「貴方も戦うのよ、フリーナ」
セリアが、有無を言わさぬ冷徹な瞳で私を見下ろし、マントの襟首を掴んだ手を絶対に離そうとしない。
「……えぇ!?」
『グオォォォォォォォォォォッ!!』
私の間抜けな悲鳴を完全に掻き消すほどの、凄まじい咆哮。
17階層の大広間を揺るがす地響きと共に、全高7メートルを超える灰褐色の巨人――階層主『ゴライアス』が、その丸太のような両腕を天高く振り上げた。
見上げれば、天井の岩肌に届きそうなほどの圧倒的な質量。それが、明確な殺意を持って私たち三人へと叩きつけられようとしている。
(うっそでしょおおおおおっ!? なんで私がこんな目にぃぃぃぃっ!?)
内心で血の涙を流しながら絶叫する。逃げたい。今すぐ回れ右をして18階層の安全地帯まで全力ダッシュしたい。けれど、セリアの細い腕のどこにそんな馬力があるのか、襟首を掴まれた身体はビクともしない。
「オラァアアアアッ!!」
咆哮を上げたのは、ゴライアスだけではなかった。
ゼウス・ファミリアの雷剣使い、バルスが、青白い稲妻をバチバチと纏わせた大剣を振り被り、正面から巨人へと突撃していく。
ズドォォォォォンッ!!
落雷のような轟音。バルスの大剣が、ゴライアスの巨大な拳と真っ向から激突した。
火花が散り、衝撃波が熱風となって私の顔を叩く。
「ぎゃはははっ! 硬えなオイ! 切り甲斐があるぜ!」
バルスは獰猛な笑みを浮かべ、筋骨隆々の腕を軋ませながら、ゴライアスの巨体を押し返そうと刃を食い込ませていく。
(凄い……! あの巨人の一撃を真正面から受け止めた!? いくらなんでも腕力バカすぎない!?)
「ボサッとしていないで、アンタも動きなさい!」
セリアが私を突き飛ばすように解放し、自身はスッと後方へステップを踏む。彼女の紫色のローブが翻り、優雅な所作で杖が構えられた。
「【燃え盛れ、紅蓮の飛槍】!」
短い詠唱と共に、高熱を帯びた炎の槍が空気を焦がしながら放たれる。
ドゴォォンッ!
炎槍がゴライアスの分厚い胸板に着弾し、爆発の煙が舞い上がる。
しかし。
『ゴルルルォッ!』
煙を裂いて現れたゴライアスの皮膚には、ほんの僅かに黒い焦げ跡がついただけで、ダメージらしいダメージは全く通っていなかった。
「……チッ。短文詠唱じゃ、あの分厚い皮膚を貫通しきれないわね」
セリアが忌々しげに舌打ちをし、扇子で爆炎の煙を払う。
(ちょっと待って! セリアの魔法が効かないってどういうこと!? 冗談じゃない、あの皮膚どうなってんの!?)
ゴライアスの血走った瞳が、足元でチョコチョコと動き回るバルスから、後方にいる私たちへとギョロリと向けられた。
『ゴオォォォォッ!!』
巨人が腕を大きく振り被り、私たちに向かって無造作な薙ぎ払いを放ってくる。風を裂く凄まじい
轟音が迫る。
「ヒィッ!?」
(回避回避回避! Lv.1の耐久値Cの私がまともにあんなの喰らったら、一瞬でトマトジュースになっちゃう!)
「僕の美しい顔に傷がついたらどうするんだい! 【
私はレイピアを引き抜き、魔法を起動、足元から清冽な水流が噴き出す。
私はその水を武器に纏わせるだけでなく、自身の全身を覆うように薄い水の膜を展開させた。
ゴライアスの剛腕が、私の身体を横薙ぎにしようと迫る。
私は両足を床からわずかに浮かせ、自らの周囲に高圧の水のクッションを発生させた。
ドンッ!!
巨人の腕が水流の膜に激突した瞬間。
私はその圧倒的な衝撃を正面から受け止めず、水の流れを利用してサーフィンのように横へと滑り流した。
「ふふっ、遅いね!」
石畳の上を高速で滑りながら、ゴライアスの腕をすり抜ける。
水しぶきが顔に当たり、視界が青白く滲む中、私はすれ違いざまにレイピアの切っ先を巨人の足首へと走らせた。
ガキィィィッ!!
「……っ!?」
手首に、岩盤を全力で叩きつけたような強烈な痺れが走った。
(か、硬っ!? なによこの皮膚! 全然斬れないんですけど!)
水圧の刃を纏わせたレイピアは、ゴライアスの灰褐色の皮膚をほんの数ミリ切り裂いただけで止まってしまった。中層の魔物たちを紙切れのように両断してきた私のチートが、全く通じない。
「チィッ……浅い」
わざとらしく舌打ちをしてみせるが、内心は冷や汗でビショビショだ。
(ヤバいヤバいヤバい! 攻撃が通らない! バルスみたいに雷のスキル?と筋力でゴリ押しできない私じゃ、致命傷なんて絶対無理だろ!)
「オラァ! こっちだデカブツ! よそ見してんじゃねぇぞ!」
空中に跳躍したバルスが、大剣をゴライアスの肩口に叩き込む。
ズバァァァンッ! と青い稲妻が弾け、巨人の肩の肉が大きく抉り取られる。鮮血が噴き出し、ゴライアスが苦痛と怒りの咆哮を上げた。
(すごい! バルスの攻撃はちゃんと通ってる! さすがは脳筋パワー!)
「フリーナ、バルス! 私が魔法を準備するまで、奴のヘイトを完全に引きつけなさい! 絶対にこちらへ来させるな!」
後方へ下がったセリアが、紫のローブをバサリと翻し、杖を両手で構え直した。
彼女の周囲の空気が、急激に熱を帯びて陽炎のように揺らめき始める。長文詠唱に入る構えだ。
「へっ! 任せとけセリア! おいチビっ子、死なねぇように立ち回れよ!」
バルスが大剣を構え直し、ゴライアスの正面に立ってヘイトを稼ぐ。
(チビっ子って呼ぶな! でも、そういうことなら私の役割は決まったわね!)
私はレイピアをクルリと回し、ゴライアスの死角へと回り込むようにステップを踏んだ。
(ここは無理にダメージを狙っちゃダメだ。バルスがメインタンク兼アタッカーなら、私は回避に専念しつつヘイトを分散させる遊撃(サブタンク)!)
「こっちだよ大木偶! 動きが鈍いんじゃないかい! 僕のステップについてこれるかな!」
私はゴライアスの足元を水面を滑るように駆け抜けながら、レイピアでチクチクと嫌がらせのような斬撃を繰り返す。
アビスは使わない。
水を爆発させて威力を出せばダメージは入るかもしれないが、魔法を再起動するあの一瞬の隙を突かれたら、紙装甲の私は即死する。
ひたすら全身に付与魔法を維持し、水のクッションでゴライアスの攻撃の威力を殺し、滑って躱す。生き残ることに全振りした戦法だ。
『グオォォォォッ!!』
鬱陶しい蝿を叩き落とすように、ゴライアスが両腕をめちゃくちゃに振り回す。
空気が爆発するような風圧が何度も私の頬を掠め、砕け散った石畳の破片が雨のように降り注ぐ。
「っと! 危ない危ない!」
飛んでくる岩の破片を水の盾で弾き落とし、私はひたすらに大広間を駆け回った。
息が上がり、額から汗が流れ落ちる。
しかし、戦闘開始からそろそろ十数分が経過した頃だった。
トクン、と。
私の中で、心臓が大きく脈打つ音がした。
「……?」
酷使して重くなりかけていた両足の筋肉から、スッと疲労感が抜け落ちる。
それだけではない。
視界が極限までクリアになり、心臓の鼓動に合わせて、全身の血管に凄まじい熱と力が駆け巡っていくのを感じた。
『
(来た……! 徐々にステイタスは上がっていただろうけど、明確に一段階上がった感覚、これが新スキルの本領か!)
戦闘時間の経過とともに、全能力に高補正がかかる。
さらに、私自身は常に『アビサル・ヴァラージ』の水属性魔法を使用し続けている状態だ。
魔力のステイタスには、さらなる『超高補正』が二重に重なっているはずだった。
通常、魔法を全身に纏い続けるなどの芸当は、
しかし、私には『
(力が……湧き上がってくる!)
レイピアに纏わせていた青白い水流が、より濃密に圧縮され、蒼黒く輝く刃へと変化していく。
身体が羽のように軽い。
「ふふっ……あはははは! 素晴らしい!!」
私は水面を蹴るように跳躍し、ゴライアスが振り下ろしてきた拳の側面に、自ら飛び込んだ。
水のクッションで衝撃を完全に殺し、そのまま巨人の腕の上を駆け上がる。
「ここから反撃だよ!」
ゴライアスの肘の関節部分。
そこへ向けて、強化された水刃を纏うレイピアを深く突き込んだ。
ザシュッ!!
『ゴオォァァァッ!?』
先ほどまで数ミリしか斬れなかった灰褐色の分厚い皮膚を、蒼黒い水刃がバターのように抉り裂いた。
大量の鮮血が噴き出し、ゴライアスが苦痛に顔を歪める。
「おっ!? やりやがったなフリーナ! !」
下でゴライアスの足首を斬りつけていたバルスが、驚きの声を上げる。
(見たか! これがスロースターターたる私の力よ! 時間が経てば経つほど、私は最強になる!)
「今だ、セリア!!」
私が空中でターンを決めながら叫ぶと同時。
大広間の空気が、一気に限界まで焦げたような匂いに包まれた。
「【――無慈悲なる
セリアの長文詠唱が、ついに完成した。
彼女の杖の先から放たれたのは、先ほどの牽制魔法とは比べ物にならないほど巨大な、極限まで圧縮された紅蓮の炎槍。
ゴライアスが私に気を取られていたその隙を突き、炎槍は巨人の胸のど真ん中へと正確に突き刺さった。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
17階層全体が崩壊するかのような、凄まじい大爆発。
閃光が広間を包み込み、私は思わず腕で目を覆った。猛烈な熱波が吹き荒れ、ゴライアスの巨体が炎の中に完全に飲み込まれる。
「……どんな硬い皮膚だろうと、あんな直撃を受ければ消し炭だろう!」
空中で態勢を立て直し、スタッと石畳に着地した私は、ふんぞり返って爆炎を見つめた。バルスも大剣を肩に担ぎ、汗を拭っている。
セリアが放った大魔法の直撃を受けたのだ。
いくら階層主とはいえ、これでおしまい――。
『ゴルルルルルルルルルルォォォォォォォォォォッッ!!!』
「……え?」
炎の中から響き渡ったのは、断末魔などではなかった。
鼓膜を突き破り、魂を凍り付かせるような、極限の激怒を伴った咆哮。
煙が強風によって吹き飛ばされる。
そこに立っていたのは、胸の皮膚を大きく焦がし、肉を抉られながらも、胸の魔石を輝かせ両足でしっかりと大地を踏み締めるゴライアスの姿だった。
「なっ……!?」
バルスの顔から余裕の笑みが消え去る。
『ゴルァァッ!』
ゴライアスは血走った双眸を、最大のダメージを与えてきた相手――後方にいるセリアへとギョロリと向けた。
「……っ!」
私の目の前で、セリアがガクンと膝をつく。
(
魔法の乱発と大魔法の反動による
彼女の美しい顔は土気色になり、鼻筋を伝う血を拭うことすらできていない。
その横には、大剣を構えたバルスが立ち塞がっているが、彼の息も絶え絶えだ。
ゴライアスに張り付き、全身に雷属性を宿した剣を叩きつけ続けた代償で、彼の手足は痙攣したように震えている。
「セリア! 立て、逃げろっ!!」
バルスが悲痛な叫びを上げるが、セリアの足は石畳に縫い付けられたように動かない。
振り下ろされる巨腕。
それが彼女たちを挽肉に変える、そのコンマ数秒前。
「……クソッ!」
私は石畳を蹴り砕く勢いで跳躍した。
身体が、羽のように軽い。
『
ゴライアスの拳とセリアたちの間に滑り込んだ私は、レイピアの刀身から爆発的な水流を上空へと展開した。
巨人の豪腕が水の防壁に激突しその腕を飲み込むように包み込む。
「……っ!」
バルスとセリアが絶望的な衝撃に目を閉じる。
しかし、水飛沫が晴れた後、彼らの視界に映ったのは、ゴライアスの巨腕を細身のレイピア一本で下から支え、微動だにしない私の姿だった。
「……は?」
バルスの間抜けな声が漏れる。
私自身、内心で驚愕していた。
(受け止めた……!? レベル4相当の階層主の、全体重を乗せた一撃を!? 私が!?)
手首に痺れはない。
刃が砕ける気配もない。
蒼黒く圧縮された水流が、レイピアと巨腕の間でギリギリと音を立てて激突しているだけだ。
「ふむ……これはもう、負けないか」
ぽつり、と。
私の口から、無意識のうちにそんな言葉がこぼれ落ちた。
「おい、フリーナ……お前、その力……」
バルスが目を見開いて私を見上げている。
私はニヤリと唇の端を吊り上げ、彼に向けて叫んだ。
「バルス! 君はセリアを抱えて下がれ! 彼女を守ることに専念したまえ!」
「なっ、お前一人でやる気か!? いくらなんでも――」
「いいから下がれ! 僕の華麗なる舞踏の邪魔だ!」
私はレイピアを弾き返し、ゴライアスの腕を強引に上空へと弾き飛ばした。
『ガァッ!?』
巨人が体勢を崩し、大きくよろめく。
その光景を見たバルスは、弾かれたようにセリアを脇に抱え上げ、一気に後方へと飛び退いた。
(よーしよしよしよし!! バルスがあんだけ雷の剣を叩き込んでくれたおかげで、巨人の動きは目に見えて遅くなってる! その上、セリアの魔法で胸部はこんがり焼け焦げて、弱点の魔石が丸見えじゃないか!)
お膳立ては完全に整った。
そして何より、今の私のステイタスは、戦闘開始時とは次元が違う領域に到達している。
「さあ……反撃の時間だ、木偶の坊!」
私は水面を蹴るように跳躍し、ゴライアスの懐へと真っ直ぐに飛び込んだ。
『グオォォォォッ!』
ゴライアスが残った左腕を薙ぎ払うように振るってくる。
「遅い遅い遅い!!」
私は空中で半身を捻り、紙一重でその剛腕を躱す。
通り過ぎざま、蒼黒い水刃を纏ったレイピアを一閃させた。
ザシュッ!!!
『ギャアァァァァァァッ!?』
凄まじい絶叫が広間に響き渡る。
先ほどまで数ミリしか刃が通らなかった灰褐色の皮膚が、まるで豆腐でも切るかのように滑らかに両断された。
ゴライアスの左腕が、肘の関節から綺麗に切り離され、ドスッと重い音を立てて地面に落ちる。大量の鮮血が雨のように降り注いだ。
(あははははっ! 切れる! めちゃくちゃ切れるぞ! 水圧カッターの威力が跳ね上がってる!)
圧倒的な優位。
絶対的な力の差。
それが私の理性を吹き飛ばし、心の奥底に隠していた『本質』を剥き出しにさせていく。
「オラァ! どうした木偶の坊! その程度の動きで僕を捕まえられると思ったか!」
着地と同時に再び跳躍。
私はゴライアスの右膝に向けて、フルスイングでレイピアを叩き込んだ。
ドバァッ! と血飛沫が舞い、巨人の右脚が膝から下を失って崩れ落ちる。
「マジかよ……?」
「あの子、笑ってるわよ……?」
後方で避難しているバルスとセリアが、顔を引きつらせて私を見ている。
しかし、今の私に外面を取り繕う余裕も、その気もなかった。
(最高! 気分が最高すぎる!溜まりに溜まったストレスを、全部このデカブツにぶつけてやる!)
「さあ踊れ! 踊り狂え木偶の坊! 僕の足元で無様に這いつくばらせてやる!」
私は狂ったように笑いながら、ゴライアスの周囲を高速で駆け回った。
斬って、斬って、斬る。
『ギャ……ガハッ……!』
もはやゴライアスには反撃の術すらなかった。
雷の蓄積による麻痺、片腕と片脚を失った激痛、そして私の容赦ない猛攻。
振り回そうとした残りの右腕も、私の水刃によって肘から先を吹き飛ばされる。
「ふははははっ! 終わりだ! さっさと灰に還れ!」
私は倒れ伏したゴライアスの正面、その胸部にポッカリと開いた大穴に狙いを定めた。
焼け焦げた肉の奥で、紫紺の巨大な魔石が脈打つように輝いている。
ダンッ! と石畳を強く踏み込み、私はレイピアの切っ先を一直線に突き出した。
「【
突き刺さると同時。
巨体の内部から、無数の水の刃が突き破るように弾け飛ぶ。
『――ッ、――――ッッ!!!』
声にならない断末魔と共に、ゴライアスの胸部が完全に弾け飛び、紫紺の魔石が粉々に砕け散った。
パラパラと、巨大な肉体が端から乾いた灰へと変わっていく。
広間に舞い散る灰の雪の中、私はレイピアをクルリと回し、カチャリと優雅に鞘へと収めた。
後に残されたのは、ゴライアスの巨大な魔石の欠片だけだった。
「……ふぅ。ドロップアイテムはなしか。まあ、この魔石だけでも相当なヴァリスになるだろうから、許してあげるよ」
私は転がった魔石を拾い上げ、ポンポンと軽く手でお手玉をした。
戦闘の興奮が徐々に冷め、ドクドクと高鳴っていた心臓の鼓動が落ち着いていくのを感じる。
『前奏審判』の効果が切れ、極限まで高まっていたステイタスが元のレベル1の状態へと戻っていく。疲労感がドッと押し寄せてきた。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら振り返ると、バルスがセリアに肩を貸しながら、フラフラとこちらへ歩いてくるところだった。
二人の顔には、安堵よりも、得体の知れないバケモノを見てしまったような強烈なドン引きの色が浮かんでいる。
「……貴方のそれ、なんなのよ本当に」
セリアが、鼻血を袖で拭いながら、忌々しげに私を睨みつけた。
「レベル4の階層主の腕を正面から受け止めたかと思ったら、一方的に解体し始めるなんて……。私たちが命懸けで削ったのを差し引いても、異常すぎるわよ」
私はふっと息を吐き、肩をすくめた。
「ただのスキルさ。戦闘時間経過でステイタスに強化が発生する。さっきまでの強化はレベル2つ分くらいか? レベルアップした事ないから、わからないけど」
(素の口調が出ちゃったけど、まあいいや。これだけ見られたら今さら取り繕っても不自然だし)
「出鱈目すぎる……」
セリアが頭を抱え、深い絶望の溜息をついた。
「精神力消費の超高補正に加えて、時間経過でレベルブースト? そんなの、神様が酔っ払って作ったバグとしか思えないわよ……」
「確かに強力だけど、実際にレベルが上がるわけじゃないし、最初から格上相手じゃ強化されるまでの時間も稼げないだろうさ」
私は魔石を袋に放り込みながら、冷静に自己分析を口にした。
「開幕直後はただのレベル1だ。今回みたいに、君たちがタンクとアタッカーとしてヘイトを稼いでくれなきゃ、僕は強化が完了する前にミンチにされていたよ」
(今回はマジでバルスの耐久力とセリアの火力がなきゃ無理だった。チートスキルも万能じゃないってことね。あー怖い怖い)
「へっ……」
バルスが、顔の泥を乱暴に拭いながら、ニカッと笑った。
「そのためのパーティーだな」
「え?」
私が目を丸くすると、バルスは私の前に歩み寄り、大きな手を差し出してきた。
「お前がスロースターターなら、俺がそれまで盾になってやる。セリアが魔法で援護する。んで、お前が仕上がったら一気に叩き潰す。……完璧な布陣じゃねぇか」
バルスの青い瞳が、真っ直ぐに私を見据えている。
「正式に、俺らと組もうぜ、フリーナ」
(……は?)
私は内心で猛烈に計算を弾き出した。
(オラリオ最強ファミリアのゼウス・ヘラ所属の二人が、私のパーティーになってくれる!? つまり、私は安全な後方で優雅にステップを踏みながら時間を稼ぎ、強化が終わったらトドメだけ刺して美味しいところをかっさらう……。え、何それ、楽して稼げる最高の布陣じゃない!?)
「ふふっ……」
私はスッと背筋を伸ばし、高慢な笑みを浮かべてバルスの手を取った。
「願ってもない。頼んだ」
「おう! よろしくな、フリーナ!」
バルスが私の手を力強く握り返し、セリアが「はぁ……また厄介なのを抱え込んじゃったわね」と扇子で口元を隠しながらも、小さく笑みをこぼした。
薄暗い17階層の大広間に、私たちの結託の証が刻まれた瞬間だった。
* * *
階層主を討伐した私たちは、すぐさま18階層の『
「死ぬかと思ったああぁぁっ!! もう二度と中層なんてソロで歩かない! 私はこのリヴィラの街で、一生分のスイーツを堪能するんだから!」
リヴィラの街の最高級宿屋に転がり込んだ私は、即座に予定を変更した。
元々は一泊してすぐに地上へ帰るつもりだったが、あんな死闘を繰り広げたのだ。
心と体のケアは念入りに行わなければならない。
「というわけで、帰還の日程を2日後に変更する! 僕は明後日の朝までここから一歩も動かないからね!」
私がふかふかのベッドにダイブして高らかに宣言すると、床に寝袋を敷いていたバルスが呆れたように鼻を鳴らした。
「勝手にしろ。俺たちも装備の手入れと
それからの2日間、私はまさに『神』のような堕落した生活を満喫した。
朝起きては南の森林地帯へ向かい、フワフワの『
昼下がりには西の湖畔で、透き通った『
夜はリヴィラの酒場で最高級の果実酒を舐めながら、セリアとバルスが装備のメンテナンスをしているのをベッドの上から高みの見物。
(あぁ……極楽。階層主と死闘を繰り広げた甲斐があったというものよ。これだから冒険者はやめられないわ!)
そして、滞在から3日目の朝。
「よし! 完璧にリフレッシュ完了! さあ、オラリオの地上へ凱旋しようじゃないか!」
私は真新しい外套を着込み、パンッと両手を叩いた。
「おせぇよ、チビっ子。こっちはとっくに準備できてんだぜ」
バルスが大剣を背負い、セリアが紫のローブを翻して立ち上がった。
「帰路は私たち三人の正式なパーティーでの初陣ね。せいぜい足を引っ張らないでちょうだいよ」
「ふふん! 僕の圧倒的なパフォーマンスに、君たちこそついてきたまえ!」
私たちはリヴィラの街を背に、上層へと続く階段へ向かって歩き出した。
ゼウス・ファミリアの雷剣使い。
ヘラ・ファミリアの女魔法使い。
そして、ロキ・ファミリアに所属する、自称水神。
決して交わるはずのなかった三つの最強派閥の紋章が、薄暗いダンジョンの道を並んで進んでいく。
(フフッ、これで私の「楽して遊んで暮らす第二の人生」の安全は完全に保障されたわね! 待ってろ地上のスイーツたち! 今、大金持ちの私が帰るからね!)
帰還後に売却に出した魔石はバラバラに砕け欠損していることから1ヴァリスにもならなかったのはまた別の話。
「あいつ知らなかったのかよ。ギャハハ」
「はぁ、だからあんなに必死こいて拾ってたのね 馬鹿馬鹿しい」
「教えてくれても良いじゃないか!!!」