。戦場での配慮が足りんと」

「事実じゃろうが! エルフの長い詠唱を待つ間、前衛の儂がどれだけ敵の攻撃を引き受けなきゃならんと思っとる! 少しは立ち回りを考えんか!」

「ならお前がもう少し敵を素早く殲滅すればいい話だろう。鈍重な斧を振り回すしか能がないくせに」

「なんだと耳長ァ!!」

 

カフェの中でバチバチと火花を散らす二人。周囲の客たちが怯えたように席を立ち始める。

 

(クソしょうもねぇ……)

 

「お、おっと! 僕はそろそろ次のインスピレーションを探しに街を視察しなければ! じゃあねフィン、君たちもせいぜい仲良くしたまえ!」

 

私はテーブルの上に銀貨を叩きつけると、残りのタルトを一口で胃に放り込み、華麗なターンで店から逃亡した。

 

 

そんな風にして、ギスギスしたファミリアの面々を避けながらソロ活動を続けていたある日のこと。

 

私は調子に乗って、ダンジョンの10階層まで足を伸ばしていた。

 

「うわぁ……何これ、前が見えない」

 

10階層から下は、ダンジョンのギミックとして常に濃い霧が立ち込めている。

湿った空気が肌にまとわりつき、視界は数メートル先までしか見通せない。

 

(ちょっと深入りしすぎたかな……。まあでも、オークの魔石は高く売れるし、ケーキ十個分だと思えば!)

 

ピチャ……。

 

不意に、背後の霧の中から足音が聞こえた。

 

「ん?」

 

振り返った瞬間、霧を裂いて赤黒い刃が飛んできた。

 

「ヒッ!?」

 

咄嗟に身をよじって躱す。刃は私の頬を掠め、後方の岩壁に突き刺さった。

霧の中から現れたのは、豚の頭を持った二足歩行の怪物、オークの群れだ。

ざっと見て、十体以上はいる。しかもその背後には、蝙蝠のような羽根を持つインプの群れが空を飛んでいた。

 

(嘘でしょ!? こんな数、湧くのかよ! これがミリアさんの言ってた『怪物の宴』ってやつ!?)

 

「ブモォオオオッ!!」

 

オークたちが一斉に得物を振り上げ、襲いかかってくる。

 

「くっ……【幕開け(サージ)】!」

 

足元に水流を展開し、迎撃の構えをとったその時。

 

「ハッ! そこを退け、チビっ子!」

 

頭上から、雷鳴のような怒声が響いた。

直後、空から青白い稲妻を纏った大剣が、オークの群れのど真ん中に叩き込まれた。

ドゴォオオオオオンッ!!

凄まじい爆発が起こり、霧が吹き飛ぶ。雷撃の直撃を受けた数体のオークが、一瞬にして消し炭となって灰に変わった。

 

「……え?」

 

「あらあら、随分と手こずっているようね。見かねて手を貸してあげたわよ、下級冒険者さん」

 

さらに、霧の奥から優雅な足音と共に、一人の女性が現れた。

豪奢な紫色のローブを纏った、プライドの高そうなヒューマンの女魔法使いだ。

そして、オークの群れに飛び込んでいったのは、筋骨隆々とした大男。彼の肩には『雷と槍』のエンブレム。女のローブには『女神と杖』のエンブレムが刻まれている。

 

(ゼウス・ファミリアと、ヘラ・ファミリア……!? オラリオの二大巨頭じゃない!)

 

「オラァッ! 消え失せろ雑魚ども!」

 

雷の大剣を振り回す男の動きは、圧倒的だった。オークの分厚い肉体をバターのように切り裂き、インプを雷撃で次々と撃ち落としていく。

女魔法使いも、短い詠唱で的確に炎の槍を放ち、残った敵を殲滅していく。

ものの数十秒で、十数体の怪物の群れは完全に消滅してしまった。

 

「ふぅ。こんな浅層で手間取らせるなよな。おいチビっ子、怪我はないか?」

 

男が大剣を肩に担ぎ、ニカッと笑ってこちらを振り返る。

女魔法使いは鼻で笑い、私の薄着の衣装をジロジロと見た。

 

「随分と奇抜な格好ね。防御力なんて皆無じゃない。ロキのところの新人? ソロでここまで来るなんて、命知らずにも程があるわよ」

 

(……ムカッ!)

 

助けられたとはいえ、その上から目線に私のプライドが刺激された。

私はスッと背筋を伸ばし、大仰に腕を広げた。

 

「ふん! 誰が助けを求めたと言ったんだい! 僕は正義と法の神、フリーナ! 君たちがしゃしゃり出てこなければ、僕の圧倒的な魔法で水浸しにしてやるところだったんだ!」

「はぁ? なんだこいつ。頭おかしいのか?」

 

男が目を丸くする。

 

「口の減らない新人ね。いいわ、ならその実力、見せてもらいましょうか」

 

女魔法使いが扇子を口元に当て、冷ややかに目を細めた。

 

「望むところだ! その目によーく焼き付けておくんだね!」

 

直後、霧の奥から新たな増援――五体のオークが現れた。

私は華麗にターンを決め、ステッキ代わりに買った安物の杖を突きつけた。

 

「【幕開け(サージ)】! 【蓋開け(アビス)】!!」

 

ドドドドドッ!!

私の周囲から放たれた無数の高圧水刃が、オークの群れを瞬く間に切り刻み、灰に変える。

 

「……なっ」

「おいおい、嘘だろ? あんな短文詠唱で、あの威力かよ……!」

 

男と女が、信じられないというように目を見開いた。

 

(ふふん! 見たかオラリオ最強ファミリアの下っ端ども! これが私のチート火力よ!)

 

「どうだい? 僕のパフォーマンスは! 君たちのような凡人には、到底真似できない芸当だろう?」

 

私がドヤ顔で振り返ると、二人は顔を見合わせ、やがて腹を抱えて笑い出した。

 

「はははっ! すげぇなお前! 口だけじゃねぇのかよ!」

「ふふっ、面白い子ね。生意気だけど、その火力は認めてあげるわ」

 

 

あの日、ダンジョンの10階層で立ち込める濃霧の中、オークの群れから私を(勝手に)救出し、逆に私の圧倒的な魔法火力を見せつけられて度肝を抜かれていた二人。

 

ゼウス・ファミリアの雷剣使い、バルス。

ヘラ・ファミリアの女魔法使い、セリア。

 

彼らはオラリオ最強ファミリアに所属しているものの、まだレベル2から3あたりの「下っ端」らしい。

 

最強派閥特有の余裕なのか、彼らは私の高飛車な態度を「面白いペット」でも見るかのように受け入れ、気が向くと探索に同行するようになったのだ。

 

オラリオの二大巨頭とも言える最強派閥に所属する彼らとの奇妙な交流は、その日を境に、私のダンジョンライフの日常へと組み込まれていった。

 

 

 

「――【幕開け(サージ)】!」

 

薄暗い岩肌が続く11階層の通路。

私の足元に青白く発光する水流が展開され、周囲の空気が急速に冷え込む。

 

「ウホォオオオッ!!」

 

岩陰から飛び出してきたのは、身の丈2メートルを超える大猿の魔物――シルバーバックだ。分厚い胸板を両手で叩き、凄まじいドラミングの音を響かせながら私に向かって突進してくる。

さらにその後ろからは、硬い甲殻を持ったアルマジロ型の魔物、ハードアーマードが体を丸めて高速で転がってきた。

 

(うっわ、また面倒くさいのがセットで来た! でも、動きが直線的なら的でしかないわね!)

 

「【蓋開け(アビス)】!」

 

爆散鍵(スペルキー)を叫んだ瞬間、私の周囲に渦巻いていた水流が超高圧の水刃へと変貌し、全方位に向かって弾け飛んだ。

 

ドドドドドッ!!

 

「ガハッ!?」

「ギチィッ!」

 

シルバーバックの分厚い筋肉も、ハードアーマードの強固な甲殻も、私の水刃の前では紙切れと同義だ。

一瞬にして細切れにされた魔物たちは、断末魔を上げる間もなくパラパラと灰に変わり、後には紫黒い魔石だけがカラン、と石の床に転がった。

 

「はははっ! 相変わらず容赦ねぇ火力だな、チビっ子!」

「……本当に、どういう理屈で精神疲弊(マインドダウン)を起こさないのかしら。常識外れにも程があるわ」

 

頭上から降ってきた豪快な笑い声に振り返ると、一段高い岩棚からバルスが飛び降りてくるところだった。

その後ろから、紫色の豪奢なローブを翻し、セリアが扇子で口元を隠しながら優雅に歩いてくる。

バルスの肩には『雷と槍』、セリアのローブには『女神と杖』のエンブレムが刻まれている。

 

(出たわね、ゼウスとヘラの中堅コンビ。最近よく会うわね、この人たち)

 

私はスッと背筋を伸ばし、ステッキ代わりに買った安物の杖をクルリと回してポーズを決めた。

 

「ふふん! 当然だろう? 衆水の主たるこの僕にかかれば、下等な魔物など水遊びの相手にもならないさ! それよりバルス、僕をチビっ子と呼ぶのはやめたまえ。不敬罪で水浸しにするよ?」

「悪ぃ悪ぃ! でもよ、お前みたいな小柄な女の子が、顔色一つ変えずにぶっ放す魔法じゃねぇんだよなぁ」

 

バルスはニカッと笑いながら、私の頭をガシガシと乱暴に撫で回した。

 

(痛い痛い! 力加減バカ男! せっかくセットした髪型が崩れるでしょ!)

 

内心で猛烈なツッコミを入れながらも、私は外面を崩さずに彼の腕を振り払った。

 

「それにしても、今日もいい稼ぎね。そんなに魔石を集めて、一体何に使うつもり?」

 

セリアが、私が地面から拾い集めた大量の魔石の袋を見て、呆れたようにため息をついた。

 

「オラリオ最強のファミリアに所属している君たちには分からないだろうね。これはただの石じゃない。僕の輝かしい未来――すなわち、極上のスイーツへのチケットさ!」

 

私は魔石の袋を胸に抱きしめ、うっとりと目を閉じた。

 

「今日の稼ぎなら、第七区にある『シフォン・ド・ルージュ』の新作タルトが三つ……いや、五つは買える! さらに『星屑のショコラティエ』の限定トリュフも追加できるね! あぁ、想像しただけで頬が落ちそうだ!」

「……あんたねぇ」

 

セリアが扇子でペシッと自分の額を叩いた。

 

「ゼウス様やヘラ様が率いる本隊は、今も下層の未踏領域を開拓して命懸けで戦っているっていうのに。あんたみたいに規格外の魔法が使えるなら、少しは冒険者らしい志ってもんはないわけ?」

「ないね! 断言しよう!」

 

私は胸を張って言い切った。

 

「他人のために命を懸ける? 馬鹿馬鹿しい! 僕は僕のために生き、僕のために極上のスイーツを食べるのだ! ふかふかのベッドと甘いお菓子、これ以上の至福がこの世に存在するものか!」

「ははははっ! お前、本当にブレねぇな! 清々しいくらいのエゴイストだぜ!」

 

バルスが腹を抱えて大笑いする。

 

(笑い事じゃないよ! こっちは500年も演技し続けてきたんだ! 第二の人生くらい、徹底的に自分を甘やかしてやるんだから!)

 

 

それからさらに数日後。

ダンジョンの12階層、中層へと続く階段へ向かう長い大広間でのことだ。

 

「ギャオォオオオオッ!!」

 

耳をつんざくような咆哮が洞窟内に響き渡った。

全長4メートルほどの、鱗に覆われた爬虫類――インファントドラゴンだ。

上層における実質的なボスとも言える希少種であり、その凶悪な顎から吐き出されるブレスは、並の冒険者を一瞬で消し炭にする。

 

「オラァッ! 大人しくしやがれ、トカゲのデキソコナイが!」

 

バルスが青白い稲妻を纏った大剣を振り被り、ドラゴンの分厚い鱗に叩き込む。

 

「【燃え盛れ、紅蓮の飛槍 我が敵を撃ち落とせ】!レッド・カルヴァリン」

 

後方からはセリアの短い詠唱と共に、高熱の炎槍が放たれ、ドラゴンの背中に直撃した。

 

「ギャアァアアッ!」

 

悲鳴を上げるドラゴン。しかし、まだ倒れない。

太い尻尾を振り回し、バルスを薙ぎ払おうとしたその瞬間。

 

「ふふっ、隙ありだね! 【蓋開け(アビス)】!」

 

私は岩陰から飛び出し、戦場のど真ん中へ向かって高圧の水刃を乱射した。

 

ドドドドドッ!!

 

鋭い水の刃が、バルスとセリアの攻撃でボロボロになっていたドラゴンの首元に深々と突き刺さる。

 

「ギャッ……」

 

インファントドラゴンは力なく崩れ落ち、そのまま灰となって消滅した。

後に残されたのは魔石のみ。

 

「よーし! 美味しいところは僕がいただいたよ! この魔石、高く売れそうだね!」

 

私がスキップしながら鱗を回収していると、バルスが大剣を肩に担ぎながら苦笑いした。

 

「おいおいフリーナ、お前また俺たちの獲物を横取りしやがったな!?」

「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。僕は君たちのピンチを華麗に救ってあげたんだ。感謝の言葉こそあれ、文句を言われる筋合いはないね!」

「どこがピンチだったのよ。あと数秒で私が丸焼きにしてやったのに」

 

セリアがジト目で私を睨みつける。

 

(ふふん! 安全圏からトドメだけ刺す! これぞソロ冒険者の生存戦略よ! 精神力(マインド)消費ゼロの私には横這いも同然ね!)

 

その後、私たちは12階層の広間の隅で、焚き火を囲んで短い休息を取ることにした。

バルスが携帯食料の硬い干し肉をワイルドに引きちぎり、セリアが水筒の水を上品に飲んでいる横で、私は魔法で沸かしたお湯を使い、持ち込んだ最高級の茶葉で優雅に紅茶を淹れていた。

 

「……お前、ダンジョンにティーセット持ち込んでる冒険者なんて、世界中探してもお前だけだぞ」

 

バルスが呆れたように私を見る。

 

「ふん、戦いの後の一杯は心の潤いだからね。君たちのように干し肉の脂で胃を誤魔化すような無粋な真似は、神である僕には耐えられないのさ」

 

紅茶の香りを楽しみながら、私はフッと息をついた。

 

「それにしてもバルス。君たちはなぜそんなに躍起になってダンジョンの奥深くを目指すんだい? ゼウス・ファミリアともなれば、もう十分すぎるほどの名声と富を得ているだろうに」

 

私の問いに、バルスは干し肉を飲み込み、真剣な目つきで炎を見つめた。

 

「……名声や富のためじゃねぇよ。俺たちの目標は、ゼウス様やヘラ様が掲げる『悲願』の達成だ」

「悲願?」

「あぁ。世界を脅かす三大クエスト……その達成さ」

バルスはぎゅっと拳を握りしめた。

「俺はよ、絶対にあいつらを……第一級冒険者の先輩たちを超えてみせる。そして、ゼウス様が語る『真の英雄の時代』を作るんだ。俺は、その最前線に立って、三大クエストの怪物をこの大剣でぶっ飛ばしてやる!」

 

彼の瞳には、純粋で熱い炎が燃えていた。

セリアも黙って頷き、バルスの言葉を肯定している。

 

(うっわぁ……出たぁ、熱血主人公みたいなテンプレ英雄願望。絶対死ぬやつじゃんそれ。3大クエストとか、聞くだけでラスボス臭が半端ないんですけど。絶対巻き込まれたくないわ!)

 

内心で全力のツッコミを入れながら、私は優雅にティーカップを傾けた。

 

「ふふっ……英雄、か。暑苦しい夢だね。君たちにはお似合いかもしれないが、僕には縁のない話だ」

「なんだよ、お前ほどの才能があれば、英雄にだってなれるかもしれねぇのに」

「お断りだね! 世界を救うなんて面倒なことは、筋肉馬鹿に任せておけばいいのさ。僕の使命は、このオラリオに存在する全ての甘美なるスイーツを採点し、堪能し尽くすことだからね!」

 

私が大仰に腕を広げて宣言すると、二人は顔を見合わせ、やがて噴き出すように笑い声を上げた。

 

 

さらに数日後。

私たちは12階層の、魔物が出現しない小さな安全地帯で顔を合わせた。

バルスとセリアはこれから中層へ降りる準備をしており、私は今日の狩りを終えて帰還しようとしていたところだった。

 

「はぁ……」

 

岩に腰掛け、私はわざとらしく大きなため息をついた。

 

「どうした、フリーナ。今日はえらく元気がないじゃないか。ケーキの食べ過ぎで胃もたれか?」

 

バルスが剣の刃を布で拭きながら、面白そうに聞いてくる。

 

「失礼な。僕の胃袋はスイーツに対して無限の宇宙を持っているよ。だがね……」

 

私は肩をすくめ、憂鬱そうに首を振った。

 

「オラリオの職人たちもなかなか良い仕事をしている。フォンテーヌの洗練された味には及ばないけれど、それでも楽しませてもらった。……けれど、少しマンネリ気味なんだ。有名店のスイーツはあらかた食べ尽くしてしまってね。もはや、僕の舌を驚かせるような未知の刺激が存在しないのさ」

 

大げさに嘆いてみせると、セリアがローブの埃を払いながら、扇子をパチンと閉じた。

 

「……ふーん。未知の刺激、ね。なら、あんた、18階層のスイーツは食べたことあるの?」

「……え?」

 

私はピタリと動きを止めた。

 

「18階層? ダンジョンの中に、スイーツがあるというのかい?」

「ええ。18階層は『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』と呼ばれる安全階層よ。そこには、ダンジョンの魔力と大自然が結晶化したような、独自の生態系があるわ」

 

セリアは面白そうに目を細め、言葉を続けた。

 

「たとえば、『雲菓子(ハニークラウド)』」

「ハ、ハニークラウド……!」

「18階層の南の森林地帯にだけ自生する巨大な樹木の蜜が、階層特有の湿気と魔力に反応して、空中で結晶化したものよ。見た目は本物の綿雲みたいにフワフワなんだけど、口に入れた瞬間にスッと溶けて、脳が痺れるほど濃厚で上品な甘みが広がるの」

「……っ!!」

 

私の口の中に、じゅわっと唾液が広がる。

 

「それから、『水晶飴(クリスタルドロップ)』」

「ク、クリスタルドロップ……っ!!」

「西の湖畔、特定の岩場にしかできない透き通った宝石のような飴よ。外側はパリッとした薄い飴細工みたいになっていて、噛み砕くと、中から果汁のように甘くて冷たい雫が一気に溢れ出してくるわ」

 

セリアの妖艶な笑みと共に語られるその描写に、私の脳内で盛大なファンファーレが鳴り響いた。

 

(うおおおおおぉぉぉぉっ!! 何それ!! 絶対美味いやつ!! フワフワからのスッと溶ける雲!? パリッからのジュワッと溢れる水晶!? 地上じゃ絶対食べられない幻のスイーツじゃないの!!)

 

「ど、どうしてそれを早く言わないんだいセリア!!」

 

私は岩から飛び降り、セリアに詰め寄った。

 

「素晴らしい! それこそが僕の求めていた未知の刺激だ! ダンジョンの魔力が生み出した奇跡の甘味……ふふっ、この僕が直々に味わってやる価値があるね!」

 

私が目を輝かせていると、バルスが慌てて割って入ってきた。

 

「おいおいセリア、こいつを焚きつけるなよ。フリーナ、冷静になれ。18階層に行くには、13階層から始まる『中層』を抜けなきゃならねぇんだぞ」

 

バルスの顔から笑いが消え、真剣な表情になる。

 

「中層は上層とは別次元だ。『最初の死線』って呼ばれてる。遠距離から炎を吐くヘルハウンドや、俊敏なアルミラージがうじゃうじゃいる。レベル1のソロ冒険者が、遊び半分で行って生きて帰れる場所じゃねぇ。確実に死ぬぞ」

 

バルスの警告は、至極真っ当なものだった。

普通のレベル1の冒険者なら、一歩足を踏み入れた瞬間に黒焦げにされるか、首を飛ばされるだろう。

……だが。

 

「ふん! 僕を誰だと思っている!」

 

私は外套をバサァッと翻し、バルスを見下ろすように胸を張った。

「たかが中層の魔物ごときに、衆水の主たるこの僕が後れをとるはずがないだろう! 僕の無限の精神力(マインド)と、この魔法があれば、近づかれる前に水圧カッターで全部ミンチにしてやるさ!」

 

(ソロで中層……確かにリスクはある。でも、幻のスイーツが私を呼んでいる! あんな美味しそうな描写を聞かされて、我慢できるわけがないじゃない! 私のチート能力の全てを懸けて、絶対に18階層のリゾートを満喫してやるんだから!)

 

「おいおい、本気かよ……?」

 

バルスが引きつった顔で私を見る。

セリアは扇子で口元を隠し、「ふふっ、死なないようにね」と面白そうに笑っていた。

 

「待っていろ、18階層! 雲菓子と水晶飴は、この僕が全て平らげてやる!」

 

薄暗いダンジョンの安全地帯に、私の自信に満ちた(そして欲望に塗れた)高笑いが響き渡る。

新たな目標――幻のスイーツへの飽くなき欲望を胸に秘め、私はついに、未知なる『中層』への階段を下りる決意を固めたのだった。

 

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