ここだけ命の答えに辿り着いた少年に脳を焼かれたゲヘナ生がいる世界線 作:伝説の超三毛猫
連邦捜査部、シャーレ。
そのオフィスでは、三人の人間が、書類の山と格闘していた。
「ん、先生、この紙はこっちでいい?」
“ありがとう、シロコ。助かるよ”
「先生、リンさんからの書類はどうすればいいですか?」
“コピーとってファックス送っておいて!”
そう。
シャーレの先生と私……そして、アビドス高校に通う砂狼シロコさんだった。
あれから……カイザーPMCとの闘いから数日後。シロコさんによると、小鳥遊ホシノ奪還作戦は成功。カイザーを退け、違法な借金問題は少し解決されたらしい。………カイザー理事が指名手配されたニュースを見たし、なんとなく察してたけどね。
何はともあれ、アビドスの一件が片付いたのは良いことだ。
風紀委員会としても、これ以上余計な遠征や防衛戦に駆り出されずに済む。
ゲヘナの日常………いつも通りの爆破や暴動だけに対応するだけでいいのは、精神衛生上とてもありがたかった。
「はぁ……。それにしても、ゲヘナの書類も多いですが、シャーレの処理する書類の量は尋常じゃないですね。先生、本当によく過労死しませんね?」
“あはは、これでもリンちゃんが少し手加減してくれてる方なんだよ?”
「ん。先生、あまり無理はしないで。倒れたら、私がアビドスに連れて帰って看病する」
“さ、さすがにそこまで世話になるわけにはいかないかな……”
カタカタと小気味よいキーボードの音と、紙をめくる音だけがオフィスに響く。
時計の針がちょうど十二時を回った頃、先生が大きく背伸びをして、ペンを置いた。
“シロコ、ネネ、そろそろお昼休憩にしようか”
「ん、わかった。ちょうどお腹が空いてた」
「そうですね。では、お昼ご飯を持ってきます。お二人とも、少し待っていてください」
私は持参していた大きめの保冷バッグを手に取り、三人でシャーレの屋上へと移動した。
初夏の心地よい風が吹き抜ける屋上のベンチ。
私がバッグから取り出して広げたお弁当の中身を見て、先生とシロコさんは少し意外そうに目を丸くした。
「ん……これは…!」
“わあ、すごく家庭的だね……”
重箱のふたを開ければ、出汁と醤油の匂いが、鼻をくすぐった。
味がしっかりと染み込んでいそうな肉じゃが。ほんのり甘い香りが漂う卵焼き。水筒から注いだ湯気立つ味噌汁に、少し大きめに握ったおにぎり。
キヴォトスで主流の派手なファストフードとは一線を画す、愛清さんの給食を参考にした、素朴で温かい和食を再現したつもりだ。
“……うん、美味しい! 肉じゃがのじゃがいもがホクホクだし、出汁がすごく優しい味だ”
一口食べた先生が、本当に嬉しそうに目を細める。
「……ありがとうございます。口に合って良かったです」
面と向かって褒められると、少しだけ気恥ずかしい。
私はおにぎりを口に運びながら、少し照れくさそうに視線を外した。すると、シロコさんがじっと私の手元を見つめながら、不思議そうに首を傾げた。
「ネネ。どうしてここまで上手なの? ゲヘナの生徒は、その……もっと料理を爆発させるイメージがあった」
「それは美食研究会のイメージが強すぎるだけです。……まぁ、私がここまで作れるようになったのは、昔、料理を教えてくれた……本当に大切な先輩がいたので」
巌戸台の寮のキッチン。エプロンを着けて、ぶっきらぼうに包丁の持ち方を教えてくれた、あの背の高い先輩の姿が脳裏をよぎる。
胸の奥が少しだけチクリと痛んで、一瞬だけ表情が曇るのを感じた。けれど私はすぐにそれを取り繕うように、いつもの平委員の顔で笑ってみせる。
「色々ありましたけど、
“……そっか”
それ以降、先生は何も言わなかった。
先輩のこと、聞かれたらどうしようと思ったからだ。
言った直後で気付いたけど、二人とも何も言わないのなら、あえて詳しく掘り返す必要もない。
先生も、そこに気付いたのかな。その踏み込んでこない大人の優しさが、少しだけ、理の空気感に似ている気がした。
◆◆◆◆◆
―――そして、その日の夕方。
シャーレでの手伝いを終えた私は、先生に見送られ、一人でゲヘナへの帰路についていた。
時刻は逢魔が時。
夕闇がじわじわと街の輪郭を融かしていく中、私はD.U.地区の大通りを歩いていた。
―――ふと、背筋に冷たいものが走る。
(……この気配、何?)
ただのゲヘナの不良が起こす暴動のそれとは、明らかに密度が違う。
まるで、戦場そのものが質量を持ってこちらに歩み寄ってくるかのような、圧倒的な狂気と殺気。
人通りも多いのに、そんなところでそんな殺気を感じる意味が分からなかった。
だけど……油断はしない。いつ、どこから襲ってきても、対処しなければ。
そう思った私が足を止め、反射的に右手を制服の懐――ペルソナの召喚器――へ伸ばしかけた、その瞬間。
―――轟音。
目の前の路地のアスファルトが、凄まじい爆発と共に跳ね上がった。
「くっ……!?」
吹き荒れる爆煙。
私はすぐさま後ろへ跳躍し、近くの瓦礫の陰へと身を隠す。
もうもうと立ち込める煙の向こうから、カラン、カラン、と乾いた下駄の音が響いてきた。
「見ぃつけた……見つけましたよ、泥棒猫さん」
現れたのは、鮮やかな和装に身を包み、狐の面を被った一人の少女。
手にした黒いクラシックなライフルからは、未だに硝煙が立ち上っている。その佇まいだけで、彼女が並の生徒ではないことが理解できた。
「貴女ですね? 今日、一日中…私の愛しい先生の傍で、不埒な逢瀬を楽しんでいた泥棒猫は……!」
狐の面の奥から覗く瞳が、どろりとした、底知れない執念の炎で燃え盛っている。
私は彼女を知っている。この和服姿と、狐の面を。
というより……秩序を尊ぶ人間なら、忘れるわけがない。
矯正局から脱獄した、七囚人が一人。その名も―――
「狐坂ワカモ……!?」
「もう一人のメス犬も許せませんが…まずは、貴女からです」
「は……?」
「さぁ、お亡くなりになりなさい!!」
狐坂ワカモは、敵意を滲ませた声色で銃口を向けて、発砲。
紙一重で躱すと、私は一目散にその場を逃げ出した。
「逃がしません!!」
今、ここで戦えば関係ない人々が巻き込まれる。
そう思って、人気のない路地へと走り出す。
こっち方面なら、誰もいないだろう。
この大通りだと、誰かしらを巻き込んでしまう。
そう思って裏路地へ続く道に駆け込もうとして―――入口が爆発した。
「うわっ―――!!?」
爆風で足が止まる。
そして、土煙をかきわけた先には…………瓦礫で埋もれた路地への入り口があった。
「貴方たちのような取り締まる側の人間の思考は簡単……!『一般の人を巻き込みたくない』……ならば、巻き込まない戦場への道を潰すだけ」
土煙の向こうで、狐の面が不気味に歪んだように見えた。
――強い。本能がそう告げている。
ゲヘナの温泉開発部や美食研究会のような「めちゃくちゃなテロ」ではない。
この女の暴力には、冷徹な戦術の計算がある。退路を完全に断たれた。大通りに背を向ければ、一般の市民が射線に入る。
(ペルソナは……使えない。こんな白昼堂々、人通りのある場所で頭を撃ち抜いてみせたら、それこそ明日にはキヴォトス中の大ニュースになってしまう……!)
距離的にシャーレにもゲヘナの風紀委員会にも逃げ込めない。それより先に目の前の災厄に追いつかれる。
アサルトライフルを構え、私は覚悟を決める。
今はたった一人、いち風紀委員として、この災厄をここで食い止める………敵わなくても、隙を突いて逃げるしかない!
「ふふ、あはははは! さぁ、先生の隣に立つ不届き者! その身を真っ赤な鮮血で染め上げなさいな!!」
ワカモが和服の袖を翻した瞬間、彼女の愛銃から、耳を聾するような連射音が響き渡った。
「くっ……!」
私は反射的に横へローリングし、大通りのモニュメントの陰へと滑り込む。
直後、さっきまで私がいたアスファルトが蜂の巣になり、凄まじい火花が散った。
すかさず反撃に出る。遮蔽物から身を乗り出し、ワカモの胸元を狙って三点バーストを正確に叩き込んだ。
――パパパン!
確実に捉えたはずだった。しかし、ワカモは下駄を鳴らして踊るようにステップを踏み、躱していく。
一発、二発、三発……全て当たらない。私の放った弾丸をすべて和服の袖の残像で置き去りにしていた。信じられない身のこなしだ。
「遅い、遅いです! そんな生ぬるい弾丸、ワカモの愛の炎には届きません!!」
「だったら、これはどうですか!」
私は腰のホルスターから
だが、ワカモは破裂する直前の手榴弾を、ライフルの銃身でまるでテニスラケットのように正確に撥ね退けた。手榴弾は上空で炸裂し、無意味な光をぶちまける。
「なっ……!?」
「終わりですッ!!」
視界が白く染まる一瞬の隙を突き、ワカモが肉薄していた。
長い銃身が鞭のようにしなり、私のライフルのバレルを強烈に弾き飛ばす。金属同士が激突する甲高い音が響き、私の愛銃が手から離れてアスファルトを転がった。
「しまっ――」
完全に無防備になった私の胸元に、ワカモの鋭い蹴りが叩き込まれる。
「がはっ……!!」
衝撃波と共に私の身体は数メートルも吹き飛び、広場の壁に背中から激突した。
全身を襲う凄まじい衝撃と激痛。肺の空気を強制的に吐き出され、視界がチカチカと明滅する。
「う、ぐ……ぅ……!」
立ち上がろうとするが、膝が笑って力が入らない。
キヴォトスに戻って来てから、ここまで純粋な戦闘技術の差で圧倒されたのは初めてだった。
コツン、コツン、とゆっくり近づいてくる下駄の音。ワカモは銃口を私の額へと突きつけ、狐の面の奥からどろりとした執念の視線を落としてきた。
「言い残すことはありますか? 愛しの先生に仇なす、不届きな泥棒猫さん」
「……はぁ、はぁ……。さっきから、泥棒猫って……一体、何の話をしてるんですか。私はただ……シャーレの、事務仕事を、手伝っていただけで……」
「言い訳は見苦しいです! 一日中、先生の隣で睦まじく書類を交わし、挙句の果てには……屋上で、手作りの、お弁当……ッ!!」
ワカモが急に顔を真っ赤にして、身悶えするように叫んだ。
「あ、あんな家庭的な……愛の詰まった和食を先生に食べさせるなんて、それはもう実質的に婚姻の申し込みも同然!! ワカモ、悔しくて、羨ましくて、お腹がはち切れそうでした……!!」
「こ、婚姻……!? ただの昼食ですよ!? それに、シロコさんも一緒に食べてましたけど!?」
「あの駄犬も後でじっくり血祭りにあげます! ですが、あの時……先生がネネさん、貴女を見る目が、あまりにも優しかった……!
ワカモは見逃しませんでしたよ! 貴女も先生を、特別な目で見つめ返していたことを!!」
ワカモの銃口が、嫉妬の重圧で私の額に強く押し付けられる。
私は痛む身体を壁に預けたまま、呆れたようにため息をついた。
「はぁ……。そういうことですか。貴女、先生のことが好きなんですね」
「なっ……!? な、ななな何を急に破廉恥なことを!!!?」
急に純情な乙女のようにうろたえ出すワカモを見て、私は緊張の糸が少しだけ解けるのを感じた。
呆れと、それから……少しの懐かしさ。
リラックスはしていたけれど、それと同じくらいに、必死で。
そうして、私からどうにか絞り出した言葉は―――ものすごく、罪深いものだった。
「そうだね、無理もないね。………だって、似てるんだもん。私の大好きだった人に、とても。」
「え……?」
ワカモの動きが止まった。
私は空を見上げた。夕闇が迫るD.U.の空は、あの日、崩壊していったタルタロスの空とは全く違うのに。
桜の雨の中、旅だった彼と、出会ったばかりの先生は、まったく違うはずなのに。
「生徒のためなら、何だってするんだよ、あの人。自分の命すら、天秤の皿に簡単に載せちゃうの。……そんな不器用な性格も、見た目も、声も、全部似てる。だから、好きっていうより………心配でならないよ」
そうだ。これは………心配だ。
だって、そうだろう。
先生は、理とよく似ていたから。
理のような髪色。
理のような髪型。
理のような目。
理のような優しい声。
それに…理のように、誰かのために自分の命を簡単に賭けられるところ。
似てないのなんて、年齢とロボットの趣味くらいだ。
だから、気が気でないんだ。
だって、放っておいたら………消えてしまいそうだから。
私たちを置いて、ニュクスに挑んでいった時のように。
「また、私の前で消えちゃうんじゃないかって、ヒヤヒヤするの」
「……………ちなみに、その」
ワカモの声から、先ほどまでの殺気が綺麗に消え失せていた。
あぁ…まったくもってお笑いだ。
私にとっては、かけがえのない人のはずなのに。
誰かに、彼の代わりなんてできる訳ないって……そう、思っていたのに。
烏滸がましいのに……嘘をつけなくって。嘘をつく気力も湧かなくって。
「あなたの想い人なる方……今、どちらに?」
「あの世だよ。私が全部伝える前に逝っちゃった」
「………………」
気づけば嘘偽りなく答えていた。
こればっかりはドストレートに。
だから、だろうか。ワカモも即座に言葉が出てこなかったようだ。
何分間か、そうして固まったのち………ワカモは静かに銃口を下げると、綺麗な動作で、深々と頭を下げた。
「…………申し訳ありませんでした」
「良いんだよ。私の問題だし」
私だけの問題よ。
泥を払ってゆっくりと立ち上がった。
ワカモは狐の面を少しだけずらし、申し訳なさそうに私を見ている。この女、根はひどく純粋なのだ。
「狐坂ワカモさん。一つ、アドバイスをしておきます」
「なんでしょう……?」
「その思いは、絶対に伝えること。例え冗談だと思われても、大人をからかうなと怒られても、迷惑がられても、思いを伝え続けてください」
私は自分の胸に手を当てて、思い出していた。
あの時、何も言えないまま離れてしまった……冷たい手の感触を。
「……伝えられなくなったら、本当に、死ぬほど辛いからね」
私の言葉に、ワカモは大きく目を見開いた。そして、何事かを深く納得したように、力強く頷き……そして、妖しく微笑んだ。
「うふふふ…貴女に言われるまでもありません。
…この想い、伝え続けましょう。………あのお方が、根負けするまで」
その言葉と共に、ワカモはすっと狐の面を戻した。
先ほどまでのどろりとした嫉妬の殺気はもうどこにもない。そこにあるのは、ただひたすらに真っ直ぐで、どこまでも純粋な、一途すぎる恋心の炎だけだった。
ワカモは和服の袖を翻すと、そのまま立ち去……ろうとして、何かを思い出したかのように振り返った。
「……そう言えば…貴女の名前、聞いてませんでしたね」
「ゲヘナ風紀委員会……雨塚ネネ。それが私の名前です」
「そうですか……ええ。お邪魔しました、ネネさん。これにて失礼いたします」
そう告げると、ワカモは驚くほどの軽やかさで路地の闇へと消えていった。文字通り、嵐のように現れて、嵐のように去っていく人だった。
「……はぁ。本当に、とんでもない人」
完全に気配が消えたのを確認して、私はようやくその場にへたり込んだ。
全身の痛みがじわじわと主張を始める。キヴォトス人の頑丈な身体でなければ、間違いなく骨の数本は折れていただろう。
壁に背を預けたまま、私はアスファルトに転がっていたアサルトライフルを拾い上げ、その銃身を撫でる。
「……伝え続けろ、なんて。よくもまあ、偉そうに言えたもんだよね」
ぽつりとこぼした言葉は、初夏の夕風に溶けて消えた。
―――本当は、羨ましかったのかもしれない。
あそこまで自分の感情に素直に、狂おしいほどの熱量で、大好きな人に「好きだ」と叫べる彼女の姿が。
………もし、あの時。
世界が終わりを迎える前の、あの短い日々のどこかで。
私が、私たちが、あの青い春の持ち主に「行かないで」と、その不器用な背中に縋り付いて想いを伝えていたら。
……何か、変わっていたのだろうか。
「……バカだなぁ、私。終わったことなのに」
小さく自嘲して、私はゆっくりと立ち上がった。
制服についた砂埃を払い、痛む身体を引きずるようにして、再びゲヘナへの帰路につく。
西の空は、いつの間にか完全に陽が落ち、深い群青色へと染まり始めていた。
シャーレのオフィスで、私を優しく見守ってくれた大人の笑顔を思い出す。
(消させない。今度こそ、絶対に)
恋ではない。
けれど、あの優しさを、あの命を二度と世界の都合で消費させてなるものか。
そのためなら、私はキヴォトスのルールなんていくらでも捻じ曲げてみせる。たとえ、この右のこめかみに何度銃口を突き立てることになろうとも。
シャーレの先生がCV石田彰なの確実に主役貰っちゃった感じあるよね。
でもねネネ、似ているのと一緒なのは違うんだよ。
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