ダンジョンに元水神がいるのは間違っている   作:白黒ととか

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EP9

「乾杯だ! 俺たちの輝かしい未来と、この美酒に!」

 

「……ちょっと、私のグラスにジョッキをぶつけないでちょうだい。中身がこぼれるじゃない」

 

カチンッ! と、分厚い木製のジョッキと繊細なガラスのグラスが音を立ててぶつかった。

迷宮都市(オラリオ)の西区にある、少しばかり値の張る小洒落た酒場。

薄暗い店内は、肉を焼く香ばしい匂いと、冒険者たちの熱気と喧騒に満ちている。

円卓を囲む私たちのテーブルには、高級な果実酒と、山盛りのローストビーフが並べられていた。

 

あの階層主(ゴライアス)との死闘から、およそ二ヶ月。

今日の宴は、バルスとセリアのランクアップ祝いだった。

 

「いやー、長かったぜ! これで俺もいよいよLv.3だ!」

 

バルスが豪快にジョッキを煽り、ビールの泡を口の周りにつけながらニカッと笑う。

 

「それにしても、バルスの二つ名がそのままだったのは笑ったわね。『雷童(クロース)』。いつまでも童のままってことじゃない?」

 

セリアが扇子で口元を隠し、クスクスと意地悪そうに笑う。

 

「うっせぇ! ギルドの連中、俺の活躍をちゃんと見てねぇんだよ! 俺の雷撃の威力なら、もっとこう『雷神』とか『雷帝』とかあるだろ!」

「ふふっ、君の単細胞な戦い方には『雷童』がお似合いさ!」

 

私は優雅に果実酒のグラスを傾け、からかうように笑ってみせた。

 

「それに引き換え、セリアの新しい二つ名は素晴らしいね。『炎奏(カデンツァ)』。君の放つ大火力の魔法にふさわしい、実にエレガントな響きだ」

「ええ、ありがとうフリーナ。前の『赤魔道士(レッド・タクト)』なんて、見た目そのままの芸がない名前で不満だったのよ。ヘラは無難で良いって言ってたけど」

 

紫のローブを纏うセリアは、今回の神会でLv.4へのランクアップを果たし、名実ともに第一級冒険者への階段を登り始めている。

 

(Lv.3とLv.4かぁ……。オラリオ最強を誇るゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの中核に、いよいよこの二人も食い込んできたってわけね)

 

この二ヶ月、私は彼らと正式にパーティを組み、中層を主戦場として荒稼ぎを続けてきた。

バルスが前衛で敵のヘイトを完全に引き受け、セリアが後方から絶大な火力で焼き尽くす。

 

そして私は――戦闘開始直後は遊撃としてチョロチョロと回避に専念し、時間経過で『前奏審判(プレリュード・フォカロルス)』のステイタス強化が仕上がった瞬間に、美味しいところだけを水圧カッターでかっさらう。

 

(まさに理想的! 他人に命を預けるのは怖いけど、この二人の地力と連携は本物だし。おかげで私は無傷のまま、毎日最高級スイーツを食べる生活を満喫できている!)

 

私が内心でガッツポーズを決めていると、ローストビーフを咀嚼していたバルスが、ふと真面目な顔でこちらを見た。

 

「そういやお前はどうなんだよ、フリーナ」

「ん? 何がだい?」

「お前、あの大広間でゴライアスを解体した時点で、『偉業(冒険)』は満たしてるはずだろ。ギルドの担当にも、そろそろランクアップの申請を出せって急かされてるんじゃねぇのか?」

 

バルスの問いに、セリアもグラスを置いて私を見つめた。

冒険者の常識からすれば、条件を満たしてすぐにレベルを上げないのは不自然極まりない。

 

私はスッと背筋を伸ばし、大げさに肩をすくめてみせた。

 

「ふん! 僕の器を、君たちのような凡人の基準で測らないでくれたまえ。今のステイタスで満足して器を広げるなど、愚の骨頂さ」

「……つまり?」

「カンストするまで上げる気は無いさ」

 

言い放った私の言葉に、二人は呆れたように顔を見合わせた。

 

「お前なぁ……。レベル1のステイタスなんて、レベル2になればあっという間に追い抜けるんだぞ。変なところで完璧主義だよな」

「本当に、理解し難いわね。自分の戦闘スタイルに必要な部分だけじゃ満足できないのかしら? まあ、アンタがそれでいいなら構わないけど」

 

(理解し難くて結構! 君たち戦闘狂には一生わからないでしょうね! レベルを上げてすぐに上の階層(危険地帯)に行くより、レベル1のまま限界まで基礎ステータスを盛りに盛って、レベル2になった時に圧倒的な『安全マージン』を確保する! すべては、不測の事態で私が死なないための絶対的な保険なのよ!)

 

俗物極まりない本音を完璧な外面の奥に隠し、私はフフンと鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

――それから、約1年と少しの月日が流れた。

 

「……アホちゃうか、ホンマに」

 

宿屋の一室。

ランプの火が揺れる中、私の背中から手を離したロキが、絞り出すような声で呟いた。

彼女の手には、たった今更新されたばかりの私のステイタスが記された羊皮紙が握られている。

 

「どうしたんだい? あまりの数値に神の目すら眩んだのかな?」

「眩むわ! なんやこれ……こんなイカれたステイタス、ゼウスのところのバケモンどもでも見たことないわ!」

 

バサッ、と目の前に突きつけられた羊皮紙。

そこに並ぶ文字を見て、私は思わず口角が釣り上がるのを抑えきれなかった。

 

フリーナ・ドゥ・フォンテーヌ Lv.1

【力 :S 999】

【耐久:S 999】

【器用:S 999】

【敏捷:S 999】

【魔力:SSS 1200】

 

(うおぉぉぉぉぉっ!! やった! ついにやったわ!! オールSどころか魔力に至っては限界突破のSSS!? 1年以上、中層で魔石を狩りまくった努力(?)が報われた瞬間!)

 

「……ここまでやり切ったら、もう文句ないやろ。限界や、完全にカンストやで」

 

ロキが頭を掻きむしりながら言う。

 

「ふふっ……よかろう! ならば器を広げたまえ!」

「……よし。ほな、いくで」

 

再び、背中に冷たい神血が垂らされる。

チリチリとした熱が、今までとは全く違う激しい奔流となって全身の血管を駆け巡った。

まるで、硬い殻を打ち破って、内側から新しい自分が羽化するような圧倒的な全能感。

視界が極限までクリアになり、指先の一つ一つに膨大な力が満ちていく。

 

ランクアップ――Lv.2への到達。

 

「……終わったで。発展アビリティは一個しかなかったからそれにしたで、あと新しいスキルも生えとるわ」

手渡された羊皮紙には、新たな能力が刻まれていた。

 

発展アビリティ:『魔導』

スキル:『水神追奏(カノン・フォカロルス)

効果:任意発動。魔法発動時、同じ魔法に対し一度だけ無詠唱での発動を可能にする。水属性魔法使用時、精神力(マインド)消費の効率化に中補正。

 

(……はい、チート来ました!! 無詠唱で同じ魔法を連発できるってこと!? つまり、『蓋開け(アビス)』を撃った後の付与魔法が切れる隙が減る! しかもマインド消費軽減まで付いてる! これで私の後方安全射撃ライフはさらに盤拡になるわ!)

 

「ふははははっ! 素晴らしい! やはり世界は僕の輝きを求めている!」

「……ホンマ、とんでもないバケモンになってもうたな、嬢ちゃんは」

 

呆れるロキをよそに、私は真新しい自分自身の力に酔いしれていた。

 

 

 

それから少しの月日が経った頃

 

 

 

「たっだいまー!」

 

宿屋の一室で優雅なティータイムを満喫していた私の耳に、扉を勢いよく蹴り開ける音が飛び込んできた。

 

(ビクッ……!? なんだよ、せっかくの紅茶がこぼれるところだったじゃないか!)

 

カップの縁で波打つ琥珀色の液体を睨みつけつつ、私はスッと背筋を伸ばし、華麗にカップをソーサーに置いた。

 

「騒々しいね、ロキ。僕の静寂な時間を乱すとは、万死に値するよ?」

「アハハ、すんまへんすんまへん! せやけど、ええ土産話ができたさかい、急いで帰ってきたんや」

 

ロキはニヤニヤとだらしない笑みを浮かべ、私の向かいの丸椅子にドカッと腰を下ろした。

ふわりと、強い果実酒の匂いが鼻をくすぐる。

 

(はぁ、摩天楼(バベル)であったっていう暇神の集まり……『神会(デナトゥス)』の帰りか? 三ヶ月に一度集まって、ランクアップした冒険者の二つ名(あだ名)を決めるっていう、あの悪ふざけ大会)

 

「土産話ねぇ? 」

「今日はフリーナのランクアップ後の初神会(デナトゥス)やったからな。神の連中、お前の話題で持ちきりやったで」

 

(私の二つ名か。『水神』とか『蒼き麗人』とか、そういうのだと良いんだが?)

 

「で? 下界の神々は、衆水の主たる僕にどんな名を奉ったんだい?」

「あぁ、決まったで。ゼウスのところのバルスや、ヘラのところのセリアとも組んで中層で大暴れしとる『歩く大瀑布』の新しい名前や」

 

ロキは勿体ぶるようにニヤリと笑い、ビシッと私を指差した。

 

「今日からお前の二つ名は……『深†淵(アビス)』や!」

「…………は?」

 

(アビス!? しかも間に十字架(クロス)みたいな記号入ってない!? え、痛い痛い痛い! なにその中二病全開のネーミング!!)

 

私は顔を引きつらせそうになるのを必死に堪え、口元をヒクヒクと痙攣させた。

 

「ど、どういう意味かな、それは。僕の清らかな水のイメージとは少し違う気がするが」

「なんや、気に入らんか? お前がダンジョンで魔法をぶっ放す時、いっつも『アビス!』って叫んどるらしいやないか。それ聞いた他の神の連中が、『おお、かっこええやん! 敵を絶望に沈める深淵の力やな!』って大盛り上がりでな。満場一致で可決や」

 

(あの爆散鍵(スペルキー)のせいかああぁぁっ!!)

 

確かに私は、圧縮した水を起爆させる時に【蓋開け(アビス)】と叫んでいる。

しかし、それはあくまで魔法の仕様であって、私自身が深淵だの闇だのを好んでいるわけでは断じてない!

 

(なんでよりによってそこを拾うんだよ! もっとこう何かあるでしょ!? 『深†淵(アビス)』って……これからギルドで呼ばれるたびに背中が痒くなるわ!)

 

「……ふ、ふふっ。なるほど、深淵、か」

 

私は内心の絶叫を完璧な笑顔の下に封じ込め、わざとらしく前髪をかき上げた。

 

「底知れぬ僕の力を前に、凡人たちはただ闇のような深さを感じるしかなかったというわけだね。よかろう! 少し物騒だが、僕の底なしの魅力に溺れる者たちへ与える名としては、悪くない!」

「アハハハッ! さすがお前や、ノリがええな! ほな、これからもその『深†淵(アビス)』の力で、ウチのファミリアに貢献してや!」

 

ロキがバンバンと私の肩を叩いて大笑いする。

 

(痛い痛い! だから気安く触るなってば!)

 

私はロキの腕を払い除けながら、少し冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。

 

(まあいいわ……。名前がどうあれ、これで私も晴れてLv.2の冒険者。これからはさらに楽して、美味しいものを食べて生きる完璧なライフプランが盤石になったんだから!)

 

窓の外では、迷宮都市(オラリオ)の空が綺麗なオレンジ色に染め上がり始めている。

私の甘美で優雅な第二の人生は、少し痛い二つ名と共に、新たな幕を開けたのだった。

 

* * *

 

 

 

 

 

そして、一気に時間は飛び――今日。

 

『ウオォォォォォォォォォォォォォッッ!!!』

『ゼウス!! ヘラ!! 最強! ゼウス!! ヘラ!! 最強!!』

 

オラリオの中央を貫くメインストリートは、地鳴りのような歓声と、空を覆い尽くすほどの紙吹雪に包まれていた。

空は抜けるように青く、降り注ぐ花びらが陽の光を反射してキラキラと輝いている。

 

沿道には身動きが取れないほどの群衆が押し寄せ、都市の入り口から『摩天楼(バベル)』へと続く大通りを、一軍の冒険者たちが堂々たる行進で歩いていた。

 

三大冒険者依頼(さんだいクエスト)』。

神の降臨前から世界を脅かしてきた古代のバケモノたちの討伐。

その一つ、『陸の王者(ベヒーモス)』が、ついにオラリオの最強派閥であるゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの手によって討ち果たされたのだ。

 

「すっげぇ……っ! あれが、レベル7や8の先輩たち……っ!」

 

沿道の最前列。

私と並んで立っているバルスが、身を乗り出すようにしてパレードを見つめている。

彼の手は、背中の大剣の柄を握りしめ、ワナワナと武者震いしていた。

 

「……ええ。本当に、圧倒的ね」

その隣で、セリアもまた、普段の妖艶な笑みを消し、真剣な瞳で自らのファミリアの主戦力たちを見つめている。彼女の握りしめた扇子が、パキッと小さな音を立てた。

 

彼らは、オラリオ最大の偉業とも言えるこの討伐戦に、参加することができなかった。

今やレベル5やレベル6といった第一級冒険者である。とはいえ上ったばかりの状態では、あのバケモノを相手にするには実力不足だと、ファミリアの上層部から留守番を命じられたのだ。

ちなみに私もレベル6まで上がっている。

ゼウスヘラの遠征に「あいつのパーティーメンバーなんだからくるよなぁ?」と下半身の団長に圧をかけられ渋々同行しウダイオスのいるホワイトパレスのど真ん中に「これくらい余裕よね?」 とクレイジーサイコの団長に投げ込まれた結果だ。

 

実際にウダイオスは倒せたし?

周りの雑魚はゼウスヘラのファミリアが処理してくれたし?

文句が言いづらい事以外に文句はないがこれはどうなんだ? 

試練と称したイジメではなかろうか......。

 

 

「今回は参加できなかったからな、次だ」

 

バルスが、誰に言うともなく、低く熱を帯びた声で呟いた。

 

「そうね」

 

セリアが短く、けれど強い決意を込めて頷く。

 

(…………は? 向上心の塊か?)

 

私は、歓声に揺れるパレードの群衆の中で、二人の言葉に耳を疑った。

風に乗って漂ってくる花の香りが、一瞬にして冷や汗の匂いに変わった気がした。

 

(つ、次!? 次って何!? 残りの三大クエストって、『海の王』とか『黒竜』とか、そういう世界滅亡レベルのラスボスでしょ!? なんでアンタたち、そんな死地に嬉々として行く気満々なの!?)

 

チラリと横目で見上げた二人の横顔は、完全に「英雄願望」を拗らせた熱血主人公のそれだった。

 

(嘘でしょ……私、この二人のパーティーの一員なんですけど。まさか、次はそのラスボス討伐戦に私も連れて行かれるフラグ!? いやいやいやいや! 絶対無理! 絶対イヤ!! 私はオラリオのふかふかベッドで、高級スイーツを食べて一生安全に暮らしたいの!!)

 

「……ふっ。せいぜい、僕の足を引っ張らないように精進したまえよ、二人とも」

 

心の中で盛大に悲鳴を上げながらも、私は分厚い「神の外面」を顔に貼り付け、不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「へっ! 言ってろチビっ子! 次は俺たちが先頭を歩いてやるさ!」

「ええ。アンタのその余裕な顔、いつまで保つか見ものね」

 

オラリオ中が歓喜に沸く中、私の「楽して遊んで暮らす第二の人生」に、最大級の暗雲が立ち込めた音がした。

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