ここだけ命の答えに辿り着いた少年に脳を焼かれたゲヘナ生がいる世界線   作:伝説の超三毛猫

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アンケートの件、6,7人に1人くらい番長いて草なんだわ。
なんだかんだ続けてるけどまじでどうすればいいんだこれ。

ネネのイメージ絵描いちゃったし↓

【挿絵表示】



先生、そして影

 がたん、がたん、と、揺れが腰から背中へ、全身に伝わる。

 

 今、雨塚ネネは連邦生徒会のあるD.U.地区に向かっている。

 後部座席で一緒に座っているのは、同じ風紀委員会の後輩のチナツだ。

 そろそろつきますよ、という風紀委員の運転手に促され、隣で船を漕いでいるチナツの肩を揺らす。

 

「ほら、チナツ。そろそろ着くって」

 

「………むにゃ…せん、ぱい…?」

 

 眼鏡の隙間から目をこすり、意識を取り戻したチナツは、私に寄りかかっていたことにはっと気付いて、「すみません!」と謝ってくる。別に謝らなくていいのに。

 

「仕方ないじゃん。風紀委員って激務なんだから」

 

「それは……でも、先輩だって、委員長だって、イオリ先輩だってこんなこと…」

 

 どうやら、自分より忙しい私たちを差し置いて寝てしまったことに気が引けるのだろう。

 真面目なことだ。でも、本当に大丈夫だから。

 

「チナツ」

 

「は、はいっ!?」

 

「まだ焦らなくてもいいと思うよ」

 

 そう。

 焦ったところで、意味などないんだ。

 私もそうだった。

 早く強くなりたくて。

 早く皆の役に立ちたくて。

 でも、そんな都合よく人は変われない。

 できないことを無理にやろうとするより、昨日よりも今日、今日よりも明日……一歩ずつ、確実に前に進んでいけば、必ず何かしら成長しているはずだ。

 ……そんな当たり前のことを、私は“向こう”で、嫌というほど学んできた。

 

「…………ありがとうございます。先輩にそう言っていただけると、少し救われます」

 

「うん、それで良いの」

 

 チナツはホッとしたように胸をなでおろした。

 けれど、すぐにその真面目そうな瞳に、別の種類の曇りが生じる。

 

「あの…」

 

「?」

 

「先輩は、休めていますか?」

 

「なに、急に」

 

「行方不明から見つかって、救護医学部のベッドで休んでからというもの………その、先輩がちゃんと横になって、眠っているところを誰も見ていなくって。アコ先輩も心配していました」

 

「大丈夫よ。それを言うなら、ヒナ委員長なんか私の何倍も大変でしょ?」

 

「そうかもしれませんが…そうではなく……」

 

 チナツは納得のいかない様子で……しかし、それ以上追及できないと思ったのか、そのまま口を噤んだ。

 

 私は、別にいいの。本当に大丈夫だから。

 寝れてない訳じゃないんだから。

 ただ…少しだけ、タルタロスを毎晩のように探索していた頃の癖が、身体から抜けていないだけ。

 交代で仮眠をとったり、シャドウの気配を察したら、全員で飛び起きて、武器を構えてそのまま戦ったり―――それだけなんだから。

 

 あの張り詰めた、1分1秒が命懸けだった日々に比べれば。

 書類仕事に追われ、たまに不良と銃撃戦をするだけのゲヘナの日常は、拍子抜けするほどに安全で、いくらでも息が抜ける。

 

 だからね、チナツ。

 私なんかのために、そんな悲しそうな顔をして俯かないで。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 連邦生徒会行政区、中央タワーのロビー。

 普段ならキヴォトスの行政を司る厳かなその場所は、今や未曾有の暴動による混乱の坩堝と化していた。飛び交う怒号、慌ただしく走り回るガードロボットや、連邦生徒会のメンバーのような生徒たち。

 

 その喧騒の待合スペースで、私たちは「その人」と対峙していた。

 

「――おや、ゲヘナの風紀委員会の方々ではありませんか。こんな緊急事態にわざわざお出まし頂けるとは、随分と殊勝な心がけですね」

 

 低く、冷徹に響く声。

 トリニティ総合学園の治安維持組織『正義実現委員会』の副委員長――羽川ハスミ。

 豊満な体躯に漆黒の翼を広げた彼女は、こちらを見下ろしながら、あからさまに不快そうな視線を向けてきた。隣に立つチナツが、その威圧感に一瞬、身を硬くするのが伝わってくる。

 

 無理もない。この人は、ゲヘナ学園にも聞きしに伝わるくらいの、ゲヘナ嫌いだ。

 ここまで露骨にゲヘナの生徒を嫌えるものなのか、と初めて会った時は驚いたものだ。

 けれど……そんな命を奪い合うわけでもない、学園同士の「健全な反目」すら、今の私にはどこか遠い世界の出来事のように思えてしまう。

 

「……これだけの混乱です。まさかとは思いますが、あなた方の学園の『温泉開発部』や『美食研究会』がこの事態に乗じて、また何か不届きな真似を企んでいるのではないでしょうね?」

 

 明らかな嫌味だ。

 普段のゲヘナの悪評を盾にした、トリニティらしい刺々しい牽制。

 他校の、それも最大手の一角であるトリニティの幹部からこんな言葉をぶつけられたんだ。

 以前の私だったら………それだけで胃を痛めてオドオドと頭を下げていたはずだ。

 

 でも、今の私は――ただ、静かにハスミ先輩を見つめ返すことしかできなかった。

 

(温泉、に、美食……。うん、いつも通りに騒がしいだけだよね)

 

 

 そうだ。騒がしいだけだ。

 確かに、温泉開発部も美食研究会も迷惑甚だしいテロリストだ。

 けれど―――私は知っている。

 

『続けようか…この世界の最後まで』

『最後にはしない。いくぞ、綾時』

 

 世界の終焉。滅びが訪れる絶望。

 人類の集合無意識の絶望が具現化した「ニュクス」という絶対的な死の象徴。

 あれを前にした時の、魂が凍りつくような恐怖に比べれば。

 

 この先輩の放つ威圧感も。

 トゲのある言葉も。

 どこか子供の可愛いお淑やかな意地張りにしか感じられなかった。

 

「羽川先輩」

 

 私は一歩前に出ると、乱れのない、落ち着いた動作で小さく一礼した。

 

「私たちは純粋に、D.U.地区の治安悪化に伴う状況確認と、風紀委員会として可能な協力の申し出のために参りました。

 万が一、我が学園の不届き者がこの混乱に乗じるようなことがあれば、空崎委員長の名の下、私たちが責任を持って即座に排除いたします。ご心配には及びません」

 

「……っ」

 

 ハスミの美しい眉が、驚きにピクリと跳ねた。

 いつものように怯えるか、あるいはイオリのように感情的に噛み付いてくるか。

 そのどちらでもない、あまりにも理性的で、大人の余裕すら感じさせるネネの受け答えに、完全に拍子抜けしたのだ。

 

「え、ええ……。そう、ですか。ならば、結構ですが……」

 

 ハスミ先輩は毒気を抜かれたように視線を逸らし、咳払いをひとつした。

 隣のチナツが、「先輩、凄い……」と言いたげな、尊敬の眼差しを私に送ってくる。

 凄いとか、そういうわけじゃない。ただ、これくらいの言葉で動揺する理由が、私の中に残っていないだけ。

 

 

 

 ―――その時だった。

 

「――皆さん、お揃いのようですね」

 

 ロビーの奥から、コツコツと鋭いヒールの音を響かせて歩いてくる女性がいた。連邦生徒会行政手続代行、七神リン。

 彼女の冷徹な表情はいつも通りだったが、そのすぐ後ろに、一人の『大人』が伴われていることに気がついた。

 

「紹介します。こちらは、連邦生徒会長直属の捜査機関『シャーレ』の顧問として招かれた、先生です」

 

 リンの言葉に、ハスミやチナツ、そして近くにいた自警団の守月スズミや、ミレニアムの早瀬ユウカたちが一斉にその人へ視線を向けた。

 

 私も、何気なくその姿を見た。

 そして――私の世界から、一瞬だけ全ての音が消えた。

 

(あ――……)

 

 ドクン、と心臓が大きく跳ねる。

 どこか優しげで、頼りなさそうで、けれど芯の強さを感じさせる独特の佇まい。

 目が隠れそうな青い髪。中性的な顔立ち。猫背に、ドライな雰囲気。

 何より、こちらに向けて「はじめまして」と微笑みかけてくれた、その低くて、心地よく耳に馴染む優しい声も。

 

 私の記憶の奥底に、最も深く刻まれている「彼」の声に、あまりにも、あまりにもよく似ていた。

 

「ま…こ……と……?」

 

 いつも首にヘッドホンをかけて、気だるそうに、でも私たちが困っている時には必ず真っ先に前に立ってくれた、私の大好きなリーダー。

 目の前の大人の姿に、私は狂おしいほどの幻影を重ねていた。

 

 生きて、いたの?

 どうして?

 だって、あの日。

 あの桜の下で。

 私たちは…私は………確かに――理を…………看取って。

 

 なのに。

 あの桜の舞う屋上で、アイギスの膝の上で眠るように息を引き取ったはずのあなたが、どうして―――?

 まさか、大人の姿になって、私を追いかけてこの世界に―――

 

「……ネネ先輩?」

 

 チナツの怪訝そうな声が、私を現実へと引き戻した。

 冷や汗が背中を伝う。私は強く瞬きをして、もう一度、目の前の『先生』を凝視した。

 

 ……違う。

 よく見れば、顔立ちも、背の高さも、纏っている雰囲気の年齢も違う。

 彼はあんな風に、だらしないネクタイの締め方はしなかった。

 何より、彼の命は、もうこの世界のどこを探しても存在しえないのだから。

 

「ううん、なんでもないわ。……ちょっと、眩しかっただけ」

 

 私は胸の内で、自分のみっともない勘違いに自嘲気味に息を吐いた。

 別人だ。

 分かっている。

 髪型や声が少し似ていただけの、ただの赤の他人。

 

 偶然だ。それも……ひどく残酷な偶然。

 

 それでも。

 リンさんの指示に流されて、シャーレのオフィスがあるタワーを奪還する最中も。ハスミ先輩やユウカさん、スズミさんたちと共闘してヘルメット団を圧倒していく最中も。

 私の視線は、どうしても私たちの後ろから的確な指揮を出してくれる「先生」の姿を、無意識に追いかけてしまっていた。

 

「羽川先輩、動かないで」

「なっ――ゲヘナの、何を――」

「きゃっ!?」

 

 ハスミが不快げに声を荒らげるより早く、ネネはチナツの襟首を掴んで強引に物陰へと引きずり込み、自らもハスミの身体を遮蔽物へと押し込んだ。

 直後、ガガガガガッ!と凄まじい銃撃の嵐が、つい先ほどまで彼女たちがいた床を蜂の巣に変える。

 

「……っ、待ち伏せ!?」

「通路の反響音からして、重機関銃が二機。それと、あのパーテーションの裏の死角に、ショットガン持ちが三人潜んでいます」

 

 冷静沈着。

 息一つ乱れていない声音に、ハスミは息を呑んだ。

 まるで、最初から敵の配置が『見えている』かのような、恐るべき戦術眼。

 こんな指示を出している時も、脳裏から離れない。

 

「羽川先輩のその得物なら、パーテーションごと三人ぶち抜けるはずです。私とチナツで重機関銃の気を引きます。……やれますか?」

「……ええ。トリニティの正義実現委員会を、侮らないでいただきたいものですわね」

 

 

 

 そんな戦いが終わり、シャーレのビルが静けさを取り戻した頃になって。

 私たちはそれぞれの学園へと戻るため、ロビーで先生と別れの挨拶を交わしていた。

 

 チナツが先に車へ向かう中、私はどうしても抑えきれない衝動に駆られ、足を止めて先生を振り返った。

 

「あの……先生」

 

“ん? どうしたの、ネネ?”

 

 先生は、戦いの疲れも見せず、私と同じ目線になるように少し腰を落として笑いかけてくれた。

 その圧倒的な「大人の包容力」に、また胸がチクリと痛む。

 

「差し支えなければ……先生の、ご出身の高校をお尋ねしても……?」

 

 唐突すぎる、そして風紀委員としてはあまりにも不自然な質問。

 先生は一瞬だけ、不思議そうにパチパチと目を瞬かせた。

 だけど、私の、思い切ったような目でも見てすぐに何かを察したのだろう。

 真剣な眼差しで、表情をして。それでも優しく微笑むと、私の求める答えを口にした。

 

“?……そうだね、私は〇〇〇高校の出身だよ。それがどうかした?”

 

「――あ」

 

 月光館、ではない。

 聞き馴染みのない、けれどこのキヴォトス………あるいは先生の故郷のどこかに確かに存在するであろう、普通の高校の名前。

 

「いえ……。なんでも、ありません。少し、昔の知り合いに雰囲気が似ていらしたので。……変なことを聞いて、すみませんでした」

 

“はは、良いんだよ。また、いつでもシャーレに来てね”

 

 ぽん、と私の頭を軽く叩き、先生は手を振ってオフィスの奥へと歩いていく。

 その背中を見つめながら、私は自分の両頬を、両手でパチンと少し強めに叩いた。

 

(しっかりしなきゃ、私)

 

 ここはキヴォトスだ。あの青い春のあった場所じゃない。

 いつまでも過去の幻影を追いかけて、感傷に浸っている場合じゃないんだ。

 分かっている。

 分かっているつもりなのに。

 

「ネネ先輩ー? 遅いですよー、早く行かないとアコ先輩に怒られます!」

 

 車の窓から顔を出して手を振るチナツに、「今行くわ!」と努めて明るい声を返す。

 私は小さく息を吸い込み、風紀委員としての仮面をもう一度被り直して、公用車へと歩き出した。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 ……その日は、風紀委員内で交代で行われる、夜の見回りの担当だった。

 いつものように、懐中電灯を手に、学園内から路地裏まで見て回る。ゲヘナ学区だと、夜にカツアゲやリンチが行われるなんて当たり前だから。

 

 そんな、いつもの夜。

 いつもの巡回ルートを一人で回っていた、その時の事だった。

 

「……っぁ…」

「!」

 

 路地裏から、くぐもった音が聞こえた。誰かの声だ。

 また、いつものように誰かをいたぶって楽しんでいる不良でもいるのかと思っていた。…………駆けつけた時の、その光景を見るまでは。

 

「ひっ……! 銃が、効かない……っ! なんだよ、コイツ……!?」

 

 月明かりの届かない薄暗い路地裏の奥。

 そこで、スケバン姿の不良生徒が腰を抜かして震えていた。彼女の足元には、撃ち尽くされたであろう空の弾倉がいくつも転がっている。

 しかし、彼女を追い詰めている「それ」は、キヴォトスの住人ではなかった。

 

 ドロリとした、タールのような黒い身体。

 明らかに人の姿から逸脱している、異形の造形。

 這いずるような異形のシルエットの顔部分には、不気味な仮面が貼り付いている。

 

(なんで……!?)

 

 私の心臓が、早鐘のように嫌な音を立てた。

 

(影時間は、もう終わったはずなのに……!!!)

 

 あれは――間違いない。あの世界で私たちが幾度となく戦い―――そして、封印したはずの化け物だ。

 あの、恐ろしい影の狩りの時間はもう来ないはずなのに。

 元凶であるニュクスは、理がその命と引き換えに封印したはずなのに。

 なぜ、どうして。

 

 

(なんで―――ここにシャドウがいるのよ!!?)

 

 

 

「■■■■■―――!」

 

「うわぁぁぁああああーーーーッ!?」

 

 思考の海に沈みかけるが、身体はそれよりも早く動いた。

 いま、シャドウがさらに距離を詰めてきたことで、不良が悲鳴をあげて、そのまま後ろへ倒れた。ヘイローも消えている。気絶したんだ。

 

 まずい。

 このままだと、あの不良生徒がやられる。

 キヴォトス人は銃弾には耐えられても、シャドウが精神を食い破ることで引き起こす無気力症や、本物の『死』には耐えられないかもしれない。

 

「彼女から離れろ!化け物!!!」

 

 私は腰のアサルトライフルを構え、迷いなくシャドウの核となる仮面に向けて引き金を引いた。

 タタタタタッ! と、乾いた銃声が夜の路地裏に木霊する。

 しかし――。

 

「■■■……」

 

 命中したはずの銃弾は、シャドウのドロドロとした身体を、まるで水面を叩くように虚しく透過してしまった。

 

 ノーダメージ。

 物理的な鉛の弾丸など、そもそも通用する道理がないのだ。それがシャドウという存在なのだから。

 私に気を取られたシャドウが、標的を変更し、巨大な腕のようなものを鈍重な動作で振り下ろしてくる。

 私は反射的に地を蹴って回避した。だが、その余波をまともに受け、構えていたアサルトライフルが弾き飛ばされ、地面を滑っていく。

 最大の自衛手段である銃を失った。

 未知の化け物を前にしての丸腰。

 普通なら、ここでパニックに陥り、絶望する場面だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 けれど――不思議なことに、私の心に『動揺』は一切なかった。

 

(あぁ……やっぱりね)

 

 あるのは、驚くほどに冷え切った思考だけだった。

 まるで、予想していた通りにテストの問題が出た時のような。

 相手が思うとおりに動き、自分の仕掛けた罠にかかりにいくのを見るかのような。

 視界が研ぎ澄まされ、死と隣り合わせのヒリつくような感覚が、私の神経を隅々まで覚醒させる。

 

 元よりこいつに―――キヴォトスの常識など、最初から期待していない。

 

「やっぱり、こっちじゃないと倒せないか……!」

 

 私は、懐に忍ばせていた『もう一つの銃』を引き抜いた。

 キヴォトスで支給されたものではない。あの世界で、特別課外活動部(S.E.E.S.)の仲間たちと共に使っていた、銀色に鈍く光る銃型の召喚器。

 それを、流れるような動きで引き抜くと。

 

 

「ペ」

 

 

 スライドを1回、引っ張って。

 

 

「ル」

 

 

 迷いなく自身の眉間に突きつける。

 もしこれを誰かが見ていたら、発狂して自殺を試みている狂気の沙汰にしか見えないだろう。

 

 

「ソ」

 

 

 けれど、違う。私にとってこれは、理たちと生きた証であり、「生きるための引き金」だ。

 眉間に伝わる、冷たい鉄の感触を感じて。

 そのまま迷いなく、トリガーを引く。

 

 

「ナ―――!!!」

 

 

 パァン! と、ガラスの割れるような鋭い音が路地裏に弾けた。

 眉間から、後頭部へ……吹き飛んだのは、弾丸ではなく、青いカードの欠片。

 青い光の粒子が吹き荒れ、突風が吹く。夜闇を切り裂くように、私の背後に巨大な影が顕現した。

 

 ―――それは、禍々しくも威厳に満ちた、漆黒の装甲を纏う存在。

 

『我は汝、汝は我……』

 

 脳内に直接響く、重く冷たい声。

 中世の騎士を思わせる鎧。その両肩に、天秤の皿が釣り下がっていて。

 片手には、両手でもやっと持ち上げられるかというレベルの、巨大な両刃剣。

 もう片方の手には、祈りの杖が。

 顔は、蟻をモチーフにしたかのような兜に覆われて目元が全く見えず。

 兜の隙間から、銀色の長髪をのぞかせている。

 男性的でもあり、どこか女性的でもある。

 

 この異形が。この異形こそが―――

 

 

『我は、人々の心の海に潜むもの。冥界の執行者・アイアコスなり……』

 

 

 ―――私の、心の奥底から現れた、私の分身。

 死へと立ち向かうための心の鎧……ペルソナだ。

 

 

 私の呼びかけに応じて現れたアイアコスは、路地裏の影をさらに濃くするように佇み、嘲笑うかのように言葉を続けた。

 

『皮肉だな、ネネ。死を忘れた世界に戻ってきたというのに、死はまだ貴様を追う。……まるで人が、必ず死ぬ定めを負っているかのようだな?』

 

 その言葉が、胸の奥を抉る。

 死のないこの平和なキヴォトスにおいて、私だけが忘れてはならない死(メメント・モリ)を背負い続けている。

 その残酷な事実を突きつけるような、冥界の執行者の皮肉。

 けれど、今の私に感傷に浸っている暇はない。

 

「おしゃべりをしてる時間はない。早くして」

 

 私は短く、冷徹に命じた。

 アイアコスは我が意を得たりとばかりに沈黙し、その巨大な腕を、蠢くシャドウへと向けた。

 

「エイガオン」

 

 キヴォトスの銃火器の爆発とは根本的に異なる。

 それは、存在そのものを死の淵へと引きずり込む、怨嗟の叫び。

 ドス黒く、禍々しい力の奔流が、一瞬にしてシャドウを包み込む。

 断末魔の叫びを上げる間すら与えず、異形の怪物は内側から崩壊し、跡形もなく黒い泥となって夜の闇に溶けて消えた。

 

 路地裏に、再び静寂が戻る。

 残されたのは、気絶している不良生徒と、荒い息を吐く私だけ。

 私はアイアコスを消退させ、召喚器をゆっくりと下ろした。

 

 なぜ、このキヴォトスにシャドウが現れたのか。

 まだニュクスが関わっているのか、あるいは私の抱える後悔から漏れ出した残滓なのか、それとも、もっと別の大きな理由があるのか。謎は尽きない。

 

 不安も尽きない。

 あれで終わったのか。それとも、まだ何かあるのか。

 そうであったとして……私一人で、やっていかなければならないのだろうか、という恐怖も。

 

 けれど、一つだけ確かなことがある。

 私は、銀色に光る召喚器の冷たさを指先で確かめながら、路地裏から切り取られた夜空を見上げた。

 

(これが…私のやるべきことだっていうの?)

 

 あの日から生き残ってしまった命は、まだここにある。

 だから、これからも戦い続けよう。

 風紀委員として。

 そして、特別課外活動部(S.E.E.S.)のメンバーとして。

 私がこの世界で為すべき戦いが、確かに存在しているのなら。

 




…ネネとキタローのコープって何だったんだろう???

かすみのような「信念」でも、丸喜先生のような「顧問官」でもなさそうだし、ましてや足立のような「道化師」でもないし…

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