ここだけ命の答えに辿り着いた少年に脳を焼かれたゲヘナ生がいる世界線   作:伝説の超三毛猫

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ネネにはいくつか地雷があります。
マコトという名前。
それから―――大切な人の死。
ただの死ではありません。
他にもあるけど………まぁ、そこはもう御察しかな?


休んでください

 私は今、月光館学園の生徒だった頃を思い出していた。

 そこで私は……ある女性と知り合いになったんだ。

 

 余命いくばくもない青年を息子に持つという、母親だという女性。

 名前は……そう、神木さんだった。

 最初は、あまりにやつれた様子で街の一角に座っていたのを見たから、見かねて声をかけたんだけど、それから話すようになった。

 

 毎日の出来事や、明日の予定を話すたびに…表情が曇る女性。

 ある日その曇った表情の理由を尋ねて、答えを知った時は頭が真っ白になったっけ。

 

 遺伝性の病気で、もうすぐ余命が来る息子さん。

 彼女は、丈夫な体に産んであげられなかった自分を責めていた。

 私のせいで、かわいそうな人生を送らせてしまった……と。

 はじめて聞いた時は、ショックで、言葉が出なくって。当時、ただの風紀委員でしかなかった私ができたことは……せいぜい、話を聞いてあげて、思ったことを言う事くらい。

 それが、救いになっていたかは分からない。

 けれど、ある時、こんな事を言ったこともあった。 秋成がいちばん辛いのにね、とこぼした神木さんに対してだったはずだ。

 

『神木さん』

『?』

『あなたの言う通りです。一番苦しいのは……つらいのは、息子さんだと思うんです。………神木さん。最近、息子さんと、目を合わせて会話していますか?』

『……して、いないわ。あの子の目が、ずっと、怖くて……』

『…だったら、してあげてください。秋成さんのお母さんは、あなたしかいないはずです』

 

 あの時は、言葉にしてすぐ、厳しく言い過ぎたと後悔した。

 けれど神木さんは、「そうね、そうだわ」と、弱弱しく微笑んだのを覚えている。

 しばらくして、神木さんの顔が明るくなったのを見て、何があったのかを尋ねたことがあった。

 

 

『あの子がね、なにか、絵本を書き始めたのよ』

『絵本、ですか?』

『えぇ。なにか、大事な友達ができたみたいでね……私に、「本を書く」って言ったのよ』

 

 その友達(あとでそれが理だと知った)に出会ったという秋成さんは、物語を書いたのだという。どんな話かは、神木さんも知らなかった。「友達に1番に見せるから母さんは2番目ね」とはぐらかされ、物語を書き続けているのだそう。

 

『その友達に、渡せるといいのだけど……』

『渡せます。きっと』

 

 確証はなかった。ただ、信じたかった。

 これ以降、神木さんと会うことはなく………私は、キヴォトスへ帰ってきた。

 ―――神木さんは、息子さんのお話を読めただろうか。

 ―――秋成さんは、ちゃんとお話を書ききったのだろうか。

 思い出すたびに、心残りだけが、後を引いていく。

 

 

 

 それで……話を戻すが。

 なぜ、こんなことを急に思い出したのかというと。

 

 昨日、ゲヘナの路地裏でシャドウを叩き潰した時。

 私のペルソナ――アイアコスが放った闇の奔流の隙間から、ほんの一瞬だけ、あの時の神木さんの残像のようなものが脳裏をよぎった気がしたからだ。

 

 ――いや、違うか。本当の理由は、そこじゃない。私の心が、必死に言い訳を探しているだけだ。

 

 本当は、分かっている。

 私が秋成さんの母親を思い出したのは、昨日出会ったシャーレの『先生』が、あの時の神木さんのように……いや、それ以上に。

 

“……あ、ネネ。おはよう。昨日はお疲れ様”

 

 シャーレのオフィス。 自動ドアが開いた先で、デスクに書類を積み上げた先生が、気だるそうに、でも私を見つけてパッと顔を明るくして手を振ってくれた。

 だらしないネクタイ。

 少し猫背な背中。

 やっぱり、理とは全然違う。

 だけど、どうしてだろう。

 この人の前に立つと、あの時、自分の無力さに打ちひしがれながら神木さんの話を聞くことしかできなかった『ただの風紀委員の私』が、心の奥底から引きずり出されそうになる。

 

「おはようございます、先生。……相変わらず、ひどい書類の量ですね。風紀委員会への提出書類も混ざっていると聞いて、様子を見に来ました」

 

“あはは、助かるよ。実はゲヘナからの書類、書式がざっくり過ぎてちょっと困ってたんだ。……ネネ?”

 

 先生が、私の顔を覗き込んでくる。

 その優しくて、どこか全てを見透かすような瞳。

 私は、思わず口をついて出そうになる言葉を、必死に喉の奥で飲み込んだ。

 

(先生。あなたは……死を恐れていますか?)

(一人の生徒を救うために、命を懸けるその覚悟の先に、何があるか知っていますか?)

 

 理は、世界を、私たちを救って消えた。

 秋成さんは、おそらく自分の生きた証を物語に遺して旅立ったのだろう。

 命を懸ける大人の背中は、いつだって美しくて、そして――あまりにも残酷に、残された者の心を抉る。

 

「……なんでもありません、先生。その、左側の束がゲヘナの書類です。私が、書き方を教えてあげますから」

 

“そっか、ありがとう。頼りにしてるよ、ネネ”

 

 先生の屈託のない笑顔。

 それを見つめながら、私は胸の前で、懐に入っている銀色の召喚器を制服越しにそっと握りしめた。

 この世界に、なぜシャドウが現れたのかはまだ分からない。

 けれど、もしあの化け物たちが、この温かくて、少しお節介な『先生』の命まで脅かそうというのなら。

 

(……今度は、ただ話を聞くだけの私じゃない)

 

 私は私の意志で、この引き金を引く。

 ゲヘナの風紀委員として。そして、彼と共に戦ったS.E.E.S.のメンバーとして。

 この頼りない大人の背中を、今度こそ、私が守り抜いてみせる。

 

 窓から差し込むキヴォトスの澄んだ青空は、あの日の桜の色とはまるで違っていたけれど。

 私の胸の中で燻る『覚悟』だけは、あの頃よりもずっと、深く、鋭く研ぎ澄まされていくのを感じていた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 それから、シャーレに何度か当番に行った後。

 風紀委員会の間で便利屋68を捕まえるという話になった。

 

 

 首謀者は、もちろん天雨アコ先輩だ。

 書類仕事に追われるヒナ委員長の手を煩わせまいと裏で動いているのは分かっていたけれど、今回の彼女の目は、いつも以上にギラギラとした野心、あるいは焦燥のようなものが混じっていた。

 

「ネネ。あなたも遊撃隊として、イオリと一緒に動いてもらいます。いいですね?」

 

 作戦会議室。端末のホログラムで便利屋68の指名手配書を映し出しながら、アコ先輩は眼鏡の位置を指で直した。

 

「……アコ先輩。便利屋68の捕縛自体は風紀委員の職務ですが、彼女たちの現在の潜伏先はゲヘナの管轄外……アビドス学園の自治区、柴関ラーメン付近と聞いています。完全な学区内侵犯になりますが、他校への根回しは済んでいるのですか?」

 

「それには及びませんよ、ネネ。元より廃校寸前の、生徒が数人しか残っていないような寂れた砂漠です。文句を言う人間などいません」

 

 アコ先輩はフッと、いつものように澄ました微笑を浮かべる。

 

「あそこは現在、カイザーPMCの管轄下にあります。そんな無法地帯で、我が学園の不届きなテロリスト共がこれ以上の不祥事を起こせば、それこそヒナ委員長の顔に泥を塗ることになります………風紀委員会の威信にかけて、委員長の手を煩わせる前に、私たちが迅速に彼女たちを捕縛し、ゲヘナへ連行する。……ただそれだけのことです。何か不満でも?」

 

「……いえ。命令通り、イオリに同行します」

 

 私は小さく一礼して、会議室を後にした。

 隣を歩くイオリは、「よーし! 待ってろよ便利屋! 委員長の手を煩わせる害虫どもめ、私が一匹残らず捻り潰してやる!」と、愛用のスナイパーライフルを肩に担いで鼻息を荒くしている。

 

(……やっぱり、おかしい)

 

 アコ先輩は綺麗に書類を整えてみせたが、あの人の言葉にはいつも搦め手が多い。

 単に便利屋68を捕まえるだけなら、なぜアビドスという「場所」にここまで執着するのか。

 あそこには今、連邦生徒会から特権を与えられたばかりの――あのシャーレの『先生』が関わっているはずだ。

 

 アコ先輩の目的は便利屋の捕縛じゃない。

 混乱に乗じて、先生をゲヘナの、ひいては風紀委員会の影響下に置くための、政治的な囲い込みか――。

 

 そんな裏の計算を、前線で突っ走るイオリが気づくはずもない。

 

「イオリ、おねがいだから、暴走だけはしないでよね」

 

「はぁ!? 何言ってんのネネ! 私がいつ暴走したって言うの!」

 

「いつも」

 

「おい!適当言うな!!」

 

 プンプンと怒るイオリを見送ってから、私は公用車のシートに深く背中を預けた。

 窓の外を流れる、ゲヘナの荒涼とした街並み。

 

 もしアコ先輩のあの計算高い思惑のせいで、あの先生が……キヴォトスの理不尽な渦に巻き込まれて傷つくようなことがあれば。

 

 私は制服のブレザーの上から、そっと懐の銀色に触れた。

 まだ夜ではない。影時間でもない。

 人間相手に使うとなれば…彼女たちはペルソナ使いですらない。

 けれど、私の指先は、いつでもあの冷たい引き金を引く準備を始めている。

 

「……そろそろ着くぞ。アビドス自治区だ」

 

 運転手の声と共に、窓の外が、見渡す限りの広大な砂漠へと変わっていく。

 その砂嵐の向こうに、小さなラーメン屋の看板が見え始めていた。

 

「よーし、あそこにいるんだな、便利屋は!」

 

 停車すると同時に公用車のドアを蹴り開け、イオリが好戦的に口角を挙げて叫ぶ。

 そして、手に持っていた迫撃砲の銃口を―――あろうことか、その店に向けたではないか。

 

「ちょ、ちょっと待って、イオリ! まだ非戦闘員の避難が――」

 

 

 私が引き留めるより早く、イオリは迫撃砲を構え、その引き金に指をかけた。

 ダメだ、完全にアコ先輩の「迅速に捕縛」という言葉を「派手にぶっ潰す」と脳内変換している。

 あの店の中に、便利屋以外の人がいる可能性を考えてない―――!!

 

「吹き飛べ便利屋ァ!!」

 

「ばっ―――」

 

 咄嗟だった。

 私は懐の銃には手をかけず、ただ精神のトリガーだけを引いて影の力を部分的に励起させる。

 重力の波をイオリの銃身にぶつけ、射線をわずかに、だけど強引に上に逸らした。

 

 

 

 ――ズドォォォン!!!

 

 

 

 激しい爆鳴。

 しかし、私の介入も虚しく、放たれた迫撃弾はラーメン屋の壁を直撃し、凄まじい爆煙と共に店舗を半壊させた。

 

「よし、命中だな!このままA部隊は突撃!便利屋を逃すな!!!」

 

「……っ、こんの馬鹿……!」

 

 自分の不手際にも気づかず突撃していくイオリの背中に悪態をつきながら、私は爆煙の上がる紫関ラーメンへと走った。

 アビドスの生徒たちがイオリの迎撃に回る中、私の目的は別にある。

 

 ガタガタと崩れる瓦礫の隙間に、意識を失って倒れている巨体――この店の店主、柴関の大将の姿があった。

 キヴォトスの生徒なら銃撃や爆発でも気絶で済むが、一般の市民、それもヘイローを持たない獣人の大将にとって、今の爆発は致命傷になるかもしれない。

 

「動かないで。……今、助けます」

 

 崩れ落ちてくる燃える梁を、アイアコスの見えない腕で受け止め、物音を立てないように、端に置いておく。

 大将の巨体を肩に担ぎ上げ、爆煙の建物の外へと一気に脱出した。

 砂の上に大将を寝かせ、呼吸を確認する。気絶しているが、命に別条はない。

 

「大将から離れて!!」

 

 だけど……そのタイミングで、銃を向けられた。

 

 

「あんたたち、よくも大将を…!絶対に許さないわ!!」

 

 

 怒りに表情を染め、今にも引き金を引きそうな勢いで私を狙うのは、アビドスの制服を着た、猫耳の生徒だった。

 きっと、柴関ラーメンの大将と仲が良かったのだろう。だったら、大将を助けた私が、風紀委員会の制服を着ているからという理由で敵に見えるのも頷ける。

 こうなった以上、私が大将にできることは何もない。

 

「…爆発の衝撃で気絶はしていますが、目立った出血はありませんでした。頭の怪我も軽傷です」

 

「え?」

 

「あとは、あなたにお任せします。……イオリを、同僚を止められなくって、ごめんなさい」

 

「は?……いや、ちょ、待っ―――」

 

 猫耳のアビドス生がそれ以上何かを言う前に、私は柴関ラーメンの前を後にした。

 ―――まるで……そう。罪悪感から、己を責める己から、逃げ出すかのように。

 

 

 私が戦線の後方へと戻る間も、イオリ率いる風紀委員会の部隊と、アビドス・便利屋の連合前線との激しい銃撃戦は続いていた。

 数から言えば我が風紀委員会が圧倒している。

 しかし、あちらにはシャーレの先生がいて指揮を執っているせいか、アビドス側の防衛線は驚くほど強固で、イオリの猛攻を完全に手玉に取っていた。

 

 ………本当に、よく似ている。

 部隊を率いたことも、その手腕も、本当によく似てる。

 かつて、別人だという事を証明したばかりなのに……気を抜けば、また理を先生に重ねてしまいそうだ。

 

 その時、戦場に響き渡る銃声を引き裂くように、アコ先輩の指揮車から発信されている全回線共通の広域通信が、不自然なノイズと共に強制的にジャックされた。

 

『――そこまでにしなさい、アコ』

 

 冷たく、重く、すべてを凍りつかせるような小さな声。

 風紀委員の全生徒がその声を聞いた瞬間、背筋を凍らせて動きを止める。

 前線で狂ったように引き金を引いていたイオリも、銃を構えたまま「い、委員長……!?」とうろたえ始めた。

 

『い、委員長!? どうしてこの通信網に……! 私は今、ゲヘナの治安維持のために便利屋を――』

『嘘をつかないで』

 

 アコ先輩の狼狽した声が通信越しに響くが、その言い訳は一瞬で一蹴される。

 

 

 

『―――ネネから、()()()()()()()()わ。アビドス周辺で大部隊を率いて軍事行動を行っていると」

 

 

 静まり返った戦場で、かつ、かつ、と靴の音を鳴らす。

 砂煙の奥から現れたのは、小柄な、けれど誰も逆らえない圧倒的な威圧感を放つ少女だった。

 ゲヘナ学園、風紀委員長――空崎ヒナ。

 

 彼女は鋭い紫色の瞳で、半壊したラーメン屋と戦場を一瞥すると、深い、深いため息をついた。

 通信端末のモニターに、アコ先輩のホログラムが映し出される。

 先輩は完全に顔を青ざめさせ、通信越しでも分かるほど取り乱していた。

 

『な、なにを考えているんですかネネさん!! 裏切ったんですか!!?』

 

 アコ先輩の怒りと困惑の矛先が、後方に佇む私へと向けられる。

 私は逃げることも臆することもなく、ただ冷静に、見返した。

 残念だけどアコ先輩。私は、裏切ってなんかないわよ。

 

「人聞きの悪いことを言わないでください、アコ先輩。

 私はただ、裏を取るための()()をしただけです。……これほど大規模に軍隊を動かすんですよ? 委員長の許可なくてはあり得ない」

 

『し、しかし、これはヒナ委員長のためを思って―――!!』

 

「報連相は仕事の基本です。まさか……ヒナ委員長にすら話が伝わってないとは思ってなかったんですけど。おかげで私まで、委員長の許可なく学区内侵犯を犯した大馬鹿者の片棒を担がされるところでした」

 

『くっ……、ネネ、あなた……!』

 

 アコ先輩が悔しげに歯噛みする。

 そう。私はアビドスに向かう公用車の中で、すでにヒナ委員長へ暗号通信で状況の全てを報告していたのだ。

 アコ先輩の不審な部隊移動、独断での他校自治区への侵入、そして――この場所に、あの『シャーレの先生』がいるという決定的な事実を。

 

「……もういいわ」

 

 ヒナ委員長が遮ると、アコ先輩は一瞬で言葉を失って直立不動になった。

 彼女は気だるそうに、だけど絶対的な威圧感を込めて言い放つ。

 

「風紀委員会は全員、直ちに撤退。アビドスへの学区内侵犯は、ゲヘナの風紀委員長として私から先生に話をしておくわ。……それと、アコ」

 

『は、はい、委員長……』

 

「あなたは今すぐモニターを切って、先に反省文を書いてなさい。場所、分かってるでしょ?……一枚でも誤魔化したら、承知しないから」

 

『――っ、分かり、ました……』

 

 ぷつん、と音を立ててアコ先輩のモニターがブラックアウトする。

 これで、アコ先輩の独断による『先生囲い込み計画』は完全に破綻した。

 

 ヒナ委員長は小さく首を振ると、銃を収めて呆然とこちらを見つめるイオリ、そして防衛線の中心に立つだらしないネクタイの『先生』の方へと、ゆっくりと歩みを進めていった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 あの後、アコやイオリ、チナツを下がらせた私は、ゲヘナの風紀委員長として、正式にアビドスとシャーレに謝罪した。

 そこで私は、不思議な、それでいて大事なものを見た。

 

 

 ネネが、私の側から先生のもとに歩いていって……声をかけたのだ。

 

「目の隈がひどくなってますよ。寝てください、リー……………」

 

 そして、その言葉の途中で固まり。

 

「…………先生。貴方が倒れれば、悲しむ人もいるでしょう?」

 

 そう、言い直したのだ。

 なにか、やってはいけない失敗をしでかしたかのような顔で。

 ネネは、自分の失言に気づいたように小さく目を伏せると、そのまま一礼した。

 

「失礼します」

 

 それだけ言って、私の横を通り過ぎていった。

 砂漠の風が吹く。

 その背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。

 

「…………」

 

 リー…と。

 そう言いかけた。

 聞き間違いではないと思う。

 あのネネが、人の名前を間違えるとは考えにくい。

 それも、先生を見ながら。

 先生も少し不思議そうな顔をしていたけれど、特に気にしている様子はなかった。

 

“……ヒナ?”

 

 先生がこちらを見る。

 

「……なんでもないわ」

 

 私は首を振った。

 聞くべきではない気がした。

 あれはきっと、私たちが踏み込んではいけないものだ。

 ネネは昔から真面目だった。

 誰かのために動いて。

 誰かのために悩んで。

 誰かのために傷つく。

 そういう子だった。

 

 けれど、行方不明になって、帰ってきてからのネネは少し違う。

 以前より落ち着いている。

 以前より頼もしい。

 以前よりずっと強い。

 ――強すぎる。

 

 銃口を向けられても動じない。

 理不尽を前にしても怒らない。

 誰かに敵意を向けられても平然としている。

 まるで。

 もっと恐ろしい何かを知っている人みたいに。

 

「…………」

 

 ふと、先程のネネの言葉が脳裏をよぎる。

 

 

 ――貴方が倒れれば、悲しむ人もいるでしょう?

 

 

 

 あの言葉。

 あれは先生に向けた忠告だったのだろうか。

 それとも―――自分自身に言い聞かせていたのだろうか。

 

 

 考えても、分からない。

 ただ一つだけ確かなことがある。

 

 ネネは今も何かを背負っている。

 私たちが知らない……私たちには触れられない何かを。

 

 そして、その荷物はきっと。

 ―――彼女が一人で抱えるには、あまりにも重い。

 

 

「……帰ったら、少し休ませないとね」

 

 

 誰に聞かせるでもなく呟く。

 アコの反省文も。

 イオリへの説教も。

 やるべき仕事は山ほどある。

 

 それでも。

 風紀委員長としてではなく、一人の先輩として。

 あの子のことを、もう少しだけ見ていてあげよう。

 そう思いながら、私はゆっくりと空を見上げた。

 キヴォトスの青空は、今日もどこまでも澄み渡っていた。




ネ ネ「先生もヒナ委員長も休んでください」
ヒ ナ「ネネを休ませなきゃね」
先 生「二人とも大変そうだね。休めてるのかな…」

つ鏡

ネネ(この後は誰と過ごそうか……)

  • ヒナ
  • アコ
  • イオリ
  • チナツ
  • 先生
  • 羽沼
  • イブキ
  • チアキ
  • フウカたん
  • キララ
  • エリカ
  • カヨコ
  • アカリ
  • その他
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