ここだけ命の答えに辿り着いた少年に脳を焼かれたゲヘナ生がいる世界線   作:伝説の超三毛猫

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エデン条約編については、こんな感じで書きたい場面をダイジェスト風に書くかな~~~って思ってます。
こちらの都合で大変申し訳ない………


エデン条約編場面傑作選~あなたにとって雨塚ネネは?~
恐ろしい人


 今日は嫌な日だ。

 

 嫌な日だ……というか、正確には、嫌な日に「なってしまった」と言うべきか。

 

 エデン条約の締結という、誰もが祝福すべき節目の日に。

 

 空から、ミサイルが降ってきた。

 誰がそんなことを予想できる。

 少なくとも私は、できなかった。

 

 

 

 

 人には、どうしても苦手な人がいるものだ。

 努力しても。歩み寄ろうとしても。嫌いにならないでいようと、どれだけ言い聞かせても。

 それを許さない関係が、この世界には存在する。

 

 

 私にとってそれは――榊貴隆也だった。

 

 ストレガのリーダー。桐条グループへの復讐を目論んだ男。そして……死は救済だなどと、平然と口にする危険な異常者。

 

 彼らストレガの境遇を知った時は、素直に胸が痛んだ。

 桐条グループによる非人道的な実験の被験者として生み出されたペルソナ使い。

 その副作用で、まともな余命すら残っていない体を引きずりながら生きていた人たちのことを。

 

 知れば――同情した。

 できれば………赦したかった。

 

 チドリは、赦せた。

 彼女は…順平を愛していたから。最後の最期に、その身を呈して、順平を助けてくれたから。あの不器用で、まっすぐな愛が………彼女の中に確かに生きていたから。

 

 ジンも、赦せた。

 彼は最後まで、タカヤへの義理と友情を貫こうとしていたから。やっている事は許される事じゃなかったけれど……その一途さだけは、憎めなかったから。

 

 でも。

 

 タカヤだけは駄目だった。

 どれほど「赦そう」と思っても。

 どれほど彼の過去に寄り添おうとしても。

 どれほど「あなたにもそうなった理由があった」と、頭で理解しようとしても。

 

 どうしても―――心がついてこなかった。

 何故なら彼は……奪ったからだ。

 私たちから。

 S.E.E.S.から。

 そして――私から。

 

 

 不器用で、口が悪くて、ぶっきらぼうで。

 それなのに誰より優しくて、誰より真剣に仲間のことを思っていた。

 あの台所で、ぶっきらぼうに包丁の持ち方を直してくれた大きな手を、今でも覚えている。

 「材料を無駄にするな」と叱りながら、ちゃんと出汁の取り方を教えてくれた……そんな背中を。

 私なんかよりも、ずっとずっと長く生きるべきだった人を。

 

 ―――荒垣真次郎先輩を。

 

 ……あの時。タカヤを追い詰めて、やっと仇を討てると思ったのに。

 アイギスに止められて。

 直後にニュクスの件が持ち上がって、すべてが流されて。

 

 不思議なものだ。

 あれほど激しく燃えていた怒りが、影時間の終わりとともに、どこかへ消えてしまっていた。

 忘れたわけじゃない。ただ……あの頃には、怒りよりも大切なものが増えすぎていたから。

 

 だから今日まで、その感情には、蓋をしていた。

 

 それが。

 

 

「予定通りに……ゲヘナとトリニティを潰す……!」

 

 

 ミサイルが降り注ぐ煙の向こうで、アリウスの生徒たちを束ね、冷酷に命令を下すあの女の声を聞いた瞬間。

 

 ―――蓋が、外れた。

 手段を選ばない。仲間の命すら駒として扱う。大義名分のためなら誰の犠牲も厭わない。

 

 その在り方が……あまりにも、あの男に似ていた。

 どうして忘れていたんだろう。

 私は、こういう人間が、一番苦手だったんだ。

 今日はほんとに………嫌な日だ。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 錠前サオリは、エデン条約の調印式をきっかけに、トリニティとゲヘナを滅ぼそうとしていた。

 それは、アリウスの悲願であり……アリウスが解放される交換条件でもあった。

 全ては虚しく…現実は残酷だ。

 その悲願を果たすために、彼女は…彼女達は暗躍した。

 

 聖園ミカの話に乗っかるふりをして、スパイを潜り込ませた。

 白洲アズサに、百合園セイアの暗殺を命じた。

 ゲヘナの万魔殿と手を組んで、調印式の日程を掴んだ。

 そして……アリウスの生徒会長の指示で、巡航ミサイルを撃ち込み…………そのスキに、マエストロと名乗った木人形との契約を結んで、ユスティナ聖徒会の複製をも手に入れた。

 

 失敗は許されない。

 だからこそ、準備は念入りにしてきた。

 負けるはずのない戦いだ。

 

 だから…信じられなかった。

 負けないはずの戦いが………ひっくり返された事が。

 

 死なないはずの聖徒会の複製が―――たった一人の、取るに足らない筈の風紀委員に鏖殺されるなど。

 

 

 

 

 

 最初は、ただの風紀委員だと思っていた。

 最重要ターゲットは、ティーパーティーと空崎ヒナ……そして、シャーレの先生。

 先生さえ殺せれば、あとはどうとでもなる。

 はっきり言って風紀委員など、烏合の衆だ。

 そう思っていたからだろう。

 

 巡航ミサイルが着弾した瞬間。

 瓦礫の向こうで、怒鳴ることも、泣くことも……取り乱すことさえもしなかった、海色の髪の風紀委員を見落とした。

 

 そして、その少女が、氷のような冷え切った瞳で、サオリを射抜いていることにも、気が付かなかった。

 

 そこで、金属の音がした事で、そちらを見たが……銃を頭に突きつけている様子を見て、この世に絶望でもしたのだろうと、その少女を見逃した。

 

 違和感に気付いた時には、もう遅かった。

 

 黒い魔法陣が広がる。

 見たこともない紋様。

 聞いたこともない言葉。

 

「──マハムドオン」

 

 その瞬間。

 ユスティナ聖徒会の複製が。

 何十人もの生徒でも傷一つ付けられなかったはずの"切り札"が。

 まるで最初から存在しなかったかのように………一瞬で、消えた。

 爆発ではない。貫かれたのでもない。破壊されたのでもない。

 

 ―――"死んだ"。

 ただ、それだけだった。

 

「………………は?」

 

 理解が追いつかなかった。

 なんだ今のは。何故さっきのような事が起こった。

 まさか、あの木偶人形に粗悪品を掴まされたのか。

 いや、それより………何故、死なないはずの複製が復活しない?

 ヘイローは、神秘は、キヴォトスの法則は…………どこへ行った。

 そんな疑問を抱く間もなく。

 

「……あ。」

 

 少女は、小さく声を漏らす。

 

「ごめん。思ったより範囲、広かった。」

 

 その視線の先で。

 ミサキが、膝をついた。

 

「……え。な、なに……が…」

 

 そちらを向けば、口から血を流すミサキが。

 信じられない量の吐血をする仲間を前に、顔が青ざめていくのが分かる。

 何が起きたのか分からない。何をされたのかも分からない。

 そんな顔のまま、力なく倒れていく。

 

「ミサキ!!」

 

 サオリは思わず叫んだ。

 だがその少女は、悪びれる様子もなく。

 

「あのダメージならまだ生きてるから大丈夫」

 

 とだけ言った。

 その口調は、人を殺しかけた者のものではなかった。

 自然な………例えるなら、食器を一枚割ってしまったことを詫びる程度の、あまりにも自然な声音だった。

 

「貴様ッ!いったい何をした!!?」

 

「ヒートライザ」

 

 返事は、返事ではなかった。

 何かを呟くと同時に、持っていた拳銃で己のこめかみを撃ち抜いたのだ。

 銃声とともに、頭から何かが飛び散るのが見えた。しかし、海色の髪の少女は、力なく倒れるどころか、戦意を目に滾らせ、こちらを見据えている。

 

 会話をする気が一切感じられない、赤く、どす黒いオーラのようなものがその華奢な身体から立ち昇る。いくつもの修羅場を潜り抜けてきたサオリですら知らない、未知の予兆。

 それを前に、サオリの脳裏に、かつて戦場で培った生存本能が激しい警鐘を鳴らす。

 

(―――狂っている。だが、油断はならん。あれは自分たちと同じ、死線を潜り抜けた者の目だ!)

 

 即座に思考を切り替えた。目の前の少女は「風紀委員の平隊員」などという器ではない。アリウスが総力を挙げて排除すべき、最大級の脅威だ。

 

「ヒヨリ、姫! 散開しろ! 複数人で囲むぞ、生かして帰すな!」

「は、はいぃっ……!」

「………」

 

 サオリの鋭い号令とともに、アリウスのスクワッド、そして後方に控えていたアリウスの一般生徒たちが一斉に引き金を引いた。

 容赦のない銃撃の嵐が少女へと収束する。キヴォトスの常識であれば、いかに頑強なヘイローを持っていようとも肉体を削られ、圧殺されるはずの集中砲火。

 しかし、少女――雨塚ネネは、弾丸の雨を嘲笑うかのように、信じられない速度で地を蹴った。ヒートライザによって極限まで高められた速度と反応。彼女の残像を追うことすら、アリウスの生徒たちには叶わない。

 

「……鬱陶しい。邪魔よ」

 

 疾走するネネが、再びあの銀色の召喚器を、今度は自身の眉間へと押し当てる。

 

「──ペルソナ」

 

 乾いた銃声。

 ネネの背後に、漆黒のローブを纏った巨大な重騎士のような異形――『アイアコス』が顕現する。

 

「──マハエイガオン」

 

 ネネの冷徹な呟きに応じ、異形が呪詛の剣を大きく振り下ろした。

 次の瞬間、調印式の会場の一地帯が、光さえも飲み込む漆黒の炎と波動によって埋め尽くされる。それは魂そのものを直接呪い、 存在の根底を消滅させる冥府の波動。

 

「あ、が……っ!?」

「な、にこれ……身体が、冷た……っ」

「ぐ……る…じ―――」

 

 サオリたちの周囲に展開していたアリウスの一般生徒たちが、悲鳴を上げる暇さえなく黒い炎(呪詛)に飲み込まれ、意識を刈り取られていく。

 次々と崩れ落ちていった仲間。これには、サオリも動揺を隠せない。

 

「な……っ!? バカな…一撃で、全滅だと……っ!?」

 

 サオリの戦慄は、それだけでは終わらなかった。

 黒煙の向こうから、信じられない速度で肉薄してくるネネ。

 一瞬のスキを突いたネネの拳が、サオリのマスクを弾き飛ばしたのだ。

 

「チッ…!」

 

「躱した…」

 

 徒手空拳の応酬。

 サオリとネネの、殴り合いのような銃撃戦が広がる。

 その戦いは……ネネが、若干に有利であった。

 

「くっ……! ヒヨリ!頭だ!」

 

「分かってます!」

 

 アリウススクワッドの実力は、そこらの傭兵やブラックマーケット通いの生徒の比ではない。特にそのリーダーであるサオリなら猶更だ。

 しかし、現在ネネと殴り合うサオリの動きは、精彩を欠いていた。

 

 有利だと思っていた盤面を一発でひっくり返され、よく分からない現象で多くの仲間や、最も信頼する仲間の一人・ミサキまで落とされている。これで動揺するなという方が無理だった。

 動揺は動きに現れて、戦いにおいては致命的な隙になる。

 

「はっ!」

 

「ぐっ……」

 

「たあああッ!」

 

「が…はっ…!」

 

 懐に入ったネネの蹴りが襲う。

 サオリは辛うじて片手で防ぐが、それでも腕ごと蹴り上げられてしまう。

 がら空きの懐に、ネネの拳がめり込んだ。

 

「リーダー! た、弾が……弾かれて」

 

「エイガオン」

 

「うわぁぁああああっ!!?」

 

 サオリがよろめいた瞬間、スナイパーライフルの弾をはじいていたアイアコスが、ネネの指示で黒い業火(エイガオン)を飛ばした。かわしきることもできず、ヒヨリは黒炎に呑まれる。

 

「……」

 

「姫ちゃん…」

 

 しかし、これは仮面の少女……アツコが展開した電磁シールドによって防がれる。

 

「……また?」

 

 煙の向こう、アツコのシールドの陰で息を荒くするヒヨリと、それを庇うアツコの姿を、雨塚ネネは酷く冷淡な目で見下ろした。

 同情も、感傷も感じられない。ただ、次に最も効率的に、どう敵を排除しようかと考えるかのような――戦場に生きる者の、あまりにも冷徹な戦術だった。

 

「アイアコス」

 

 ネネが短く告げると同時に、漆黒の重騎士が音もなく地を滑るようにしてアツコへと肉薄した。

 キヴォトスの神秘が編み出した電磁シールドなど、魂の天秤を司る冥府の審判官にとっては、ただの薄い紙切れに等しい。アイアコスの振るった呪怨の巨剣が、その防壁ごとアツコの身体を文字通り一刀の両断に処した。

 

「ううっ……!?」

 

 衝撃波と共に吹き飛ばされ、床に叩きつけられるアツコ。

 ヘイローがあるため命に別条はない。しかし、精神と肉体の根底を呪いの波動で両断された衝撃は凄まじく、アツコのヘイローが激しく明滅している。気絶まではしなかったが、すぐには戻れない。

 

「ひ、姫ちゃん……!?」

「次」

 

 謎の異形にアツコがやられてヒヨリが悲鳴を上げた瞬間には、ネネの銃口はすでにヒヨリの眉心を捉えていた。

 至近距離での容赦のない銃撃。

 キヴォトス特有のヘイローの加護があろうとも、ゼロ距離で放たれる実弾の質量と運動エネルギーまでは相殺できない。額を撃ち抜かれたヒヨリは、短い悲鳴と共に白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

 

「姫……! ヒヨリ……ッ!!」

 

 残されたのは、サオリただ一人。

 視界に入る仲間の全員が、たった一人のゲヘナの風紀委員によって物言わぬ肉塊のように転がされている。凄まじい怒りと、それ以上に底知れない恐怖がサオリの背筋を駆け上がった。

 だが、雨塚ネネの「悪夢」は、ここからが本番だった。

 

 ネネは、無造作に、倒れたヒヨリの身体を足元へ引き寄せた。

 そして、気絶したヒヨリの頭部にいつでもトドメを刺せるように銃口を向けたまま、自身の身体をヒヨリの死角に滑り込ませる。

 

 サオリが銃を構えれば、その弾道には必ず、虫の息のヒヨリが巻き込まれる。

 回り込もうとすれば、アイアコスが呪怨の波動で退路を断ち、ネネの銃口がヒヨリのヘイローを微かに圧迫する。

 

 ―――人質戦法。

 ネネは、先程までのやりとりで、サオリが仲間を何よりも大事にしていることを見抜いていた。

 そして……その「絆」を、サオリの攻撃を躊躇わせ、確実に破滅させるための『隙』として、迷わず利用したのである。

 おおよそ、キヴォトスの一般的な生徒らしからぬ、あまりにも合理的で冷酷な戦術。

 

 

「……貴様ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーッ!!!!」

 

「何を怒っているのかしら?……これが戦場よ。あなたたちが始めたんでしょう」

 

「おのれ、よくも―――っぐぅっ!?」

 

「仲間を傷つけられるのがそんなに嫌なら、最初から、誰かの大切な人を奪うような真似をしなければよかったのよ」

 

 まともな反撃など許されない。

 サオリが引き金を引けない一瞬の迷いを突いて、ネネの容赦のない銃撃が、サオリの肩を、太ももを、正確に削っていく。

 防戦一方のまま肉体を損耗していくサオリは、痛みに歯を食いしばりながら、血に濡れた懐の奥へと手を伸ばした。

 

(……クソ、こんな化け物がゲヘナにいるとは……!)

 

 手を伸ばした先に触れたのは、固い感触。

 手榴弾のように見えるそれは、キヴォトスの理そのものを破壊する、アリウスの決戦兵器。

 当たった生徒のヘイローを確実に破壊し、死に至らしめる、禁忌の兵器だった。

 

(本当は空崎ヒナあたりに使いたかったが……手段を選んでいる場合か……!)

 

 

 サオリは、懐に隠し持っていた「ヘイロー破壊爆弾」の起爆スイッチにそっと手をかけた。これを使えば、目の前の化け物だろうと確実に消し去ることができる。

 ヤツからヒヨリを引きはがし、隙を見て、至近距離でこれを起動し、相打ち覚悟で決めてやる──。

 決死の覚悟で爆弾を取り出そうとした、その刹那。

 

「──遅い」

 

 視界が、反転した。

 いつの間にか間合いを詰めていたネネの蹴りが、サオリの腹部を正確に捉えていた。

 凄まじい衝撃と共に壁へと叩きつけられ、肺の空気を強制的に吐き出される。手に持っていたヘイロー破壊爆弾は、あまりの衝撃で手からすっぽ抜けて、瓦礫の奥へと消えていった。

 追撃は一瞬だった。サオリが立ち上がるよりも早く、ネネはサオリの左目に銃口を突きつけて、そのまま引き金を引いた。

 

「ぐああ―――」

「騒ぐな」

 

 チカチカする視界、遅れてやってくる鈍痛。

 悲鳴をあげようとしたサオリの口内に、ネネは自身のアサルトライフルの銃口を突っ込んだのである!

 冷たい鉄と硝煙の味が、口内を満たす。

 ネネの瞳には、怒りも、愉悦も、何もなかった。ただ、害獣を駆除する瞬間の屠殺者のような、完全な無だけだった。

 

「奥の手を隠しているのがバレバレ。そういう必死な顔、昔嫌というほど見たから。……甘いのよ、何もかも」

 

 ネネの海色の瞳には、怒りも、愉悦も、何もなかった。ただ、絶対的な経験の差と、冷徹な現実だけがそこにあった。

 言葉を、悲鳴すら封じられたサオリの心中に……恐怖が顔を覗かせる。

 

 ―――こいつは何なんだ!?

 ―――こいつはなぜ、ここまで戦える!?

 ―――何故、こんなことができる!?

 

 一度それを覚えてしまえば、誤魔化すのは困難だった。

 自分たちはかつて、教え込まれてきた。すべては空しいと。トリニティに復讐することを。

 だが―――目の前の少女(怪物)に宿っているものはそんな程度のものではない。

 まるで世界の終わりを、そして生命の本当の『死』を見て、なお生き延びてしまった者だけが宿すような、深淵の闇だ。

 

「……これで終わりよ」

 

 ネネが、引き金にかけた指に力を込める。

 冷酷な死の宣告。サオリが反射的に目を閉じた、その刹那。

 

「――っ、させない……!」

 

 小さな、だが確かな意思の籠もった声と共に、横から一筋の影が飛び込んできた。

 アツコだった。

 先ほどの呪怨の衝撃でヘイローを明滅させ、満身創痍のはずの仮面の少女が、その小さな身体を投げ出すようにしてサオリの前に立ちはだかったのだ。

 

 ネネの突き入れた銃身を、アツコは自身の両手で強引に掴み、サオリの口内から引き抜く。

 そして、まだまともに動かない身体でサオリに抱き着き、銃口の前に背中を晒したのだ。

 

 

 

 ―――まるで、あの日のように。

 

 

 

 その光景が、ネネの視界に飛び込んできた瞬間。

 銃声が、聞こえた気がして。

 世界が、引き裂かれた。

 

(―――く……っ!)

 

 頭の中に、自分の声ではない、誰かの絶叫が響く。

 降りしきる冷たい雨。

 復讐に燃える、まだ幼い少年の背中。

 その少年を、ストレガの銃撃から守るようにして立ちはだかった、大きな背中。

 

(材料を無駄にするな、って言っただろ……)

 

 赤い血が、雨に濡れたコンクリートに広がっていく。

 守られた少年と、身を呈して少年を庇い、静かに崩れ落ちていった、不器用で優しいあの人の姿。

 

 サオリを庇うアツコの小さな背中が。

 かつて少年を、自分たちを守ろうとした、あの男と―――荒垣真次郎の最期の背中と、完全に重なってしまった。

 

「あ、あ……っ、が……っ!?」

 

 ネネの口から、引き裂かれたような悲鳴が漏れた。

 これまでの冷徹さが嘘のように、彼女の顔が恐怖と混乱で急速に青ざめていく。

 アサルトライフルを握る両手が、まるで高熱の鉄に触れたかのように激しく震え、カチカチと音を立てた。

 

 

 

 ―――自分は今、何をしている?

 

 誰を、何のために撃とうとしている?

 あの男への憎しみのままに引き金を引いた私の姿は、今、この子たちの目にどう映っている?

 大切な人を守ろうとする者の前に立ちはだかり、命を奪おうとする私は――あの時の、榊貴隆也と、一体何が違うというのだ。

 

「嫌……嫌だ……っ! 私は、私は……っ!!」

 

 脳裏を埋め尽くす過去のフラッシュバックと、自己嫌悪の嵐。

 あまりの精神的負荷に、ネネの身体から立ち昇っていた黒いオーラが霧散し、背後のアイアコスも掻き消えるように消失した。

 

「う、あぁぁぁああっ!!」

 

 頭を掻きむしりながら、ネネはサオリたちに背を向け、弾かれたように走り出した。

 もはや戦術もクソもない。ただ、目の前の凄惨な『再現』から逃げ出すように、瓦礫の煙の向こうへと、狂ったように逃走していく。

 その背中は、キヴォトスの理を蹂躙した化け物のものではなく、過去の亡霊に追われる、ただの傷ついた少女のそれだった。

 

「…………っ、はぁ……っ、はぁ……」

 

 静寂が戻った調印式の跡地で、サオリは激しく咳き込みながら、地面に這いつくばった。

 口内に残る鉄の味と、心臓を直接掴まれていたような恐怖の残滓が、まだ全身を震わせている。

 

 ――助かった。

 アツコが身を挺してくれなければ、確実に自分のヘイローは吹き飛んでいた。

 

 だが、サオリの脳裏を占めていたのは、安堵ではなかった。

 去り際の、あのゲヘナの風紀委員の顔。

 あれほど圧倒的な力で自分たちを蹂躙し、冷酷に人質まで取ってみせた怪物が、アツコの姿を見た途端、まるで世界で一番恐ろしいものを見たかのように怯え、泣き叫びながら逃げていったのだ。

 

「……何、だったんだ……。あいつは……一体……」

 

 サオリの掠れた呟きは、立ち込める黒煙の中に、力なく消えていった。




Q.サオリに対して当たり強すぎない?
A.ネネはベアおばの存在を知りません。

Q.じゃあもし知ったらどう思う?
A.チドリやジンみたいに同情する。ベアおばは殺す。

ネネのこと、どう思ってる?

  • セイア「敵わない人」
  • ヒナ「頼れる後輩」
  • アコ「理解できない人」
  • イオリ「戦いたくない人」
  • チナツ「放っておけない人」
  • フウカ「一緒に料理したい人」
  • アズサ「より戦場を知っている人」
  • アツコ「泣けなくなった人」
  • シロコ「ん、似てる人」
  • ホシノ「無理して大人になった子」
  • サクラコ「祈りを知る人」
  • 先生「戦う必要のない、傷ついた子」
  • その他()
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